ミサトさんがドイツを去ってから、早いもので二年が経ち、オレとアスカは十二歳の夏を迎えていた。
やっぱりミサトさんが居ないと、年齢的に騒がなくなったオレとアスカの二人きりの部屋は少しだけ静かになる。のだが、部屋以外では更に騒がしい事になってしまった。
「ちょっと
「良いじゃないかアスカ、男同士の話ってもんがあるんだよ。そうだろ? タローくん」
加持 リョウジ。ミサトさんの元彼で女好き。スパイを掛け持ちしており、アスカの憧れの人兼アスカ精神崩壊の原因の一つ。
オレの知識ではそうだった。つまり、アスカを巡るライバルでありなるべく近づけさせたくない人物。ミサトさんとの入れ違いでここネルフドイツ支部にやって来た時は、アスカを取られてなるものか。そう思っていたのだが......
「いいから離れろ! タローに変なこと吹き込むんじゃないわよ!」
「おいおい強引だな。俺はただタローくんともっと仲良くなりたいだけだぜ?」
加持さんはそう言いながら、オレの肩に手を回してくる。
そう、加持さんはネルフドイツ支部に来て早々オレに狙いをつけてきたのだ。アスカには目もくれず、ネルフドイツ支部の女性職員すら眼中にないといった様子で。明らかにオレが知っていた加持 リョウジその人とは違う。
アスカが彼を加持さんと呼んでいるのも、決して尊敬しているからという訳ではなく、いわゆる職場の同僚のようにしか思っていないからだろう。七年近く一緒に過ごしてきたオレの考察からするに呼び捨てにするほど仲良くなるつもりはない、という一種の意思表示のようなものだ。
ひとまず加持さんがアスカに興味なさげで安心したは良いものの、彼が来てからずっとオレを見つけては接触してくるものだから困っている。決して加持さんの性的指向が男に向いている訳では無いと思うのだが。
「これ以上タローにベタベタするなら、イェーナを呼ぶわよ......」
「それは勘弁してくれ。頼む。この通り」
アスカがイェーナさんの名を出した瞬間に、加持さんはオレから離れ両手を顔の前で合わせてキレイに腰を折り曲げる。
それと同時に、アスカが自分のものだと言わんばかりにオレの腕にくっついてくる。最近抱きつかれると腕に新たな感触を感じるようなったが、ここで余裕を崩しては紳士ではない。大人しくアスカに腕を組まれてよう。
しかし加持さんってなんでイェーナさんが苦手なんだろ。美人なら誰でも良いみたいな男だと思ってたけど......ちょっと聞いてみるか。
「加持さんって、イェーナさん苦手なんですか? あんなに美人で優しいのに」
「レーマンさんが美人で優しいって? そりゃタローくん達にはそうだろうよ。でも俺には......悪い、思い出したくない」
顔を手で覆っている加持さん。
風の噂で聞いたことあるけど、加持さんが着任二日目にイェーナさんに対して口説きまがいのことをしてボッコボコにされたのってもしかしたら本当なのかもしれないな。なんか突然部屋に来てオレを抱きしめたと思ったら「男がみんなタローみたいだったら良いのに......」と囁かれたことあったし、その翌日から加持さんが全身包帯まみれだったし。
綺麗な薔薇には棘があるとはよくいったものだ。加持さんがそれで女性恐怖症になったのかは知らないが、ミサトさんとくっ付いてくれ。いやミサトさんとくっ付くのもなんか癪だな。天涯孤独であれ。
「そういや二人はもう聞いたか? ここで建造中のエヴァ弐号機のパイロットがどっちになるかって話」
オレがそんな事を考えているとは知らずに、加持さんは決め顔を作り直して言ってくる。
弐号機のパイロットか。確かに今の所は候補としてオレとアスカは訓練を受けているが、そろそろ使徒が現れる頃のはず。正式にパイロットを任命するのに早くはないな。
とはいえ、ここでオレが弐号機のパイロットになってしまっては意味がない。最も良いのはアスカが正パイロットで、オレはその補欠。それが一番だろうが、残念ながらこの世界で長く過ごしたせいで新世紀エヴァンゲリオンの知識がほぼ抜けてしまったオレは次に何が起こるかもわからない状態だ。果たしてアスカの補佐ができるかも怪しい。
「なにその話。聞いてないけど」
「おおそうか、じゃあ教えてや「何をしているのかしら」......あ」
加持さんの声を遮ったドイツ語。イェーナさんがゆっくりとこちらに歩いてきていた。
「加持 リョウジ、二人への執拗な接触は懲戒処分の対象と言ったはずよ。今すぐ立ち去りなさい」
「は、はい!」
イェーナさんの氷よりも冷たい声に、加持さんは踵を返してどこかへ歩いていく。うん、確かに怖いなこりゃ。
「大丈夫だったかしら、二人共」
「助かったわイェーナ。またタローが絡まれてて」
「そう。タロー、優しいのは貴方の良いところだけれど、しっかり拒絶することも大切よ」
「わかりました......」
何故かオレが説教されちまった。
