機動戦士ガンダム0085 元素の歌姫〈エレメンタル・ガールズ〉 作:滝川 海老郎
サイド5のスペースコロニー群は圧巻の一言だった。世界最大級の人工建設物であるコロニーが何個も並んで回転している。
「すごいね、隊長、アンジェ」
「そうね」
「すごいです。ドミーもそう言っています」
茶色いクマのぬいぐるみのドミーを拾ってからアンジェは腹話術みたいに前より話すようになった。
自分じゃなくてドミーが言っているとすれば意見も言いやすいのかもしれない。
私は相変わらず、両親が死ぬ悪夢を頻繁に見る。
ハロが向こう側から飛んでくる。
「ハロ、大人しくしてて、んも~」
「ハロ、ハロ。ンモー、ンモー」
「なによ。文句あるの? ハロ」
「ンモー、ンモー、ンモー」
「まったく。誰に似たんだか」
「あはははは、ははは」
「ちょっと、ミカも笑いすぎ」
「隊長、やめてお腹よじれる」
学習型なのでどこかで覚えてくるのだ。身に覚えがないなら誰だろう。嫌になってしまうわ。
学習といえばガンダムも学習型コンピューターを搭載している。そのため操縦者の動かし方の好みや癖なども覚える。
またペダルなどの固さはパイロットごとに調整される。
だから通常、パイロットは固定で運用されて専用機となる。個人の学習データはデータ用デバイスに記録しているので本来なら機体の共有は可能なのだが、あまり気分はよくないので、そういうことは広くは行われていない。
例えばパイロットは三交代にして二十四時間機体を使うことも理論上はできるけど、実際にはハードのメンテナンスが必要だ。
コロニーの間をホワイトホースとサラミス改が飛んでいく。
そうしてしばらく進むうちに一つのコロニーに向かう。
コロニーは回転している円筒形だけど、その回転軸の部分には宇宙港があり、ここだけ逆回転させて黄道面と常に平行になるように運用されていた。
宇宙港は回転していないので無重力ブロックとなる。
コロニー側面の大地とはエレベーターでつながっている。
中には作業用のモビルスーツや戦闘艦サイズのエレベーターもついていることがある。
「コロニーに入ってく」
「正確には宇宙港ね。内部まで戦闘艦で入らないわよ」
「そうなんだ、隊長物知り」
「サイド生まれだもん」
「へいへい、アースノイドで悪うござんしたね」
「ミカは別にいいわ。アースノイドだからって威張り散らかしたりしないし」
「まあね」
宇宙港の入り口が開いて黄色いライトのガイドビーコンが空間投影されている。
私たちはブリッジに上がらせてもらった。ミカなんかガラス窓に張り付いてその様子を隅々まで観察していた。
まったくこれではまるでミカが社会科見学の小学生みたいだ。
ゆっくりと私たちの艦がコロニーに入港した。
宇宙港は区画に別れていてそれぞれ戦艦がまるごと入れる大きさがある。
コロニー自体が大きいのでなんだかサイズ感がわかりにくい。
入港検査というのがあるらしい。
「いつまで待てばいいのかしら」
「隊長、はやくご飯いきたいのはわかるけど、犬じゃないんだから」
「だって、お腹空いた! ご飯!」
「アンジェもお腹空きました」
待ち時間が異様に長いのがいかにもお役所仕事だ。
さっきから私たちは下船許可が下りるまでずっと待っている。
すでに物資や補給の出し入れは開始されているので人間もそろそろだと思うんだけど。
『お待たせいたしました。下船開始です』
リフトグリップという廊下などに設置されている動く棒に掴まって移動する。
このコロニーに駐留している連邦軍なのだろう連邦軍カラーのパイロットスーツを着た人が操縦するプチ・モビなども見える。
しばしホワイトホースはお休みだ。地球の反対側のルナツーからここまでよく飛んできた。
特に暗礁宙域でデブリと衝突しなかったのは僥倖だった。
戦闘艦クラスになると当たる面積も大きいから航行するだけでも大変なのだ。
「さあって何食べようか? ミカ、アンジェ?」
「ううぅん、えっとね。そうだなぁ迷うなぁ」
「カラッと揚げたチキンナゲットです」
アンジェが要求してくる。珍しい。
宇宙空間で本格的な揚げ物をするのは難しいので冷凍唐揚げとかしかないのだ。
「お、それじゃあアンジェちゃんご推薦のチキンナゲットにしようか」
「了解、隊長っ」
「ミカ、ここから先は『クレアちゃん』でよろ」
「了解、クレアちゃん」
「了解も軍隊っぽいからダメね」
「わ、わかったわ」
せっかく私服で出てきたのだ。ミニスカートに生足なんていつぶりだか。
三人とも可愛らしいワンピースにした。
えへへ、たまには休暇くらいほしい。この前なんて本物の死線を潜ってきたのだ。これくらいのご褒美は貰えて当然だろう。命張ってるんだから見返りくらいちょうだいよ。
ところで連邦軍上層部は何を考えているのだろうか。
万が一、私たちが死んだら。広報で歌って踊る現役アイドルが『戦死』とかしたらどうする気なんだろう。
アイドルかつ現役のパイロットという肩書がよっぽど欲しいのだろうと推測できるけど。
