機動戦士ガンダム0085 元素の歌姫〈エレメンタル・ガールズ〉 作:滝川 海老郎
私たちは最大の暗礁宙域ルウムを航行していた。別にここに用はない。
このあたりにはジオン残党がたくさん隠れ住んでいるので注意が必要だった。
つまり私たちはおびき寄せる撒き餌、もしくは客寄せパンダつまり囮である。
『はぁ、また暗礁宙域の偵察……』
「そうね」
『アンジェも飽き飽きです』
「そうね」
ザクの頭部が浮かんでいる。こちらにはムサイの一部だ。
そして多くの土砂やコロニーの破片……。
『隠れ住むっていっても限度ってものが』
「気合でしょきっと、ミカ」
『とてもマネできないわ』
「まあね」
暗礁宙域も突然、宇宙ゴミが多い空間があるわけではなく、段々デブリが多くなってきたなと思っているといつのまにか周りはデブリだらけというふうに、グラデーションになっていた。
「左舷後方に輸送船を確認、こちらより小型なので足が速い、ミカどう思う?」
『コンテナ貨物船だけど、少し気になるね』
『あの隊長、ミカ。右舷後方にも別の輸送船が』
「ほんとうだ。少し離れてるけどモビルスーツなら十分戦闘可能距離だわ」
『うん、これは怪しい』
むむむとミカが唸る声が聞こえる。
「ブリッジ、聞こえてましたね?」
『……はい。ガンダム小隊。こちらブリッジ。コンテナ船二隻を確認。全艦、第二戦闘配備』
第二戦闘配備が発令された。
第一戦闘配備は今すぐ戦闘を始めるという意味。第二戦闘配備は戦闘する直前で待機だ。
さっきまでは第三戦闘配備という警戒配備だった。
「ガンダム小隊は後方へ回ります」
今までは前に進んでいたので、主に前方警戒をしていた。
ホワイトホースの横を通過して後方へ回る。
輸送船はどちらも茶色い目立ちにくい塗装だ。左右にコンテナが四つずつ並んでいる双胴船になっている。
同じグループ会社なのだろうか。どっちもジオンって名前がついていそうだ。
しばらく緊張状態のまま並走していた。
『隊長、進行方向から輸送船、さらに一隻、です』
アンジェが抑揚のない声で事務的に教えてくれる。
『ふぇぇええ、そんなぁ、敵さんいっぱいじゃん』
そう言っている間にコンテナハッチが全部開いていく。
ザクⅡが多数。それからリック・ドム。さらにゲルググが一機だけ。
黒確定だった。暗礁宙域なんてよほど急ぎでない限り普通は迂回していくものだ。
それがコンテナ船が呑気についてくるんだから当たり前だった。
「薄紫のゲルググ。小さいトラ。オセロットだわ」
『第一戦闘配備。第一戦闘配備』
「私たちは主にゲルググを。他はジム・カスタム頼んだわよ」
三対一だ。だが前回の遭遇を考えればこちらが撃墜される可能性のほうが高い。
ゲルググとリック・ドムがやはりこちらを見つけて向かってくる。
このリック・ドムもおそらく前回の奴だろう。
ただゲルググの輸送船より先にザクのほうが私たちに近かった。
「右下、ザク、狙うわ」
ピューン。ピューン。ピューン。
私たちが連携してビームライフル三発で狙い撃つ。
私とミカのは避けられたけど、アンジェのが足にかする。
「ヒット、このまま追い詰める」
ジグザグに逃げていくザクを追っていく。
出力はこちらの方が上だ。デブリを避ける技術はザクのほうが高いかもしれない。
それでも距離は縮まっていく。
「いけー」
ピューン、ピューンとビームライフルを二連射、ザクを破壊した。
ペイント弾とは違いザクの推進剤に引火して爆発する。
しかし左右上方のザクから挟まれていた。一機を追っていたから当然ともいえる。
ザクマシンガンの十字放火を左右起動でかわして逃げる。
「うりゃああ」
ミカのビームライフルがザクのボディーを貫通、爆発を起こす。
『わたし、やった』
「ナイス、ミカ。ザクは残り一機。ゲルググが来る前にやる」
『『了解』』
三機のガンダムがザクを追い詰める。
間隔を空けてビームライフルを発射、数回避けられた。
しかしザクの運もここまでだった。ついに命中する。
「ヒットッ」
私のビームライフルだ。計撃墜ザク二機。
初めて人を殺した。モビルスーツを破壊したのだから、そういう意味でもある。
何も手ごたえがない。ただ機械が壊れただけ。
仲間が撃墜されて死んだときは、この世の終わりのような悲しみを感じた。
でもジオンの声も顔も名前も知らない、ただモビルスーツを壊しただけの戦闘。
事実が何であれ、何も感じなかったのだ。冷たい感情が自分の心を支配していく。
自分はこんなにも薄情だったのだろうか。
敵を殺したら、とてもつらくて悲しい感情に支配されると思っていた。
実際にモビルスーツを攻撃しても、何も起こらなかった。これが今起こったことだ。
『クレアぁあああ』
ミカの警告が聞こえる。
「えっ」
真正面からザクが猛スピードで突っ込んでくる。
ガンダムの専用シールドをとっさに向けた。
ドガアアン。衝突する。
「うわぁああ」
『ジーク・ジオン! ジーク・ジオン! ぬおおおお』
敵パイロットの怒号が聞こえる。接触回線だ。
これは緊急用も含めて通常いつでも使えるようになっている。
ザクがバーニアをフル出力で私のガンダムを押してくる。
「きゃああ、やめてよ。何がジオンよ」
