「はぁ…やっと終わった…」
バイト終わりの帰り道、もう既に日が沈み暗くなってしまった街の中を歩く。
なんだかいつもにも増してどっと疲れたような気がする、というか実際にいつもより疲れているのだろう。
ようやく帰れる筈なのに、家に向かって進む足取りも何処となく重く感じる。
「振り返ってみると、目まぐるしい一日だったわ…」
全く警戒していなかった、予想していなかった。
まさか誰にも伝えていなかった筈のバイト先を突き止めて、先輩達が遊びに来るだなんて…
たまたま食事をしに来たタイミングで鉢合うとかなら分かる、けれど自分がここでバイトをしているという事を知った上で会いに来るだなんて誰が予想出来ようか、少なくとも私には出来なかった。
「全く、わざわざみんなで来るなんて…」
ホシノ先輩だけが来るとかならまだ良かった、私だって耐える事が出来たと思う。
けど、わざわざ全員で来る必要はないじゃない!?
確かにホシノ先輩の性格的にみんなを連れて来る事は理解出来るが、その『みんな』の中にあの二人が含まれているのはやはり理解出来ない。
「さてはホシノ先輩、昨日の事があったからわざとアイツらを連れて来たに違いないわ…!!」
ホシノ先輩は多分、私があの二人に対しての態度を変えない事を気にしているんだろう…
いつもはなんだかんだ適当なように見えて、視野がとっても広い人だから…
…いや、考えすぎかもしれない、何も考えずに連れて来た可能性も十分に考えられる。
まぁ、どちらにせよ別に私には関係のない事だ。
「…ふざけないで、私がそう簡単に折れると思ったら大間違いなんだから!!」
私は認めない、私だけは認めてやらない。
私が簡単にあの二人の事を認めてしまったら、アビドスは皆アイツらを認めてしまう事になる。
今まで何度も何度も何回も騙されてきた、今まで私達に何の対価も要求せずに手を差し伸べてくれた大人なんていなかったんだ。
私が疑わなきゃ、私が注意していなきゃ…
そうしないと、また私達は欺かれるから。
折角バイトが終わったというのに頭の中によぎるのはそんなマイナスな思考ばかり。
自然と足取りも重くなる、思わず溜息が零れる。
辺りを見回せば電気の付いた建物は少なく、何処も彼処もシャッターが閉められている。
「…ここも人が減ってきたなぁ…前は、もう少し人がいて賑わってたと思うんだけど…」
私がアビドスに入学した当初、あの日からまだ1年も経っていない筈なのに…
人はどんどん減っていく、賑わっていたあの店も今はもう私の知る姿ではなくなっている。
なんだか胸が締め付けられるような気分だ、自分が直接害されるような事ではないが、私の好きな『アビドス』は姿を変えていってしまっている…
それも、決して良いとは言えない方向に。
「治安も悪くなってきてるみたいだし…」
人が減った弊害か、以前よりも不良達が堂々と外を出歩くようになっているらしい。
キヴォトスに治安を求める時点でお門違いではあるが、それにしても今のアビドスの治安は少しとは言えないほどに悪過ぎるらしい。
空いた時間にパトロールとか、治安維持活動なども行った方が良いのかもしれない…っと。
「おい」
「…噂をすれば、何とやらってヤツ?」
突如として、目の前に数人の生徒が現れる。
明らかに道を塞ぐような立ち位置、それに一言目から相手を威圧するような言葉選び。
よくあるような道を尋ねようと声を掛けた、という雰囲気には全く見えない。
治安が悪くなっているのは本当だったらしい、明らかに先程話していた不良集団である。
「で、何よアンタ達」
「黒見セリカ、だな?」
話が通じない、ある意味で安心感すらある。
こちらの話は一切耳に入れようともせずに自分の要求だけを淡々と語る姿、嫌気が差す。
確かに私は黒見セリカで合ってはいるが、別に私にそれを答える義務も義理もない…
…何処かで見た事のあるような格好をしていると思ったら、そのヘルメットは…
「…カタカタヘルメット団?拠点を潰されたってのに、まだこの辺をうろついてるの?」
てっきりもうアビドスからは離れたと思っていたのだが、どうやらまだ離れていなかったらしい。
だが、彼女達の持っていた武器や資源などは供給が止まるようにと拠点に攻め込んだ筈だ。
今の彼女達にはあまり戦力があるとは思えない、私一人とは言えど十分に追い返す事が出来る筈。
「丁度良かったわ、虫の居所が悪かったの…!!」
と、銃を手に持った瞬間に背後の気配に気付く。
…囲まれている、いつの間に…!?
