食後、学園内を散策するバロンと鉄。鉄は少し食べすぎたのか、苦しげな表情を浮かべていた。
「うっ……」
(完全に胃もたれしてる……朝から脂っこいメニューを食うんじゃなかった……バロンとオグリキャップに釣られて食いすぎたな。もう20代のようにはいかねえか……)
アラサー男の身体は、暴力的なまでの食事に悲痛な叫び声を上げていた。完全に消化不良。
「……」
鉄の様子を察したのか、バロンは鉄の手を引くと庭園のベンチに座らせた。背もたれが無いので、鉄の後ろに立ち、背もたれの代わりになるバロン。
「いいって、そこまでしてくれなくても……」
「──遠慮を、するな」
鉄の肩を引き、強引にもたれさせるバロン。
「ああ、すまん……」
観念してリラックスした鉄。背中でバロンの身体を感じる。その感触は、意外にも柔らかい。バロンは鉄の為に、普段は岩のように硬い筋肉を弛緩させていた。
「……」
鉄を気遣ってか、肩揉みまで始めたバロン。しかし。
「いだだっ……!」
激しく痛がる鉄。バロンは鉄の肩からすぐに手を離した。
「……!」
「あー……いや、ちょっと揉み返しがな……だが、俺を気遣ってくれるその気持ちだけで嬉しいよ」
「……っ」
鉄を痛めつけてしまったことに、ショックを受けるバロン。相当手加減したと思いこんでいたが、その力はまるで万力の如く。バロンは未だ自分自身の力を制御出来ずにいた。
「気にすんなよ」
「……」
バロンの表情はいつも通りであったが、耳と尻尾はバロンの心境を如実に表していた。圧倒的ションボリ。
しばらくそうしていた二人。温かな陽光と自然豊かな空気に包まれていると、鉄の気分も次第に良くなっていった。
「ありがとよバロン。そろそろ行くか」
鉄が立ち上がると、バロンは鉄について歩いた。
図書室。
トレセン学園は文武両道。主にレース関連の書籍が充実しており、それ以外にも様々な資料が置かれている。映像資料などの貸し出しも行われており、特にGⅠレースの映像は常に貸し出されている超人気資料。
「バロン、正直俺はお前を自由に走らせたいと思ってる。だが、自分で学んでいく過程で、他のスタイル……例えば、逃げや先行に切り替えたいって時は、遠慮なく言ってくれ」
「……」
黙ってうなずくバロン。鉄は説明を続ける。
「ここでは、そんな知識を身につけることができる。司書さんになんでも聞きな。無論、俺でもいい。本の場所は大体把握して……」
鉄の説明もそこそこに、とあるウマ娘にじっと視線を集中しているバロン。どうやらバロンは、動物的な勘で強いウマ娘を判別しているようだ。
そして強者を見ると、たぎらずにはいられない。バロンは、そんなサガを背負ったウマ娘なのだ。
「あの──なんですの?」
美しい芦毛のウマ娘、メジロマックイーン。名門、メジロ家のウマ娘にして、誰もが知るスターウマ娘である。
「いや……ははは、なんでもないです」
笑ってごまかしている鉄。
「……図書室では、お静かにして下さいます?」
「はい、すんません……行くぞっ……バロン」
「……」
鉄に手を引かれ、素直に従うバロン。だが、図書室を出るまでずっとメジロマックイーンに視線を飛ばしていた。
「……バロンと、言ってましたわね。なるほど……」
マックイーンは、静かに読書を続けた。
トレーニングジム。
学園でもかなりの費用が捻出されている高級ジム施設である。ウマ娘の筋力増強を目的とされたトレーニング器具や機械は、とにかく高額かつ、大型な物が多い。
「ここならお前のパワーをもっと鍛えられそうだ……ん、流石、あがんねえや」
鉄は小さなダンベルを持ち上げようとしたが、ビクともしない。一見普通のように見えるダンベルも、ウマ娘用のものはかなりの高重量なのだ。
「……」
それを軽々と持ち上げ、見事なダンベルカールを見せるバロン。
「やるな、バロン」
「まだまだ!レッツマッスルー!!」
突然、トレーニングウェアに身を包んだウマ娘が話しかけてきた。身長はバロンには及ばないが、その筋肉の大きさと張りはバロンに負けず劣らず。まさしく、キレてる筋肉。
「わっ……あっ……メジロライアン……!」
「あれ?あたしのこと知ってるんですか?」
マックイーンと同じ、メジロ家を代表するウマ娘の一人である。その中でも特に快活で、パワーに優れるウマ娘。
「そりゃまあ……メジロ家の御令嬢を知らないトレーナーは、ここにゃいないですよ……」
「あなたは!もしかしてバロンイーストさん!」
「……」