『我ら、栄光なるジオンのために』
腰にあったヒートホークを掴んでシールドをガシガシ叩いてくる。
ヒートホークは熱した鉄の斧だった。
――怖い。
「ば、バルカン砲」
操縦棒のボタンを必死に押す。
ガンダム頭部のバルカン砲が発射されザクの頭を穴だらけにして、頭部が吹き飛んだ。
『この程度、ガンダムがああ……』
ザクのパイロットの執念が怖い。
『クレアッ』
後ろからミカが接近してきてザクを吹き飛ばし、ビームサーベルでザクのコックピットを貫いた。
『うわあああ……』
断末魔の叫び。はっきり聞こえた。人が死ぬ瞬間の声が。
近くをまだ漂っているザクの胴体中央に穴が開き頭部は破壊されているが他はまだ健在だ。
よくみると左足パーツの色やディテールが微妙に違ったり装甲にパッチが当ててあったりしていて、修理した跡が見える。
今は0085年。五年間彼らはずっと戦ってきたのだ。この真っ黒で空気や重力のない宇宙空間で。
ガンダムのシールドにはザクのヒートホークの爪痕が深くついていた。
幸い本体にダメージはない。
「ミカ、ありがとう。アンジェも」
『ううん』
『あ、はいです』
アンジェも通信を聞いたらしく、なんだか様子がおかしい。
『ジ、ジオンが。私だってジオンの子なのに、みんがみんなを攻撃したら』
「あ、アンジェ?」
『ジオン、ジオンって……』
もはや『ジオン』とは呪いの言葉なのかもしれない。
スペースノイドの独立。完全な自治権の確立。
それに憑りつかれてしまっている。そうとしか思えない。
あんなの、ここまで執念深いとオカルトに近いように感じる。
彼らは本当にこんなものを求めていたのだろうか。
『やあ、ガンダム。オセロットだ』
また国際通信チャンネルで通信が入る。
「ゲルググ」
ゲルググが接近していた。
いつまでもさっきのザクのことを考えていることはできない。
高機動型ゲルググ。こちらもガンダムだって改良型だ。
飛んでいくゲルググに私のガンダムは並走し接近、ビームサーベルを使うと向こうもビームナギナタで応戦してくる。
「くっ」
『まだまだだな』
ビームとビームが力比べをするが互角だ。私は距離を一度取る。
その間にミカ機、アンジェ機がビームライフルで攻撃するがなんなく左右に避けられてしまう。
『あいつ、強い』
『ミカさん、三人で連携するです』
「わかったわ」
三機の連携。シミュレーターは単機のみだけでなくネットワーク機能で一緒のフィールドで訓練することができる。
だから私たちはジャブローのときから今まで連携訓練も欠かしたことがない。
息もぴったりだ。
「私たちならあのゲルググも」
『そうだね、隊長』
『いけるはずです』
三人でゲルググを追い詰めていく。
『なんで、当たらないんだよ』
ミカがビームライフルを連射するも全弾回避される。
「片目つぶって狙って撃つっていうけど、ミカ」
『そんなことしてる暇なんてないわよ、隊長ぉ』
リック・ドムが迫ってくる。
「的がデカいんじゃ」
三本のビームライフルがリック・ドムに命中、爆発する。
「ほら、当たらないわけじゃない」
『なんで猫には当たらないの』
『猫さんすばしっこいです』
そうだ。高機動型というだけはある。ひょいっと軌道を変えて回避している。
ゲルググからも反撃のビームが飛んでくる。
なんとか回避するもののぎりぎりだった。
このゴミの中をスイスイと泳いでいくゲルググに私たちは翻弄されている。
ただ後ろを追いかけていくだけで精いっぱいだ。
艦隊前方でも爆発がたまに見える。どちらかのモビルスーツが撃墜されたのだろう。
できれば友軍でないことを祈るだけだ。
『あの隊長』
「なに、ミカ」
『ビームライフルの残数がゼロで』
「しょうがないわね、ガトリング砲使いなさい」
『了解』
私たちの機体はアレックスの簡易量産機だった。
その流れを受け継いでいるので腕にはガトリング砲があるのだ。
ただし使用すると可動部がありメンテナンスなどが定期的に必要なので、なるべく使用を控えるように言われている。それも絶対ではない。
ビームライフル二機とガトリング砲でゲルググを追い詰める。
ガトリング砲の連射力はなかなかで一発、ゲルググの足首の大きなカバーに命中、中のスラスターが壊れる。
『やった、隊長、当たったああ』
「まだ一発よ」
『はい』
『頑張るです』
ゲルググはスラスターが減ったことで機動力が若干だが落ちたようだ。
微妙な違いだがなんとなく感じられる。
そう思っている間にも、反撃のビームライフルが飛んでくる。
向こうもエネルギーの節約だろう、あまり反撃回数は多くない。
ただしゲルググもビームライフルなので一発でも当たったら死んでしまう。
ゲルググがビームライフルを撃とうと振り返った瞬間、私がそこを狙う。
私のガンダム・ウンディーネのビームが高機動型ゲルググの右足付け根に命中、小爆発を起こした。
「やったっ」
ゲルググは先ほどまで反撃してきていたが、今度は一目散に逃げていく。
さすがに片足で勝つのは難しいのだろう。
『隊長、逃げちゃう』
「こちらも限界だわ」
『はい、戻りますか、です』
「全機、帰投」
『『了解』』
ホワイトホースは無事だろうか。