機動戦士ガンダム0085 元素の歌姫〈エレメンタル・ガールズ〉 作:滝川 海老郎
それから一週間、毎日のように訓練を繰り返した。
あれから両親が死ぬ悪夢も何回も見た。もう日常の一部ではあるけれど、気分は晴れない。
そんなある日の標準時でいう深夜、この日も悪夢を見て目が覚めたところだった。
「何かすごく嫌な感じ」
私のこういう勘はすごく当たる。
勘がいいだけだと思っていたのは子供のころまでで、これがニュータイプというものだという宣伝を見てからは、自分もそういう人の一人なんだと思うようになった。
結局ニュータイプ部隊などという宣伝塔をしている時点で、もう諦めた。
しばらく布団にくるまっていたけど眠れなかった。
ウーウ、ウーウ、ウーウ。
警報灯がついて異常を知らせてくる。
「なに? まさか敵?」
急いで制服を着こんで支度する。実際には制服を着ても敵が出てきたらパイロットスーツに着替えなければならないので二度手間なんだけど規則なのでしかたがない。
しかし警報は止まった。
「ブリッジ、今のは?」
『それが敵モビルスーツを感知したのですが数は推定一機。ミノフスキー粒子濃度も上がらず、軌道もデブリみたいな動きで』
「そう。そっち行きますね」
デブリとは塊という意味で、ここでは宇宙ゴミのことだ。はるか昔はスペースデブリと呼んでいたが宇宙時代になってからは単にデブリと呼ぶこともある。
ちなみに直径一センチでも軌道の進行方向が逆で正面衝突するとアルミなどの軽装甲では普通に穴が空くので、環境問題として大変悪名高い。
急いでブリッジに上がる。
「どうです?」
「当直のメールシアのジム改が現場に向かっています」
「わかりました」
四個小隊のうち私たちを除く三個小隊が順番に夜の当直をしているのだ。
最初の訓練では十分に周りを索敵してから全機による訓練をしたけどそれは例外といっていい。
普通は待機の班を残さないと、ジオン残党がいつどこから出てくるかはわからない。
たまにデブリに紛れて接近してくることもある。
ジオン残党による連邦軍のパトロール艦隊狩りは日常的に発生していて、なかなか減らないのだそうだ。
「映像きます。ゲルググ一機です。スラスターや関節も動いておらず、これは……」
綺麗な状態のMS-14Aゲルググ量産型だ。日本の鯱みたいな顔に一つ目モノアイ。独特な尖った長い肩。ビームライフルやナギナタは装備していない。左手にゲンゴロウみたいなシールドはある。この緑と紫の機体は一年戦争末期にジオン軍の小惑星の宇宙要塞ア・バオア・クーなどに投入された。
ゲルググの多くが学徒兵の新米パイロットだったため、ガンダムと同程度と言われる性能を十分発揮できなかったとされる。
別に損傷は見られない。ただし電源を最小限まで切ってデブリに偽装している可能性もゼロではない。
「通信応答ありません」
ジム改三機がゲルググを囲む。そのまま牽引用ロープを設置して曳航していく。
まさか単機なのに爆弾が仕掛けられているというわけでもあるまい。
そのままメールシアのモビルスーツデッキに回収されていった。
「なんかすごく嫌な感じがして」
私が所感を述べる。この艦のクルーなら私たちの勘をバカにしたりしない。
「きっとパイロットがそのままだったのよ」
通信担当の女性オペレーター、エルナ曹長が予測を教えてくれる。
「えっと」
「ア・バオア・クーを脱出したまではよかったのに、そのあと合流できず推進剤切れ。途方に暮れたまま酸素切れで死んでしまう。無念でしょうね」
なるほどなんとなく理解できた。
ア・バオア・クーでジオン敗北は決定的だった。投降もせずに脱出しようとした艦隊がたくさんいたのは知っている。実際アクシズ艦隊やデラーズ・フリートなどがその筆頭だ。
しかし全員がうまく合流できるわけではない。ミノフスキー粒子が戦闘濃度で散布されている宙域で、迷子になるとどこへ流れていくか、もうわからなくなってしまう。
ミノフスキー粒子はレーダーや電波を妨害する強い作用がある。
推進剤にも酸素にも残量があって、デッドラインを超えることはあり得る話だった。
つまりパイロットは乗ったまま死亡してから今までずっと五年余り宇宙を漂っていたのだろう。
しばらくブリッジに沈黙が広がる。
「メールシアが、遺体を回収したそうです」
「そうか、ご苦労だった」
艦長が応答する。艦長はミハイル・エンドリスン少佐で五十歳くらいだと思う。白髪交じりの黒髪で寡黙だけどたまにニヤッて笑うオチャメな一面もある。
「ふむ、ゲルググか。ルナツーへのいい土産になるな」
ゲルググの生産数はザクなどより少ない。戦後でもジオン残党から鹵獲して、研究用やアグレッサー部隊などでの需要が高いらしい。
アグレッサーとは訓練で敵役をする機体のことを指す。
場合によってはそのまま戦力とすることもできるし、訓練に活躍するならあるなら欲しいだろう。