無言なバロンだが、珍しく驚いているようだ。それほどまでに、ライアンの筋肉は眩しかった。
「はい、転入してきました。この子はバロンイースト。俺はバロンのトレーナーです」
「なるほどぉ!いいカラダしてますねっ!!お互いに最高の筋肉目指して、頑張りましょう!!」
「……ん」
ライアンの白い歯が光る。握手に応じるバロン。
「良かったな、バロン。いい先輩じゃないか」
「──ああ」
ライアンに見送られながら、二人はジムを後にした。
室内温水プール。
水泳トレーニングに勤しむウマ娘たちで賑わっている。他にも飛び込み台や、サウナ、ジャグジーなども併設。ロッカールームにはシャワールームも設置されている。
「ここでは、主にスタミナトレーニングを行う。バロンは泳げるか?」
「……」
こくりとうなずくバロン。
「そうか、ここも皆で仲良く使うんだぞ」
「──魚は泳いでないのか?」
「はは、お前も冗談言うんだな。泳いでるわけないだろ」
「BAN!!」
「ボーノー!!」
「なんだ……?」
その時、二人のウマ娘がプールサイドに仁王立ちしていた。タイキシャトルとヒシアケボノである。二人とも短距離、マイルで名を馳せるこれまたスターウマ娘である。
中央では、このように平然と綺羅星のようなウマ娘たちが生活しているのだ。
「魚と泳いでも短距離なら、ワタシたちは負けまセーン!!」
「あははっ!負けないよぉ!!」
勢いよくプールへ飛び込む二人。大柄な二人が飛び込んだ勢いで、凄まじい水量のしぶきがあがった。
「わっ……!」
一瞬の出来事に、驚くことしか出来ない鉄。しかし、バロンは瞬時に鉄の前に移動すると、その巨体で鉄を庇うようにしぶきを受けた。当然びしょ濡れになるバロン。
「……」
「バロン!?庇ってくれたのか……」
バロンは泳ぎ去る二人に視線を向けていた。その視線は禍々しいものであり、明確な敵意を感じさせた。
「──かっ」
静かに怒るバロン。体温の上昇により、みるみる内に髪や制服から水分が蒸発していく。あまりの熱に周囲の空間は歪み、足元の水は泡を立てていた。
「ば……バロン、行くぞ。トレーニング中にプールサイドに立った俺たちが悪かったんだから……」
「──あの二人の顔、忘れん」
「バロン、俺はお前を信じてるが──ケンカだけは駄目だ。仲良くな。あと、出来るだけ他のウマ娘にガンを飛ばすのはやめてくれ」
「……」
二人はプールを後にした。
中庭。
学園内には、ウマ娘たちの憩いの場となる庭がいくつかある。ここもその一つ。特に“穴の空いた切り株”のある庭として、ウマ娘たちの人気スポットとなっていた。
「ゔぉおおおおおおおおおんっ──!!まだハヤヒデに負げだよぉおおおおおお!!悔じぃよぉおおおおお!!」
顔中からあらゆる液体を流しながら切り株の穴に向けて叫んでいるのは“ダービーウマ娘”ウイニングチケット。彼女も言わずもがな、スターウマ娘である。
クラシック三冠をそれぞれ一つずつ持つビワハヤヒデ、ナリタタイシン、ウイニングチケット。その強さとライバル性は、広く人々に認知されており、それぞれの頭文字から“BNW”と呼ばれている。
「ああして、負けた悔しい気持ちを発散しているんだ」
「──無様だ」
「そう言うなって。お前にも、いつか分かる日が来るさ」
「でもタイシンには勝っだよぉおおお!!嬉じいよぉおおおおお!!」
「うっさいこのバカ!!」
傍らのタイシンがチケットの足を優しく蹴った。
「さて、そろそろ生徒会室に行くか」
「……!」
生徒会室と聞くと、バロンは嬉しそうな表情を見せた。
「そんなにシンボリルドルフに会いたいのか、バロン」
「──早く行こう」
「わかったって、押すなよっ……バロン!」
二人は中庭を後にし、生徒会室へと向かっていった。
メジロライアン。
そのウマ娘は──マッスルだった。
名門、メジロ家の令嬢でありながらも親しみやすく、人懐っこい性格をしている。その為、友人も多い人気ウマ娘。
最大の特徴は、その筋肉から繰り出されるパワー溢れる走りであり、宝塚記念ウマ娘として名高い。
同じメジロ家の出身であるメジロマックイーンとは親友であり、ライバル。
誰もが認める努力のウマ娘である。
ショートヘアの髪型と筋骨隆々とした外見から男性的な印象を受けるウマ娘だが、意外にも少女趣味の純情派。
専属トレーナーとは一緒に筋トレをしたりと、とても仲が良い。加えて肉体とは裏腹に精神的に弱いライアンの心を支える芯の強いトレーナーである。
合言葉は“レッツマッスル”。