全部ぜんぶ、意地でしかなかった。
多分、最初から分かっていたんだと思う。
私は、物語の歯車になれる器じゃないって。
逃げたところで誰も責めない、誰も責められない。
そもそもどうして、私が動く必要がある?
弱い私が物語を変えるなんて、出来る訳がない。
きっとそうだ、全員そうだ、私に限った話じゃない。
ちょっと前まで普通に暮らしていた一般人が、急に放り込まれた異世界に馴染める筈がない。
でも、それでも、どこかでそう思っていても。
結局それは言い訳だって事を、私は知っていて。
この道を選んだのは他ならぬ、自分自身だから。
いつも、いつだってハッピーエンドを望むのは。
掠れて消えてしまいそうな星を、追い求め続ける。
主人公に憧れた、私の本心だったから。
◇◇◇
ぼんやりとした意識の中で視界に映ったのは、いつも私達を守ってくれた人の盾。
温かい背中、小さいのにおっきな背中。
此処に立っている筈のない人の面影を見て、目を擦る。
そこにいるのは違う人の筈なのに、何故だか私の感覚は目の前の少女に“彼女”を感じていて。
「ホシノ、せんぱい…?」
「ごめん、別人」
そこに立ち、その盾を構えているのはヒノだった。
完全に意識の外にあった彼女が、あの一瞬で私の前に割り込んで。
今もなお放ち続けられているビームを一人で、息を荒くしながら受け止めていた。
慣れてるとは言い難い、あまりにも不恰好な姿で。
「…どうして…?」
彼女は最初から最後まで、頑なに戦おうとはしなかった。
戦闘能力の問題なのか、それとも精神的な問題なのか。
そこに関して私は問い詰める気がなかった、責める気も理由を聞く気もなかった。
それが彼女の意思だと言うのなら、私はそれを何も言わずに尊重するべきだと思っていたから。
ところが彼女は、今私の前で盾を構えている。
「………」
恐らく、言わんとする事は伝わった。
その上で彼女が選んだ選択肢は、沈黙だった。
私に背を向けたまま決して顔を見せず、何かを隠すかのように黙り込んでしまった。
気まずい、何とも言えない時間が過ぎる。
今現在も戦闘の真っ只中で、私は彼女に庇われている形だと言うのに。
状況を動かすために先に口を開いたのは、彼女の方だった。
「合図」
一言、そのたった一言を。
「なんて?」
やはりと言うべきか、こんな時でも彼女は言葉足らずなようで。
それとも、さっきの言葉のせいで私とあまり会話をしたくないという理由か。
いずれにせよ、発された言葉は一言のみ。
流石にその言葉から。全てを察する事は出来なかった。
どういう意味かと聞き返せば、ほんの少しの間を置いて彼女が続ける。
「十秒と少し経ったら、合図する」
「走って」
『逃げろ』でも『退け』でも『下がれ』でもない。
あくまで、今から直接あのデカブツを仕留めると。
防戦一方としか言えない今の状況から、攻勢に出ると。
彼女はそう言う、あくまで真剣な声色で。
出来るか出来ないかで問われれば、出来る可能性があるというのが適切な答えだろうか。
不可能ではない、しかし先程の失敗が脳裏に過ぎる。
本当に、彼女を信じて良いのだろうか?
