便利屋68の朝は早い。
…なんて格好を付けて言ってはみたが、たまたま今日は朝から用事があったというだけだ。
依頼があれば明け方であろうと活動する、逆に無ければ各々自由に活動する、そんなものだ。
つまり今日こうして全員が集まっているのはやはり用事があるからで、その用事というのは…
「…で、何処に引っ越す気?」
アビドスとの騒動、風紀委員会との戦闘。
これ以上此処に拠点を構えるのは厳しいと判断したが故の、言うならば社内会議のような物が行われていたからだ。
幸運な事にブラックマーケットの件から金銭の類には余裕がある、敢えて引っ越さないという手も取れる。
まぁ、私がその提案をしようがしまいが最終決定権は社長に委ねられるのだが…
「う〜ん…アルちゃん!!決定権は社長にあるよっ!!」
「えっ!?えっ…ぇ〜…」
「アル様はきっと、素晴らしい移住先と完璧な計画を練っている筈です…!!」
「えっ!?えっ!?」
…あの様子じゃあ、流されてしまうんじゃないかと。
まぁ、正直ムツキの方は分かってやっているというのが丸分かりなので最悪の選択をする事はないだろう。
結果として最善の選択ではなく一番面白い選択へと誘導する気もするが、それもまた乙というか。
「…はぁ…ムツキ、ちょっと外の自販機で飲み物買ってくる…」
「ん〜、行ってらっしゃ〜い」
生憎様、時間的にも金銭的にもそこそこの余裕はあるのだ。
なるようになる、取り敢えず考えるより先に動く。
結果として失敗に終わる事もあるが、そんな動き方の方が上手くやっていけるんだ。
事実、そういう社長だからこそ着いて来ている訳で。
「行き当たりばったりなのも良いところ、か…」
缶コーヒーを片手に、そんな言葉が溢れる。
こうしてみるとアビドスの居心地も中々悪くなかった、などという思いが浮かんでくるものだ。
実際どうなのかはさておき、去り際になると案外未練というものは色々と出てくる。
住民の人は良いし、柴関にも世話になった。
仕事云々は抜きにして、引っ越すにしてもプライベートで遊びに来ても良さそうだ、なんて。
その時は社長達も一緒に、そんな事を考えながらプルタブを開けようとしたタイミングで勘付く。
…人の気配、もう随分と距離が近い。
先日の一件がある事から風紀委員会だとは思わないが、他にも恨みを買っているような人物はいくらでもいる。
人数は、体格は、相手の持っている得物は。
この場で取るべき行動は、ひとまず自分も銃を抜くべきか。
出来る限り不審に思われぬよう、背後から近付いてきているであろう人物の姿をゆっくり振り返り見れば…
「引っ越し計画、順調?」
…警戒して損した、というのが素直な感想か。
「…もう少し何か、一言目は挨拶とか声の掛け方を考えるとか工夫出来ないの…?」
「………」
「無理そうって事は伝わったよ…」
変な形で神経が擦り減らされた、別に彼女が全て悪いという訳でもないのだが…
それはそれとして、あの距離の詰め方はないだろう。
まぁ、それを言ったところで途端に改善出来るタイプではない事もまた理解しているのだが。
「…なんで私達が移住先を探してる事を知ってるのか、そこは敢えて聞かないでおいてあげる」
深く追及するのも野暮というか、そもそも追及したところで彼女は答えられないだろう。
もう目に見えて敵対している関係でもないのだ、それを知っていたところで此方に不都合がある訳でもない。
それはそれとして、彼女がそんな言葉を伝えるためだけにここまで赴いたとは考えづらい。
「で、何か用事でもあった?」
「………」
何らかの用事があるのだろうと予想した上でのその質問に対し、彼女は返事ではなく動作で反応を示した。
上着のポケットから取り出したのは一枚の便箋、見たところ手紙か何かだろう。
それを此方へ手渡すと、一度目を瞑り一息入れた後に伝えるべき言葉を続ける。
「これ、先生から」
後で詳しく読ませてもらおうと思いながら封を切る、やはりしまわれていたのは手紙の類。
そして、名刺のような形状の一枚の紙切れ。
「…これはまた御丁寧に連絡先からシャーレの住所まで…本当に、お人好しなんだね、あの人は…」
後で手紙の内容にも目を通させてもらおう、出来れば社長達と一緒に読んだ方が良いか。
いずれにせよ、わざわざこんな物をしたためて私達に渡す時点で相当人が出来ている。
出来ているというか、もはや過度なお人好しというか。
「先生は、凄い」
心做しか、何処となく羨望の混じった瞳でそう語る彼女。
「…確かに、色んな意味で凄いかな…」
彼女の言いたい事も理解出来るといった意図でそう返せば、一度頷き再び黙り込む彼女…
「………」
「………」
…話題なんてある筈もない、世間話をしに来た訳でもない。
「私は、これで」
自分の用は済んだから、とこの気まずい空間からいち早く抜け出そうとする彼女。
「ちょっとストップ」
私も特に用がある訳ではないが、このまま何事もなく彼女を帰すという選択を取るのは何故だか引っ掛かる。
ならばあの時から変わったのかと、分かりきっているが敢えて引き留めてみようなんて。
そんな風に思い、逃走体制に入っていた彼女の背後からそう声を掛けてみる。
「もう答えは察してるけど…結局、自分の中に秘めてるあれこれ、打ち明ける事は出来たの?」
「………」
「目、泳いでるよ」
表情自体はあまり変わってはいないが、よくよく観察してみれば態度には割と出ている。
その事を一度理解してしまえばあとは逆に分かりやすい、典型的な引っ込み思案というか。
「………」
言われて初めて気付いたのか、どうにか目が泳がないように自分に言い聞かせている様子。
ただ今度は口元が震えている、残念ながら指摘された上で今更誤魔化すのは無理がある。
本人もその事を理解し受け入れたようで、気まずそうに言葉を詰まらせながら質問に対する返答をする。
「…まだ、出来てない」
「だと思った…まぁ、分かってて聞いたけど…」
そもそもアレは私の勝手な感想を述べただけであって、アドバイスなんてレベルのものではない。
それでも言ってみれば変わるのではないか、そう思ったがどうやら実行には移せていないようで。
「その在り方を否定するつもりはないけどさ、自分でも理解してるんじゃないの?」
ただ、誤魔化そうとしているなら逆に言えば自分が今している行動が間違っていると。
そう、心の中では思っているはずなのだ。
なら私に出来る事は…まぁ、頑張れとしか言えないが。
所詮は部外者、所詮は他人、最後に彼女の背中を蹴るのは私のやる事ではないだろう。
というか、私に出来る事ではないだろう。
「…がん、ばる…」
「まぁ、程々にね」
まぁ、結局のところどう転ぶかは行動する本人次第。
上手くいけば万々歳、悪い方向に転んでしまったらその時は本人に非がある。
私から言えるのは、本当にこの程度の事だけだ。
さて、これで本当に会話の種が尽きた訳だが…
「…じゃあこれ、私からも渡しておく」
最後に一つだけ、御節介というよりかは『課長』としてのちょっとした仕事を。
「名刺?」
社長が見栄…形から入るために社員全員に作らせた、名刺。
言わばシャーレへの宣伝、これから何度も顧客として、協力者として付き合ってもらうと。
「その電話番号に掛けてくれれば私のスマホに繋がるからさ、一応ね…」
そして、それなりの仕事は熟してみせると。
「依頼があれば是非、便利屋68までご連絡を」
「………」
…この反応は、好印象と受け取って良さそうだ。