ウマ娘 闘走無頼伝バロンイースト   作:Picon

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第6話 通い妻

 バロンの逃走騒ぎから一週間。

 

 鉄のアパート。

 

「……」

 

 古びたアパートの一室に、バロンはいた。赤いジャージに身を包み、一人くつろいでいる。

 

 年若いウマ娘であるバロンと一つ屋根の下というわけにはいかないと、バロンを自分の部屋に住まわせ、鉄は友人の家で過ごす日々を送っていた。

 

 車の停まる音を聴き、耳を動かすバロン。玄関にノックが響くと、バロンはぬるりと立ち上がり、ドアの鍵を開けた。

 

「おはよう、バロン」

 

 鉄である。手には食材の入ったビニール袋を持っていた。

 

「……」

 

 鉄の挨拶にバロンは無言で返すと、鉄が持ってきた袋からニンジンを取り出し、そのまま生でかじりついた。

 

「待てっ……!今メシ作ってやるから……!座ってろ」

 

 鉄に言われて、畳に腰をおろすバロン。

 

「……」

 

 この時バロン、意外に素直。

 

「お前の食欲には参ったよ……デカくなるわな……そりゃ」

 

 ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、鉄の言葉には愛情がこもっていた。鉄はキッチンに立つとまず米を研ぎ、早炊きで炊飯器のスイッチを入れた。そして料理を始める。手慣れた様子で肉や野菜を刻んでいった。

 

「……」

 

 尻尾をゆっくりと揺らしながら、その様子をじっと眺めているバロン。

 

「食後はちょっと散歩して、その後トレーニングするぞ。午後は座学もするからな。土日あけたら、月曜から学校だ」

 

「……」

 

 無言だが、鉄の言葉にバロンは耳で返事をした。

 

 このような生活が、一週間続いていた。鉄は通い妻の如く、甲斐甲斐しくバロンの世話をしていた。

 

 カワサキトレセン学園から登録を抹消され、普通高校に編入されるはずのバロンだったが、ルドルフの推薦により、特待生待遇での中央トレセン学園への編入が決定した。

 

 既にバロンの処遇は宙に浮いていた為、できるだけ空白期間を空けまいとルドルフの計らいで異例のスピードでの中央入りを果たしたバロン。

 

 地方から中央入りしたウマ娘として“日本総大将”スペシャルウィークや“シンデレラグレイ”オグリキャップを彷彿とさせたバロンは、メディアから一定の注目を集めた。

 

 しかし、重大な問題が残っていた。今後のバロンの学費と生活費である。特待生と言えど、全額が免除されるわけではない。

 

 それも中央で走るとなれば、勝負服の所持も必須。シューズに着換え、プロテイン等、遠征レースの際も旅費がかかる。

 

 中央のウマ娘には、何かと金がかかるものなのだ。無論、全て自腹。

 

 中央レースが“ブラッドスポーツ”と呼ばれている所以《ゆえん》がここにある。血統や家柄がものをいうのだ。

 

 ウマ娘は生まれたその時点で別れる。持つ者と、持たざる者に。金は命より重い。

 

 バロンは、経済的な問題に直面していた。

 

 ルドルフは、中央入りの手助けこそしたものの、経済的な支援まではしなかった。当然である。レースで走るのは本人の自由であり、自己責任なのだから。

 

 後ろ盾のないウマ娘たちにも収入はある。ファンクラブからの寄付金。自分をモデルとしたグッズの売上。CMやモデル業。歌の印税収入。

 

 そして一番一般的で、稼ぎが良いと言われるのがレースでの指名チケットの売上。

 

 指名チケットとは、指名したウマ娘が入賞した場合、そのウイニングライブを観る権利を得られるチケットのことである。

 

 その種別は多岐にわたり、単勝、複勝、応援バ券、枠連、バ連、バ単、ワイド、三連複、三連単等──枚挙にいとまがない。

 

 簡単にいえば、より難しい予想を的中させた者が、グレードの高いライブ席へ座る権利を得られるのだ。他にも的中により飲食サービスを受けられたり、ウマ娘との握手や写真撮影などのサービスを受けられる。この興行を、総じてレースと呼称している。

 

 レースとライブ。中央と地方で概ねやっていることに変わりはないが、その規模と動く金額が桁違いなのである。

 

