機動戦士ガンダム0085 元素の歌姫〈エレメンタル・ガールズ〉 作:滝川 海老郎
私は今、宇宙にいる。
人類が地上を離れ宇宙へ進出して半世紀以上。スペースコロニーという回転する円筒形の人工大地へ増えすぎた人口を移す宇宙移民が行われていた。
しばらくは平和だったけど、地球市民アースノイドと宇宙市民スペースノイドは仲が悪い。
選民思想のアースノイドと彼らに搾取され続け圧政されていたスペースノイドの対立はついに0079年、のちに一年戦争と呼ばれる戦争に発展した。俗にいうジオン独立戦争だ。
結果は地球連邦が最終的には勝ったのだけど人類百十億人のうちその半数が死亡した。
それで反省して平和になったらよかったのに0083年ジオンの残党によるデラーズ紛争が起きてまたコロニーが地球に落とされた。
このデラーズ紛争はコロニー輸送中の事故として処理されたんだけど、もちろん軍に席を置いている人の多くが事実を知っていた。
連邦軍は一般市民に対して紛争自体を隠蔽工作したのだ。
そして今、地球連邦政府は自分たちが一年戦争の勝者であるというアピールに必死になっている。
ジオン残党やジオン共和国は今でも健在で火種はそこら中にあり、反連邦を掲げる人々もおり、市民も連邦軍人の間にも不安の日々が続いていた。
そこで少しでも希望を見せるため私たち『歌姫』が必要とされた。
「ほら、見てみてすごい、クレアも見てよ」
「そうね、そうやって一時間くらいかしら。ミカそろそろ準備が」
「だってぇ」
地球連邦宇宙軍第19独立部隊スプライト・プリンセス。
私はクレア・ミッドランド少尉、十六歳。地球ジャブロー育ちのスペースノイドだ。
金髪ロングの髪に青い目は私の自慢だ。戦争で死んでしまった両親にもらった大切なものだから。
そしてこの無重力のオープンテラスの休憩室で上下反対になって広いガラス窓から宇宙を眺めているのはミカ・レンギンス少尉、同じく十六歳。
赤いくるくる髪が可愛らしい。
宇宙空間の真っ暗闇に太陽と地球と月、それから無数の星々が輝いて見えるのはとても美しい。それに見とれている。
窓には他にも僚艦であるサラミス改級宇宙巡洋艦のベランドンと反対側にはメールシアが見える。
どちらも一年戦争のころのサラミス級にはなかったモビルスーツデッキを有する新造艦だ。
――モビルスーツ。
略してMS。全高約十八メートルの鉄の巨人。人型白兵戦用ロボットで搭乗して操縦する。
ミノフスキー粒子という電波やレーダーを無効化する素粒子が発見され、長距離からの誘導兵器が無力化された結果生まれた新兵器だ。
一年戦争初期の一週間戦争でジオン軍がモビルスーツを大量投入して、戦闘機しか持たない連邦軍から勝利をもぎ取った。しかしその後戦闘は膠着状態となり、しばらく経過した後には連邦軍もモビルスーツを投入、物量に勝る連邦軍にジオン軍は押され最終的に連邦軍が一年戦争に勝利した。
ベランドンとメールシアは、私たちが南米ジャブロー基地から宇宙に上がってきて衛星軌道上で合流した護衛だった。
サラミス改はカタパルト部分が平らで全体的にはティッシュケースの後方に潜水艦のお尻とコンテナ船のブリッジがついたような形をしている。
宇宙に浮かぶ白紫の船体はなかなか趣がある。
砲身があることでこれが軍艦であることは明確だった。
ミカは地球生まれの生粋のアースノイドなので、まだ珍しいのだろう。
これから宇宙なんて三百六十度、嫌というほど見ることになると思うけど。
今何をしているかというとミーティングを終えたところで、初めての宇宙での模擬戦までの休憩時間なのですることがないのだ。
模擬戦――モビルスーツのパイロットなので当たり前だけど、宇宙でジオンの残党が現れたら自分たちも戦闘に加わる、つまり戦う必要があるのだった。
もう一人、アンジェ・シュナイダー少尉、同じく十六歳もいるけれどまだ自室で休憩中だろう。たぶん今もルービックキューブをしている。
彼女は水色髪のショートカットで少し幼げな顔が大変人気がある。
三人合わせて『エレメンタル・ガールズ』という広報芸能ユニットを組んでいた。
エレメンタルは元素属性精霊のことだ。
私たちは批判のニュアンスも含めてこういうふうに呼ばれている。
――地球連邦軍の広報アイドルパイロット。