そりゃあ見目麗しいお嬢さんたちが命を懸けて戦ってるならまともな精神の兵士なら「俺たちだって」ってなるに決まっている。
あんな戦争の道具にされて可哀想な「女の子たちの力になってあげたい」って思うでしょう。
でも現役パイロットなんだから攻撃されたら死んでしまうとは考えないのだろうか。
もしかして楽観視、頭がお花畑なのか上層部は。
まさか逆手にとってガルマ・ザビ国葬の演説みたいなことする気ではあるまいな。
追悼コンサートなんて死んでもゴメンだ。絶対に何がなんでもやりたくない。拒否間違いない。
私だったらミカやアンジェの死を見世物にするなんて絶対に許せない。
例えば「ミカさんは戦死されました。みんなで弔い合戦をしましょう。新しいアイドルは○○ちゃんです、新曲歌います、どうぞ」とか、少し想像するだけで身震いしそうなほど怒りが湧いてくる。
そんなことしたら地の果てまで追いかけて恨んでやる。
私たちが連邦軍の都合のいい人形だって自覚はもちろんある。
わかっているけれど私たちにしかできないことがあると世界一偉い人たちに頭下げられて口説かれたら、協力してあげてもいいと思うじゃん。
口説き文句には「エースパイロット、アムロ・レイに一歩近づける存在になれる」というのもあった。
これを聞いた時に私は、なんともいえないほど幸福感を感じてしまったのだ。
あの頃はホワイトベースで遠くから眺めることしかできなかった。憧れのアムロさんに今なら近づけるチャンスが巡ってきた。
もし一年戦争のあの時ジャブローでホワイトベースから降りる選択をせず、死ぬ気で追いかけていたら、今ごろ違う未来になっていた可能性もあったのに。今更悔やんでもしかたがないとはいえ、『たられば』はない。
こんな甘い言葉とか私には他になかったから。
アムロさんに肩を並べられるパイロット兼アイドルになれば、私のこと少しくらいは見てもらえるだろうか。
まずはテレビや音楽を通して知ってもらうところからだ。有名になれれば私のことも認知してもらえるかもしれない。
そしてアムロさんと同じエースパイロット、ニュータイプになるのだ。
遥か高みにいるアムロさんという存在。彼の見えている世界まで登ってみたい。いつかきっと。
それでどうしたいのかは自分でもわからないけど。まさか彼女になりたいなんて思っているのだろうか。ソファーにくっついて座って笑い合ったりするの。そんなバカな。全然想像できない。そんなの絶対あり得ないと思う。彼とは生きている世界が違う。
真のニュータイプ、アムロ・レイ。私たちのちょっとゲームが上手なだけだった自称ニュータイプとは違う。何が違うとかはっきり言えないんだけど、同類とは思えないのだ。
でもそれでもアムロさんの隣に座れる日がくるのだとしたら、私はヨダレが出そうなほど興奮する。
入管を通過してコロニーのエレベーターで重力がある地面まで降りてくる。
「ちょっとクレア。心ここにあらずね。どうせまたアムロさんといやらしいことでもしてる想像してたんでしょ」
「ちょっと私を変態みたいに言わないでよ。人聞きが悪い」
「ふふふ。でもアムロさんって口走ってたよ」
「あら嫌だわ。変なことは考えておりませんのよ、オホホ」
「クレアちょっとおかしいです」
「ぐっ、アンジェにまで言われるとショック」
アムロさんとの初めての記憶はほんの些細なトラブルからだった。
「ママ。おうちのパソコン壊れちゃったよ! 思ったように動かないの」
「まぁ大変、あら本当。どうしましょう」
家のパソコンが壊れて画面が真っ白になってしまう。このままでは毎週見ている大好きなアニメが見れない。
「そうだ。テム・レイさんちのお子さん。確かアムロ君。こういう物に詳しいのよね」
よくある話だ。近所でも評判の工学系オタクで機械に詳しい人物としてアムロさんの名前が上がった。
当然親御さんのテム・レイ氏のほうが詳しいだろうけれど、ほとんど家に帰ってこないほどのワーカーホリックとしてもご近所ではそれはもう有名だった。
私とママはアムロさんの家にパソコンを持ち込んだ。
「再起動してみるか?」
それが記憶の中で最初のアムロさんの声だった。
「ダメみたいだ。次はアップデートかアプリの再インストールをしてみよう」
私たち親子への確認ではなく、自問自答なのだろうか。
その後もブツブツ言いながらも何かアムロさんが操作をした。たったそれだけで、あっという間に直してしまったのだ。
「ありがとうございます、アムロ君」
「ありがとう、アムロお兄ちゃん」
「あ、うん。僕はまだ作業が残ってるからこれで」
そう言って奥の部屋へ戻っていくアムロさん。
ぶっきらぼうだったけど、アムロさんは謎の能力を使って私の家のパソコンを直してくれた。
正直、とてもすごいと思った。
それ以降も何回か似たようなトラブルに見舞われ、その度にアムロさんはやっぱり魔法を使ったみたいに直してくれた。
私には何がなんだかわからなかったから。でも再びアニメが見れるようになって私はアムロさんに感謝したのを覚えている。