ただひたすらアスカを愛してみた   作:たっちゃん☆

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17話 旅立ち

 3日間というのはやはり短いものだ。72時間と言えばその短さはより顕著に感じられるだろう。

 ジャケット姿でボストンバッグを肩にかけ、ネルフの敷地内にある建物を歩く。向かう先はこれから乗り込む飛行機、といっても民間機でもなければチャーター機でもない、ネルフ所有の機体が止まっている滑走路だ。

 垂直離着陸機らしいが、世界Aで似たような見た目してるヘリコプターの墜落事故が問題になってたので正直不安。まあこの世界のほうが技術の進みが速いし、大丈夫だろうけど。

 

「やべ、そろそろ時間じゃん」

 

 腕時計で確認した時間は、正午を過ぎた頃。三十分までにという曖昧な時間指定はオレを気遣ってのものだろうが、余裕があるからといってチンタラするのは好きじゃない。

 ドイツ支部の職員の皆に、挨拶は済ませた。良く話す人も、そうでない人も。皆のお陰でオレはここまで成長できたから。唯一心残りがあるとすれば

 

「アスカ、さすがに忙しいか......」

 

 弐号機の正パイロットに選ばれてからアスカはより一層訓練に力を入れているのか、この3日間は「おはよう」「おやすみ」。それ以外の会話がめっきり減ってしまった。

 もちろん変に意識されるとやりづらいのは事実なので、普段通り......ではないが、それに近い状態でドイツを離れる今日を迎えられたのは良いことだ。こんなにもスッキリとした気持ちで旅立つことができるのだから。

 

 ふと立ち止まり、後ろを振り返る。電気の明かりが少なく薄暗い建物が、この時間にここから飛び立つのがオレ一人だけということを示す。そんな現実から目を背けるように前を向いて、また歩き出す。

 外を歩く時にはいつも隣にいたアスカが今日は居ない。いつもなら彼女の温かさを感じる左右どちらかの手も、今は何も感じない。

 

 寂しい。こんな気持ちになったのは今日が初めてだ。アスカも、イェーナさんも、ミサトさんも居ない。一人で行ったことのない場所......いや、知ってはいるが馴染みのない場所というのが正しいだろうか。そこに向かうことがこんなにも心細いものだとは思わなかった。

 

「タローくん」

 

 下を向いて歩いていると、突然名前を呼ばれて足を止める。顔を上げると、声の主が暗がりの中から歩いてきた。

 

「なんだ、加持さんか」

 

 オレのぶっきらぼうな言葉に、加持さんは両手をズボンのポケットに突っ込んだまま苦笑する。正直言うと嬉しくはあるが、加持さんかよって感じ。どうせなら綺麗なチャンネーのほうが良かったかな。

 

「折角見送りに来てやったのに、それはヒドくないか?」

「加持さんの仕事の心配をしてあげてるんですよ。で、何の用事です?」

「ははっ、冷たいやつだな」

 

 ポスンと、頭に手を置かれて撫でられる。それを少しだけ心地よいと思う自分が悔しいぜ、男に興味は無いっての。

 

「加持さんは、どうしてそんなにオレにかまってくれるんです? 自分で言うのもなんですが、可愛げないでしょ。オレ」

「ん? そりゃお前、君が魅力的だからだろ」

「え。もしかして加持さんって......」

 

 思わず自らの体を抱いて後退りする。加持さんはそれを見て、両手を振って違う違うと否定した。

 

「そういう意味じゃなくてだな......。タローくん、君を見ていると話したくなっちまうんだ」

「なんでです?」

「なんと言ったらよいのかわからないが、タローくん。君は天性の愛されキャラなんだよ。葛城があんなにも夢中になる理由が出会ってからわかった。君と話していると全てを受け入れてやりたくなるし、全てを受け入れてくれそうな気がするんだ」

 

 微笑みながらそう話す加持さん。正直なところ彼の言っている意味がわからないが、まあ悪い意味では無いだろうな。こんなところで捨て台詞を吐くような人じゃないし。

 しかし他者から見た自分の評価なんて気にしたことがなかったが、こうして面と向かって言葉にされるとこそばゆいものがある。でもこういう事を言われて悪い気はしない。

 

「加持さんの事、ちょっと見直しましたよ」

「二年間一緒に居てようやくか。ま、こうやって話せて良かったよタローくん、日本でも頑張るんだぞ。アスカには悪い虫がつかないようにしてやるさ」

「オレ的には加持さんが一番の悪い虫な気がしますけどね。ゴキブリ野郎」

「おいおい、容赦ねえな」

 

 またも苦笑する加持さん。苦笑いが一番似合う人ってのも、なかなか珍しいもんだ。

 なんだかんだ加持さんの事は嫌いじゃないし、だからこそゴキブリ野郎なんて言葉も言える。それにミサトさんと同じように、オレの思ってた加持 リョウジと目の前に居る加持 リョウジは別人だってことがわかった。安心して日本に行けるさ。

