“………”
「………」
沈黙が走るシャーレのオフィス、見慣れた三点リーダーだがコレは私の沈黙を表すものではない…
いや私も黙ってるんだけどね、これに関してはただただ関係ないから黙っているだけなのですよ。
つまり私の台詞はゲーム内で表示されるべきではない描写な訳で、ここで私が喋らないのも必然…
まあご察しの通り屁理屈を並べているだけなので、適当に聞き流してくれると良し。
“…うん、確認したよ”
と、手に持った書類に目を落としていた先生が一言。
“お疲れ様、大変だったね”
「ぃ、いえ、全然…っ!!」
本来の要件を済ませた正実モブ(仮)ちゃんに労いの言葉を掛けると、首を横にぶんぶんと振る彼女…
…なんだか挙動は全然違うのに少し前の自分を見ているようだ、不思議な事もあるもんだね。
しかし彼女は恐らく人見知り、私は変な方向に拗らせたコミュ症。
比べるのはあまりにも、失礼…ッ!!
“ヒノも、お疲れ様”
「………」
ここで先生から投げかけられた言葉は不意打ちとはいえ、予測出来てたっちゃ出来てたので軽く流せる。
先生が“こういう人”だってのはよく理解してるからね、これは後方理解者面生徒を名乗れるのでは…?
正妻枠(笑)は私のものです、ね…
…なんだか背筋が冷たくなった、冗談でもこういう発言はしない方が良い気がする。
“それで、ちょっといいかな?”
ところで先生や、私は確かに貴方の発言を予測出来ていたと語ったよ?
しかしそこで手招きしてくるのは予測出来ていない、私のデータにない行動をしないでくださいな!!
まあ全てが予測通りにいく物語なんて駄作にも程がありますし、故に人生は劇的な訳でして…
でもね、そういう話じゃないんだなコレ。
散々文句は言いながらも、別に不都合がある訳でもないから素直に応じるんだけど。
“ミレニアムサイエンススクール、分かるよね?”
「分かる」
この時点で察した、私は勘の良い生徒なのだ。
“じゃあ、その中にある部活のゲーム開発部って…”
「知ってる」
この時点で確信した、勘の良いガキは嫌いかい?
“うん、話が早くて助かるよ”
知っているというのは大きなアドバンテージであり、様々な事に活用する事が出来る。
私が苦手とする長時間の会話も、こうしてスキップする事が出来るのだ!
やってて良かった、ブルーアーカイブ!!
というか未履修だったら早々に詰んでた可能性が高い、でも未プレイだったらそもそも転生していない…?
条件が分からないので、何とも言えない。
私の“元”となった男性は、もういないじゃない…
「また、手紙?」
“また、手紙だね”
内容については触れない、聞かなくても分かるから。
「いつ?」
“出来れば明日には、って感じかな”
判断が早い、これには鱗滝さんもニッコリ…
「分かった」
“書類との格闘が今、始まる…!!”
…これ、今日中に買い物行かなきゃいけないヤツか…
いやぶっちゃけ正実モブ(仮)ちゃんに声を掛けた時点で、今日はショッピングは諦めようとしてたのよ。
どうせ猶予はあるし、いつでも行けるからね。
と、その気になっていた私の姿はお笑いだったぜ…
「…やっぱり、忙しいんですか…?」
あぁ、君を責めるつもりは微塵もなくてぇ…
「それなりに」
いつパヴァーヌ1章が開幕するかの予想が出来ずに、ダラダラと行動していた私が悪いのであって…
…そもそもストーリーの時系列ってどうなってたんだっけか、メインの方はある程度は把握してるけど…
イベストとかってどうなってるんだろ、対策委員会編の後にイズナのイベント挟まったりしなかったっけ?
