権藤寮トレーナー棟。
「……フフ」
石川は新聞を読みながら笑っている。清々しい顔をしている。
「先生!お客さんです」
山中が来客を知らせる。彼もとても嬉しそうだ。
「おう」
「こんちは……石川のおっさん」
鉄が顔を見みせ、その後にぬっとバロンが部屋に入ってくる。
「……」
「よう鉄さん。元気そうだな、バロン」
バロンは何も答えず、視線だけ石川と交わした。
「ま、座って座って……山中、お茶を頼む」
「はい」
山中がお茶を用意する。石川は年甲斐もなく、はしゃいでいるようだった。
「三日後には中央か……!カワサキから……!」
「ああ……手続きが面倒だったけどよ。シンボリルドルフのおかげで、なんとかなったよ」
ほっとしながら話す鉄。
「まさかあの“皇帝”に認められるとはなぁ……」
驚きと嬉しさを隠せない石川。バロンを認めていた自分のトレーナーとしての目を素直に喜んでいる。
「先生、鉄さん、どうぞ。バロンはココアな」
「ありがとよ。ちょうどさっきまでバロンと走り回ってたんで、喉が乾いてたんだ」
「……!」
嬉しそうにココアを飲むバロン。
「鉄さん、見たかい?この記事」
鉄に新聞を見せる石川。テーブルには、各社様々な新聞が広げられていた。内容はどの新聞も同じもの。バロンの事件についてである。
「ああ、見事に三面記事だな」
自分のあごを触りながら話す鉄。新聞の事は既に知っていたようだ。
「凄いですよ。どの新聞でも例の逃走事件を扱ってて……テレビでもニュースになってますし、SNSでも連日バズってますよ!」
スマホでニュースの動画を鉄に見せる山中。
「驚いたよな……まさかバロンとルドルフの走りを撮影してるやつがいたなんて……」
お茶を飲みながら話す鉄。山中のスマホには、荒い画質ながらもルドルフとバロンの競争する様子が映されていた。
「フフフ……爽快だ。こんなに愉快なことはないね。カワサキが全国に注目されてるなんてさ……バロンのおかげだ」
しみじみと喜ぶ石川。
「……」
黙っているバロン。
「あの……鉄さんもバロンと一緒に中央に行くんですよね?」
「うん……一応、保持してるからな。中央トレーナーライセンス……」
昔を思い出すように語る鉄。どこか寂しそうだった。
「──オレが、鉄を選んだ。ルドルフは……オレの好きにしろと言ってくれた」
口を開いたバロン。
「す、凄い……!バロンがこんなに口を聞くなんて……僕も鉄さんみたいなトレーナーになりたいです!」
鉄の寂しさに気づかず、無邪気に話す山中。
「……そう言ってくれるのは嬉しいけどよ。中央だからって良い事ばかりじゃねえんだ……」
その時、応接間に電話が鳴り響く。
「ん?またオーナーかな……」
面倒くさそうにつぶやく石川。
「オーナー?」
「ああ、この寮のオーナーなんだが……今になってバロンが惜しくなったらしい。どうにかバロンを再登録させられないかってさ……」
「そういうことかよ……今更遅い……!」
「はい、石川です……はぁ……オーナー、いい加減にして下さい。私にはもうどうしようもありませんよ。それとも“皇帝”に異議を唱えに行くんですか?……はい、じゃあ……」
そっと電話を切る石川。
「な……?」
やれやれといったふうなジェスチャーをする石川。そして、懐から封筒を取り出した。
「そんなことより……鉄さん、これ」
鉄に封筒を渡す石川。
「え……おっさん、これは……」
「少ないが……バロンを応援する仲間たちから集めたんだ。受け取ってくれ。中央じゃ、何かと入用だろ?」
石川の言葉に力強くうなずく山中。
「鉄さん、頑張って下さい。あなたとバロンは、カワサキの希望なんです」
「おっさん……山中……すまねえっ……!恩に着るっ……!」
圧倒的感謝を込めて、二人に深々と頭を下げる鉄。
「──ありがとう」
口を開いたバロン。その言葉は、短いながらも感謝の気持ちに溢れていた。
三日後の月曜日。
中央トレセン学園。
学園は、早朝から活気に包まれていた。校門では、ウマ娘たちに朝の挨拶をしている明るい笑顔の女性が居た。中央トレセン学園理事長秘書“駿川たづな”である。
爽やかな日差しがウマ娘たちの背中を照らし、彼女たちの元気な様子が校門前に広がっていた。