…愚問だ、こうして目の前で実際に身体を張っている。
アレだけ避けていたのに、こうして前へ出て来ている。
理由なんて、それだけで十分だろう。
結局のところ彼女が“どんな存在”かなんて、私は微塵も理解出来ていないけれど。
たとえ何かの企みがあっての行動だったとしても、借りはきっちり返すべきだから。
「分かった、信じてみる」
次こそは私が、一撃で仕留める。
「…傍観者が介入して来た時は少々焦ったが、どうやらただの小蝿だったらしい」
盾を構え続けるヒノの後ろ姿は、目に見えて分かるほどにどんどん弱り始めている。
腕が震えている、膝が震えている、最初は小さかった息切れも今では意識せずとも聞こえる程度に大きくなって。
それでも彼女は足を踏み出した、小さな一歩を。
ゆっくりとゆっくりと、距離を詰めてると言っていいのか分からないくらいに僅かな距離を
堅実に、確実に、必死に、一歩ずつ。
「………」
何の脈絡もなく彼女は足を止めた、それと同時に一瞬目線を送って来る。
焦点が揺らいでいる瞳、滝のような汗。
見栄っ張りな啖呵を切る訳でもなく、ただそれだけの行動をして再び前に向き直る。
合図だ、間違いなく。
立ち止まる彼女のいる正面に向かって、足を踏み出す。
どうすれば良いかなんて考えない、私はただ走れと言われたのだから。
刹那、彼女の纏う雰囲気が変化したような気がした。
姿形は変わっていない、様子も何ら変わりない。
ただ一つ変えたのはその体勢だけで、盾を支柱にし踏み込むと、電流が迸るかのような勢いで…
…電流が、迸るかのような…?
「飛ん…っ!?」
目の前に広がっていたビームの光が、霧散した。
いいや違う、彼女が無理矢理押し広げた。
盾で無理矢理振り払うかのように、ゴリアテに向かって馬鹿正直に飛び上がったのだ。
当然と言わんばかりに撃たれた、副砲での迎撃を全て薙ぎ払いながら。
空気電離を起こしながら、空中で一回転し。
四面楚歌だった私の目の前に、一直線の“道”を作り上げた。
「…戦場に…」
勢いはそのままに、マトモな武器も持たずに。
ただ己の身一つと、預けられた盾だけで。
こんな状況でもポーカーフェイスを保ちながら、一言呟く。
「救護の手を」
周囲に広がる衝撃と共に響く、鈍い打撃音。
手に持った盾を直接、ゴリアテの装甲に叩き付けた。
「…驚かせてくれるわ…尤も、実際は装甲に軽い傷を付けた程度だったようだが」
それが最後の行動だった、力尽きた彼女は盾から手を離し落下する。
ゴリアテの損傷は軽微、目に見えるダメージは先程行われたヒノの特攻によるものだけ。
私は走れと言われたのだ、彼女を助けに行っていたら無駄な犠牲を作り出す事になってしまう。
私がやらなければ、私が、私が…
「………?」
突如、正面からカバンが落ちて来た。
射撃音、破裂音、同時に広がる煙幕。
ゴリアテを包み込むように、煙が広がる。
「元飼い犬からの最後のプレゼントよ、ありがたく受け取りなさい」
奥から聞こえるアルの声、状況から察するに実行犯。
ふと視界の下の方を見れば、落下したヒノの事をハルカが回収してアヤネの下へと運んでいる。
これで他の余計な心配をする必要はない、私は倒す事だけを考えて動けば良い。
今なら行ける、今ならやれる、今のうちに距離を。
当然ながら煙幕を振り払おうとする理事だが、どうやら中々上手く行かないらしく。
「動作が鈍い…!?そこまで損傷は受けていない筈…!!」
蓄積ダメージか、それともここでの動作不良か。
はたまた、先程の特攻による成果なのか。
明らかに焦りの見える声色でそう叫ぶ理事、その言葉を聞いて立ち止まるようなお行儀の良い者は此処にはいない。
煙幕を切り抜け、再び正面から向き合う形。
ゴリアテの動きは鈍いまま、防御行動も迎撃行動も間に合わない。
必要とされるのは、私の持つ力のみ。
「リベンジとしてもう一度、同じ台詞を言わせてもらう」
だが、今更そんな心配をする私じゃなかった。
してやったり、と笑みを浮かべて。
「“捉えた”」
渾身の威力を持った弾丸は躊躇う事を知らず、ゴリアテの装甲を貫いた。
ヒノの能力、実はバリアじゃないんです…