「………」
正直な話、曖昧であって確実ではない記憶。
そもそも私はリリース日からブルアカをやっているような古参でもないんだから、結局雰囲気プレイヤー。
全部ぜんぶ予想して立ち回るなんて事は出来ないので、基本私に出来る事は後出しジャンケンなのだ。
自語りも程々に、目の前の事へと話を戻そう。
来客用の椅子に腰を掛ける少女、どうしてすぐに自分の学校へと帰らないのかって?
超単純な話で、スマホの充電がないんだって。
道が分からない彼女をそのまま放り出す訳にもいかないし、送って行こうにも先生はデスマーチ。
という事で充電中のスマホが使用可能になるまでの時間潰しとして、彼女は座っている。
「あんまり、固くならないで」
私が今行うべき仕事は、その対応ですね!!
「えっと…そういうわけにも…」
無言同士で同じ場所に居続けるのは地獄だという事を知っている、実際アヤネとのやり取りが地獄だった。
逃げるという選択肢を取れば解決する事だが、仮にもお客様相手にそんなアクションを…
というか、私は逃げる以外の選択肢として向き合う事を覚えるべきなのです。
取り敢えず場を持たせるために淹れてきた紅茶を、彼女へと差し出す。
「ぁ、ありがとうございます…」
でもやっぱり口を開こうとすると心臓が跳ねる、目の前が暗くなる。
最初に比べれば全然マシになったけど、毎度毎度これじゃあこの先やっていけるのか不安でしかない。
詰まる息を誤魔化しながらポーカーフェイスを保って、どうにかこうにか会話を切り出そうとする。
声に出せないというだけで、思考出来ない訳じゃない。
顔を見れないというだけで、人が嫌いな訳じゃない。
今の子、というかキヴォトスの子達が好むような雑談なんて私には分かる筈もない。
“良好な関係”を築けたと言っても良さげな2つのグループがアレとアレだから…
あの子達もしっかり年相応のところはあるけど、それとこれとは話が別なのである。
だから私が取り出した会話のデッキは、彼女自身が打ち返しやすいようなモノ。
「トリニティ、総合学園」
それは、彼女が所属しているであろう学園。
「私は、訪れた事がない」
「そうなんですか?」
そうなんです、私はまだ行った事がないんです。
私がぐーたらしてる間に先生は赴いた事があるのかもしれないけど、私は足を踏み入れた事がない。
「でも、知ってる」
だって今まで、色んな部分を見てきたから。
「正義実現、委員会」
彼女の着る制服が示す、所属委員会。
「先輩とは、仲良し?」
少ない言葉でかつ会話が成立するように投げかけた、へろっへろな速度のキャッチボール。
「その、先輩方はすごいんです!!」
しかし投げかけた話題は見事、大当たりだったようで。
「ハスミ先輩は優しくて、いつも冷静で、私達の事を引っ張ってくれて…」
彼女は語る、自分の自慢の先輩の事を。
「ツルギ先輩は…ちょっぴり怖いけど、格好良くて、それでっ…」
彼女は語る、自分の頼りの先輩の事を。
「うん」
こうして聞くとツルギもしっかり慕われているあたり、正実のチーム内の民度の良さがよく分かる…
まあ色々(精一杯の濁し)あれど、組織としての安定感はなんだかんだピカイチなのだろう。
「…仲良しなのかって聞かれると、一方的に尊敬させてもらってるだけですけど…」
いいや、あの先輩方は後輩からのその気持ちが何よりも嬉しいと思うよ。
私、まだ会った事ないけどね!!
面識がない癖に、変な理解者面しないでください!?
でもきっとその言葉を聞いたら喜ぶと思うよ、照れた末に軽い暴走を起こす可能性はあるけど。
「同級生のマシロちゃんもすごくって!!いつもストイックで、狙撃がとっても上手で…!!」
サラッとこの子が現一年生である事が判明した、正直そうなんじゃないかとは思ってたけれども。
しかしここで問題が発生する、会話技能でダイスを振って見事クリティカルを出した私。
好感触から始まった会話、キャッチボールというより控えめなピッチングマシーン。
相槌を打つ私の体力の減り方が、マッハ!!