 

「それだけ信頼してるってことですよ。じゃ」

「おう、達者でな。ジャケット姿もキマってるぜ」

「はは、加持さんに言われると自信付きます。ありがとうございました」

 

 そう言って加持さんの横を通り過ぎようとすると、顔の横に手を差し出されたので、ハイタッチして行く。

 気が楽になった、といえばよいのか。どこまで言ってもオレは人間。一人だけじゃ耐えられないものがあるってことさ。

 

「眩しいな、全く」

 

 滑走路に出ると、真っ昼間の日差しとその照り返しが嫌になるほどオレを照らす。旅立ちには絶好の天気ってやつだ。

 ジャケットの胸ポケットからサングラスを取り出して装着する。目指す先はネルフのマークがデカデカと描かれている輸送用垂直離着陸機。あれに乗った後、次にオレがドイツの地に足をつけるのはいつになるだろうか。

 

 なるべくネガティブな思考にならないようにと色々な考え事をしながら歩き、輸送機まではもうあと数歩。静かだからまだエンジンが始動してないのかと思ったが、もう発進準備万全って感じか。

 

「タロー」

 

 ......幻聴かな。

 アスカの声が聞こえた気がして、輸送機へ向かう足を止めて後ろを振り向く。サングラス越しに、不敵な笑みを浮かべながら腰に手を当て胸を張ったアスカと、その少し後ろで微笑むイェーナさんの姿が目に入る。

 

 夢じゃないよな?

 サングラスを外してみても、二人はまだそこに居る。顔が緩みそうになったが、一度強く瞬きして正す。

 

「サングラス外してもあたし達は消えないわよ、バカタロー」

「アスカ、イェーナさん......どうしてここに?」

「どうしてって、あなたを見送るために来たのよ。タロー」

 

 ......やっぱりオレは、ネルフドイツ支部が好きだ。アスカとイェーナさん、二人の顔を見て確信した。ここがオレの故郷なんだと。

 故郷から旅立つときくらい、カッコつけないとな。

 

「ありがとうございます、イェーナさん。アスカもありがとう、忙しいだろうに時間を使ってくれて」

「私こそありがとう、タロー。あなたの成長を側で見守れてとても嬉しかったわ。両親もあなたに会いたがっていたから、いつでも帰ってきなさい。私はあなたを待つわ」

「ま、あたしもそのうち日本に行くことになると思うけど。それまで元気でやってるのよ」

「......ぅん」

 

 そう決めた直後に二人の言葉を聞いて涙が出てきてしまい、思うように声が出せなかった。

 ここには帰る場所があるんだ。待ってくれる人がいる、追いかけてくれる人がいる。それがたまらなく嬉しくて、幸せで。泣かずに笑顔でいようと、そう思えば思うほどに自分が愛されていることに涙が出てしまう。

 

 男が泣いて良いのは生まれた時、親が死んだ時、愛する人が死んだ時だけ。なんて言葉があるけど、とてもじゃないがオレはそれを守れないや。

 

 とめどなく溢れる涙を手で拭いながら、いつかに聞いた言葉を思い出す。でも泣いても良いんだ、これは新たなオレが生まれる瞬間なのだから。

 

「もう、なに泣いてんのよ。一生のお別れって訳じゃないのよ? あたしはすぐにでもタローに追いつくつもりだし、イェーナ達とだって直接会えなくてもいつでも顔を見れるじゃない」

「っはは、そうだね、ごめん。でも、嬉しくて。オレ、ゲヒルンドイツ支部にいれて、ネルフドイツ支部にいれて。アスカとイェーナさんと、皆と出会えて良かったなって」

「......じゃあ、これを見たらもっと泣いちゃうかも知れないわね」

「え?」

 

 イェーナさんの言葉で顔を上げる。涙で滲む視界が、アスカとイェーナさんの後ろからこちらに向かってくる人達を捉えた。

 

「ドレッドノートぉぉおお!」

「ドレッドノートくん!」

「ドレッドノートちゃ~ん!」

 

 老若男女役割を問わず、肩にオレンジのラインが入ったネルフの制服を着た......いや、それだけじゃない。清掃員の人も、街のおばちゃんまで。オレに関わりのあった大勢の人達が、手を振りながら滑走路を駆けてこちらへ向かってきていた。

 

「おい! なに自分だけ言いたいこと言って日本に行こうとしてるんだ?」

「そうよドレッドノートくん。私達だって、君に伝えたいことがいっぱいあるんだから!」

「坊や。ちゃんと元気でやるんだよ」

「......みん、な......」

 

 乾いてきていたハズの涙が、また溢れそうになる。それを拭ったオレは、顔を上げて笑顔を作る。

 

