辺境街の衛兵さん 作:大いなるcoffee
俺は衛兵をやっている身であるが、出来る事ならさっさと辞めたいと思っている。
小さい頃、街の守護者として日々頑張っている姿を見て、こんな大人になりたいと思ってここまで努力して来たわけだが、いざ実際に仕事に従事してみると、この職場は最悪も最悪であった。
低賃金なくせに重労働で、騎士団の命令には絶対服従。
騎士団の命令があれば騎士団の代わりに戦争や遠征にも駆り出されるし、祭事やら式典やらの準備と後始末もやらされる。
それで褒賞は全部騎士団に持っていかれるのだからたまったものじゃない。
Q:働くどころかろくに訓練もせず、毎日毎日茶をしばいて菓子を食ってる癖に何で連中が、何故超高い給金と褒賞を受け取れるのだろうか?
A:騎士団の十割が貴族或いはそのお坊ちゃんお嬢ちゃんだから。
つまりそう言う事である。
そもそも騎士団なんて最初から貴族の連中が自分達のために作った組織だ。
王都と四大主要都市の騎士団はきちんと戦争を想定して編成されている部隊を多く持っているが、それ以外の都市の騎士団なんて貴族の親が子に箔をつけつつ、金を稼ぐための機関。
なので騎士団どれだけ問題行為をしたとしても、不問に終わるどころか、そもそも問題にすらならないわけである。
俺たちが真面目に働いている分、本当に嫌になる。
しかもそれで祭事や式典の時はあたかも『俺達がこの街の守護者です』みたいな顔をしやがるものだから、殺意すら湧いて来る。
たまに本当に血管がはち切れそうになるので、俺の健康上さっさと辞めたいところなのだが、しかし、どうせ今辞めたところで就ける職業が
俺は冒険者だけにはなりたくないのだ。
「って言う訳なんだけどなんかいい職知らん?」
「そんなもの私が知る訳ないじゃないですか。これでも貴族ですよ私」
「だよねぇ……」
バッサリと俺の質問を切り捨てるのは俺の補佐官様こと、アリーゼ・ガル・フォールン様。
後ろで括った輝くような金色の髪に、涼しげな碧眼が美しい彼女は、彼女自身が言った通り貴族である。
元々は彼女も騎士団の一員であったのだが、騎士団のあまりの腐りっぷりに嫌気がさし、3年ほど前に騎士団を飛び出して衛兵舎に転がり込んで来たのだ。
そのまま自身の入舎を要求して来た彼女であるが、しかし、当然ながらいきなり衛兵になりたいなんて言われても、困るのは我々。
貴族、しかもそのお嬢様なんて、我々一般市民からすれば厄ネタ中の厄ネタだ。
どう扱ったとしても、確実に親やその他騎士団の連中に難癖をつけられて、下手をすれば極刑まである。
しかし、取り合わなければ取り合わないで機嫌を損ねてしまう可能性もあるわけで。
そこで困った衛兵長が、当時分隊長になりたてであった俺にその扱いをぶん投げたのだ。
結果として、貴族どもからの難癖や嫌がらせは全部彼女が捌いたので、俺含め衛兵舎に被害が及ぶことは全くなかったのだが。
まぁ、そんな事があって、俺の補佐官様として彼女は働いている訳である。
「……ふぅ」
今は巡回が終わり、書類整理の時間だ。
留置所や冒険者協会、隊員達から送られて来る書類を精査し、判を押して衛兵長に送るだけの簡単な仕事だが、いかんせん量が多い。
補佐官様がいなければ、間違いなく俺の睡眠時間はお亡くなりになっていた事だろう。
「……しかし、転職ですか。考えた事もありませんでしたね」
「いやまぁ、貴族だからなぁ。貴族にはそもそも職業なんて無ぇだろ」
書類を精査しながらしみじみと呟く補佐様に、書類に判を押しながら応える。
「ええ、まぁ、そうですね。貴族は生まれながらに与えられた役目を果たすだけですから……一応、転職に近い事はありますが」
「……え、あるの?」
思わず顔を上げて聞いてしまう。
「最近で言えば、この前の戦争中に隣国のアルバーン卿が我が国に転職しましたね」
「……それ、ただの返り忠じゃね?」
「そうとも言います」
あっけらかんとそう言う補佐官様。
……まぁ、よくよく考えれば、貴族なんて王に直接仕えているのだから、それが転職するとなればそれは返り忠になるのか。
「ところで、どうしても転職したいのでしたら我が家でお迎えしても良いですよ?」
「その話、詳しく教えてもらおうじゃないか」
降って来た救いの糸に即座に飛びつく俺。
「私も貴族の家の一人娘ですから、嫁入り前に傷がついたら大変だ、と家族は未だに私を連れ戻そうとしていまして。私のお付き兼護衛という事で雇わせていただければ、家族もとやかく言わないのではないかと」
「ふむ、成程成程……ん?」
俺は糸を登ろうとするが、糸の先に若干の陰りが見えた。
「それって今の立場が逆転するだけじゃねぇか? 俺ほぼ衛兵のまま?」
「はい」
「いや、『はい』じゃないが」
「安心して下さい。給金は今の倍は出ます」
「ほう」
「ただ私の護衛という事なので、休みは完全に無くなります」
「駄目じゃねぇか……はぁ、この話は無かった事にしてくれ」
何という事だろう。糸の上は天国に見せかけた更なる地獄であった。
仕事はほぼ据え置きで給金が二倍なのは有難いが、休み無しなど耐えれるわけがない。
俺は迷わず糸を手放す。
「そうですか、残念です。気が向いたらいつでも言って下さいね」
「ああ、そうさせてもらうわ」
そう言って、あっさりと引き下がる補佐官様。
あまり残念そうではないところを見るに、彼女なりの冗談だったのだろう。
「……あ、こちらの書類は全部終わりましたよ」
「んお、それじゃあその分は先に出して、あとは休んでいいぞ。俺もすぐに終わる」
「はい、では失礼します」
書類を持って、扉から出ていく補佐官様。
よし、それじゃあ俺もさっさとこいつらを片付けて、早めに寝るとするか。