喋る側として色々と行動するよりは幾分もマシだけど、一対一で会話を聞くのもまた別のしんどさがある。
それはそれとして、会話を振ったのも私である。
変に遮るなんて真似はしたくないし、それをするのはコミュ症以前な問題だと思うので…
「………」
最後まで耐えられるかな、私のメンタル。
◇◇◇
カップに入っていた紅茶がいつの間にか空っぽになっていた事で、ようやく自分の暴走に気付く。
壁に掛けられた時計を見れば会話を始めてから約1時間、スマホの充電はもう十分だろう。
「あっ、えっと、すいません…」
「大丈夫」
なんだか申し訳なくなって放った言葉は、なあなあに受け流される。
会話してて分かった事は、やっぱり彼女は噂されているような怖い人じゃないって事。
確かになんだか不思議な雰囲気はあるけれど、私が怖いと感じていたのは前提として噂話があったからだと思う。
むしろ良い人だと感じた、夢中になって前が見えなくなった私を上手く流してくれていた。
でもまだ、分からない事はいっぱいあった。
彼女がどうして制服を着ていないのかは分からないし、元々所属していた組織も分からない。
銃を所持していない理由も聞けていないし、アビドスや便利屋68との関係も分からない。
けれど、それをわざわざここで聞く度胸も。
もしかしたら聞かれたくないのかもなんて考えると、ここで無理に聞こうとも思えなかった。
それはそれとして、好奇心はあったし。
“彼女自身”に対しての興味も湧いていた。
「も、モモトーク!!」
だから、絞り出したその言葉。
「交換してもらっても、良いですか…?」
組織間としての関わりじゃなくて、個人としては彼女に対しての興味があったから。
もし良かったら仲良くなりたいなんて、そんな身勝手な思いを抱いて言ってみた。
断られたら断られたでキッパリ諦めよう、そう割り切りはしての発言。
「………」
彼女は少しだけ驚いたかのように目を開くと、一言。
「スマホ」
「ぇ?」
何が何だかと聞き返せば、もう一言。
「スマホ、持ってない」
少し衝撃的すぎて逆に声が出なかった、唖然とする私に対して気まずそうに目を逸らす彼女。
なんだか余計に謎が深まっちゃった気がする、ミステリアスにも程があるんじゃないかなって思う。
“何か連絡があれば、私がパイプ役になるよ”
固まっていた私の後ろから、充電の完了したスマホを差し出してくる先生。
充電は80%を超えている、少なくとも今日帰るまでは使い続ける事の出来る充電量。
同時に差し出されたのは先生のモモトーク、それを受け取って自分のトーク一覧に追加する。
“帰り道、気を付けてね”
元はと言えば自分の不注意から起きてしまったトラブルなのに、心配してもらうのが申し訳なくなって。
「ほ、本当にご迷惑をお掛けして…」
今日だけで何度したかも分からない謝罪の言葉と共に頭を下げようとした所で、肩を叩かれる。
ふと顔を上げれば、此方をじっと見つめる彼女。
「………」
理由がわからなくて困ったような視線で見つめ返したら、彼女の方も困ったように微笑んで。
「謝罪じゃなくて」
そう言った、少し真剣みを帯びた声色で。
ならどうしようと聞き返す前に、続けて。
「こういう時は、感謝」
その言葉にハッとして、顔を上げる。
「本当に、ありがとうございました…!!」
弱々しくならないように、出来るだけ大きな声で言ったその言葉を聞いて。
先生と彼女は、微笑んだ。
その後は出来るだけ急いで帰ろうとしていたから、特に道中であった事は覚えていないけれど。
一つだけ、帰りの電車で思った事がある。
「名前、言い忘れちゃった…」
という事で、次回からパヴァーヌ編です。