「ここ、なの......?」
タローは目の前に広がる無骨な市営住宅を見上げて呟くと、近くのコンビニで差し入れとして買ったアイスが入った袋を置き、急いでポケットからスマホを、ポロシャツの胸ポケットからリツコに教えてもらったレイの住所が書かれたメモを取り出す。
スマホの電源をつけて地図アプリを開き、メモに書かれている住所を入力する。少しの読み込み時間の後、表示されたのは現在タローが居る場所。つまり、綾波 レイの居住地はこの寂れた市営住宅であるというわけだ。
「想像してたよりも更になんというか......風情があるな。うん」
ボロっちい。という言葉を良いように言い換えたタローは、その市営住宅へと足を踏み入れる。
元々この建物群は第三新東京市が建設される際の労働者達が仮の住まいとして使用していた場所。必要最低限の設備はあるが、この最新鋭の都市に似つかない昔ながらの団地。
第三新東京市も完璧とはいわないものの、ある程度開発が進んだ今はここに住んでいる人はレイ以外誰一人として居ない。人が住まなくなった建物というものは劣化が早いもので、この市営住宅もコンクリートにヒビが入っていたり雨樋用のパイプが外れていたり、何時のものかわからないゴミが転がっていたりと廃墟と言われても納得する有り様。
「ヨンマルニ、はここか」
その中をまるで冒険するかのような気持ちで練り歩いたタローは、リツコに渡された住所に書かれた最後のワード。402号室を探し当てる。
402と書かれた右隣に綾波と書かれている表札を見て、ここがまさしく綾波 レイの居住地だと認識し、インターホンを押す。
ピンポーン、という軽快な音がなることはなく、ただ砂埃にまみれたボタンを押すカシュッという擦れた音がするだけ。何度押しても電池切れのそれからチャイムがなることはなく、諦めたタローは扉をノックする。
「ごめんくださーい、白露でーす」
それでも反応が無く、タローは再度スマホを取り出す。昨日の時点で『明日IDを届けに行くから都合の良い時間があったら教えて』というメールを送ったものの、返事が無かったためにネルフへ向かう前にレイの家へやって来ていた。
スマホのメールアプリを開くが、やはりレイからの返事はない。折角のアイスを溶かすくらいならと仕方なくドアノブに手を掛けたタローは、それをゆっくり下におろして引く。
「開いちゃったし......不用心だよレイちゃん」
そーっと引いた扉は何の抵抗もかかること無く、僅かに錆びた丁番が甲高い嫌な音を立てて開かれる。
「あの子、どっからが三和土なのかわからないのかな。バリアフリーが過ぎるでしょ」
ワンルームで廊下に面して水回りがあるレイの家。しかし奥の部屋まで続く靴の足跡を見て、タローは苦笑する。
とはいえ勝手に土足で上がり込むのも忍びないと、靴を脱ぐべき場所で脱いでから散らかった何かの書類と足跡を避けるようにつま先立ちで歩き、タローはおそらくレイが普段過ごしている空間にたどり着く。壁はコンクリート打ちっぱなしで家具はベッドと一人暮らし用の小さな冷蔵庫に、タンスとパイプ椅子。そして壁に立てかけられた折りたたみ机のみ。
それ以外はなにもない無機質な空間を見て『コレが女子中学生の部屋......?』と呆気にとられたタローだったが、まずはアイスを仕舞ってしまおうと屈んで冷蔵庫を開ける。
「うーん、冷凍庫は氷だけね。冷蔵庫のほうは......ゼリーと水と缶ジュースか。ジュース飲むって分かっただけオレは嬉しいよ」
注射器でも入っていたらどうしようと思っていたタローは、普通では無いが部屋からすれば思ったよりも普通な冷蔵庫の中身に安心する。冷蔵庫の上にある大量の薬は見て見ぬふりをして。
アイスを冷凍庫という名の安全地帯まで届けるという任務を達成したタローは、立ち上がって部屋を見渡す。不意にベッドの上に広げられた制服が目につき、それを畳みたい衝動に駆られるが女子中学生の服を勝手に触るのは事案だと堪える。
代わりに、タンスの上にある二冊の本と冷蔵庫にも入っていたオレンジジュースの空き缶が目についた。
「なんだこれ。『気になるあの子の落とし方』、『和食大全』......?」
その二冊の本のどちらかをタローが手に取ろうとしたところで、小さく開いていた窓から突風が吹き込み、空き缶が倒れてコロコロと廊下に転がっていく。
タローはそれを追いかけ、しゃがんで手を伸ばした時。シャーッというカーテンが引かれたような音が彼の右耳に入り、そちらの方に顔を向けた。
「え......」
「......」
タローの目の間に広がる、病的なほどに白くきめ細やかでシルクのようなレイの腹部。その下に向かいそうになった視線を理性で上へと上げると、二つの山の間から無表情で見下ろすレイと目があった。