そりゃオレもスパイ掛け持ち男と仲良くなるのにはデメリットがあると思うさ。けどそれと同時に、うまいことカマかけて有利な情報を引き出せればアスカを守ることに繋がる。そんな気持ちが邪魔をしてなあなあにしてしまっている。
まあオレが一人の時に加持さんと接触しようものならアスカがブチギレるだろうし、そもそもこの二年有益な情報を得られていないから潮時かもな。
「ところでイェーナ、あんたなんでここに?」
「ええ、二人に話があって。ここだとあれだから移動しましょう」
白衣をひらひらとさせながら歩き始めるイェーナさん。アスカと顔を見合わせた後、オレ達は彼女の後をついていく。
行き着いた場所は、シンクロテストのモニター室だった。イェーナさんはそこにオレとアスカを先に入れると、部屋の鍵を閉めてから何かのボタンを押す。その瞬間、耳にブーッと小さく低い音が聞こえた。
「何の音ですか?」
「盗聴防止に特殊な周波数を流しているの」
「ってことは、他にバラされたくない会話って訳?」
「そうよ。これから話すことはネルフ以外に知られてはならないこと、用心しておいて損はないわ。とりあえず座りなさい」
ガーッと床を引きずりながらイェーナさんが差し出してきた椅子に座る。イェーナさんは先程からキーボードで何かを高速入力しており、それが終わると一つの設計図がモニターに映し出された。
「これは......エヴァですか?」
「ええ、今建造中のエヴァンゲリオン弐号機。といっても、その大部分は完成しているのだけどね」
イェーナさんがスクリーンをスライドすると、設計図から緑色に光る弐号機の全体図に切り替わる。一箇所だけ頭部が赤色だが、おそらくここはまだ未完成ということだろう。それでも進行度80%と記されているし、完成間近といって良いはずだ。
「で、弐号機がどうしたのよ」
「先程、マルドゥック機関から報告があったわ。エヴァンゲリオン弐号機の正パイロットは惣流・アスカ・ラングレー」
「えっ、あ、あたしが!?」
「おめでとう、アスカ!」
驚いたのか、立ち上がるアスカ。エヴァのパイロットになるために頑張ってきたアスカに拍手を送る。
しかしアスカはどうしたら良いのかわからないといった様子でキョロキョロしており、冗談じゃないよね? という気持ちがこもったような目でイェーナさんに視線を向けると、彼女はアスカの目を見て深く頷いた。
アスカが弐号機の正パイロットに選ばれた。ということは、オレはネルフにとって用済みということか?
彼女を祝福しながらもそんな風に今後の自分の立場について考えていると、イェーナさんから追加の情報が入る。
「それと同時に、イギリスで建造され現在日本で保管されているエヴァンゲリオン:プライマル。通称エヴァンゲリオン
「......はい?」
イェーナさんはまたスクリーンをスライドして、見たこともないエヴァのモノクロ画像を表示する。記憶の中にある三号機と似たような風貌だが、V字型のツノが特徴的という印象しかわかない。
そもそもエヴァンゲリオン:プライマル? 一体何だそれは。そんなもの聞いたことが無い。それに、イギリスで建造された機体などあるのだろうか。
日本で建造された零号機、初号機。ドイツで建造中の弐号機にアメリカで建造された三号機、四号機。あとは......量産機。駄目だ、アニメ版のしかそれ以上思い出せない。こんなことなら記憶の新しいうちにメモのひとつでも......いや、それを見つかった瞬間に消されてたな多分。お勉強のし過ぎで脳内にある記憶が上書きされちまった。
未来の自分に向けたヒントを残さなかったことを悔いていると、アスカが何かに気付いたのかイェーナさんに詰め寄った。
「タローがパイロットになるのは、日本で保管されてるエヴァだって言った?」
「ええそうよ。第3新東京市、ネルフ本部がある場所に保管されているエヴァンゲリオン。ちょうどミサトがいる場所ね」
「そのエヴァ壱型ってやつをドイツに持ってくるわけ?」
アスカがそう聞いた瞬間に、イェーナさんの目が鋭くなる。深い呼吸で一拍子置いたイェーナさんはなだめるように言った。
「いいえ。第3新東京市は使徒迎撃用の要塞都市、そこからエヴァンゲリオンをわざわざドイツに持ってくることは無い。この意味、わかってくれるわね?」
つまるところ、イェーナさんはこう言いたいわけだ。オレは日本に行って、アスカは弐号機の完成までドイツに残る。そういうことだろう。
問題はそれをアスカが受け入れてくれるかどうか、なんだが......
「そう。あたしから離れてくのね」
うつむいたアスカが何かを呟いたが聞き取れなかった。日本語なのか、ドイツ語なのか。それすらわからないほど小さな声に聞き返すか迷っていると、アスカは勢いよく顔を上げてみせた。
「で、いつタローは日本に行くのよ」
「......三日後」
「は!? 三日後ですか!? ちょ待、早すぎないですか!?」
三日後には日本ってなんだよそれ!? 大体展開が早すぎだ、日本に行ってどうするんだよ。中学生やれってか!?
