戦術作戦部作戦局第一課。そこでは、現在形態変化によって発生させたドリルのようなものと、ATフィールドを用いてジオフロントまで地面を掘り進めている第5使徒 ラミエルへの対策会議が行われていた。
「各部署、分析結果の報告を」
髪を一つにまとめたミサトが、しかめっ面で資料を眺めながら言う。忙しなく動かすその手には、いつかの誕生日にタローとアスカから貰ったボールペンを持って。
「先の戦闘、及び検証結果から、目標は一定範囲内の敵と認識したものを自動的に排除するものと思われます」
「やはり、ね。エヴァによる近接戦闘は現実的ではない......ATフィールドはどう?」
ミサトがメガネを掛けて資料を見つめるリツコ越しにマヤへ視線を送ると、彼女はノートパソコンから映像を提示して見せた。
「健在です。相転移空間をハッキリ目視できるほど強力かつ、位相パターンが常時変化しているため外形が安定せず、中和作業は困難を極めるかと」
ノートパソコンには自走砲で射撃した際にラミエルが展開したATフィールドの画像と、ラミエル自身の位相パターン、エネルギー反応が表示されている。
そこにマコトが補足した。
「MAGIの計算によると、目標のATフィールドをN2航空爆雷で貫くためにはネルフ本部ごと破壊する分量が必要となっています。生半可な攻撃では泣きを見るだけかと」
「なるほど、攻守ともにほぼパーペキな空中要塞ってわけね」
ボールペンを鼻と唇に挟んだミサトが、ギシッと音を立てて背もたれに体を預ける。
彼女の脳内では、手短に用意出来るドイツの自走臼砲。その一斉射が効かずに返しの加粒子砲で蒸発させられた映像が思い返される。そして、壱型と初号機のダミーバルーンも自走臼砲と同じ結末をたどったことも。
それは彼女の隣にいるリツコも同じで、資料に目を向けたままミサトに声を掛ける。
「松代のMAGI2号も同じ結論よ。N2航空爆雷で攻撃するならば共倒れしかない、とね。それを受けて日本政府と国連軍がネルフ本部ごとの自爆攻撃を提唱中」
「人ごとのように言ってくれるわねえ、ここを失えば全て終わりだってのに。で、到達予想時刻は?」
「現在、目標の先端部は装甲複合体第2層まで通過しており、今日まで完成していた全22層の装甲を貫き本部直上に到達するのは、明朝午前0時、06分54秒。あと10時間14分後です」
残された時間はあと僅か。それだけでもミサトが頭を悩ませるのに、追加でマコトが零号機は未調整の為実戦配備不可、リツコが壱型も当分まともに動けないと言うものだからミサトは目と鼻をピクピクとさせる。
「状況は芳しくないわね......」
「ただ、壱型も動けないわけではないわ。あと3秒照射されていたら完全にアウトだったけど、機能中枢がやられたわけではない。とはいえ、迂闊に出すことは出来ないかも知れないわよ」
リツコがマヤにアイコンタクトを取ると、その意図を理解したマヤがノートパソコンの映像を会議室のスクリーンに表示する。その場にいる全員の視線がスクリーンに集まった所で、マヤは動画を再生。
それは壱型と初号機のダミーバルーンを用いてラミエルの攻撃範囲を検証している時の映像だった。横並びで2機のダミーバルーンを展開するとほぼ同時に、ダミーバルーンを引っ張る無人船ごと加粒子砲で蒸発。その映像をマヤはスロー再生する。
「こちらを。ほんの僅かな差ですが、目標は初号機よりも壱型の排除を優先したように思われます」
彼女の言う通り、ラミエルが放つ加粒子砲は壱型のダミーバルーンを狙い撃ちしたあとに初号機へと向かっている。それは二度目の検証でも同じく、同じ距離で離して展開したダミーバルーンに対しても、やはり壱型を先に狙撃していた。
「一度の実戦に、二度の検証。そのどれもが壱型を先に狙っている......偶然とは言えないんじゃないかしら? ミサト」
リツコの言葉に、ミサトはボールペンを手に持ち直して考える。
実戦の時は、初号機の方が防壁を先に展開していた。故に防壁の展開が遅かった壱型に向かって加粒子砲を放つ初手はまだしも、多重に展開したあとも執拗に壱型を狙い撃ちしていた。その狙いは何か?