アイドルというとすごく恥ずかしいけれどデビューを果たしたんだ。オリジナルの持ち歌は全部で十七曲。最初のシングルで二曲。メジャーデビューのアルバムが十二曲。ライブ用の専用曲が三曲ある。
ミュージッククリップも出したし、地球地域のヒットチャートを駆け上がったこともある。まあ最高週間五位だったけど。
地球ではあちこちの基地を回ってライブも開いたことが何回もある。地元ジャブローではとくに人気だった。
今回、デビューしてから地球ツアーに続けて宇宙ツアーで地球圏を一周するのだ。
歌って踊る正規モビルスーツパイロット。それが私たち。
「ハロ。クレア、元気? クレア、元気?」
「うん、ハロ、今日も元気だよ」
「ハロ。ヨカッタ。ヨカッタ」
それからこっちのが私の量産型の水色ハロだ。一年戦争のヒーロー、アムロさんがおもちゃメーカーのSUN社と契約して量産したもので、全世界的に売れている今人気の商品だ。
球体のボディーに丸い耳が格納してあって中央で割れて大きく口も開く。量産型は手足がない。
今までも犬型とか猫型、あと人間型とくに少女型のAIロボットはあった。犬猫型は会話などができない。少女型は人間同様のコミュニケーションを必須としていた。こういう片言でしかしゃべれなくて猫型と少女型の中間の存在、つまり話しかければ応えてくれるけど、自分のことをペラペラしゃべったり人間同様のしっかりした会話を必要としない緩いロボットはとてもウケた。
だからハロは爆発的に売れていると聞く。アムロさんのお給料はすごそうだ。
ハロの知能は十歳児程度はあるといわれているが普段は片言なところのバランスがいいのだ。
「クレアはサイド7出身なんだっけ、宇宙も珍しくないんだ」
「うん。いっぱい見てきたから」
「そっかそっか、うんうん」
ミカが優しく私に微笑む。その顔はどこか真剣で私を慰めるような表情だった。
アムロさんというように彼と私は面識がある。
私もアムロさんと同じサイド7、1バンチコロニー出身で、一年戦争時、ジオン軍の有名人シャアの襲撃に遭遇して、寄港していた連邦軍の強襲揚陸艦ホワイトベースに避難した。
軍の開発部にいた本当の両親はその襲撃で死んでしまった。
だからミカはああいう顔をする。
アムロさんやブライトさん率いるホワイトベース隊は小惑星ルナツーへ出発、しかしそこでは降りることはなく、再び宇宙へ放り出されてシャアに追われるままに地球に降下する。
北米、アジア、そしてオデッサと転戦した後ベルファストから大西洋を渡ってようやく本来の目的地、連邦軍本部である南米ジャブローに到着した。
ジャブローはジャングルの中に隠れるように偽装されて巨大な地下洞窟に建設された秘密基地だったのだ。
後をつけられたホワイトベースはジャブローでも戦闘になり、そしてジオンを討つべく宇宙に上がることに決まった。
まだ小さいカツちゃん、レツちゃん、キッカちゃんは降りるのを嫌がってそのままホワイトベースに残ったのだけど、私はこのジャブローで降ろされることになった。
そこで私は義理の両親の養子になる。連邦軍の幹部の偉い人なのだとか。
ジャブローのおうちは快適で何不自由なく過ごした。冷暖房完備という皮肉を言われる程度には快適なビル群がある。ただし周りは軍の人ばかりだ。
連邦軍は一年戦争後、軍謹製のモビルスーツゲームを開発して販売していた。
義理の両親もそれを私に与えた。これが転換点だった。
私はゲームに夢中になった。伝説機ガンダムを操ってジオンを倒すゲーム。
あの憧れのアムロさんの疑似体験ができるとあって、それはもう必死に遊んだ。
当時私はホワイトベースにいた十歳の幼い少女で果敢に戦うアムロさんの操るガンダムに強い感情を向けていた。私達を守ってくれる正義のヒーロー。それがアムロさんに対する恋心だったのかガンダムというロボットに興奮する少年のような気持ちだったのか、今でも整理できずにいる。
ゲームにのめり込んだ当時を振り返れば憑りつかれているように見えたかもしれない。
私はゲーム成績で世界ランキング上位百位内のプラチナランクに入り、連邦軍からパイロット育成学校の推薦状が届いた。
両親の強い後押しもあり『ホワイトベース乗り』という伝説的経歴もあって、私は軍学校に無事入学。ジャブローの軍学校で本格仕様のモビルスーツのシミュレーターを動かす日々を送る。
