空き教室。
四人の勝負は、唐突な終わりを迎えた。
「バロンのやつ!」
激怒しているナカヤマ。何故なら、バロンは勝負を投げ出し、その場から逃亡したのだ。
これにはナカヤマとシリウスも驚愕。ゴルシは大爆笑。
「あいつ……平気でとんずらこくとは……勝つ為なら……いや、負けない為ならプライドすら捨てるタイプだ……手強いな……クハハ」
シリウスは不敵に笑いながら、バロンが去っていったであろう方向を見つめていた。
「ふぁあああははははは!!はははは!あっひゃひゃはははは!!」
転げまわりながら笑うゴルシ。
「クソ、舐めたマネを……バロン……!!」
ギリギリと歯ぎしりするナカヤマ。
「追うか?」
小説をパタリと閉じるシリウス。
「いや……追いかけたって無駄だろ。腕ずくじゃあどのみちアイツは引っ張っちゃ来れねぇし。勝負は預けたってこった」
ドカッと椅子に座るナカヤマ。
「アタシは楽しかったから良かったけどなァ〜また遊ぼ〜ぜ〜お前ら〜」
ゴルシは手を振りながらクールにその場を去った。
そして、旧校舎の外、既に遥か遠く離れた場所を走っている二人のウマ娘がいた。
バロンの隣を走るのは、同じくニンジン賭場で負けに負けていた“シンコウウインディ”であった。
「ガハハハハ!やってやったのだ!!大成功なのだ!!」
「──助かった」
「こっちこそ助かったのだ。お前、気に入ったぞ!ウインディちゃんはシンコウウインディっていうのだ」
「──バロンイーストだ」
「よーし!お前のことバロンって呼んでやるのだ」
二人は立ち止まると“ブツ”の取引を始めた。
「いち、にい、さん……うん、ちゃんと10本あるのだ」
「──約束だからな」
時は少し遡る──。
「ロンだ。やっと打ち方にひずみが出てきたな?バロン」
ゴルシへと放銃したバロンは、次局ナカヤマへも放銃を許してしまった。そして次はシリウスから。
「ロン……どうした?目が曇ったかバロン。お前はそんな程度じゃないだろう。もっと見せろよ、お前の底力をよ……私は“皇帝”サマを倒したお前の精神力にキョーミがあるんだぜ」
「……」
バロンは無表情のままポリポリと右の眉毛をかいたあと、左の耳の付け根をかき、その後長い髪をかき上げた。一見何ということはない動作だが、これらはバロンの心の動揺を表すサインだった。
このままでは負ける。ニンジンを奪われる。なんとしてもそれだけは避けたいバロンであった。
バロンの食い意地は底知れない。
勝負が続く中、バロンは焦りを感じ始めていた。
(──流れが悪い……このままでは負け越す)
その時、バロンの背後では一人のウマ娘が悪態を付きながら扉を出ていくところだった。
「うがが〜!ゲン直しに顔を洗いに行ってくるのだ〜!」
ピシャン!と扉を締めると、そのウマ娘はズンズンとトイレに向かって行った。
「……」
すると、その様子を見ていたバロンは唐突に手牌を手前に倒した。
不思議そうにその様子を見守る三人。ナカヤマはバロンに声をかけた。
「どうした?バロン」
「──花を……」
「はな……?」
「──花を、摘みに」
「……アッハハハハ!お花か!そっかそっか!お前ってそーいう言い回しするのか!ギャハハハハ!!」
腹を抱えて大笑いするナカヤマ。シリウスも苦笑しているようだ。
「フフ、意外だな」
「花ぁ?花なんてどこにあんだよ?」
床を眺めて花を探すゴルシ。
「花を摘みにってのはな……トイレに行くってことだよ。お上品な言い方だ。なんだ?トレーナーに仕込まれてんのか?」
ナカヤマは呼吸を整えると興味津々に質問する。
「──あぁ……こういったことも鉄は指導してくれる。なるべく品は良くして欲しいと……言われている」
「へー……お前って意外とあのトレーナーには従順だよな」
「──鉄とオレは、信頼し合っている」
「ホッ!歯が浮くセリフを言いやがって」
「──ナカヤマはトレーナーが嫌いか?」