 それでも学業とレースの傍ら、アルバイトをして生計を立てているウマ娘もいる。家族の生活を支える為に走るウマ娘もいる。

 

「できたぞ……さ、どんどん食え」

 

 そうこうしている内に、鉄の手料理が出来上がった。肉と野菜の炒め物、目玉焼き、豆腐とワカメの味噌汁、漬物、ニンジンサラダ、山盛りの白米。

 

「……!」

 

 手を合わせた後、がっつくバロン。

 

「ちゃんと噛めよ……」

 

 優しくバロンを見つめる鉄。その視線を感じながら、美味しそうに鉄の手料理を平らげていくバロン。

 

「金のことは……心配すんな。俺がなんとかする。その代わりと言っちゃあ、なんだが……」

 

 気まずそうに鉄が頭をかいていると、バロンが口を開いた。

 

「──鉄こそ……心配するな。オレは……もう心を決めた。お前と走る。と……」

 

「ば……バロン!?」

 

 ずずず、と味噌汁をすするバロン。その一言に感動する鉄。バロンが鉄のアパートに住んでから、初めてまともに口を聞いた瞬間だった。

 

「……」

 

 食事を済ませると、スッと立ち上がり、手早く歯みがきを終えたバロン。そして玄関口まで歩き靴を履き替えると、鉄の方を振り向いた。

 

「よし、行くかっ──!」

 

 散歩中の鉄とバロン。鉄は自転車を押している。

 

「……」

 

 無口なバロン。

 

「なあバロン、お前の目標ってなんだ……?」

 

「……」

 

「ウマ娘には……だいたい目標があるもんだろ。日本ダービーとか、天皇賞とか」

 

「……G1レース、10勝」

 

 果てしなく壮大な目標を短く、あっさりと答えるバロン。

 

「そりゃあ……とんでもねえ目標だな。だが……やれるぜ、お前なら」

 

「……」

 

 バロンは、ゆったりと尻尾を振っている。

 

「ところで、路線はどうしたい?10勝ともなると、短距離やマイル路線は厳しい。ダートでも出来なくは無いが……やはりまずはクラシック三冠か……トリプルティアラか……中、長距離が主戦場になるな。いや、お前のガタイなら海外レースも……」

 

「──どうでもいい」

 

「え……?」

 

「……強い奴が、いる方?」

 

 バロンは首をかしげながら答えた。

 

「そ……そっかぁ〜〜……!すげえな、バロンは……」

 

(知識自体はそれなりにあるはずだが……具体的な目的意識が低いのは厄介だな。本人の意志で進ませるのが一番なんだが……)

 

 鉄は考えこんだ。バロンが口を開く。

 

「……一週間前の、あの走りが──頭から離れない」

 

「シンボリルドルフか?」

 

「……」

 

 無言でうなずくバロン。バロンの心には、ルドルフとの激闘が今も鮮明に残っている。

 

「……あの感覚を、また味わいたい」

 

「そうだな……勝ったんだぜ、お前。あの“皇帝”に……!」

 

「いや──オレは負けていた」

 

「なんだって……?」

 

「……勝負に焦ったオレは、第三コーナーで仕掛けようとした。負けたくないという思いが……判断を鈍らせた。ルドルフはオレの作戦を看破していた」

 

「……」

 

 黙ってバロンの言葉を聞く鉄。

 

「基本、王道、定石、常識……あの第三コーナーで……かつて疎ましいと感じていたトレーナーたちの教えに、オレは──すがってしまった」

 

 バロンはうつむきながら続ける。

 

「──だが、鉄の呼びかけで己の走りを思い出した。あれは、オレの勝ちじゃない。鉄……お前の勝ちだ」

 

 普段あまり口を聞かないバロンが見せた饒舌ぶりに驚いていた鉄だが、同時にその言葉に感動する。

 

「違うな……俺たちの勝ちだ」

 

「……」

 

 バロンは嬉しそうに目を閉じ、ゆっくりと歩いている。

 

「っし……!バロン、そろそろ腹ごなしはできたろ?走るぞ」

 

 鉄は自転車に乗り走り出した。すぐさまバロンが追いつく。

 

「石川のおっさんのところまですっ飛ばすぞ!!」

 

「……」

 

 無言で走り続けるバロン。初めて理解者を見つけた彼女は、とても嬉しそうだった。

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