集められた子供たちはゲームの天才ばかりで『ニュータイプ』だという噂が飛びかっていた。
軍学校は正確にはニュータイプ研究所なのだという噂だった。
ニュータイプの研究はジオンに先を越され連邦軍は何年も遅れていた。一年戦争末期にようやく本格的な研究がスタートしたばかりだった。
ただ中にはゲームしかできない落ちこぼれもいる。
一年戦争から三年、そんな時に起きたのがデラーズ紛争で、私は暗闇のジャングルの上空を通過する燃え上がるコロニーを目撃した。
「えっ、なにあれ」
「怖いっ」
「コロニー落としだ!」
「落ちてくる……」
みんなで連絡を取り合い逃げ惑う大人たちに交じって夜空のコロニーを見上げた。
逃げるのが間に合わないとなったのだけど結局ジャブローには落ちなかったのだ。
このときジオンの残党に怒りや恐怖を強く感じた。
ジオンの亡霊を幻視したのだ。こんな悪感情の塊を目で見えるほど感じたことは初めてで衝撃だった。
普段それほど意識しないけど、ニュータイプの感受性とかいうものなのだろう。
連邦軍の上層部はニュータイプを超能力者だと思っているフシがあるが、実態は少し違うように感じている。
ジオン共和国の創始者、故ジオン・ダイクンも宇宙に適応した新人類というようなことを言っていたように思う。
軍学校の同期のうち成績優秀、ニュータイプ適性が高い、容姿端麗の女の子たちが集められ審査された。
その結果できたのが軍広報アイドル『エレメンタル・ガールズ』だった。
なかでも私の『ホワイトベース乗り』の看板はニュータイプとして説得力があり、広報部に高評価を受けた。
一年戦争末期におけるレビル将軍の死後、再び大艦巨砲主義に傾いていたものからデラーズ紛争を経てモビルスーツ運用へと転換点の時期だった。
私たちはただの偶像『アイドル』のお飾りではなく高いモビルスーツ操縦技能は実戦での運用も期待されていた。
連邦軍は一年戦争後も宇宙巡洋艦サラミスを主力としていて、モビルスーツ格納庫すら満足についていなかった。
再びコロニーを落とされ痛い目を見てジオン残党を掃討する必要性を感じた連邦軍はやっとモビルスーツ運用前提のサラミス改級の建造と改造を開始している。しかし数が揃うまではまだ掛かりそうだ。
「そろそろ行こうか、ミカ」
「うん」
パイロット控え室を経由して更衣室へと向かう。
私専用の水色のパイロットスーツを肌着の上から着込んでいく。
ちなみにミカは色違いでピンク、アンジェは薄緑となっている。
パステルカラーで可愛らしい。おまけに普通のパイロットスーツと違い、腰に薄いフリルのスカートがついている。
これはライブやムービーといった映像への露出を考慮してだ。
パイロットスーツは普通の宇宙服ノーマルスーツと異なりバイクのライダースーツみたいにピッチリめなので、この格好をするのは少し恥ずかしい。テカテカはしていない。
おっぱいやお尻の膨らみや腰のクビレとスタイルがはっきりわかってしまう。
私たちはお見せできないような容姿はしていないとはいえ、年頃の女の子だもん。
「アンジェおはよう」
「おはようございます」
アンジェが更衣室に入ってきて敬礼をする。私も敬礼を返す。階級は同じだけど私は隊長なので少しだけ偉い。
ヘルメットを被る。先にパイロット待機室に向かう。
少しだけ待って三人とも準備ができたら、円陣を組んだ。
「では初めての宇宙での模擬戦だけど頑張ろう」
「はい、隊長」
「アンジェも頑張ります」
「では――」
「「「えいえい、おー」」」
ヘルメットを操作してバイザーを下ろす。ここから先は空気がない。宇宙空間なのだ。
空気ボンベがもったいないのでバイザーは直前まで下ろさないのが普通だ。
緊急時には酸素が長く続かないと困る。
小部屋に三人で入り、ボタンを押すと空気が抜けて真空になる。
いきなりドアを開けて真空にすると空気で外側に放り出されて危ないし、たくさん空気が抜けてしまうので真空区画との間には専用の小部屋があるのだ。
これを減圧室とかエアロックという。
ドアを開けるとモビルスーツデッキに出る。
オレンジと黒のノーマルスーツのメカニックさんが何人も作業をしていた。