「でっっっ、じゃなくて。もうちょっと恥ずかしがってくれません?」
将来ミサト超えも夢じゃない。そんなことを考えたタローだったが、あまりにもレイがノーリアクションだったため自身も冷静になる。
全裸で足元にはスリッパを、首にバスタオルを掛けただけのレイ。ほぼ生まれた姿そのままにも限らず、彼女は首をかしげて『何故?』と言ってみせた。
「別に、白露くんに見られて困るものじゃないけれど」
「僕が困っちゃうんすよねえそういう反応だと」
ギュッと目をつぶってレイに背を向けるタロー。
彼のその行動を見て、レイはタンスの上においてあった『気になるあの子の落とし方』の一文を思い出す。
思わぬハプニングでは、いつもとは違う自分を見せてギャップ萌えを狙いましょう。
レイはそれを遂行するために、脱衣所のカーテンを引き戻して顔だけをひょこっと出す。カーテンの動く音を聞いたタローがゆっくりと後ろを振り向いたところで、綾波 レイ渾身の演技を繰り出す。
「きゃー」
「いや棒読みが過ぎるでしょ!? 可愛いけど!」
表情一つ変えずに平坦な悲鳴を上げたレイに、タローは面白さと愛くるしさから笑みを零す。
それを見たレイは手応えを感じつつ、リツコが言っていた言葉を思い出す。
『時々同世代じゃないかって思うくらい落ち着いてるけれど、タローくんだって男の子。レイにはレイにしかない武器があるんだし、それを活かせばイチコロよ』
身体検査の時。全裸でリツコに『どうすれば白露くんを落とせる?』と問いかけたレイ。あくまでそれはタローを落として上げ、その反応から得られる『ぞくぞく』を感じる為の質問だった。
しかしリツコはそれを男女のものと捉え、レイの中学生にしては発達した母性の象徴を見てそう言ってみせたのだ。
「白露くん。下着、取って」
「ホワッ!?」
あっちのタンスの一番上に入ってる、と二冊の本が置かれているタンスを指差すレイ。
直接見てくれないならどんなものかわかるようにしてやろうじゃないかと、かなり攻めた行動に出たレイの頬は僅かに赤くなっていた。だがタローは目の前に全裸で現れた同級生が、その下着を取ってくる様に要求してきたことで頭が一杯。甲高い声を出して飛び跳ねていた。
「ちょ、ちょと待てよ綾波。外! オレ外に出てるから自分で」
「早くして。寒い」
「ア、ハイ」
有無を言わさぬレイの迫力に押されたタローは、短く返事してタンスへと向かっていく。
冷静に考えたらおかしいだろ、やっぱり外に出た方が良かったんじゃ。
チラリと後ろを振り向くと、顔だけを出したレイが早くしろと目で急かしていた。タローは今更逃げることは許されないなと、意を決してタンスの一番上を引き出してみる。そこには真っ白なブラとパンツが畳まれずに詰め込まれていた。
葛城家で洗濯も担当しているタローにとっては、女性用下着などもはや見慣れたものである。しかし彼には目の前にある純白のそれらが、様々な色やデザインがあしらわれより煽情的であろうミサトのものとは全くの別物に見えていた。
それは着用者が全裸で後ろから自分を見ているからなのか、着用者の全裸を見てしまったからか、着用者が同級生だからか。余計な考えを止めるために頭を左右に振ったタローは、レイの下着に手を伸ばす。
ミサトさんのものと変わらない、洗濯のときみたいに。
指先が触れようとしたところで、手を止める。見慣れているとはいえミサトの下着でも躊躇するタローが、同級生のものを簡単に触れるわけがなかった。
気にしてませんよとガッツリ掴むべきか、あまり触られるのも嫌だろうから指先でつまむべきか。前者の場合は触りすぎと引かれるだろうし、後者の場合はそんなに汚くないのにと悲しませるかもしれない。
タローは迷いに迷った挙げ句、意を決してブラとパンツを両手のひらに素早く乗せる。そして引き出したタンスを膝でそっと押し戻し、両手のひらに乗った純白の布に視線を向けないように前を向いてレイのもとへ歩いていく。
ちょうどレイの目の前で立ち止まり、90度右に振り返ったタローは天井を見上げて両手のそれを彼女に差し出した。
「どうぞっ」
「......ありがとう。少し待ってて」
下着を取るために伸ばしたレイの指が、僅かにタローの手のひらに触れる。触れられた瞬間ピクリと反応したタローに、レイはまた新しい感情を抱きながら下着を受け取り、カーテンの向こう側で着用する。
布と肌がこすれる音に、パチンとなにかを止める音。その音はすっかり無音となった室内でタローの耳に入り込み、良からぬ妄想を引き立て天井というスクリーンにレイの姿を映し出す。
