バロンの部屋。
「気に入ったかい?」
「……」
部屋へ案内されたバロン。その部屋は、特にバロンの体格に配慮されたかのように、家具やベッド。日用品等サイズの大きな物が並べられていた。
「ルドルフの注文でね。全部君専用に用意したんだよ」
フジキセキがそう言うと、バロンは口に含んでいた角砂糖を噛み砕き、一気に飲み込んだ。
「──ルドルフが?」
「やっと話してくれたね。そうだよ。ルドルフのおかげなんだ」
「……ルドルフは……何処だ?」
「……君は、本当に走ることが好きなんだね。ルドルフなら生徒会室にいると思うよ。後で挨拶に行ってみるといい」
「……」
バロンは手荷物を部屋に置くと、そのまま立ち去って行った。フジキセキはその後ろ姿を見送った。
「……ルドルフを差したって話。嘘じゃなさそうだな」
フジキセキは、新たな強敵との出逢いにウマ娘として喜びを感じていた。無論、バロンも。
栗東寮入口。
「お……終わったか、バロン」
無言で頷くバロン。
「悪いが俺もこの後、トレーナー寮に荷物を置きに行かなきゃいけないんだ。ついてくるか?」
「……」
無言で歩き出すバロン。
「こっちだ」
トレーナー寮へ案内する鉄。
二人がしばらく歩いていると、一人の男とすれ違った。左側頭部を刈り上げた特徴的な髪型の男だ。
「……あれ」
すれ違った後、互いに振り向く鉄と男。
「あ……」
二人して声を上げた。
「鉄ちゃん《てっちゃん》!?」
「沖野……!?」
二人は駆け寄ると熱く握手をし、再会を喜んだ。
「なんだよ鉄ちゃんも出戻りかよ!」
この男は鉄と同じ中央トレーナー、沖野。笑いながら鉄の肩を叩く沖野。
「お前こそ!いつから中央に戻ってたんだ!?」
鉄も驚きつつも笑顔で話す。旧友との思わぬ再会に喜ぶ二人。
「俺も色々あってさ……今は“スピカ”ってチームを受け持ってるよ」
頬をかきながら恥ずかしそうに話す沖野。
「チーム“スピカ”って……あの“帝王”がいたチームじゃねえか……!?それに“日本総大将”に“お祭りウマ娘”まで……出世したな、沖野」
友の出世を心から喜ぶ鉄。
「……鉄ちゃん“帝王”は……まだスピカを辞めちゃいねぇさ。それにさ、俺だってニュースとかに名前くらいは出てたんだぜ。知らなかったのか?」
沖野は冗談のように言う。しかし、その顔は少し複雑そうだった。
「悪い……テレビとか、そういうネットニュースとか、俺全然疎くてよ……ここ2年間は、カワサキのことで頭がいっぱいだった」
鉄も照れながら話す。
「で、今度はこの子と舞い戻ってきたってわけか」
バロンを興味深そうに見ながら話す沖野。
「ああ……俺は地方で細々とトレーナーやってたんだけどな……今はコイツと手を組んで、テッペンを目指してる」
「そっか……また一緒に頑張ろうぜ、鉄ちゃん」
「ああ……!」
再び熱い握手を交わす二人。
「──所で、いい〜トモをしているな。一回り何cmあるんだ?これだけ太ければスプリンターとして……」
突如、バロンの前にしゃがみこみ、その脚に触ろうとする沖野。いやらしい目的ではなくこれは彼の癖であり、優秀なウマ娘を見るとやらずにはいられないのだ。
「ば……馬鹿!よせっ……!!」
慌てて沖野を止めようとした鉄。しかし、もう遅かった。
「……」
バロンは、無表情で沖野の顔面を蹴り飛ばした。
「ぶふぉ!?」
「沖野!!」
吹っ飛ばされた沖野を、心配そうに見つめる鉄。
「お前……ちっとも変わってねぇな!大丈夫か?」
「だ……大丈夫大丈夫。慣れてるから……」
すぐに立ち上がる沖野。驚いたことに、怪我はなさそうだ。
「ふぅ、おかげで目が覚めたよ……鉄ちゃん、俺、いつものバーにいるからさ。気が向いたら顔出せよな」
「……わかった。ありがとう沖野」
沖野は、爽やかに去っていった。
「──痴漢だ」