その中で、特に目を引く存在がいた。バロンイーストである。共に門をくぐる鉄。
「おはようございます……まあ、鉄さん!」
思わず声が上がる。驚きと喜びが入り混じった表情でたづなが鉄を見つける。
「……たづなさん、おはようございます」
鉄は下手な愛想笑顔を浮かべながら答えた。バロンは相変わらず無口で、静かな佇まいを保っている。
「大きい……あなたが、バロンイーストさん」
感慨深そうに言うたづな。彼女の放つ優しい雰囲気に、学園の一角にぬくもりが広がった。
「お待ちしておりました。さあ、こちらへどうぞ」
鉄とバロンを案内するたづな。三人で学園内を歩いてゆく。
「またここでお会いできるなんて、嬉しいです」
「……またご厄介になります」
学園内には生徒たちが賑やかに登校している様子が広がっていた。そこには、誰もが知っているような有名なウマ娘が何人もいた。その様子を観察しているバロン。
「理事長も鉄さんの復帰を聞いて喜んでいる様子でした。バロンイーストさんのことも沢山話しておられましたよ」
「はは……お騒がせしてるみたいで」
鉄は少し照れくさそうに微笑む。
「ふふ、それはもう……今日はお二人の入寮手続きだけですから、お時間はかかりません」
「そうですか、バロンを早くここに馴染ませてやりたくて。午後は、施設内を見て回ろうかと思ってたんです」
「それはいいですね!私もバロンイーストさんの活躍、今後も目が離せません」
「……」
バロンは、じっとたづなを見つめていた。
しばらく歩いていると、周りからヒソヒソと話し声が聞こえてきた。学園のウマ娘たちはバロンの存在に興味津々のようだ。様々な視線がバロンに向けられていた。
栗東寮。
「では、私はこれで」
お辞儀をすると、たづなはその場を去った。鉄もお辞儀するが、バロンは直立不動。
すると、寮の入口から一人のウマ娘が軽やかに現れ、鉄とバロンにお辞儀した。彼女こそ栗東寮の寮長、フジキセキである。
「やあ、ポニーちゃん。君が、バロンイースト──?」
「……」
「どうも、こんにちは。バロンのトレーナーの久我井です」
「おはようございます。トレーナーさん。栗東寮寮長、フジキセキです」
鉄が代わりに挨拶する。寮長のフジキセキの凛々しい笑顔が、新しい仲間としてバロンを歓迎していた。
「……!」
しかし、初対面の寮長に向けられたバロンの鋭い視線。まるで獣のような目つきでフジキセキを睨みつけていた。
「おっと……ルドルフから聞いた通りだね。元気なポニーちゃんだ」
「お、おいバロン……!」
慌ててバロンをなだめる鉄。フジキセキはバロンの視線をさらりと受け流す。
「そんなに焦らなくても、これから存分に走る事ができるさ。お望みなら、この私ともね。部屋へ案内するよ」
寮へ入ろうとするバロン。鉄がついてこない事に気づく。
「──?」
「ごめんね、ここは男子禁制なんだ。トレーナーさんは入れないんだよ」
「そういうこと……行ってこい、バロン。俺は待ってるから」
鉄は寮の入口の壁に寄りかかっている。
「……」
バロンはうなずくと、少しだけかがんで鉄に向けて口をあけた。その様子にポカンとしているフジキセキ。
「ああ……これか、はいはい……」
ポケットから角砂糖の入った袋を取り出し、そこから二個取り出してバロンの口へ運ぶ。
「……」
角砂糖を口に含みながら、不満そうな顔で鉄を見つめるバロン。
「三個か……いやしんぼ……」
鉄がもう一つ角砂糖を口に含ませてやると、バロンは姿勢を戻し、フジキセキに向き直った。
「……凄い子がきたもんだなあ。おいで、こっちだよ」
その光景に少し困惑した様子を見せながら、フジキセキはバロンを案内するのだった。
フジキセキ。
栗東寮の寮長にして、ウマ娘レースチーム“リギル”のメンバー。
朝日杯ウマ娘であり、怪我さえなければクラシック三冠を制した“幻の三冠ウマ娘”とも呼ばれている。その実力はシンボリルドルフも認めるほどである。
生粋のエンターテイナーでもあり、人を喜ばせるのが大好き。人格、能力ともに優れたウマ娘であり、寮長として皆に愛されている。
専属トレーナーはトレーナーバッジを落としてしまうようなドジだが、能力は高く、フジキセキとの仲もとても良好。フジキセキにからかわれては、ハラハラさせられている。