「……いや、好きか嫌いかってんなら好きだぜ。そりゃあ……そうだよな……」
ビーニーで目元を隠すナカヤマ。
「──御手洗いの場所は?」
「扉出て、奥行って右だぜ」
シリウスがハンドサインを交えつつ手短に伝える。
「──すぐ戻る」
バロンは席を立つと、部屋を後にした。
しばしの沈黙の後──。
「なぁ……バロンの手牌みちゃおうぜ」
とんでもないことを口走るナカヤマ。
当然。というように頷く二人。そう、この三人はもともとバロンからニンジンを奪いに来た餓狼。信用などしてはいけないのだった。
「なんでぇ、ゴミ手じゃねぇか」
熱い勝負を期待していたナカヤマ、少しガッカリ。
「見るまでもなかったな……」
シリウスも同様。
「なんだよ、バラバラじゃねーか。代わりにリーパイしといてやっか」
バロンの手配をきれいに並べ直そうとするゴルシ。
「やめろバカ!!」
流石にこれは止めたナカヤマ。
その頃、トイレでは。
「う〜……」
ウインディが一人、洗面台で顔を洗っていた。負け続けたせいか、顔色が悪い。このままでは、負け分のニンジンが取り返せない。
「ん……?」
ウインディが濡れた顔をハンカチで拭いていると、鏡に映った己の背後に、巨大な影が映っていた。
「ぴゃ!?むぐぬぬ……!?」
巨影に後ろから口元をおさえられたウインディ。巨影とはもちろんバロンイーストである。
「──騒ぐな。オレはお前の味方だ」
「んぐ……?」
「──お前、インディアンポーカーで負け続けていたな。このままでは明日のニンジンもままならないんじゃないか……?」
「ぷはっ……そ、そうなのだ……ウインディちゃん、オケラになりそうなのだ……」
オケラ。広義には夏場でよく見かけるモグラのような昆虫のことだが、この場合は所持金がない状態のことをさす。
「──オレにいい考えがある。オレの作戦に乗れば、ニンジンを10本やろう」
「10本も!」
「──そうだ」
「やるのだ!!」
「──交渉成立だ」
空き教室。
「……おせぇな」
ボソリとつぶやくナカヤマ。
「……」
シリウスは手元に文庫本を広げ、優雅に読んでいた。
「何読んでんだ〜?」
「恋愛小説だ。ラモーヌから借りた」
「へぇ、趣味が広がったのかい?」
「私はもともとどんな本でも読む。だが、ラモーヌから借りるってのがいいんだ」
「……なるほど、ルドルフがやきもち焼くのか」
「そーいうこと。ああ見えて意外と弱いんだな。ラモーヌには」
そう言うと次のページをめくるシリウス。
「……しっかしバロン、ホントに遅いな」
すると、教室のドアが開いた。
「お、きたか」
ナカヤマが振り返ると、そこに居たのはバロンではなく、ウインディだった。
「なんだ、ウインディか」
三人はドアを開けたのがバロンではなかった事を確認すると、再び各々暇つぶしを始めた。
が、次の瞬間、教室は突然暗闇に包まれた。何者かが部屋の電気を消したのだ。部屋は分厚いカーテンで締め切られていて、電気を消せば真っ暗なのだ。
「なんだ!?」
「……」
「んあー?」
三人は驚いた様子を見せ、同じく部屋に居た複数のウマ娘たちも動揺の声を上げた。
「誰だよー!?変なイタズラすんのはー!!」
「はやくつけろよー」
ウマ娘の一人が電気をつけ直した。周囲がすぐに元通り明るくなる。この間10秒程度。
「なんだ……なんか……変な雰囲気だ」
ナカヤマが異変に気づき始める。
「!……おい、ナカヤマ。バロンの席の足元だ。人参が箱ごとねぇぞ」
シリウスは異変に完全に気づいた。
「何!?」
「およ?」
立ち上がり、バロンの席の下を覗きに行ったナカヤマ。
「ない……確かに、箱ごと無くなってやがる……」
──そして、冒頭へと戻るという訳である。
バロンは野生の勘で自分が勝てないことを悟ると、これ以上の損害を防ぐ為、トイレから脱走したのだ。新たな友を伴って。
「たかーい!面白いのだ!たかいのだ!」
「──ふふ」
ウマが合う相手は肩車する、バロンであった。