不服そうにつぶやくバロン。
「まあそう言うなって……良いやつなんだよ」
二人はそのままトレーナー寮に向かった。
トレーナー寮。
バロンが一人、入口の前に立ち尽くしている。
「待たせたな、バロン」
荷物を置いてきた鉄。
「よし、行くか」
「……」
鉄の後に続くバロン。しかし、バロンのお腹が大きく鳴った。
「……」
無言のバロン。
「腹減ったか?じゃあまずは食堂から行こうな。あそこに行けば、いつでも腹いっぱい食べられるぞ」
「……」
バロンは無言だが、耳を震わせていた。喜んでいるようだ。
食堂。
食堂は朝食をとるウマ娘たちで賑わっていた。朝食の乗ったトレイを手に、空いている席を探す鉄。しかし混雑していて中々見つからない。
「どうするか……仕方ねえ。相席を頼むか」
「……」
バロンの手には山盛りの朝食が乗ったトレイがあった。
すると、そのバロン以上に山盛りの朝食を食べているウマ娘が居た。そのウマ娘以外には、テーブルには誰も座っていない。
あまりの量に、あぜんとしている鉄。
すると、そのウマ娘が鉄とバロンに気づいた。
「……少し待っていてくれ」
そう言うと、凄まじい速さで大皿三枚分ほどの料理を平らげ、皿を重ねてスペースを作ってくれた。
「どうぞ」
そのウマ娘は快く同席を許してくれた。
「あ、ああ……どうも」
その異次元なまでの食いっぷりに驚く鉄。バロンは無言だが、そのウマ娘に視線を向けていた。すると、バロンはにわかに口を開いた。
「──お前が……オグリキャップか」
「?……そうだが」
「……」
オグリを睨むバロン。するとオグリは、無言でバロンに自分の皿を差し出してくれた。
「そうか……君もこのニンジンハンバーグを食べたかったんだな」
見守っているしかない鉄。
「……」
すると、バロンは素直にその皿を受け取り、自分の前に置くと席についた。鉄もほっとした様子で席につく。
「初めて見る顔だな……もしや、転入生か?」
わくわくとしながらバロンへ視線を送るオグリ。
「……」
だが、バロンは答えず、黙々と食事をしていた。
「そうなんだ。今日からこのトレセン学園に世話になる、バロンイーストって言うんだ。俺はトレーナーの鉄。よろしくな、オグリキャップさん」
「私を知っているのか」
「知らないやつなんていないでしょうよ……」
オグリの抜け具合に、少し呆れながら話す鉄。
「バロンイースト……聞いたことがある。タマが教えてくれたな。ルドルフを倒したウマ娘がいると──」
すると、オグリとバロンの間に、目に見えぬ威圧感のようなものが生じた。
「近いうち……一緒に走ろう。バロンイースト」
「──お前は、ルドルフより遅いのだろう?」
バロンの一言に、その場の空気が凍りつく。
「わからないな……私とルドルフは走ったことがない。君が羨ましい」
しかし、挑発的なバロンの発言には乗らず食事を続けるオグリ。
「……」
視線で応えるバロン。鉄は二人の様子を観察しながら、食事を続けた。
(しかし……考えてみりゃ、あのオグリキャップを相手に、怯むどころかケンカを売ってやがる……大したやつだぜ全く)
鉄は内心ひやひやしながら、ニンジンを頬張った。
その後、三人は仲良く食事を終えると解散した。
オグリキャップ。
地方、カサマツレース場の出身で、実力一つで中央にのし上がった“芦毛の怪物”。
普段はのんびりとした性格をしており、何よりも三度の飯が好き。何なら一日に五食以上とることもある。
しかし、レースとなると真剣そのもので、レース中の激しい彼女を知る者からは、“シンデレラグレイ”とも呼ばれる。
学園内の大食いイベントに度々出演してはファンを沸かせている。
街中の大食い飲食店からは軒並み出禁を言い渡されている。にもかかわらず、タマモクロスと名乗り度々忍びこもうとするが、すぐにバレてつまみ出されている。