ヤシマ作戦の開始まであと十数分といったところ。タロー、レイ、シンジはそれぞれ壱型、零号機、初号機に乗り込み位置についていた。
あとは仮設オペレーター室にいるミサトが時間と共に合図を出せば、すぐに作戦開始が可能となる状態。三人はその成功率を上げるために集中力を高めていた。
「-----はぁ......」
タローは深呼吸の後に両手のひらを見る。赤色のプラグスーツ、手のひらは黒色。ピンと張ったシワ一つないソレを両目に当ててみる。
「......あれは、誰の手だったんだろう」
ラミエルの加粒子砲を受けて気絶する寸前。釜茹で状態となったエントリープラグの中で、タローは居ないはずの誰かと接触した。
いまタローがやっているように、彼が何者かに目を両手で覆われ俗に言う『だーれだ』状態へとなった後。加粒子砲の熱さとは別の温かさが目に伝わり、そこから心地よさを感じて眠るように気絶していた。
その手は自分の手で痛みのあまりに居ないはずの誰かに縋り幻覚を見ていただけなのか。それを確かめる為にこうして目を両手で覆ったタローだったが、すぐに離す。温かさなど感じることは無かったのだ。
そしてタローは思い出す。起動実験の時に一瞬だけ見えた自身に向かって両手を伸ばす女性のような影を。
「お母さん」
意識せず口から出た『お母さん』という言葉に、何故自分はそんなことを口走ったんだとタローは驚き口を抑える。
頭の中では世界A、純日本人の白露 太郎として生きていた頃の彼が知る『母さん』ではなく。全く別の壱型を起動したときに見た影を思い描いていたのだ。その状態で『お母さん』という単語が出てきたことに驚きはしつつも、違和感を抱いたり拒絶することはなく。タローはそれを自然と、まるでそれが当たり前だったかのように受け入れていた。
それと同時に彼は汎用人型決戦兵器 人造人間エヴァンゲリオンという存在そのものについてを考え直し、ようやく何故自分の口が『お母さん』と呟いたのかを理解した。
「そうか......この世界では、少なくともオレに流れてるドレッドノートの血があなたなのか」
薄く目を開くとその先に見える自身を抱き寄せようとする人影に、タローは小さく呟く。
気絶する直前、瞳に感じた温かな手の平は白露 太郎の母親のようであり。白露・タロー・ドレッドノートに受けたことの無いはずの母親からの愛情を思い出させる。
「じゃ、頑張りましょう。無茶させますけどね」
タローが目をしっかりと開くと、やはり手を伸ばしている女性の影は消えてしまう。しかし壁を思い切り殴ったことで皮膚が裂けた右手に優しく何かが触れたのを感じ、タローは微笑む。
また一人、自分を無条件で守る存在を見つけたタロー。その存在に直接の恩返しが出来ないのであれば、シンジとレイ、二人にそれを返そうとして通信をつなげる。
「二人共、調子はどう?」
目を閉じエヴァとのシンクロに集中していた二人は、その声に頷いて返事をする。タローが『それは良かった』と言い終わると同時に、時報のアナウンスが入る。
【只今より、午前0時ちょうどをお知らせします】
そして始まる、1秒1秒をカウントする短い電子音。
ポツポツと続いた音がピーという長い音で終わりを告げると、作戦開始時間である午前0時になる。ついにやって来た人類の存亡をかけた一大作戦、最初に口を開いたのはミサトだった。
「まずは、シンジくん」
仮設オペレーター室から、目を閉じて集中しているシンジに声を掛ける。その声にシンジは目を開き、プラグ内に表示されているミサトと目を合わせる。
「エヴァに乗ってくれた、それだけでも感謝するわ。ありがとう」
「......はい」
力強く頷くシンジ。待ちに待ったその返事に、ミサトは頷き返して笑みを見せる。
『愛するタローとアスカが幸せに過ごせる世界を作る』。それが彼女にとって一番の望みであり目標であったとしても、彼女もまた結果だけを見て道中を無かったことにするほど冷酷ではない。エヴァパイロットは無理矢理にでもエヴァに乗せるなどということはせず、自分の意思でエヴァに乗ってもらう。それが無理ならばすぐに別の作戦を考える。
良い意味で目標を実現するためにはどんな手段も辞さない女、それがこの葛城 ミサトなのだ。
「次に、レイ」
「はい」
ミサトは続いてレイにも声を掛ける。彼女は最初からエヴァに乗るつもりだったとはいえ、それを当然の様に扱うことはしない。