『まさか......』と小さく呟いたミサトが勢いよくリツコに顔を向けると、メガネを外した彼女が応える。
「どういうわけかわからないけれど、あなたの思っている通り使徒にも知能があるのかもしれない。自身にとって最も脅威なのは壱型、それを理解している可能性がある」
「......なる、ほど、ねえ。タロちゃんの単独撃破が続いて恨みでも買ったのかしら......」
しかめっ面のシワがますます深くなるミサト。その目はかつて使徒という存在を憎んでいた時と同じ鋭さを持っていた。
そんな彼女のジャケットが振動する。振動の発生源はスマホ、レイからの着信だった。
「もしもし? どうしたのレイ」
リツコではなく自分にかけてくるとは珍しい、プライベートな話では無いのだろう。そう思ったミサトは、その場にいる全員にも聞こえるようスピーカーで電話に出る。
「白露くん、目を覚ましたわ」
「ああタロちゃんが......えぇぇぇええええ!?」
タローが目を覚ました。レイからの報告にミサトが飛び跳ねて驚くと、会議室に居たリツコ以外の職員も同じ様に驚く。あまりにも復帰が早すぎる、と。
彼が目を覚ましたことは会議室に驚きをもたらすだけではなく。『ひょっとしたら』という希望ももたらした。ほぼ単独で使徒2体を撃破し、被害を最小限に抑えたエースパイロットの想定以上の速さでの復帰。それは何か神からの祝福なのでは無いかと思う者すらいるほど。
「......容態は安定していたとはいえ、もう目を覚ますとは」
冷静にコーヒーを口にしたリツコも、その口角が僅かに上がり楽観的な表情になる。『MAGIの計算以上の男』、それが彼女のタローに対しての評価だから。
「れ、レイ!? タロちゃんは今なにしてるの!?」
「食事中。白露くん、葛城一尉から」
一体タローはどんな調子なのか。会議室中が固唾をのむ中、ミサトのスマホから大きな声が聞こえる。
「んぐっ、ミサトさん! んニャロー、許せねえっすよ! これ食ったらぁ......ゴクッ、ぶっ倒してやります!!」
レイがスマホをタローに近づけたことで、カチャカチャという箸で米をかき込む音と、いつにもまして気合が入った声が聞こえる。
当然会議室はいつも通りのタローに安堵するが、彼が我慢する性格だということを知っているミサトは直接本人に確認する。
「タロちゃん、大丈夫? どんな違和感でも良いから言って頂戴」
「問題無しです。唯一あるとすればあの正八面体ヤロウのせいで腸が煮えくり返りそうなくらいです! だから!」
バンッと箸を机に叩きつけたタローが、レイの手を掴んで彼女の手ごとスマホを耳元に近づけ叫んだ。
「アイツはオレ達でぶっ倒してみせますから、弱気になんてならないでくださいよ! 最高の作戦、最高の仲間、信じてますから!」
ブワッと、ミサト達の体に鳥肌が立つ。体の奥から何か熱いモノが全身に広がるような感覚、居ても立っても居られなくなりそうな高揚感。それらが会議室でタローの声を聞いた全員を支配する。
彼女達全員の頭には、眉をVの字にして不敵な笑みを浮かべるタローの顔が想像されている。それを目の前で見ていたレイも同じような気持ちになり、タローが耳元に近づけた自分のスマホに顔を近づける。
「今回の作戦から、私も出ます。零号機の調整が終わっていなくても」
「レイ......」
「碇司令からは許可を取ってます」
レイは確かにゲンドウから出撃許可を貰っている。あの作戦の後、彼女がまず初めに取った行動は病室を訪れることではなく、ゲンドウに直談判しに行く事。
突然執務室にやって来たかと思えば『私を出撃させてください』とレイに鋭く睨まれたゲンドウは『わかった』としか言う事が出来ず、半ば脅したような形ではあったのだが。
「わかったわ。作戦は追って伝えます、それまで二人は初号機パイロットと同じく休息を取るように」
「はい!」
「はい」
二人の返事を聞いたミサトは通話を切り、スマホをポケットに戻してから考える。壱型は動かせるまで時間がかかる、零号機は本調子ではない、初号機は無事、パイロットもなんとか動ける。
であれば、一撃必殺を狙うしか無い。
「たった今、一つの作戦が思いついたわ」
「その顔からするに、無茶な作戦なんでしょうね」
「無茶とは失礼ね、残り時間で実現可能。かつ私達ならば成し遂げられる作戦よ」
リツコに対して応えたミサトは、簡潔に作戦内容を伝える。
「陽電子砲で遠距離からの狙撃、目標からの攻撃は盾で防ぐわ」
「なんともまあ大雑把ね。盾はある、でもうちのポジトロンライフルじゃまだ目標のATフィールドごとコアを破壊するほどの大出力には耐えられないわよ?」
「問題ないわ。戦自研の極秘資料、確か諜報部にあったわよね?」
ミサトが後ろに立つマコトに視線を向けると、マコトはその目を見ながらしっかりと頷く。
そこにシゲルが手を上げた。
「遠距離で狙撃と言いますが、タローくんは狙撃が苦手なのでは? 零号機も調整がまだとのことですが」
「狙撃手は初号機、シンジくんにやってもらうわ。狙撃用のG型装備があるのは初号機だけだし、ドイツ支部に人間MAGIな先輩が居るのよ。G型装備に加えて彼女に射撃補正プログラムを作って貰えば精度の心配なんて無いも同然」
