日本にやって来てから三ヶ月と少し。季節も12月になってすっかり冬......にはならず。夏夏夏夏の夏になってしまった。4つ目の夏ですね。
「あっ、白露くんおはよー!」
「おっす白露!」
1年A組の教室に入ったオレを、数名の生徒が出迎えてくれる。それに笑顔でおはようと返事をすると、女子達からは黄色い歓声が上がった。
中学1年生とは単純なものだ。たった30数名のクラスの中で足が速い、頭が良い、顔が良い、背が高い。そういう小さな違いを大きなものと捉え、まるで特別優れている人かのように持ち上げる。
ドイツからやって来たイギリスとのクォーター、そして英語とドイツ語を話すトリリンガル。加えて身体能力抜群の優等生。
転校初日に勝手に英語の授業をしたにもかかわらず、オレの評価はそうなっている。少なくとも担任の中では。
自分の中で当然であったことをしてここまでチヤホヤされるのは不思議な気分だ。まるでスーパースターになったかと勘違いしてしまうが、ここで天狗になり身を持ち崩すほど愚かではない。
ベストな自分になるためには耳をふさぎ、自分の中の声にだけ集中していれば良いのだから。
「ティーチャー、おはようさん」
席につこうと歩いていたオレに、黒色のジャージに身を包んだ一人の男子生徒が声をかけてくる。
「おはようトウジ、今日は早いじゃん」
「今日は妹に叩き起こされたんや」
トウジは鼻をこすりながら笑う。
驚いたことに、転校二日目。オレが初めて生徒としてこの1年A組に足を踏み入れたその日の放課後に、トウジから謝罪を受けた。昨日はあんな態度を取ってすまんかった、と。
もちろんそんなことオレは気にしていなかったのだが、トウジはオレが自分と同じ中学生だということを知り、幼稚な自分を恥ずかしく思ったのか許してくれるまで顔をあげないと言われてしまった。
それを許してからトウジはオレのことをティーチャーと呼び、仲良くしてくれている。同年代の男子の友達はこの世界では初めてなもので、最初はどう接すれば良いかがわからなかったが向こうから積極的に声をかけてくれて助かっている。
「妹さんか、確かサクラちゃんって言ったっけ? しっかりしてるよな~」
「ったりまえやろ! せやティーチャー、今度勉強でも教えたってや。あいつワシがティーチャーの話したら会いたい会いたいしつこいねん」
うっとうしいわ~と言いつつも、トウジの口角は上がっていた。
サクラちゃんの話をする時いつもこうなんだよな、いわゆるシスコンってやつだと思うけど。まあ写真を見せてもらったことあるけど、確かに可愛かった。うちのアスカちゃんには負けるけど。
「はは、うん。トウジさえ良ければぜひ」
「助かるわ。ホンマおおきに!」
「楽しそうな話してるじゃないか、お二人さん」
「くたばれクソメガネ」
「ひでえな」
そんなオレとトウジに近づいてきたのは、メガネをかけたクソメガネ。間違えた、ケンスケ。
別に仲が悪いわけでは無いのだが、オレの写真を撮って女子に売ったり女子の盗撮写真を売りさばいているらしい。別にオレの写真を売る分には構わないが、流石に水着の女子を盗撮して売りつけるのはいただけない。
もしアスカがそんなことをされたらと考えるが、おそらくケンスケがメガネをかけても何をしても世界が見えなくなるようにすると思う。
「ちょっと鈴原~、あんた達が近くにいると白露くんにバカが移るでしょ~」
「なんやと!?」
「またはじまったよ」
クラスの女子の誰かが、トウジとクソメガネンスケに対してそんなことを言う。それに反発するトウジと、加勢するケンスケ=クソメガネ。それがこの1年A組の日常になっていた。
決してクラスの雰囲気が悪いわけではない、むしろ良い方だと思う。悪かったらヤジなんて飛んでこないと思うから。
その隙にオレは二人から離れ、自分の席に座る。の前に、今日も今日とて仏頂面で外を眺めている前の席の女の子に挨拶をしないと。
「綾波、おはよう」
「......おはよう」
綾波は視線だけをこちらに向けて小さく返事を返した後、また視線を外に向ける。
正直に言わせていただくと、可愛いのだ。思わず挨拶を返されただけで笑ってしまうほどには。
いつもはここで終わりだが、今日はそれだけじゃない。秘密兵器を用意している。
左肩にかけていたリュックの中から、あるものを取り出す。