思いの外相手の人数が多い、初動が遅れた事も考えるとこの状況から私がどうこう出来る確率は…
…これは、まずい…っ!?
「捕らえろ」
一人の生徒から放たれた言葉と同時に、耳を劈くような轟音が鳴り響く。
充満する火薬の匂いに、辺り一面を覆う程の煙。
だが、私に放たれた筈のその砲弾は私にカスりもしていないらしい。
痛みは身体のどこにもない、無傷と言っても過言ではない程の僅かな損傷…
まさか外したのか?いや、そんな筈は…
「ケホッ…ケホッ…」
「っと、ギリギリセーフって感じかな?」
煙が晴れてきて、ようやく視界が正常に戻る。
聞き覚えのある声に顔を上げると、私の目には盾を構えた見慣れた背中が映っていた。
私よりも小さい身体、それでいて私よりも何倍も何倍も頑丈で力強い身体。
ピンク色の長髪の、先輩の姿。
「…ホシノ先輩…!?」
「はいはい、おじさんだよ〜」
どうして先輩が、という言葉を発する間もなく先輩は正面の敵達に突っ込んで行く。
怯まずに敵を薙ぎ倒していく先輩の姿は、明らかに戦闘が起こる事を予測した上でここに来たといった覚悟を持った動きだった。
私は助けを呼んでいない、呼んでいたとしてもこんなに速くここまで来れる筈がない。
じゃあどうして、どうして先輩がここにいるのか…
すぐに動かねばならないとは理解しつつも呆然とする私の背後からは、これまた聞き覚えのある声が幾つにも重なって聞こえてきた。
「ん、間に合った」
「セリカちゃん、大丈夫ですか〜?」
『私も指揮に入ります!』
シロコ先輩、ノノミ先輩、通信越しのアヤネ。
それに、シャーレから来たあの二人もいる。
みんなそれぞれの武器を構え、目の前の敵達に立ち向かって行く。
分からない、何一つとして分かる筈がない。
予期せぬ襲撃、予測出来なかったヘルメット団達による私が一人になった所を狙った攻撃。
それなのに、どうして、どうして…
「み、みんなまで…どうして…!?」
みんなは何も答えない、いや、答えられない。
今も困惑し続けている私とは違って、みんなはすぐに武器を構えて戦いに行ったのだから。
だから私が問いかけているのは、みんなとは違って前線へと出ない二人に対して。
普段だったらとっくにシャーレへと帰っている筈の、あの二人に対して。
「………」
彼女は相変わらず何も答えない、私から喋る事はないと言わんばかりに何も話さない。
それでも、彼女の表情はほんの少しだけ緩んでいた。
その表情は私の事を助ける事が出来た安堵からなのか、それとも別に理由があるのだろうか。
私には分からない、私に分かる筈もない。
それでも、彼女の浮かべている表情はいつもよりも何処となく優しいように見えた。
一方で、もう一人の彼は私に手を差し伸べてくる。
相変わらず反吐が出る程の優しい笑みを浮かべて、それでいて私を安心させるかのような大人としての覚悟をその瞳に宿していて。
誰とも分からないような他人に対して、アビドスとは全くの関係のない部外者に対して。
頼ってはいけない、信じてはいけない。
分かってはいる、それでも、それでも…
“助けに来たよ、セリカ”
手を差し伸べる彼のその姿は、善意に溢れていた。