ただひたすらアスカを愛してみた   作:たっちゃん☆

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5話 後悔と喜び

「おっはよ~タロちゃん! ってあれ、今日も元気無いな......

 

 朝。ミサトはいつもどおりキッチンに立つタローへ元気よく挨拶をした後、小さく呟く。

 普段ならタローからは『おはようございますミサトさん!』と爽やかな挨拶が返ってくるが、この二週間ちょっとはずっと沈んだ返事のみ。

 それが続いているため、ミサトはタローからの返事が来るよりも前に彼の後ろ姿を見て察したのだ。『今日も元気が無い』と。

 

「あ、おはようございますミサトさん」

 

 ミサトの予想通り、タローは貼り付けたような笑みを浮かべて挨拶を返した。

 タローのテンションの下がりようは、何も葛城家の中だけの話ではない。学校はもちろん、ネルフでもずっとこの調子。職員達からは『やはりエヴァに乗ることが苦痛だったのか』と噂が立っていたが、本人がそれを否定するのでミサトも原因がわからずじまい。

 いつも元気なタローの調子が下がっていることは、彼のまわりに居る人達にも影響していた。ネルフの活気が下がった様に感じていたミサトは、『今日こそは』と強引にでも何かあったのかと聞き出すつもりでタローに近づく。

 

 どこか弱々しく感じるタローの後ろ姿。彼の肩にミサトはそっと両手を置いてから抱きしめることにした。

 ヒールを履いていない彼女とタローの身長差はそこまでない。そうはいってもミサトの方が身長が高いことに変わりはなく、タローは後ろからミサトに包まれるような感覚を覚えた。

 

「どうしましたか? ミサトさん」

「ん~、ちょっちね。最近タロちゃんの元気が無いな~って思ってさ」

「そうですかね。全然いつも通りですよ」

「......嘘は駄目よ、タロちゃん」

 

 ミサトは抱きつくのをやめて両肩からクイッとタローを回し、タローの目を見ながら言う。

 

「何か、気になることがあるんでしょう? 私が出来ることなら何だって解決するわ。皆元気なタロちゃんが見たいの」

 

 言葉だけ聞けばミサトが頼もしい存在に感じるが、『お願いだから元気になって欲しい』と悲願するようなミサトの揺れ動く瞳を見てタローは罪悪感を覚える。

 それと同時に、自らが溜め込んでいた感情を溢れ出すことにした。

 

「......オレ、怖いんです」

「怖い?」

「はい。エヴァに乗ることが、ではありません。むしろエヴァに乗ってた方が恐怖は和らぐんです......だって、その間は戦ってることだけを考えれば良いから」

 

 うつむきながら語るタローを見て、ミサトはハッとする。彼の抱えている問題に、一番近くに居ながら何故気がつけなかったんだと。

 いくら幼い頃から戦闘訓練を受けてきたといえ、タローとてまだ十代前半の若者。世界Aの記憶と合わせれば精神的にはとうにミサトを超えているが、それを知らないミサトはタローを抱きしめる。目を見開き気が付けなかった自分が信じられない、といった自らの表情を隠すために。

 

「祝勝会の時、友達からメールが来てたんです。この前の騒動でサクラちゃんが......妹が入院したって......っ」

「......」

 

 サクラちゃん、という名前を何度もタローから聞いているミサトは何も言うことが出来なかった。住民の避難は完了したと聞いてのエヴァ出撃だったし、地下シェルターへの被害は無し、死亡者どころか怪我人も第三新東京市の住民では出ていないと報告が上がっていた。

 にも関わらず、その報告から漏れたのか、もしくは因果関係無しとされたのか。よりによってタローが特に気をかけている人物、それも小学二年生の女の子が入院するほどの怪我を負った。もしくは......