水色の保冷バッグ、中身はもちろんお弁当。それを綾波に差し出す。
「綾波に渡したいものがあるんだ、これなんだけど」
「......これは?」
相変わらず頬杖をついたままだが、今度は視線だけではなく顔をこちらに向けて聞いてくる綾波。食いつきはまあまあだな。
「お弁当。いつもお昼食べてなさそうだから、良ければと思って綾波の分も作ってきたんだ。前にお肉が嫌いって言ってたから、ちゃんと抜いてあるよ」
「......」
しばらく保冷バッグを見た後、綾波はゆっくりとそれを受け取る。
「前に、赤木博士が言ってたわ......あなたの作ったお弁当を、葛城一尉が美味しそうに食べていたって」
視線を保冷バッグに向けたまま、綾波はぽつりぽつりと話し始める。
「良いの? 葛城一尉ではなく、私にも」
「もちろんだよ。綾波にも食べてほしいんだ」
「......そう」
綾波はそう言いながら、オレの渡した保冷バッグを机の横にかける。
受け取ってくれた。綾波が、オレの作ったお弁当を。思わず感動で涙が出てしまう。
「......泣いてるの? どうして?」
そんなオレを見た綾波が、不思議そうに聞いてくる。
そりゃお前嬉しいからだろ! まず朝の挨拶を返してもらうようになるまで二週間かかって、そこからネルフ以外で話すようになるのに一ヶ月、綾波のことを聞くのに一ヶ月。
そして、ダメ元で持ってきたお弁当を受け取ってくれたんだ。明らかにオレの事に興味の無い綾波が挨拶してくれて、会話してくれて、贈り物を受け取ってくれた。
こんなの保護犬が自分の手から餌を食べるようになってくれた時レベルで嬉しいよ。
「嬉しいからだよ」
「嬉しいのに涙が出るの?」
「うん、涙って悲しい時だけに出るものじゃないんだよ。すっごく嬉しかったり、すっごく面白いときにも出る。オレは綾波と仲良く慣れたのがすっごく嬉しいから涙が出てるんだ」
「嬉しいから......」
言っていることが全くわからない。だけど、なんとかして理解しようと思う。
そんな目でオレを見つめてくる綾波に、また嬉しくなってくる。綾波が感情を出したり何かをしようとする度に嬉しくなるとか、保護者の気分だよもう。
何故おはようと言うの? って言われたときには流石におったまげたけど、折れずに綾波とコミュニケーション(ほぼ一方的)をし続けて良かった。
リツコさんに『レイから挨拶をされたのだけれど、何をしたの?』って詰められた時はちょっとチビりそうになったけど。
「そうだ綾波。今日はお昼、一緒に食べようよ」
「一緒に?」
「うん、一緒に食べると一人よりもずっと美味しく感じるから」
「......わかった。赤木博士に、あなたと仲良くするように言われてるから」
綾波の言葉に思わず苦笑いしてしまう。
リツコさんがそんなことを言ってたのか。オレを信頼してくれてるのかわからないがナイスアシストだな。
でも今重要なのはそれじゃない、綾波の意思だ。
「リツコさんが仲良くするよう言ってたとかは一度置いておいて。綾波は、オレと一緒に食べても大丈夫?」
一緒に食べるのは嫌、とか言われたら二つの意味で泣いちゃうけどね。拒否られて悲しい涙と、綾波の感情が出てて嬉しい涙の二つで無の涙が出るかも。
綾波は保冷バッグをジッと見つめて考える。一体彼女の頭の中では今、どんな考えが浮かんでいるんだろうか。
少しワクワクしながら待っていると、綾波がオレを見つめていることに気がついた。目を合わせてやると、ようやく彼女は口を開く。
「一緒に食べたい。私のことは話したけれど、あなたのことは何も聞いていないわ」
初めて聞いた綾波本人の言葉に、思わずガッツポーズしてしまう。それを見た綾波に何をしているんだコイツはと言わんばかりのジト目を向けられるが気にしない。
そのタイミングでちょうど、朝のホームルームが始まるチャイムがなる。担任の根府川先生がまだ来ていないので、去り際に綾波に一言。
「ありがとう。じゃあお昼休みにまた」
「ええ」
彼女のすぐ後ろの席に座る。そして定位置、窓の外を眺める綾波の横顔を、オレは根府川先生が来るまで盗み見るのであった。
そして昼休み。トウジとクラスの女子達からの昼食のお誘いを断ったオレは、綾波と二人で屋上に向かっている。屋上が開放されていて生徒が自由に出入りできる中学校、中々珍しいと思う。世界Aでは学校の屋上なんて登ったことないし。