もちろんそこには気を良くさせてヤシマ作戦の成功率を自分が出来る範囲で上げる、という狙いもあった。
「今回の作戦、正直猫の手も借りたいくらいだった。だからレイが参加すると聞いて嬉しかったわ、あなたが居れば百人力だもの」
「......帰ったら、今度は私のを」
「ええ。とことんサービスするわよ、うちのタロちゃんが」
レイは祝勝会をご所望か。そう察したミサトはウインクして応える。
茶目っ気たっぷりのミサトに、タローは思わず『オレがかよ!?』とツッコミそうになる。しかし、レイの満足げな吐息がタローから突っ込む気力を奪った。
「楽しみ、です。赤木博士も」
「......そうね。私も楽しみよ」
「はい」
その会話を聞いているタローはレイの成長に涙を浮かべながら『ハードルが上がりすぎてるよ......』と別の意味の涙も浮かべる。だが彼にとっては二つとも共通して嬉し涙であることには変わらず、口元を緩めた。
そんなタローの顔を、ミサトはしっかりと目に焼き付ける。
「タロちゃん。そういうわけだから、しっかり帰ってくるのよ」
「はい、もちろんです。調理過程で茹でても茹でられる趣味はないですからね! あはは!......あれ不謹慎でした?」
ボケに対して何の反応も無かったことに、タローは若干焦って問いかける。返事はミサトとオペレーター陣の笑い声、リツコの呆れた鼻息、シンジの苦笑、そしてレイの若干怒った顔だった。
「ちょっとどう反応したら良いかわからなかったわよ」
「タローくん、メンタル強いね」
「......あまり、思い出したくないのだけれど」
ミサトとシンジはタロー自身がラミエルの加粒子砲を受けた経験をネタにしたことに対しては、あえてあまり反応しないように努める。
しかしレイは、タローが加粒子砲を受けている瞬間に傍観者でいるしかなかったこと、苦しむタローの様子を彼の発言で思い出してしまい不快感を顕にしていた。
慌ててタローが謝罪を入れるも、レイは返事せずにゆっくりと視線を逸らす。『まだ足りない、他にもあるだろ』と言いたげなその行動に、タローは自身が今持てる手札の中から、最大の切り札を選んだ。
「とびきり豪華なやつにするよ。ほら、お弁当も!」
「......ん」
ようやく目を合わせてくれたレイに、タローは安堵する。自分で強引に引っ張るアスカとは違い、レイは踊らせるタイプか。とミサトは分析する。
ただ、時間は待ってくれない。こうしている間にもラミエルはジオフロントを守る装甲を掘削しており、あと六分もすれば22層ある装甲の全てを突破してネルフ本部直上までその手を伸ばしてくる。
ミサトはタローがアスカとくっついた未来、レイとくっついた未来を考えている乙女脳を咳払いで作戦指揮官脳へと切り替えた。
「三人とも、時間よ。頑張ってね......ヤシマ作戦発動。陽電子砲、狙撃準備。第一次接続開始!」
その指揮と共に、仮設オペレーター室も素早く戦闘態勢へと変わる。この切り替えの速さはミサトあってこそだろう。
マコトを始めとしてオペレーター陣達が発電所、変電所に指示を送り、シンジが乗っている初号機が構えるポジトロンスナイパーライフルに日本中から電力を寄せ集める。その間にも行われるオペレーターと現場作業員達の会話を耳に入れながら、タローは脳内でうろ覚えのラミエル戦BGM、Battaille Décisiveを再生して気分を盛り上げていた。
そうこうしている間にも作業は順調に進み、第一次接続は完了した。
「第二次接続」
いつもよりも声を深く低くし威厳の籠もったミサトの声と同時に、新御殿場、新裾野、新湯河原。各変電所が寄せ集めた電力を受け入れていく。
電圧変動幅問題なし、それを受けたミサトは続いて第三次接続の指示をする。
「全電力、二子山増設変電所へ!」
マコトの指示によって、各変電所から電力を二子山に集中させる。冷却システム類を最大可動させる為に汗を流した作業員達は、冷却システムが最大出力で運転していることを喜び合っている。
一方ネルフ本部では、迎撃システムの制御のために残ったオペレーター達。そして、ゲンドウと冬月がその様子を見守っていた。
「一発勝負だ。成功するかね?」
「問題ない」
冬月のイジワルな質問に、ゲンドウは即答する。ゲンドウの想像以上に良い方向へと向かっている零号機パイロット、使徒撃破の実績を持つ壱型パイロット、そして自身の息子である初号機パイロットを信じての発言に、冬月は心の中で合格と呟く。その視線は壱型と初号機に向けられていた。