 そこまで考えた所で、ミサトは改めてタローが抱える問題の深さを思い知らされて息が詰まる。

 『自分のせいで』

 タローならばそう思いかねない、と。

 

 実際タローは『オレのせいでサクラちゃんが入院してしまったんだ』と、使徒を目の前にした時ある意味では最も安全なエヴァの中に居た自分を恨んでいた。

 被害は驚くほど少なかった。だからこそ疎開した人はほぼ居らず、街は相変わらずの活気。だがそれでも『もっと上手くやれたはず、もっと他にも......』と暇さえあれば考え込んでしまい、日を追うごとに精神をすり減らしていく悪循環。

 それが無くなるのはハーモニクステストや壱型に乗り仮想敵の第3使徒を相手にしている時だけだった。その間はただ、『エヴァパイロットとして街を守る』という大義名分を立て、多少の犠牲は仕方のないことだと無理やりにでも割り切ることが出来るから。

 しかしエヴァを降りて『中学二年生の白露 タロー』に戻った時、いくら世界Aと合わせて三十代の精神だとしてものほほんと生きていた一般人の彼には、その『多少の被害』というものが受け止めきれなかった。

 

 ミサトは自らが抱きしめるタローの体が、僅かに震えたのを感じる。

 このままではエヴァの安定稼働が出来なくなるのも時間の問題。もしそうなればレイに調整中の零号機ではなく初号機に乗ってもらうか、異例の速さで起動実験を済ませ初号機を操縦しているシンジくんに託すか。いずれにせよ、タロちゃんが乗るよりも使徒撃破率は大幅に-----

 

「違うでしょ」

「......ミサトさん?」

 

 グッとタローを抱きしめる腕に力を込め、ミサトはこんな時でも使徒撃破を第一に考えていた自分を押し出して消してしまおうとする。

 自分はタローにとっての何になろうとしている、何になりたいんだ。彼は決して使徒撃破の為のパイロットではない、彼の母親になってあげたいんだ。

 

 初陣でそう誓ったはずなのに、それを忘れていたことにやり場のない怒りを覚えるミサト。

 血はつながっていないが、(タロー)自分(ミサト)にとっての家族。

 母親になりたいのならば例え誰が何と言おうと、自分だけは味方になって彼の心を守るべき。そんな思いからそっとタローの頭を撫でた。

 

「タロちゃん、あなたは自分が出来る精一杯のことをしたの。使徒を倒すことで生じる被害を気にするな、なんてことは言わないわ......でもこれだけは覚えていて欲しいの。それを背負うのはタロちゃんだけじゃない、私達も背負うべきものなの」

 

 優しい声色のミサト。彼女がタローを励まそうとすればするほど『ミサトさんにこんな顔をさせるなんて』とタローは弱い自分を呪っていった。

 

「ッだけど......だけどエヴァに乗ってるのはオレじゃないですか! オレ次第でどうとでもなったんですよ! サクラちゃんが入院することにだってならなかったハズ、全部オレが......オレが弱いからなんですよ! このクソ野郎、居なくなっちまえば」

 

 -----パシンッ

 乾いた音が響いたのと同時に、タローは自分で自分を殴る寸前に我を取り戻す。そして、頬に感じるヒリヒリとした痛み。

 

「......え......?」

 

 何が起きたのかわからず、痛みのする左頬をさする。

 タローの目の前では、ミサトが涙を浮かべて肩で息をしながら自身を睨みつけていた。タローはそこで『ミサトさんに叩かれた』ということをようやく理解した。それと同時に、この痛みは頬から来るものではなく、ミサトに手を上げさせたということへの申し訳無さ。心から来るものだということも。

 

「アンタ、もう二度とそんなこと言うんじゃないわよ......私の前で、もう二度と私の大切な人(タロちゃん)を否定しないでッ」

「ミサトさん......」

 

 拳を握りしめて震わすミサト。タローが痛むのは頬よりも心だと気付いたように、ミサトも自分が感じる痛みはタローを叩いた右手からではなく、こんな方法でしか彼を正気に戻せなかった情けなさからくる心の痛みだと理解していた。

 

「叩いてごめんなさい、タロちゃんの気が済むならいくらでもやり返してくれて構わないわ。でもお願いだから、自分で自分を壊そうとしないで」

 