「どこへ向かっているの?」
保冷バッグをの持ち手を体の前で両手で持つ綾波が、ちょこちょこと後ろを着いてきながら問いかける。
小動物感溢れる彼女だが、実は脱いだら凄い。初めてプラグスーツ姿を見た時は正直ビビったよね、発育の良さに。
「屋上だよ。広くて開放的で、風が気持ち良いんだ」
階段を登りきり、屋上へと続く扉を開けると既に数名の生徒が昼食を楽しんでいた。
扉を右手で押さえ、空いた左手で綾波に先に外へ出るように誘導するも、彼女はじっとこちらを見ているだけ。多分、意図がわかってないんだろうな。そう思ったオレは思わず苦笑してしまう。
「先に出て良いよ」
「......」
オレがそう言うと、綾波は屋上へと続く
「よし、じゃあ行こうか」
綾波が外に出たのをしっかりと確認したオレは、自らも屋上に出て後手にドアを閉じる。そして屋上を歩き、人が少ない場所へ向かっていく。
「ここにしよう」
オレが選んだのは、校庭と街が見える場所。一人で昼食を食べる時、いつも座る場所だ。
ポケットから手のひらサイズに折りたたまれたシートを取り出し、いつものようにそれを開いて地面に敷く。オレはズボンだから直に座っても問題ないが、綾波はスカート。真っ白な足を汚してはいけない。
「どうぞ」
「ええ」
上履きを脱いだ綾波が、シートの端っこにいわゆる女の子座りでチョコンと座る。オレも上履きを脱ぎ、綾波と向かい合う用にあぐらで座った。
「じゃあ食べよっか」
保冷バッグから風呂敷に包まれたお弁当を取り出す。綾波もオレの後を追うようにお弁当を取り出した。
ん~、やっぱり遠慮なのか何なのか、距離を感じるな。何事もオレが言うかやってみせるかしないとやらないし......。
オレと同じタイミングで風呂敷を解く綾波を見ながら、そんなことを考える。言いたくはないが、命令通りに動く人形のようだと。
「......何?」
綾波に聞かれる。怒っている......訳ではなさそうだな。なんでそんな見てくんねんコイツ、って感じで不思議に思ってるのかも。
......あれ、オレって結構綾波の考えてることと感情がわかるかも?
「いや、なんでも。綾波っていつもどんなの食べてるのかなって」
「......いつもは、薬とサプリメントと、栄養補給剤......」
その言葉に、思わず吹き出してしまう。そしてオレは綾波に詰め寄り、彼女の華奢な両肩を掴む。
「駄目だろそんなんじゃ! ちゃんと食べないと!」
「でも、赤木博士が必要な栄養の分を渡してくれるわ」
「だとしてもだよ! 綾波、ちょっと待ってろ」
ポケットからスマホを取り出し、電話アプリを開く。少ない連絡先の中からリツコさんのものを探し出したオレは、何の迷いも無くかける。
1回、2回、3回......響く呼び出し音が止まった後、電話相手の声を待たずして口を開く。
「もしもし白露ですお疲れ様です! リツコさん! 綾波の昼食、今度からオレが作って良いですか!?」
「......ちょっと待ちなさい、あなた今レイと一緒にいるの?」
「ええそうです、これから綾波と昼食を食べるところです!」
「その前に、少しレイに替わってくれるかしら?」
勢いよく電話をかけたは良いものの、至って冷静なリツコさんにかわされる。おそらく綾波に電話を変わらないことには、話を聞かないつもりだろう。やむをえぬか。
「綾波、リツコさんが電話を替わってって」
そう言いながら綾波にスマホを差し出すと、彼女は大事そうに両手で持ち、はいと返事をする。
気の所為だと思うが、オレが手渡したものを綾波は大事に両手で扱ってくれている気がする。勘違いじゃなくて綾波が意識してそうしてくれたら嬉しくて飛んでっちゃう。
リツコさんが電話越しに綾波に何を伝えているのかわからないが、自称綾波の感情わかるマンのオレには無表情だが一瞬嬉しそうな無表情だったのが何となく感じ取れた。
にしても綾波の口から出てくる言葉が『はい』『わかりました』『ぽかぽか......』の3単語だけなのがちょっと気になるが。どんな会話してんだよ。
「これ、また白露くんに替わってって」
「うん、ありがとう......うん!?」
「どうしたの?」
コテンと首を傾げる綾波。可愛い、じゃなくて今! オレのことを白露くんって呼ばなかったか!?
