辺境街の衛兵さん 作:大いなるcoffee
男は単純な生き物、なんてよく言われるが、事実その通りであると俺は思っている。
何しろ男ってのは実に欲に忠実だ。
金が欲しい、女が欲しい、名誉が欲しい。
大体の男がそんな事を心の中で思っている。
しかし、殆どの男はそんな欲求を心の内に留めたままにする。
欲のままに行動すれば、望む物を手に入れるどころか、かえって酷い目に遭うと理解しているからだ。
そしてその欲のままに行動しようとする自分を抑え、欲求を心の内に止めさせる力の事を、理性と言う。
理性はある程度の常識のある人間ならば誰しもが持っている。
それこそ、一見無いように見える、あの犯罪者予備軍共すら例外ではない。
ただ、人によって強弱に差があるだけであり、あの犯罪者予備軍共は理性が弱いからすぐに欲求のまま行動してしまうだけである。
逆に言えば、理性が強い人は何があろうと欲を抑え、常に理路整然とした思考と行動が可能なのだ。
だが、この世にはそんな理性が幾ら強かろうと、一瞬にしてそれを溶かし、欲求を曝け出させてしまうと言う、とんでもない代物が存在する。
それこそが『酒』だ。
酒は恐ろしい。
酒は本当に気をつけねばならない。
別にこう、一人で呑む分には呑み過ぎにさえ注意してくれれば問題ないのだ。
仕事の疲れを忘れて良い気分に浸りたいだけならば、それで十分と言えるだろう。
しかし、酒場を始めとした、外の場で酒を呑む時は本当の本当に注意せねばダメだ。
ふわふわと良い気分になっているので、どんどん理性が溶けていることを自分一人で自覚ができないのが特に恐ろしい。
それどころか周囲も理性が溶けているので、集団で飲んでいても誰一人として気づかず、どんどん事態が悪化していく可能性だってある。
そして、理性をほんの一欠片程も残さず溶かし尽くした人間は、心の内に秘めた欲求を抑えられないわけで。
文字通りタガが外れた彼らは、自分の欲求の赴くままに行動を開始する。
「うひははははは! もっと酒持って来いやぁぁぁぁぁッッ!!」
「おーすげー! めっちゃ金あるー!」
「なぁいいだろ!? いいじゃねぇか! 少しだけ! 一回だけだからよぉ!」
「うわぁ……大惨事だ……」
通報を受けてとある小さい酒場に駆けつけ、中の様子を扉から確認すると、俺の目に飛び込んできたのは見るも無惨な地獄絵図であった。
机や椅子はひっくり返され、料理は床に叩きつけられ、酒瓶の欠片はそこら中に散乱している。
そんな事態の元凶であろう、店の中で暴れているのは三人の若い男。
一人は机の上に立ってジョッキを呷りつつ剣を振りかざして給仕に怒鳴り散らかし、一人は勘定台を物色し、一人は赤の他人であろう嫌がる女性客に擦り寄っている。
「やっぱりこうなりましたか。依頼が成功したか何だか、祝勝会とか言って呑み方も知らねぇのに散々呑み始めて、多分面倒になるなって思って急いで呼びに行ったんです」
俺の後ろでそう呟くのは、この店の給仕の一人であると言うおば……お姉さん。
やはり長い事この職場で働いているからか、こう言った手合いには造詣が深いらしい。
「……取り敢えず、さっさと鎮圧するか」
「ええ、お願いします。これ以上騒がれたらたまったモンじゃない」
「はいはい。
「う……っ?」
手始めに、机の上で剣を振りかざしているやつに向けて
普段であれば全くの役にすら立たないような、不慣れで効果も薄い
突然の強すぎる睡魔に意識が混濁した男の手から剣とジョッキが溢れ落ち、男はぐらりと傾いて机から落ちる。
頭から落ちられると流石に死んでしまうので、床に着く前に男の服を掴んで落下を止める。