「白露くん?」
「うひゃあっ!?」
突然目の前に現れた本物のレイの顔。驚き後退したタローは、廊下に転がっていた封筒を踏んで滑ってしまう。
その時、タローの肩に手を伸ばしたレイも巻き込まれるような形となり。ドスン! と音を立てて背中から倒れたタローの上に、レイは覆いかぶさる形となった。
「ってて......ごめん綾波、大丈夫!?」
「ええ、大丈夫」
タローが首だけを上げて見ると、幸いにも彼自身がクッションとなったのかレイは何とも無い様子。彼女の右手は、タローの左胸に置かれている。
もう限界だった。世界Aでもこの世界でも彼女居ない歴イコール年齢のタローには、下着姿の美少女が自身に覆いかぶさっている状況など経験したことがない。風呂上がりのレイから感じる体温とアスカとは違う香りに、後ろから頭を殴られたような衝撃を受けたタローの顔はゆでダコのように真っ赤になった。
今まで誰にも見せなかったであろうタローの表情。それを自分が顕にしてみせたのだ。
その事実にレイは、やはり『ぞくぞく』を感じてしまいタローの胸に置かれた右手に力が入る。初めてしっかり触れたタローの体、その感触を手に神経に脳に。二度と忘れぬよう焼き付けるためにレイは手を数回握ったり開いたり。早い話がタローの胸を揉んでいた。
「綾波さん......?」
何故この子はオレの胸を揉んでいるんだ。と現実に引き戻されたタローがレイに問いかけると、レイはおもむろに自身の左手の左胸に当てて、タローの胸にある右手と一緒にやさしく揉み始める。
突然自分の胸を揉み始めたレイの行動にタローはまたも意識を飛ばしつつ、しっかりその目はレイの華奢な手からはみ出し柔らかさを示すそれに向いていた。
「白露くんのここ、硬い」
「硬いとか言わないで、マジで。硬いの胸だけじゃ済まなくなっちゃう」
見た目は男子中学生、中身はオッサンによる女子中学生に対して最低のセクハラ発言。言った本人は口を滑らせたと頭を抱えるが、その方面の知識が乏しいレイには意味がわからずに首を傾げながらタローの上から降りる。
何事もなかったかのように歩き始め、ベッドの上に置いてある制服を着るレイ。その冷静さにタローは感謝しつつ着替えを見ないように玄関に目を向けていたため、彼女が何度か右手を握ったり緩めたりして微笑んでいるのに気が付かなかった。
「......終わったけれど」
「あ、うん」
振り返ると、制服姿のレイがベッドにちょこんと座ってこちらを見ている。その状態にまたしても良からぬ妄想を働かせた脳みそに物理的な喝を入れたタローは立ち上がり、レイの側に歩いて頭を下げる。
「その、まず勝手に入ってごめん! あと、冷凍庫も勝手に開けちゃって。アイス買ってきたから......」
「気にしてないわ。アイス、ありがとう」
「......どういたしまして」
一見すると無表情。しかしよく見ると僅かに微笑んでいるレイ。
カーテンの隙間から差し込む日差しに照らされた彼女に思わず見惚れていたタローがそれを見抜かれまいと『早速アイスどう?』と提案する。レイがそれに頷いたため、カチコチとした足取りで冷凍庫を開け、アイスキャンディーを一本取り出してレイに手渡す。
「白露くんは?」
「あっ、じ、じゃあオレももらおうかな。あはは」
「一緒に食べましょう」
「......ナンダコイツカワイスギンダロ!」
何か吹っ切れた今日のレイは、いつにもまして積極的。タローは心の準備をして自分から進んで距離を詰めることには慣れているが、その逆は耐性がない。しかもそれをしてくる相手がレイとなれば、当然の様に心は乱される。
そこに追撃するかのように、アイスキャンディーを取り出したタローに対しレイは自分の隣をポンポンと叩いて座るように指示した。美少女と二人きり、ベッドの上でアイスキャンディーを食べる。男ばなら誰もが望むそのシチュエーションにタローは嬉しさから吐血しつつ、綾波 レイを見守り隊として彼女の好意を無駄にするわけにはいかないと隣に座った。
ギシッ、と僅かに軋んだベッド。その上で二人の男女が無言のままアイスキャンディーを食べる。
片や自身の感情がどういうものか理解していない超純粋、片や精神は34年ものの彼女いない歴イコール年齢な箱入息子。ともなれば当然何も起きるわけ無く、アイスキャンディーを会話無く食べ終える。
ふう、と二人が一息ついた所でタローは本題を思い出し、ポケットに入っている財布。その中からレイのIDカードを取り出して彼女に手渡す。
「今日来た理由なんだけど、リツコさんからこれを渡すようにって頼まれてて。綾波の新しいカード」
「......ありがとう。届けてくれて」