「第三次接続、問題ナシ」
再び仮設オペレーター室に戻ると、マコトが第三次接続が無事終了したことを伝える。ここまでは順調、ミサトは次の指示を飛ばす。
「了解。第4、第5要塞へ伝達。予定通り行動開始、観測機は直ちに退避」
上空を飛んでいた複数の観測機はその指示を受けるとすぐさま進路を変えて遠ざかる。それと同時に、二子山の周辺にある山々。その山肌がスライドするようにズレたかと思うと、それまではただの地面だった場所に隠されていたネルフの迎撃設備であるVLSが姿を現す。
一つの都市をたやすく破壊出来るであろう大量の巡航ミサイル。それらが天高く飛び上がり、目標であるラミエルに向かって飛翔する。
当然それをラミエルは黙って受ける訳もなく、形態を変化させて迎撃の準備を始める。ミサイルの向かう場所が場所だけに迎撃しないと困るのは寧ろミサト達人類であることは知らず、加粒子砲をぐるりと回して全ての巡航ミサイルを爆破させる。
巡航ミサイルが空中で花火かの様に盛大に爆散する中、ラミエルは再び加粒子砲で御殿山もろとも第4要塞の第3対地攻撃システムを蒸発させる。
「第3対地攻撃システム、蒸発!」
「悟られるわ。間髪入れないで、次!」
次に登場したのは三島第5要塞の第2自動砲台。その一斉射が山を超えてラミエルに向かうも、再び形状を変化させて砲弾が向かってくる位置に面を作り、ATフィールドと合わせて全てを弾く。そしてお返しの加粒子砲。
それが数回続く。一見するとただただ無駄な損害を出しているかのように見えるが、これには理由がある。
あくまでこれの狙いは本丸であるポジトロンスナイパーライフルからの狙撃を悟らせないための陽動作戦。ラミエルは検知範囲内の敵と認識したものを自動排除する、となればその敵という認識はどの様にしているのか。
それを考えたミサトは特に根拠もなくエネルギー量という答えが頭に浮かんだ。そうなると今回の作戦、日本中から電力を集めるということもあってポジトロンスナイパーライフルには莫大なエネルギーが集まることになる。いくら遠距離からの狙撃とはいえ、流石に気付かれるだろうということで大げさな攻撃で意識を逸らすことにしたのだ。
また、作戦開始時刻をMAGIが予想したネルフ本部直上の到達時間ギリギリにしたのにも狙いがある。リツコが言った使徒にも知能があるのかもしれない、という発言がミサトの頭に粘りつき、あえてギリギリの時間に作戦を開始することにした。
ラミエルからしてみれば『感覚的にあと少しで目標にたどり着く』という状況。そんな中で盛大な攻撃をされれば『焦っているな?』と油断を誘うことができ、その場に留まり続けてくれるだろうという算段。
使徒には大した知能は無い、という前提条件であればわざと時間を掛けてこれだけの設備を使うなど、被害を拡大し金を無駄にするバカバカしい話だ。とミサトは念の為にゲンドウに確認したが、彼はそれを二つ返事で承諾していた。
ゆえに現在、およそ人類同士の戦いでは見ないほどの猛攻を短時間で行えている。VLS、自動砲台、持てる物全てを使った陽動作戦は順調に進み、着実にポジトロンスナイパーライフルへと電力が溜まっていた。
あまりの電力に火花を散らしながら機能しなくなった送電線もあるが、問題の起こった回路を素早く遮断し別の回路に切り替える。その道のプロ達による素早い対応で電力は失われずに蓄積され続ける。
そしてついに第4次接続が始まった。
「最終安全装置、解除」
「撃鉄起こせ!」
ミサトに続くマコトの声に、シンジはポジトロンスナイパーライフルコッキングして射撃準備に入る。
同時に、右肩のウェポンラックにプログレッシブナイフの代わりに取り付けられたスコープが展開されて初号機の右目の前にせり出す。エントリープラグ内も同じ様に、インテリアから伸びてきたバイザーがシンジの顔を覆った。
「射撃用諸元、最終入力を開始」
「地球自転及び重力の誤差修正」
「ファルケンアウゲ起動、測定開始」
オペレーター達が狙撃をサポートする準備をしている最中、シンジはバイザー越しに形態変化してミサイル等の攻撃を迎撃するラミエルを睨み、深呼吸する。
(タローくんみたいに上手くエヴァを操縦する自信も、綾波ほどの覚悟もない......でも、それでも決めたんだ。だから!)