「衛兵だ! 無駄な抵抗はせず、大人しくご同行願おう!」
「あっ、たっ、助けて下さい! 衛兵さん!」
俺が口上を叫ぶと、涙目だった給仕達や他の客達の目に安堵が浮かび、冒険者の一人に擦り寄られていた女性客が助けを求める。
それによって俺の存在に気付いたのか、冒険者はこちらを振り向いて真っ赤な顔で怒鳴り出す。
「何だアンタ! 今良いとこなんだから、邪魔すんじゃ───」
「そうか! ならばこちらも相応の手段で以て対応しよう!」
「ブベッ!?」
「
話している途中の横っ面を裏拳で殴ってぶっ飛ばし、床に叩きつけたところへ手に持った冒険者を放り投げ、 自由になった手で
これで二人。残るは勘定台を漁っている野郎だが……
「
「……んあ? ……ぐぅ」
こちらにも気付いていない様子だったので、
『うおおおおおおおおおおおおおおッッ!!』
「おおう」
冒険者が崩れ落ちて数秒、いきなり後ろから大歓声が上がった。
そしてこちらへ押し寄せてきた客達にもみくちゃにされる俺。
「ありがとー!!」
「いやぁ助かったぁ!!」
「衛兵さんサイコーッッ!!」
「ああ、うん。どうもどうも」
口々に俺にお礼の言葉を投げかける酒臭い客達。
それに対して、俺は適当に相槌を打ちながら大人しくされるがままになる。
これは決して珍しい事ではなく、酒場での事件を解決した時、たまに起こる事だ。
感謝される事に関しては嫌な気はしないが、しかし、このままされるがままにされていると、いつの間にか酒を飲まされていたりするので、さっさと逃げる必要がある。
「じゃあ俺はコイツらを届けて巡回に戻らんといかんから、早めに失礼するな」
「あ、そうか! じゃあ仕方ないな!」
「ありがとうね衛兵さん!」
俺がそう伝えると、俺の周囲を取り巻いていた酔っ払い共がささっと離れる。
そう、ここで大事なのは、仕事だから戻らなくちゃいけない、と強調する事。
一応ちゃんとした呑み方を弁えているコイツらは、若干理性が溶けているものの話は通じる。
なのできちんとそこを言ってやれば、簡単に振り解くことが可能なのだ。
逆にそうでもないとこの酔っ払い共はいつまでも絡んで来るので、注意が必要である。
「んじゃ、俺はこれで」
「ありがとな〜!」
一人を肩に担ぎ、一人を小脇に抱え、一人を槍に引っ掛けて、客達が見送る中、店を後にする。
……ふぅ、よし、嵐は過ぎた。
これで後は冒険者協会にコイツらを突き出すだけ……ん?
「あれは……レンズ君?」
少し離れた酒場から、小柄な新人隊員が確保したのであろう犯罪者を肩に抱えて通りへ出てきた。
しかし、何だか足がふらついているように見える。
「……まさか」
急いでレンズ君の方へ駆け寄る。
「おい、レンズ君」
「あ、ぶんたいちょう……?」
俺の声を聞いてくるりとこちらを向いたレンズ君の顔は、リンゴ如き真っ
目はトロンとしており、呂律も回っていない。
十中八九、酔っている。
「……呑まされたか?」
「え? あぁ、おれいだって、みなさんが……」
「う、うぅむ……」
そう言えば、これに対する対処法は教本には載っていないんだったか……
さっさと追記しなければ……っと、そんな事より。
「……取り敢えず、一緒に協会……うん、協会だな。に行くか」
「はい!」
レンズ君が担いでいる犯罪者の首元を確認しつつそう伝えると、満面の笑みで返事を返すレンズ君。
何ともまぁ愛らしい事だが……衛兵に愛らしさは要らんのだよなぁ……
取り敢えず、コイツらを届けたらレンズ君は寝かせよう。
そして巡回が終わったら教本に追記しつつ、他の新人隊員達に色々と伝えておこう。
はぁ……会議までに睡眠時間を取れるかねぇ……?