「
だだっ広い木造の教室に机と椅子の組が四つ。
その三つには白髪丸サングラスの男子生徒と長髪を結っている男子生徒、茶髪のボブの女子生徒が座っている。
長い足を机の外に投げ出して、白髪の男子生徒はサングラスをずらして私を見つめる。
白髪の男は、同年代と比べると、はるかに見てくれがよかった。背はすらっと伸びていて、肌も綺麗だったが、ただ、その外見の良さを自覚しているようなところがあって、初めてのタイプの人だなと思った。
「へぇー、変なのに取り憑かれてんじゃん。てか呪われてるよ」とケラケラと笑いながら、白髪の生徒は言った。「せんせー、俺らコイツ監視しとけばいいの?」
白髪の生徒の言葉に眉をひそめて、夜蛾さんの方を見る。
「監視?」
夜蛾さんは額に手を当て、小さくため息をついた。まったく、と言った様子に騙されたと瞬時に理解した。
「カオル、落ち着いて聞いてくれ」
「えっと……保護の名目じゃなかったんですか? 」
私の中で混乱の風が巻き起こる。それは感情の平原のどこかで不吉な砂嵐が発生したみたいだ。
「おっ、出てきたね」長髪の男子生徒が私の後ろを見ながら、そんなことを言う。
「せんせ、やっぱり祓えないの?」と白髪の男子生徒は軽快に言った。
「条件を踏まなければ、解呪できない類のやつだ」夜蛾さんは私に向き直って、真っ直ぐな目で言った。
「騙したのはすまない。ああも言わなければ、来ないだろうと思ってな。君に憑いているのはそこら辺の呪霊とは違って、特級の呪霊だ」
「えー、まさか説明してなかったの? 誘拐だー」棒読みでボブの女子生徒は口角を上げる。
不服げに夜蛾さんは頭をかいた。否定する気はなさそうだ。そして夜蛾さんは一度顔をしかめた。
一度顔をしかめると、もとの表情を回復するのに手間がかかるのか、長くしかめ面を続けたあと、通常の顔がどんなだったか思い出すのに少し手間がかかっていた。
しかし数度の試行錯誤のあとで、それらしきところに落ち着くことができたみたいだった。
「特級仮想怨霊“羅刹女” 君にはそれが憑いてる」
寝起きしたあとのベッドにシーツの皺が寄っているように、生きているだけで皺寄せがやってくる。特級に憑かれているのがその最たるものだと思う。
まだ夏も始まりきっていない六月後半、青々と晴れている空の下で私は階段に腰を下ろしていた。ジメジメとした暑さに汗がじんわりと滲んでくる。
基本、私は目に見えないものは信じないようにしている。ただ感情とか愛だとか、心とかそういう心象的なものはあると思っているし、目に見えないほどの粒子とか科学的に証明されているものとかは信じている。
私が信じていないものは、いわゆる幽霊や超常現象とかオカルトチックなもの。
だから、先生から言われた呪霊を容易に信じることができない。どうやら、あの三人の学生と先生には見えているみたいだったけど。
階段に座っている私を覆い隠すような大きな影が突然ヌルッと現れる。
「カオルちゃん、どうせなら連絡先交換しとかない?」伸びやかな声が背後から聞こえた。
顔を上げる。長髪の生徒が自分の顔の横に携帯電話を出して、胡散臭い笑みを浮かべている。
まさにニヒルな笑みだ。
「……いや、遠慮しとく」私は素っ気なく視線を逸らして言った。
彼の後ろの方で白髪の青年がゲラゲラと品もなく笑う声が聞こえる。
「傑、断られてやんの」
「断られてやんの」と女学生がからかうように繰り返した。
階段に座っていた私の前に白髪の青年は現れ、自信ありげに胸を張る。
「流川、それなら俺と連絡先交換しようぜ」
私はこっそり深く呼吸を繰り返した。そしてその末に「やめとく」と言った。
「はっ? 何断ってるわけ」
白髪の青年はさらに、「何、最強の呪術師の俺の連絡先を断っているわけ?」と続けた。
「悟、断られてやんの」と長髪の青年は野次を飛ばす。それは女学生も同様だった。
私は正面にたっている白髪の青年を指さした。
彼は少し下の段の方に立っていたので、私は見下ろすように彼を見る。
「なんだよ」白髪の青年が眉を寄せる。
「チンピラ一号」
「はあぁ?」白髪の青年は顔を歪めた。「俺のご尊顔を指さして何言ってんの?」
「チンピラ一号」
「あはははは」としゃぼん玉のような笑い声が後ろから聞こえてきた。
次に私は振り返り、笑っていた長髪の青年を指さす。
「チンピラ二号」
笑うのやめてニヒルな笑みで私の顔を見返し、長髪の青年は白髪の青年に目配せした。