機動戦士ガンダム0085 元素の歌姫〈エレメンタル・ガールズ〉 作:滝川 海老郎
この戦いは『ダルギルス攻防戦』と名付けられた。
不名誉ではあるが連邦軍の完敗だ。
連邦軍ではダルギルスの存在は機密事項となっていて外部には公表していない。そのため今回の戦闘もなかったことになった。特に記者会見なども開いていない。
雄弁は銀沈黙は金とはよくいったものだ。
ダルギルスは失われモビルスーツ隊にも多くの損害が出た。
ムサイ一隻を撃沈したもののムサイ二隻にチベ一隻を取り逃がした。
現在連邦軍は総力を結集して暗礁宙域でチベ級の行方を追っているがまだ見つかっていない。
宇宙は広すぎる。私はなかなか見つからないと思っている。
オセロットとは直接戦闘にならなかったが、ドム色のゲルググで右足だけ標準色の機体が目撃されていることが分かっている。
オセロットによりジムが五機は撃墜された記録が残っていた。
「オセロット、いたんだね」
「うん」
「はいです」
今回は戦場が広かったのでたまたま衝突しなかったのだ。
ニュータイプ同士とかだとお互いを認識して戦闘になりやすいという話もあるが、まだ新米パイロットである私たちはそれどころではなかった。
初めての大規模戦。あんなにモビルスーツが入り乱れて戦っているのは見たことがなかった。
「コーヒー、モーモー」
「うん」
「私のカフェラテです」
「また飲みたかったね」
「うん」
「はいです」
いつも元気だったミカも今回ばかりは意気消沈しており、へにゃんとしている。
思い出す。本格的なグラスに注がれたアイスカフェラテ。そのお洒落な雰囲気のお店はもう存在していないのだ。
このなんともやるせない気持ちはどうにもならない。
それからしばらくして私たちの第19独立部隊スプライト・プリンセスに追加戦力が到着した。
「あれがシーライオンですか」
「みたい」
「ジオンの臭いです」
アレキサンドリア級宇宙巡洋艦シーライオン。フォルムは四角にリデザインしたムサイといったところだ。
モビルスーツ運用を想定しておりカタパルトデッキがある。
地球連邦軍ティターンズの最新鋭艦だった。黒と紫のティターンズカラーだ。
「なんだっけ、クレア隊長」
「強化人間」
「そそ、強化人間。人間を改造するんだっておぞましい」
「私たちも一歩違ったらそうだったんだよ」
「うん」
「怖いです」
ぽつりとアンジェも感想をこぼす。
ジャブローで人体実験をしているニュータイプ研究所の噂は絶えなかった。
つまりそういうことなのだ。強化人間というのは。
薬物や洗脳などの手段で人間をいじって疑似的にニュータイプを作り出す。ないしニュータイプ能力を強化する。
それがどれだけ恐ろしいことか、上層部は何も考えていないのだろうか。
具体的なことは何も知らなくても、それが怖いことだと私たちには感じられる。
連絡船のランチでこちらの船に移乗してきた。
私たちは格納庫の前でお出迎えだ。
「ワン・ムラサメ少尉です。どうぞよろしくですわ」
私たちと同じ十六歳ぐらい。長い白い髪に赤い目をしている。
一見かわいらしい顔つきなのにどこか獰猛さを感じられる表情をしていた。
こういっては悪い気もするけれど『ティターンズの番犬』という感じだ。
「あ、私はクレア少尉」
「ミカ少尉」
「あ……アンジェ少尉、です」
あの普段無表情のアンジェが少しおびえている。
それほどまでに彼女から感じられる怒っているような雰囲気は異常に見える。
「ふふふ。私とお友達になってくださるのかしら」
「え、ええまあ。よろしくね」
ミカも少し警戒しつつ返事をする。
「ジオン兵を倒すの楽しみだわ。血祭りにして差し上げますわ」
「あ、うん」
かわいい顔に反して発言はやや挑発的だった。変わっている。
これが元の性格なのか改造しておいてこれなのかは判断できない。
ミカとワン少尉がまず握手をする。続いてアンジェも握手をした。
並び順に最後に私だ。
「よろしく」
「よろしくですわ」
なんだこの子。握力が異常だ。手が痛い。
ミカとアンジェに目線を送ると、二人とも同じように困惑顔を浮かべた。
「では艦長にご挨拶に行ってきますわ」
「はい、ではまた」
私は笑顔を張り付かせて返事をした。
ワン少尉が行ってしまってから顔を見合わせる。
「あの子、変わってるね。私たちがいうのもなんだけど」
ミカがさらっと口にする。そしてペロッと舌を出す。
自分たちもパイロット育成学校時代は変な人が多くその一員だという自覚がある。
それにもまして彼女は変わっている印象を受けた。
「あれが強化人間なのかな」
「わかんないです」
アンジェも困った表情をした。
ワン少尉たちがランチでシーライオンに戻った。
ちなみにシーライオンとはアシカのことで旧世紀には潜水艦の名前に使われた。意味するところはアレキサンドリアに対してスフィンクスからのライオンの連想なのだそうだ。
第19独立部隊はコンペイ島を後にする。
まだチベ級を中心とする敵艦隊が見つかっていなかった。
連邦軍はかなりの戦力を暗礁宙域の捜索に割いているのに、結果はご覧の通りだった。
そこで今回の追加戦力の投入および私たちにも捜索任務が下された。
「また暗礁宙域かよぉ」
「そうね、ミカ」
「デブリ死すべし慈悲はないです」
まったくデブリは私たちを困らせてくれる。はやく全部回収して欲しい。
しかしこのデブリの量。増えることはあっても減ることはあるのだろうか。
回収業者がいるとはいっても雀の涙のような気がしてしまう。
常にモビルスーツ隊は小隊毎に順番でデブリの監視業務がある。
私たちのエレメンタル・ガールズ小隊が次の監視のため出撃する。
『あれがワンちゃんのモビルスーツか。AXの同型機だね。黒いガンダム、隊長』
「ティターンズカラーか。なんか悪役みたい」
『ノーコメントですが』
「ふふ」
アンジェがちょっと変わった返事をしたので笑ってしまった。
ジオンとも連邦とも性質の異なるティターンズについてアンジェにとっては味方とは言い難い。
かといって敵だとしてボロクソ言う訳にはいかないという。
そういう意味でのノーコメントなのだろう。
ティターンズがスペースノイドを目の敵にして実際にデモを鎮圧したりしていることは知られている。
その横暴な態度はさらにスペースノイドの態度を硬化させ、悪循環に陥っていた。
ティターンズの悪名は連邦そのものへの不信感へと伝播していく。
私たちはそういうのを防ぎたい連邦宇宙軍の思惑で動いている。
簡単に言えば女の子がおねだりすればイメージアップになるだろうという上層部の甘い考えだった。
しかし作戦としては悪くはないのだろう。
自分たちを支持してくれたりライブで応援してくれたりする人を実際に目にすれば、ほんの少しでも貢献できているような気がする。
自分たちの活動が世界平和なんていう小学生の夢みたいなものに実際にいい影響があるとすれば掛け値なしにうれしいことだった。