「に、人間MAGI......時差もありますし、手伝って貰えますかね?」
マヤがそう思うのも仕方ない。人間MAGIとミサトが言うほどの逸材ならば、様々な研究に引っ張りだこだろうと。そんな後輩の心配を解消するために、リツコがそっと微笑んだ。
「多分大丈夫よ、マヤ。人間MAGIって、レーマン博士のことでしょう?」
「ええそうよ。イェーナさんならタロちゃん絡みだって言えば電話一本で十分、見返りは渡してるもの」
その見返りとは主に壱型パイロットの盗撮写真と盗聴音声だが、それに感づいて冷ややかな視線をミサトに向けるリツコ以外からは『おおっ!』と湧き上がる。
エヴァに関連するネルフ職員ではレーマン博士という名を知らぬものは居ない。プライム・チルドレンとセカンド・チルドレンが優れているのは彼女の脳細胞を移植したから。や、ネルフドイツ支部を牛耳っている、などの良くない噂も立っているのだが。
「しかし、それでもシンジくんが初号機に乗れるか」
あの作戦の後、憔悴しきった様子のシンジを思い出したマコトが呟く。隣で友人が攻撃を受けているのに、またも自分は何も出来ずに下がっただけ。そんな無力感に苛まれたシンジはタローの顔を見る気にもなれず、病室には入らず外でジッと待っていた。
ミサトもこの作戦の肝であるシンジが初号機に乗れない場合を考えていないわけではない。そうなればタローに託すしかないのだが、零号機だけで加粒子砲を防げるかどうか。であるならば後はエヴァパイロット達を信じるのみと訴えた。
「シンジくんなら乗ってくれるわよ。無理をさせることになるけれど、私達は彼らを信じるしかない。今から諦めてちゃ駄目、私達は私達の出来ることをしましょう」
運命を中学生の子供達に委ねるしかないなら、大人は背中を支えて万全の状態にすべき。
ミサトの言葉と思いを理解できない者などこの場に居らず、全員が自分にできることは何かを考える。ミサトは立ち上がって髪を解き、まずは攻撃手段を確保することにした。
「後のことは皆に任せる、私は戦自研の研究所に行くわ。出来れば強硬手段は取りたくないけれど、時間がかかりそうなら徴発令状で強制的にでも持ってくるから」
『はい!』
戦術作戦部作戦局第一課、その部下達からの返事を聞いたミサトは会議室を後にする。
「出来れば関係こじらせたくないけど、戦自研が大人しく言う事聞いてくれるかしらね......」
廊下を歩くミサトは苦い顔。エヴァンゲリオンなどという謎の兵器に負けてたまるかというプライドがある戦自研と、エヴァを運用するネルフの関係はよろしくはない。それがミサトの認識だったからだ。
一切交流せず、今後もそれを貫くなら徴発令状で強制的に手に入れることが出来る。しかしそれをするには惜しい程に戦自研の技術力は高い。まずは戦自研を筆頭に、世界有数の練度を誇る戦略自衛隊との協力関係を結ぶことを目指しているミサトにとって、徴発するなど悪手以外のなんでもない。
タローが来日した際に護衛に付いた戦自隊員のキツイ態度は覚えている。それでも使徒との戦いが終わった後を考えれば戦略自衛隊とは協力関係を結ばなければという思いがあった。
「タロちゃんとアスカの為に余計な障害は排除しないと」
もはやミサトにとってはセカンド・インパクトの真相などどうでも良いことだった。ただ愛する二人が幸せに生きられる世界を作る、それが彼女の目標。
そのためにセカンド・インパクトの真相を知る必要があるとは理解しているが、不必要に首を突っ込むほど愚かではない。
ヒールを鳴らしながら歩く彼女の前に、一人の人物が立ちふさがった。
「コードネームK......」
黒色のスーツにサングラスをした男性、コードネームK。保安諜報部所属であり壱型パイロットの監視任務についているその人。
彼はミサトに対して礼をし、ゆっくりと口を開く。
「話は私がつけておこう」
ミサトはその発言にしばらく黙り込む。コードネームKと、壱型パイロットを護衛する者達。その正体はネルフの保安諜報などではなく、戦略自衛隊のスパイである。
それをネルフで知っているのはミサトのみ。戦自のスパイなど近づけることは断固として拒否すべきだが、ミサトは彼らの生い立ちからそれを許している。
自身と同じセカンド・インパクトの被害者であり、ある人物によって助けられた非公式の生存者達。それがタローとどういう関係があるのかは分かっていないミサトだが、信用には値する者達だという認識だった。
「じゃあお願いしようかしら。私が研究所に行った時、良い返事がもらえることを期待しとく」
「もちろんだ。あの人には返しても返しきれない恩があるからな」
コードネームKはそのまま歩き、ミサトの横を通り抜ける。ミサトが後ろを振り返ると、すでにその姿はそこには無かった。
「......よくわからないけど、二人の邪魔をしないなら私も邪魔はしないわ」
どうせ何処かで聞いているのだろうと、そこに居ないはずの彼らに向けて言葉を残し、ミサトは再び歩き始めた。
ミサトさんは主人公とアスカに対して激重の激甘です。
ちなみにあと2話くらいでラミエルを倒す予定です。
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