走り出すルドルフとバロン。スタートダッシュはルドルフが優勢をとった。
1200mは、超人的な身体能力をもつウマ娘にとっては超短距離。一瞬の判断が勝負を決するレースである。
(スタートが未熟だ……ここらへんは素人っぽいな……)
先頭を走りながら、精確にバロンの位置を把握するルドルフ。
(しかし、離れない……スピードは中々だ。スリップストリームのつもりか……その図体で)
バロンは無表情で走っていたが、その額には汗が見えた。
第一コーナーを通過した二人。凄まじい速さで疾走するルドルフ。バロンは必死に食らいついていた。だがその走りはルドルフのように洗練されたものとは言い難い。まさに野生の走り。
(二人きりだというのに……ポジション取りは不規則。コーナー巧者というわけでもない……)
冷静にバロンの走りを分析するルドルフ。
二人は第二コーナーを通過した。さらに加速するルドルフ。バロンを引き離していく。
(見掛け倒しか……)
しかし、負けじと追走するバロン。
(やるな……この走り、ブライアンやアマゾンと同じタイプか)
ルドルフはバロンの走りに仲間たちの姿を重ねながら不敵に笑う。新たな強者との出逢いに、心踊らせていた。
「……」
ポーカーフェイスなのか、本当に余裕なのか。一切の苦痛を感じさせず、ルドルフに猛追するバロン。
(闘走の果てに悦びを見出す──まるで野獣のようなウマ娘だ)
第三コーナーに差し掛かる二人。ここで勝負をかけようと力を込めるバロン。
しかし、ルドルフには届かない。バロンは完全に掛かってしまっていた。
「っ……!」
バロンの焦りを肌で感じたルドルフ。
(ここまでか──勝負あったな)
「違うっ──!!」
どこからか、突然怒号のような男の叫びがグラウンドに響き渡った。鉄である。
「なんだ……?」
思わず鉄の方を向いたルドルフ。
「……!?」
バロンも目線だけ鉄に向ける。
「そこじゃねえ!自分の走りを貫けぇっ──!!」
駐車場のフェンス越しに叫び続ける鉄。
「──!」
鉄の声に、バロンの走る姿勢がより低いものへと変わり、その目がすわった。
(む──冷静さを取り戻した。だがもう遅い)
最終コーナー、ルドルフがとどめとばかりに仕掛ける。離されるバロン。
──いや、並んだ。
「なにっ……!」
「──!!」
急加速するバロン。バロンの一歩一歩が、まるで大地を揺るがしているかのようだった。だが、その程度で押されるルドルフではない。百戦錬磨のルドルフに、こけおどしなど通用しない。
最終直線。ルドルフとバロンは衝突寸前まで接近し、しのぎを削った。
(このパワー……!うっ……しまった……!?)
ルドルフは、不運にも先程のレースでできたダートの凹みに、一瞬だけ足をとられてしまった。
「不覚……!」
「ぐぉおおおあああああっ──!!」
雄叫びをあげ全力疾走するバロン。残り50m。
「ああっ……!?」
凄まじいレース内容に驚嘆する学園長とカワサキのウマ娘たち。
「はぁっ──!」
ルドルフは全力で駆け出し、バロンを抜いた。
だがバロンは、差し返した。バロンの足からはねた砂が、ルドルフの制服を汚した。
「だあああああっ──!!」
「行けぇえええ!!バロンっ──!!」
喉が張り裂けそうな勢いで叫ぶ鉄。
ゴールに接近するルドルフとバロン。エアグルーヴはゴールラインに全神経を集中していた。
「──ゴール!」
勝負は決した。
「ふっ……ふっ……」
ゆっくりと歩きながら呼吸を整えるルドルフ。
「会長……」
ばつが悪そうにルドルフのもとへ駆け寄るエアグルーヴ。
「わかっている……私の負けだ」
「まさか──地方にこれほどのウマ娘がいたなんて……」
予想外の決着に驚愕するエアグルーヴ。
「ああ……」
ルドルフはうなずくと、バロンへ優しく拍手を送った。
「ぐっ──うう……」
あまりの疲労に膝から崩れ落ち、倒れるバロン。その光景にどよめき、呆気に取られているしかない学園長とカワサキのウマ娘たち。
「バロンっ!!」
トレーナーバッグをかかえ、フェンスをよじ登る鉄。バロンに急いで駆け寄ると、丁寧にバロンを仰向けにし、その口元に酸素スプレーをあてた。
「──!」
目を見開き、苦しみながらも鉄を跳ね除けるバロン。しかし、それでもバロンを介抱しようとする鉄。バロンは、そんな鉄をじっと見つめた。
(そうだよな──人間なんて信用ならねえさ)
鉄はバロンの瞳を覗き込むと、そこに広がる深い闇を感じた。しかし、その中の孤独や絶望に、鉄は己と重なる運命的な何かを感じていた。
(てめえ勝手も甚だしい。誰もおめえを愛してなんていなかった……勝てねえウマ娘は世間から見放され、結果人生を無為にしたとしても──誰も知ったことじゃねえ)
見つめ合う鉄とバロン。二人の間に沈黙が流れる。
(それがレースだ……!)
鉄が決意に満ちた表情でバロンを見つめる。バロンはやっと大人しくなり、鉄の介抱を受け入れた。
(ウマ娘は金儲けの道具で……金を生まないウマ娘はターフを去るしかない。いわば使い捨て……レースの正体はおおまかそこなのに──)
ひとしきり酸素を吸い込んだバロンは落ち着きを取り戻すと、すぐに立ち上がり鉄と相対した。
「……」
無言で鉄の瞳を見つめるバロン。
(そういう人でなしどもがこぞってレースはロマンだとか……ぬかしくさる。そういう世界だ)
鉄は内心、ウマ娘たちへの愛と、身勝手な人間たちへの複雑な感情を抱いていた。
(でもどうにもならねえよな──お前たちウマ娘は、走る為に生まれてきたんだから……!お前は……勝つしかねえんだよ!)
「勝つしかねえっ……!そうだろ、バロンっ……!」
「……」
強く見つめ合う鉄とバロン。その様子を静観するルドルフとエアグルーヴ。
その時、後に伝説と語り継がれる闘走無頼伝が、幕を開けようとしていた。