 当然母親になった経験など無いミサトには、目の前にいる愛しい我が子(血の繋がっていない家族)にどうすれば『自分を責めないでほしい』という気持ちを100パーセント伝えられるか。どうすれば元気付けることが出来るのかはわからない。

 だからこそ、ミサトは本能。母性のままに再びタローを抱きしめる。いや、壊れ物を扱うように抱き寄せていた。

 

 冷静になったタローの耳に、ミサトの嗚咽が聞こえる。それはいつかの別れの時に聞いたものと同じだった。

 あの時の涙は、ミサトが自身を情けなく思って流した涙。しかし今回は自分が原因。自分が自分でなくなろうとしていたことで、彼女を恐怖させてしまったからだとタローが気付くのに時間はいらなかった。

 『とっくに三十代過ぎた人生経験なのに、何時までもガキのままだな』と、サクラを怪我させたことで生まれた自責の念。それに流されかけた自分を振り払い、ミサトを抱き寄せ返した。

 

「......すみませんミサトさん。今はもう少し、支えてくれる誰かが欲しいです」

「うん、それで良いのよ。あなたは一人じゃないの。私だけじゃない、リツコやレイにマヤちゃん、ドイツにいるイェーナさんやアスカだって、皆がタロちゃんの不安や悲しみを背負ってあげられる。そして、喜びを分かち合えるから」

 

 抱き寄せるのをやめしっかりタローの目を見て、『ねっ?』と言い聞かせるようにするミサト。その瞳には弱さや迷いなど無く、今度こそ何があってもタローを守り抜くという覚悟が籠もっていた。

 そんなミサトの瞳を見つめるタローも、『背負うのではなく受け入れる』と考えを改めた。

 もし大事な人が自らの操縦するエヴァと使徒との戦闘で怪我をしたり一生会えなくなったとしても、それはいつか過去になる。過去を背負い続けるのではなく、受け入れて未来へ進もうと。

 

「ありがとうございますミサトさん。ほんと、いつもオレを助けてくれて......感謝してもしたりないです」

「あら、それを言っちゃあ私の方こそよ。ほらタロちゃんにはやっぱり笑顔が似合う!」

 

 ミサトはタローの両頬を自らの両手で包み込むようにしながら、親指でグイッと口角を上げさせる。苦笑いではあるが、ミサトが好きなタローの表情が戻ってきていた。

 その表情を、ミサトは何も言わずに見つめ続ける。二週間ぶりの笑顔を目に焼き付けるように。

 

「あっ」

 

 しかし熱が入りすぎたのか、ミサトも知らず知らずのうちに顔と顔とが近くなっていき、鼻の頭同士がチョコンと小さく触れる。

 慌ててミサトが『ごっめ~ん!』と顔を離す。タローも『ビックリしましたよ』と離れるが、顔が真っ赤。それを見て、ミサトは再びタローに近づいてみることにした。

 

「......」

「......」

 

 二人で何も言わず、ただ目と目を見つめ合う。

 どちらからともなく。いや、ミサトの方から徐々に顔が近づいていき、顔を僅かにそらして鼻が邪魔しないように------

 

「クァ?」

『うわあああああ!?』

 

 いつの間にか起きていたペンペンの声で、我に返る二人。

 慌てて距離を取り、まるで気にしていない様に噛み合わない会話を始めた。

 

「そ、そそそういえば朝ご飯まだでしたね!」

「あ、そそうね! 朝と言えばご飯よね! 楽しみ! あはは!」

 

 ここで会話をしなくなったら気まずくなる。それが分かっているタローとミサトは、上辺だけの何の意味もない会話を続ける。

 その会話の内容を二人が理解し覚えているわけがない。

 心の中でタローは『オレ今、ミサトさんと何をしようとした!? いくら精神年齢が近くても、14にもなってないガキと29の大人だぞ!?』と。

 ミサトは『マズイ、マズイマズイマズイ! あのままいってたらタロちゃんの私への信用ガタ落ち、それに比例してアスカからの信用に社会の信用も! リツコに友人が未成年淫行で逮捕されるニュースなんて見たくないって言っておきながらなんてことをしてるの私は!』と。

 