「絶対に逃げない......やってやる......ッ!」
乱れる呼吸を整えながら、シンジは成功だけをイメージする。その思いに応えるかのようにシンジと初号機のシンクロ率は上昇し、より感覚を研ぎ澄ませる。
それは盾を持って待機していたタローにも伝わり、ピリピリとした空気感を肌に感じていた。そしてついに、ミサトが最後の指示を出す。
「第5次最終接続!」
日本中から集まった大量の
あとは電力がMAGIの予想したATフィールドごとコアを貫ける規定量に到達し、シンジがバイザーに映るマークが揃ったタイミングで引き金を引くだけ。陽動作戦は順調に進みラミエルのコアを露呈させているし、百発百中を保証してくれるであろうファルケンアウゲもある。タロー含め誰もが成功を確信したその瞬間だった。
「そんな、目標に高エネルギー反応!」
「なッ!? 総員直撃に備えて!」
悲鳴にも似たマヤの報告。ミサトは想定外の事態に一瞬同様するも、素早く姿勢を低くして指示を出す。
その間にも止むことはない迎撃システムからの攻撃をATフィールドで防ぎ、ラミエルは真に脅威となる存在を排除するために形態を変え、1回、2回、3回、4回......そして5回と花が開くかのように星型の正多面体へと姿を変える。
タローと壱型を攻撃した時以上。最大出力のそれが自分達に直撃すれば、息をする間もなく迎撃システムと同じ様に蒸発するだろう。それでもミサトはモニターから視線を逸らすことなく、シンジの名前を呼ぶ。
「シンジくん!」
その声を聞いたシンジは、以前ならば取り乱していただろう。だが彼は何も言わず、ただじっとバイザーに映るマークを眺めていた。
何故この状況下でそんな事ができるのか。答えは単純、自分を信じてくれた仲間を信じているから。
「させるかッ!!」
ラミエルがフルパワーの加粒子砲を放つ前。タローとレイは飛び出してポジトロンスナイパーライフルの射線を避けてシンジの前に立つ。壱型の手にはスペースシャトルを流用した耐熱光波防御盾、零号機の手にはエヴァ専用単独防御兵装 ENCHANTED SHIELD OF VIRTUE。通称ESVが握られていた。
タローは零号機と初号機をカバー出来る位置で耐熱光波防御盾を地面に突き立て、ATフィールドを展開する。盾単体の防御性能で言えばタローの持つ耐熱光波防御盾より、レイの持つESVの方が勝る。それでもATフィールドを合わせればタローの持つ耐熱光波防御盾の方が有利。
以上の理由から、攻撃された場合はまず最初の衝撃をタローが耐熱光波防御盾で受け止め、盾が融解するギリギリまで耐えたあとに零号機とスイッチし、二人でESVを構えるとパイロット間で決めていたのだ。
その時になれば二人が必ず目の前に現れ自身を守ってくれる。そう信じていたシンジは恐怖にひるまず、逃げることもせず。じっと堪え集中する。
「お願い、タロちゃん......!」
ミサトは胸の十字ペンダントを握りしめながら、そう呟く。なにもミサトだけではない、声に出さずともリツコやマコト、マヤ達もタローが加粒子砲を受け止めること。そして無事に戻って来ることを祈っていた。
そしてついに、やはり黒板を引っ掻いたような女性の悲鳴のような音を出すラミエルから最大火力の加粒子砲が放たれた。
ちょっとだけ書きかたを変えてみました。自分ではこの書き方がしっくりくるしサクサク書けるので変じゃなければ続けていきます。
物語の密度と1話ごとの文字数について
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サクサク進む(3000~4000字程度)
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少し書き込む(5000~6000字)
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ガッツリ書き込む(7000字以上)
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サクサク書き込め