日本国内での怪死者・行方不明者は年平均一万人を超え、そのほとんどが人間から流れ出た負の感情。つまり呪いによる被害によるものであり、呪霊の仕業らしい。日本に二校しか存在しない四年制の呪術教育機関の一つ、東京都の郊外に位置する東京都立呪術高等専門学校は、多くの呪術師。つまり呪霊を呪術を用いて呪いを祓う人たちを多く輩出しているのが呪術高専らしい。教育だけでなく任務の斡旋・サポートも行なっている呪術界の要にもなっているとのことだった。
「それでそんなすごい人がなんでここにいるんですか」頭を掻いた。
話の文脈をうまく掴めない。腕を組んで、夜蛾さんの方を一瞥した。
彼は依然と真摯な姿勢で私と向き合っている。
「我々は君を保護しにきました」
「私、呪霊じゃないです」
「もちろん、分かっています」
「保護してもらわなくても、私は元気です」
「最近、自分の周りで変なことが起きていませんか」
まさか、夜蛾さんの口から、そのことについて聞いてくると思っていなかったので、私はかなり驚いた。自分の悪事を指摘された気分になり、動揺する。
「確かに起きているには———起きていますけど。でもそれが私のせいっていうのは無理やりすぎというか、根拠がないというか」瞬きを数回する。
「根拠ならあります。君は今、怨霊に憑かれています。私には見えます」
私は肝を抜かれた。言葉が出なかった。今まで真摯に話してくれた夜蛾さんにも、夜蛾さんの後ろでいそいそとお弁当箱を取り出して洗い始めた母にも小さな怒りを覚えた。
そもそも夜蛾さんが話してくれた呪術界のことなんて、私からしてみれば宗教勧誘の上位互換のような感じだ。この話を信じてくれると思っている夜蛾さんにも、そんな夜蛾さんの話を信じて招き入れた母にも言葉が出てこない。
二〇〇七年現在の日本人口は一億を超え、その一%にも満たない人々が呪霊によって亡くなっている。としたら、怨霊に憑かれる割合はどんなものになるのだろう。とにかく私は額を押さえた。
このあまりにも説得力ない感じが、逆に説得力があるといっても、説得力に欠けない感じがする。
「そのつまり、私が怨霊に憑かれているせいで周りに被害を及ぼしているってことですか」
夜蛾はゆっくりと首肯した。
「でも、怨霊って憑いた人に被害をもたらすイメージなんですけど」
「君を守っているようですが、周りに被害をもたらしている以上は———」
「保護っていうことですか? どうせなら今、祓ってくれても」
「怨霊は簡単には祓えないんです」彼は申し訳なさげに視線を下げた。
重々しい沈黙が訪れ、私はさらに混乱した。
「解呪のためにも東京都立呪術高専で保護させていただきたい。解呪ができれば、ここに戻ってきてもらって構いません」
真意を確かめるのは容易い。今から彼について行って東京に行けばいい。でも、もしついて行って車に乗り込むとき知り合いが出てきて「引っかかった」と笑われたら赤面する。
長い間はそのことで笑い者にされるかもしれない。
でも実際、私の周りで被害は出ているわけだし。
「祓えたら戻ってこれるんですよね」
あのあと、先生の後ろをついて行ったのは間違いではなかったと、今なら言える。でも、あの頃の私は半信半疑だった。あれから何年も経っているなんて、どうも実感がない。