べ、弁当パワーすげえ、まさか綾波に名前を呼んでもらえるとは......。
「はい......」
「......泣いているの?」
電話越しに、リツコさんが訝しんでいるのが想像出来た。
ここは素直にいこう。
「綾波が初めて白露くんって......」
「そ、そう。それで、レイの昼食の件なのだけれど」
本題が来た。綾波と何の会話をしていたのかはわからないが、リツコさんの声色からするに、良い返事を期待しても良さそうだ。
「タローくんが良ければ、平日はレイにも昼食を作ってあげて。ただ一つ条件があるの」
「条件、ですか?」
「そう。タローくんにも言えないある事情で、しばらくの間はレイの摂取する栄養を管理しなければならないの。だからお弁当の写真でも良いから、レイが何を食べたか報告して頂戴。それに合わせてこちらで調整するから」
条件付きで認める、か。もう殆ど覚えていないけど、確か綾波はクローン? のはず。色々と拒絶反応が起きるから薬でそれを抑えないと駄目、みたいな話を聞いたことがあるから、それが栄養管理という話に繋がっているんだろう。
でも、リツコさんが綾波のお弁当を作ることを認めてくれるなんて思わなかった。それにしっかり報いないと。
「わかりました。ちゃんと報告させていただきます」
「ええ、お願いね。それじゃあ『タロちゃ』」
ブツッ、と通話が切れる。ミサトさん、なんか後ろでめっちゃ叫んでたな......。
「......終わったの?」
電話を見て苦笑いしていると、綾波が話しかけてくる。
「うん、終わったよ。リツコさんから許可が出たから、これからは学校がある日はオレが綾波のお昼ご飯を作っても良い?」
「うん」
コクリと、小さく頷く綾波。やっぱりちょっと嬉しそうな気がするんだが、気の所為かな。
「じゃあ食べよっか」
風呂敷を解き、お弁当を出す。やはり綾波はオレの後を追うようにしてくるが、お弁当の蓋を開ける時、オレよりも早かった気がした。
「すごい」
こぼれ出たような綾波の声に、オレは勢いよく顔を上げる。彼女は自分が何を言ったのか気付いていないようで、ポカンとした無表情でこちらを見ていた。
「......ふっ。綾波、ちょっと待ってね」
その様子がたまらなく可愛くて、スマホでカメラアプリを起動して彼女に向ける。
「リツコさんが......いや、綾波。今日から綾波がお弁当を食べる時、お弁当と綾波の写真を撮りたいんだけど、良い?」
あえてリツコさんから食べたものを報告しろと言われたからとは言わずに聞いてみる。綾波は少し考えたが、お弁当をチラリと見た後に答えた。
「ええ、わかったわ」
「ありがと。じゃあ、お弁当が見えるようにちょっとだけ傾けて」
オレの指示通りに、綾波は大事そうに両手で持つお弁当を膝の上で少しだけ傾ける。女の子座りした可愛い無表情の女の子が、お弁当をこちらに見せてくれるという夢のようなシチュエーションを、パシャリと写真に収める。
そしてその写真と、念の為お弁当の中身をメールでリツコさんに送る。
「よし、完璧だな。ありがとう綾波、食べようか」
小さく頷く綾波。視線は既にお弁当に釘付けとなっていた。
「いただきます!」
「......いただきます」
まず初めに、ほうれん草のおひたしから食べる。綾波はそれを見て、同じようにおひたしを箸で口に運んだ。
「......」
恐る恐る、といった様子だったが、おひたしを口に含んだ瞬間に心なしか綾波の顔が明るくなったように感じる。
綾波はそれを飲み込んだ後、何も言わずに次のおかずを口へ放り込んだ。ちゃんと口に合ったみたいで良かった。
それを見ていると、シートの上に置いていたスマホが振動する。チラリと覗き込むと、リツコさんからメールが来ていた。
『違う、そうじゃない。ありがとう』
「......ふふっ」
赤いジャケットに身を包み、サングラスをかけて自らの体を抱くリツコさんを想像してしまい思わず笑う。
違うそうじゃないっていうのは、多分綾波の写真無くても良いよってことなんだろう。その後のありがとうは、お弁当の中身を記載したことに対してかな。いや、ひょっとすると綾波が写っていることに対してかも。
「どうしたの?」
そう考え事をしていると、綾波に声をかけられる。まあ、こんだけ可愛い娘なんだ。リツコさんもきっと、鬼になりきれないんだろう。
「なんでもないよ。さ、食べようか。お話しながら」
「......ええ」
綾波と二人で食べる昼食は、いつもより
主人公は女の子と話すときだけ露骨に口調かわります。
彼は大和魂を持ったブリカスなジェントルマンなので。
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