「マルドゥック機関より早急にタローをネルフ本部へと要請が来ていて。私も何度か抗議したけれど、全く取り合って貰えなかったわ」
「そんな......無理やりすぎじゃないですか......」
マルドゥック機関。その本質は碇 ゲンドウ自身であると、そう聞いたことがある。
おぼろげな記憶だが、ゲンドウの目的は人類補完計画だか何だかを成し遂げることのはずだ。オレという存在をイレギュラーとして見ているのであれば、なるべく目の届く範囲に置いておきたいのだろう。
しかし、何故オレをエヴァ壱型なんてもののパイロットに任命したのかわからない。わざわざパイロットに任命しなくとも何かと難癖つけて日本に呼び込めるだろうし、エヴァのパイロットという肩書を与える理由が無い。オレを消すのであればわざわざエヴァの実験中の事故を装う必要はないだろうに。
考えれば考えるほど、蟻地獄に落ちていくかのように謎が深まるばかり。
暗い顔をしていたのだろうか、アスカに両手で頬を包まれる。
「アスカ?」
「バカタロー、あんたまさか日本に行きたくないとか言うわけ?」
アスカの青い瞳にジッと覗き込まれる。日本に行きたくない、って? そんなのもちろん
「行きたくないよそんなの。突然すぎる」
すっとこぼれ落ちたウジウジしてる自分の言葉に、自分で嫌気が差して目線を下に落とす。アスカはこんなオレのこと、どう思ってるかな。
恐る恐るアスカの顔を見上げる。呆れているのか、怒っているのか。どっちなんだろう。
「へぇそう、行きたくないんだ」
予想外にも、アスカの顔は笑顔だった。
ぐずるオレをバカにして笑っているのか? 違う。面白がっている? それも違う。こんな笑顔のアスカは見たことがない。
初めてアスカの考えていることが読めないこの状況に、いいようのない緊張感を覚える。しかし彼女は特に気にしては居ないようだった。
「イェーナ、タローの日本行きはもう決定事項なんでしょ?」
「もうどうしようもないわね。私だけじゃ」
「まっ、そうでしょうね。タロー、あんたは日本に行きなさい」
「え、でも」
「でもじゃない!」
ブニッと顔を両手で圧迫される。アスカは顔を近づけ、オレを説得するように言った。
「エヴァのパイロットになれるのよ、日本に行けば。大丈夫、弐号機パイロットはあたしがちゃんと責任持って任されるわ」
「あすふぁ......」
「ここに残るなんてことは許さないわよ。あたしはタローの隣に立たなきゃいけないんだから......」
オレの隣に立たなきゃいけない。
アスカの言葉の意味は、よく理解出来ていない。でもアスカがオレがドイツに残ることを好ましく思わないのならば喜んで日本に行こう。
悲しくないといえば嘘になる。けど、これで良かったんだ。アスカが本当に幸せになるために必要なのは依存する相手ではないのだから。
「......わかった、日本に行くよ。イェーナさん、三日後のいつですか?」
「お昼発で、日本着は夜ね。日本は年中夏だから持っていく服は良く選ぶのよ」
「はい、ありがとうございます」
そうじゃん、日本って年中夏じゃん。となると冬物の服とかは全部処分かな。まあ元々荷物が多いタイプじゃないし、必要最低限度のものだけ持ってあとは日本で買うとして。ゲーム機は携帯型以外アスカに譲ろうかな、ゲーム好きだし。
頭の中で持っていくもの、置いていくもの、処分してもらうものの整理を始める。三日後なんて長いようですぐだし、こういうのは早いほうが良い。
「じゃ、話は決まりね。あたし先部屋戻ってるから」
そう言い残し、アスカは返事も聞かずに出ていく。イェーナさんは何だか思うところがあるような表情をしているが、オレは全くわからん。女心がわかる日は来るのだろうか。
「じゃあ、自分も失礼します」
「ええ。三日後に備えてよく休んで頂戴」
イェーナさんに会釈をして部屋を出る。
日本か......ミサトさんと、あとはそうだ。碇 シンジはまだだろうが、綾波 レイが居るはず。アスカ一筋だが興味が無いわけではない、綾波 レイと碇 ゲンドウの関係を鑑みるに、上手く綾波 レイと仲良くなれれば最悪の結末は避けられるはず。
......いや正直、どんな可愛い子なのかなってワクワクもあります。まあ何にせよ、意外と日本に行くのも悪くないかもな。アスカにだって二年、いや一年我慢すれば再会できるはずだ。
「よし、なんだかやる気が湧いてきたぞ」
遠すぎる未来のことを考えても仕方ない、まずは近い未来。明日に焦点を合わせて行動していくんだ。
物語の密度と1話ごとの文字数について
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