 当然ペンペンはそんな二人の心の内を知るわけもなく、『何をやってるんだコイツら、早く飯を出せ』と冷ややかな目線。

 そこでタローのスマホに着信が入った。

 

「トウジからだ......」

 

 出ても良いですか? という視線をミサトに向けるタロー。ミサトも流石というべきか、タローに電話をかけてきた相手が相手なので顔を作り直して頷く。

 ミサトからの許可が出たので、タローはあえてスピーカーで電話に出た。

 

「はい、白露です」

「おっ、ティーチャー! おはようさん!」

「お、おはようトウジ......」

 

 最後に電話した時よりもずいぶん明るい声色で挨拶を返してきたトウジに、タローは若干戸惑いながらも返事する。

 何故そんなに元気なんだ、というタローの疑問は直後のトウジの言葉によって晴らされた。

 

「聞いてくれや!さっき病院から電話あって、サクラの意識が戻ったんやって!」

「サクラちゃんが!?」

「そうや! 電話もしたんやで! 折角お兄ちゃんが出てやったっちゅーのにあいつ、タローさんは大丈夫だったの~ってティーチャーの話ばっかりや!」

「よかった......」

 

 サクラが目覚めた。それを誰よりも待ち望んでいたであろうトウジから聞いたことにより、タローは足の力が抜けてしまいテーブルに寄りかかった。

 そこにミサトが気を利かせて椅子を引き、タローを座らせる。

 

「-----ほんで、ガッコー行けってうるさいねん。せやからワシ今日は行くで、ティーチャーが言っとった転校生のことも気になるし」

「......うん、わかったよ。サクラちゃんのお見舞い、もう行っても大丈夫かな?」

「精密検査してもビックリするくらい異常なしで意識もハッキリしてるから、看護師さんが大丈夫や言うとったで。あいつ、ホンマにティーチャーに会いたがってたからサプライズで来てくれや!」

「うん! もちろん行くよ! ......それとさ、トウジ。学校で話したい事があるんだけど」

 

 再びミサトに視線を送るタロー。その意図をミサトは察していたが、あえて何も言わず動かずを貫いた。

 

「話したいこと? それって電話じゃアカンのか?」

「直接伝えたいんだ。サクラちゃんの怪我に関係してることだから」

「ああ、あのロボがどうのこうのってやつか? サクラも言っとったな、黒で赤に光るロボが守ってくれたーって」

 

 それを聞いたミサトは頭に手を当てる。何が住民の避難は完了しているだ、と。

 報告をミサトにしたのはマコトだが、マコトは自分が受けた避難完了報告をただミサトに伝えただけなので、彼女の呆れの矛先はずさんな確認をした政府に向いている。そして、タローがトウジに何を言いたいのか。それが自分の予想と違っていないことを感じ取ったミサトは、もうどうしようもないと頷いた。

 

「っ......そう、そのことで話があるんだ。だから今日、ちゃんと元気に来てよ」

「もちろんや! お見舞いはティーチャーの都合が良い日でエエで。ほな、また学校でな!」

「うん。またね」

 

 タローは電話を切り、スマホを机に置いてミサトの目を見る。

 ミサトはそれを意図的にゲンドウポーズで迎え撃ち、しばしの沈黙のあと笑いが溢れた。

 

「エヴァは厳密にはロボットではない、ってちゃんと言ってあげてね」

「っはは、碇司令のマネはズルいですよ。でも、そこまでは言いません。ただサクラちゃんが言ってたやつに乗ってたのはオレだってことだけを伝えたくて」

「そっか。それでタロちゃんが楽になるなら、私は構わないわ。誰にでもポロッと口から出ちゃうことはあるもの」

「そうです、ポロっとこぼしちゃうかもしれないんです......さて、そろそろ朝食にしましょうか」

「おっ、待ってました~!」

 

 葛城家の朝が、ちゃんと戻ってきた。

 二人とそれを何となく感じ取った一羽の温泉ペンギンは喜び、いつもの朝を一緒に過ごした。




女性は30近くが一番盛んと言いますし、反省はしてません。

物語の密度と1話ごとの文字数について

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