「ありがとうございます、皆さん。オレ、頑張れそうです」

「ドレッドノートなら大丈夫だろ。本当はもっと言いたいことがあるけど、僕達全員一番伝えたい言葉は同じだから言わせてくれ!」

 

 誰かが大きな声で言った。一体どんな言葉を言われるんだろう。不安な気持ちは無いが、少し身構えた。

 しかし身構える必要など全くないのだと、すぐに知ることになる。

 

『Arigato, Taro!』

 

 オレが知るネルフドイツ支部の全員が、カタコトの日本語で。大きな声でそう言った。

 嬉しいやら、恥ずかしいやら、照れくさいやら、色んな感情が混同する。だけどもう涙はない、あるのは笑顔だけ。

 よし、最後のサービスとして皆にオレの声量をみせてやろう!

 

「すぅ......Danke leute(みんなありがとう)!!

 

 これ以上の言葉はいらない、返事を聞く必要もない。オレにはわかるから、皆が今どんな顔をしているか。

 振り返り輸送機へ足を進める。だが、アスカに呼び止められた。

 

「タロー!」

「ん? どうしたのアス、っ!?」

 

 唇に感じる温かで柔らかな感触、アスカの香りと、目の前に広がる目を瞑ったアスカの顔。オレが状況を理解するよりも前に、アスカの顔が離れた。

 彼女は閉じた目を開くと、オレの胸元あたりにあった視線をゆっくりと目へと持ってくる。同じくらいの身長だから、正面を見て硬直するオレとアスカの視線は必然的に交わった。

 

「ファーストキスよ、バカタロー」

「お、オレも.....」

 

 頬を染めたアスカと同じだと言うことを伝えると、それまでは羞恥心が感じられたアスカが途端にニヤリといたずらっ子のような笑みを浮かべた。

 

「でしょーね。ま、どうしてもって言うなら二回目も貰うしあげるわよ。その時は日本でね!」

 

 やっぱアスカには敵わねえな。

 日本語で話す彼女の満面の笑みを見てつくづく思う。どれだけオレを夢中にさせれば気が済むんだと。そして、どれだけオレを勇気づけてくれるんだと。

 アスカから勇気を貰ったオレに、怖いものなどなにもない。もし飛行機が墜落しても、地を這って海を泳いで日本に到着してやる。そんな気持ちだ。

 

 最後にアスカの肩より少し長い髪に触れ、彼女の全てを焼き付ける。次に会う時、アスカはどれだけ魅力的な女性になっているのだろう。

 三日会わざれば刮目して見よ。いつのアスカも素晴らしいことに変わりはないが、再会した時に新たな彼女の良さを見つけるために、今をしっかりと覚えておかないと。

 

「......アスカ。それじゃあね」

 

 時間にして十数秒だろうか。会話もなくただお互い見つめ合っていたが、風がオレ達に今が時だと教えた。

 アスカから手を離し、輸送機に向かう。一歩足を輸送機に乗り出したところで、顔だけ振り返る。

 

「また会う日まで、アスカ!」

「ええ。またね!」

 

 とびきりの笑顔で手を振るアスカと、その後ろにいるイェーナさん達を脳に刻み込み、輸送機に乗り込んだ。

 これから碇 シンジが。使徒が第3新東京市に来るまでの間、どんなことが起きるのだろうか。一つ確かなのは、何が起きようとも

 

「オレの敵じゃない!」

 

 

 

 

 -----

 

 タローを乗せた輸送機が見えなくなるまで、アスカ達は手を振り続ける。

 やがて誰からともなく手を振るのを止めると、アスカとイェーナ以外はそれぞれがタローとの思い出を噛み締めながらネルフへと戻っていった。

 

「良かったの? アスカ」

 

 滑走路から自分とアスカ以外が居なくなったタイミングで、イェーナはいつまでも空を眺めるアスカに声をかける。アスカは振り向くこともせずに答えた。

 

「ええ、もちろん。これで良いのよ」

「......でもエヴァンゲリオンのパイロットであるあなた達二人が拒否すれば、おそらくタローはドイツに残れたわよ?」

「だとしても! イェーナ、これからは忙しくなるわよ。あんたに色々と付き合ってもらわないといけないことがあるの」

「何にかしら......っ!」

 

 ようやく振り返ったアスカの表情に、イェーナは驚いて目を見開く。

 

 

 タローとの別れが誰よりも悲しいはずなのに、この三日間で誰よりも涙を流していたのに。それでもあなたは笑うのね、アスカ。

 

 

 イェーナはそんなことを考えながら、アスカに微笑み返す。アスカはゆっくりとネルフへの道を歩き始めた。

 

「花嫁修業よ。あいつに思い知らせてやるんだから」

 

 ビシッと突き立てた指をタローが飛び立っていった方向の空に向け、アスカは宣言する。

 

「このあたし、惣流・アスカ・ラングレーを本気にさせた代償は重いってことをね!!」




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