ただパイロットが死亡したその操縦席に乗りたいかと言われると、感情的な気持ち悪さはある。
なんというか怨念のようなものが染みついていそうなのだ。
こういうのを『ジオンの亡霊』といって連邦軍の中では精神的にやられてしまって除隊する人も多いと聞く。
特にニュータイプ適性が少しでもあるような人は感受性が高いため、影響を受けやすく、優秀なパイロットほど睡眠障害などになりやすいとされる。
少なくともペガサス級には重力ブロックがある。よくあるSFアニメのように重力発生装置があるわけではなく、古典的な遠心力のほうで、船体中央部に回転する筒状の区画があるのだ。
点滴などの一部の医療行為や運動をしたり、食事をしたりと、ものによっては重力ブロックのほうが勝手がいい。
ただし回転数や回転半径が足りないので1Gではなく月のように低重力となっている。それでも無重力より遥かにマシだった。
私はここでシャワーを浴びる。
「はぁ生き返る、いいお湯」
適度なお湯はリラックスできる。女の子には必要な施設だ。しかし気持ちの一部はまだゲルググのパイロットのことを考えていた。黒いシコリのように頭に張り付いて思考から出ていってくれない。
サイド7で両親をジオン軍に殺された。シャア個人には別に恨みはない。正直なところ私は心のどこかで酷くジオン軍を憎んでいる。
でも若いゲルググのパイロット。おそらく私たちとほとんど変わらない年齢で戦場に出たのだろう。
ただ連邦側かジオン側かの違いでしかない。
彼をジオン軍として憎むべきか、それとも若いパイロット仲間として同情するべきなのか。複雑な相反する感情が同居している。
ただ一つわかっていることは、戦争なんて何も生まないということだ。ただ殺し破壊され尽くすのみだ。
ジオン軍が少なからず憎いから連邦軍に参加してニュータイプ部隊の広報アイドルパイロットなんてしている。
自問自答することはある。私は軍に身を置き戦争行為に加担している悪い人なのではないのか。
戦争はよくない。わかりきっていることだ。しかし現実問題として連邦の前にジオン残党はいる。
彼らを野放しにすることは正義に反しているのではないか。
安っぽい正義と言われてもいい。でも両親を殺されたのは事実だ。
私の中にだって、アイドルが見せてはいけないドス黒い感情もあるのだ。
シャワーを終える。制服に着替えてオープンスペースに向かう。
ここの自動販売機にお目当てのものがあった。
目的の商品のボタンを選んで押すと、ガチャンと商品が下から出てくる。
そうそう、豆知識だけどここは無重力ブロックなので、実は重力がある地上用の自動販売機と内部の構造がだいぶ違う。地上用だと重力の力で下に落ちてくるようになっているため可動部が少ない。宇宙ではそうはいかないのだ。
「いひひ、いただきます。う~ん。美味しい!」
バニラのモナカアイスだ。甘みはモヤの掛かった思考をクリアにしてくれる。
モナカなので手で持ってそのまま食べられて便利だった。
大好きだけど一日一個までと自分で制限している。宇宙を飛んでいる間はなかなか補給も受けられないので売り切れになったら泣いてしまう。
こんなことでテンション落として撃墜されて死んだら恨みようもない。
「あ、隊長、またアイス食べてる!」
「アイスいいですね」
ミカとアンジェが制服姿でやってくる。しかしこの制服、下に白タイツを穿くことになっているけど、ミニスカートなのだ。
彼女たちのスラッとした細く締まった綺麗な足がよく映える。
「私も買おう」
「じゃあ私もです」
ガシャン、ガシャンと取り出す音がする。
う、アイスの残数が心配だ。味はバニラ、チョコ、イチゴ、カフェオレの四種類だけどイチゴはよく品切れになっている。誰かイチゴ愛好者がいるに違いない。
私はもっぱらバニラ専門なのだけど、イチゴの品切れの余波でバニラに影響しないかは気にしている。
私は胸をなでおろす。ミカはイチゴ味、アンジェはカフェオレ味だった。バニラは減っていない。
長椅子に三人並んで座りアイスを食べる。
「う~ん、甘い美味しい」
「美味しいです」
こういうささやかな楽しみがないと宇宙船の中は窮屈で精神がやられてしまう。
ジオン軍残党ばかりが私たちの敵ではないのだ。
内なる敵に最低限勝利しないと、やっていけないのだった。
「ルナツーだね」
「うん、モビルスーツライブだもんね」
「大艦隊です」
さてルナツーが楽しみだ。私は一年戦争のときホワイトベースで寄港したとき以来になる。
連邦宇宙軍の重要拠点だ。一年戦争でルナツーをジオンに攻略されなかったのは連邦軍の勝利要素に大きく関与しているように思う。
実際すぐ近くまでシャアが迫っていて危ないところだった。ルナツーを取られていたら連邦軍主力は再集結どころではなかっただろう。
しばしの平和な時間を友人と楽しんだ。