「当然のことだよ。そうだ、メール送ったんだけど見てくれた?」
「メール?」
レイはベッドの枕元に転がっていたスマホを手に取り、電源ボタンを押す。普通なら標準のロック画面が映し出されるはずが、画面は真っ暗なまま。カチカチと何度も細い指で電源ボタンを押すが、それでも付くことはなく。
じっと見守るタローに視線を向けたレイは一言。
「......充電、切れてる」
「ふふ、
思わぬポンコツぶりを見せたレイに本音が出たタローは急いで顔を作り直して言い直す。レイはベッドの下にある充電ケーブルに手を伸ばし、それをスマホに差し込んで充電を始めた。
急速充電が始まったそれをポイッと枕元に投げた彼女に、タローは純粋な疑問をぶつける。
「スマホ、あんまり見ないの? 充電無くなったままだし」
言われたレイは少し考え込み、自身の生活を振り返ってどれだけスマホを使っているかを思い出す。
学校やネルフで使うことは無いし、家では全くと言って良いほど。そんな彼女でも、唯一スマホでやることがあった。
「あまり使わないわ。白露くんと話すために使うけれど、後は赤木博士と葛城一尉と連絡するときくらい」
「そう、ですか......」
なんか今日の綾波破壊力高くね? とレイの発言一つ一つに小動物のような妹属性のようなものを感じ、ニヤけそうになるのを堪えて鼻の下を伸ばすタロー。
決してレイの言っていることは嘘ではなく、彼女は時折メールか電話をタローにする時以外は基本的に受け身。そのため活動停止処分を受けているタローからメールや電話が来なくなれば、スマホを使うのはリツコに昼食の写真を送るときだけ。余計なアプリは一切入っていないため、スマホに来る通知の量も極端に少ない。
故に月曜日から金曜日の昨日まで、一度も充電せずに乗り切っていた。とはいえ常に電波を受信しているのだからバッテリーは減るもの、ちょうどレイがシャワーを浴び始めたタイミングで電源が切れていたのだ。
タローはスマホをつけて時間を見る。早くに来ていたことも会って、ネルフ本部に向かう時間にはまだまだ余裕がある。滅多にないレイと二人きりで話す時間を活かそうと、積極的に彼女に話しかけることにした。
「綾波は、趣味とかある? オレは歌とか料理とかトレーニングとか、色々あるんだけど」
「知っているわ。歌、上手だってことも」
「え? そうかな、そんなこと......っていや何で聞いたことあるような感じなの?」
「......さあ」
ミサトからタローの生活を覗き見る会に誘われそこで聞きました、とは言わずに適当に誤魔化すレイ。今までならば聞いたことあるからとストレートに応えたであろう彼女も、損得を考えた時に正直に言うよりミサトの悪事がバレないようにするほうが自分には得だとして。
幸いにもタローが『音楽の授業で聞いたのかな』と勝手に納得してくれたため、それ以上追及されることはなく。レイは彼からの問に応える。
「趣味、は良くわからない。でも白露くんや赤木博士達と話すのは、楽しい。と思う」
「ん、そっか。オレも綾波と話すのは楽しいよ」
「じゃあ、これが趣味」
「ははっ、そうだね。凄く良い趣味が見つかったよ、ありがとう」
笑ったタローを見て、レイは『あなたのお弁当を食べるのも好き』とは言うことが出来なかった。
なぜだか思い通りに動かない自分の口にレイは困惑すると同時に、きっと彼になら伝わるという思いの心地よさに小さく笑う。
そこに、サイレンが鳴り響いた。
「空気読んでくれないなあ本当に。綾波、行こうか」
「ええ」
使徒襲来に今かよと愚痴ったタローは綾波と目を合わせベッドから立ち上がり、玄関へ向かう。振り返った時、靴を履いて廊下に立つレイにやっぱりねと苦笑し二人はネルフ本部へ向かった。
解釈違いだと申し訳ありませんが、綾波 レイ感情豊か説を推してます。
ただどうやって表現すれば良いのかと、自分が抱く感情の名前とがわからずに無表情。だけど内面だとクッソ感情豊かとかギャップ萌えしますよね。
物語の密度と1話ごとの文字数について
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サクサク進む(3000~4000字程度)
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少し書き込む(5000~6000字)
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ガッツリ書き込む(7000字以上)
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サクサク書き込め