機動戦士ガンダム0085 元素の歌姫〈エレメンタル・ガールズ〉 作:滝川 海老郎
まだ暗礁宙域にいる。
あれからジオンはまだ来ていないけど、時間の問題だろう。
ひたすら警戒で宇宙を飛ぶのはなかなか精神にくるものがある。
こうして見るとものすごい宇宙ゴミの量だ。
ゴミを作った原因のジオン共和国には責任を取って全部回収してほしいくらいだ。
今は待機中のオープンスペースでみんなで休憩しているところだった。
「ジオンが、ジオンが……です」
この前の戦闘からアンジェが少しおかしい。なんかジオンに憑りつかれてしまったみたいで。ときおりこうしてジオン、ジオンと呟いている。まぁあのジオンへの執念深い『意志』みたいなものを見せつけられると、思うところは私にもある。
彼女はジオン出身だけど連邦軍に所属している。それはたまたま接収されたジオンの名ばかりだった弱小ニュータイプ研究所が連邦軍に編入されて所属が変わっただけだからだけど。
彼女にとっては研究所に所属しているという昔から何も変わっていないつもりだったのだろう。それがジオンの子がジオンに攻撃されるという状況に直面していて、自分のアイデンティティみたいなものが揺らいでいるのだ。
ジオン最大のニュータイプ研究所であった『フラナガン機関』は研究成果の隠蔽をして子供たちもどこかへ逃がしてしまって残っていなかったという。
彼女がいたサイド3のニュータイプ研究所は名ばかりで実際には孤児院同然だったらしい。偶然、彼女はニュータイプ適性が高いとされただけだ。そうして連邦に目をつけられた。
ジャブローに来てからもほとんど会話らしい会話をすることもなかった。実を言えばニュータイプの子の中にはそもそも「念話」に近い感じで会話せずとも意思疎通ができる子がいる。アンジェもそのタイプで同じ寮のミカとかは仲良くしていたわけだし。会話がなくても友達にはなれる。それがどんな生活だったかは私が想像するには少し難しいけれど。
アンジェに冷たい顔をする子も多かった。ジオン出身なのだ。子供の中には私のようにジオンに両親や兄妹などを殺された人もいる。殺されなくても敵だと思っていたのだから、それは風当たりは強かった。
そんな軍学校でのある日。
「ちょっとあんた。えっと、アンジェ。なんか言いなさいよ」
「ん」
「『ん』じゃわかんないのよ。私たちはあんたたちみたいにマジもんのニュータイプじゃないから。楽しいなら『楽しいです』。悲しいなら『悲しいです』って言ってくれなきゃわかんないの」
ちょっとしたすれ違いだったのだろう。軍学校の同期の女の子からそう言われていた。私も目撃した。彼女の言い分もわからなくはない。
ニュータイプ同士のコミュニケーションはもう言語じゃないのだ。でも普通の子にはまるで伝わらない。わからない。
「わかった、悲しいです」
「そうよ、それでいいのよ、もう」
それ以来だ。彼女が「○○です」というようになったのは。彼女なりの譲歩なのだろう。
ちゃんとコミュニケーションする気があるという意味でもあった。
私なんか当時、実質的にほぼ全員を拒絶していたので、アンジェのほうがまだマシだったりするのだ。
そんなアンジェもただの無口な子ではない。
ぬいぐるみが好きだったり、それからいつもベッドではルービックキューブを回して遊んでいる。ニュータイプが関係あるかはわからないがめちゃくちゃ早い。目にもとまらぬ早さとはこういうことをいうんだなという典型例だった。これを頭の固い偉い人とかにニュータイプとはこういう人ですというときに重宝しそうだ。
それからコーヒーが好きらしい。特にカフェオレ、カフェラテ系が好みのようだ。ただ宇宙船では新鮮なミルクが手に入らないので、それは残念そうにしていた。パック飲料のカフェオレなどがあるのでそれで凌いでいる。
ティターンズはジオン、スペースノイド憎しでやっている。
それに対して私たちの所属の研究所はジオンやスペースノイドとの融和策を考えている。
研究所がティターンズと距離を置いている理由でもある。それは設立時からジオン系の協力を得ていたことも関係あるみたい。
スペースノイドの私がリーダーで、ジオンの子のアンジェがメンバーになっている時点でその考えは明確だろう。
特にアンジェのパーソナルカラーはたまたまなのだけど緑だ。それでパイロットスーツが少しザクっぽいのだ。このザクっぽさってすごくジオンっぽい。
それが一部のジオン派の人に大うけなのだ、実は。だからアンジェの人気もかなり高い。
もともと可愛らしい子なので人気が高いんだけど、この連邦軍がジオンに媚びを売るかのように、気を使ってる感じが批判じゃなくてスペースノイド的には支持されている。
「ジオンも連邦も仲良くしてほしいです」
「まあそうだよね」
「無理なのもわかってます」
「うん……」
アンジェが悲しそうな顔をして私の方を見てくる。
明確な意思を持って必死に言葉を紡いでいる姿はとても健気で儚い。
私はそっと視線を外す。アンジェの思いも痛いほどわかる。
でも私はジオンを少なからず憎いと思っているので、みんな仲良くがどれほど難しいか理解しているつもりだ。
大型モニターの映像では他のサラミス改のジム・カスタムが忙しそうに活動している。
私はさっとテレビのチャンネルを変更する。変更先は水槽チャンネルだ。
「金魚だね、アンジェ、クレア」
「うん」
「金魚さんです」
「みんな仲良く泳いでるね、うん」
私たちは金魚未満なのだろうか。仲良く宇宙を泳ぐこともできない出来損ない。
宇宙を連邦もジオンもなくみんなで楽しく泳げる日は本当にくるのだろうか。
それともこのままずるずると戦争状態が続くのだろうか。
コロニー市民には表向きは平和のフリをして。