新横須賀。セカンドインパクト以前は小田原だったこの場所は、今やすっかり形を変え国連海軍の基地がある港町。タローとアスカが弐号機から降りたのは、太平洋艦隊がこの港に入港してからだった。
「あーあ、こっからしばらくお預けか」
ネルフ本部へ陸路で向かう準備のため、大型クレーンに釣り上げられている弐号機を前につぶやくアスカ。タローが『ん?』と聞き返すと、アスカは黙って彼の顔を数秒間見つめた後、小さく『別に』と呟いた。
「もっと早くに電源ソケット輸送してくれればよかったのよ。チッ」
使徒襲来のハプニングはあれど、あまりに短い船上での再会。それを楽しむ余裕がなかったことに舌打ちするアスカだったが、更に彼女の機嫌を悪くする出来事が起こる。
「ティーチャー探したで! ほんまようや......ぺ、ペアルックぅ!?」
「白露! 良い映像が......イヤーンな感じ!?」
「......まさか、スーツ着てるとは......」
二人のもとにやってきたのは、服装に目を見開き驚くトウジ、タローにカメラを向けるケンスケ、そして予想外の格好に苦笑しているシンジ。
友人として使徒を撃破したタローを労おうという気持ちから駆け寄ってきた三人を、アスカは露骨に睨みつける。
「何よあんたら。部外者はひっこんでなさい」
この後にネルフ本部で検査や諸々の手続きが待っているアスカにとっては、港に着いて移動の準備が整うまでのこの時間でさえ二人で過ごす貴重な時間。それを邪魔されたと感じた彼女はタローとの再会直後とは打って変わり、驚くほどに冷たい声でそう言い放った。
「一応、僕もエヴァパイロットなんだけどな......」
部外者。その言葉にシンジは遠い目をしながら言い、はっきり言われては色々と都合の悪いケンスケは聞いてないフリをしてカメラのデータを漁るだけ。
しかしトウジは納得いかずに反発する。
「なんやと!? ワイはティーチャーの友人や! お前幼馴染かなんだか知らんけどのう、ワイらの方が今のティーチャーのことよう知ってるんやぞ!」
「はあ? 自分が身につけてる帽子すらまともに管理出来ないやつが友人だなんて、笑わせてくれるわね。そっちがそう思うのは勝手だけど、周りに言いふらさないでくれるかしら?」
「こいつ......! たまたま帽子飛んでった先に立っとっただけやないかい!」
突如として始まった口喧嘩。ケンスケは相変わらず知らないフリを貫いているが、シンジはオロオロとしてタローに助けを求めようと視線を送る。それに気づいたタローは、そっとアスカの肩に手をかけた。
「アスカ、トウジ達はオレの友達だから。あんまり悪く言われると悲しいかな」
「......ごめん」
タローの方へ振り向き小さくうつむくアスカ。先程までは高圧的だった彼女が突然しおらしくなったことにトウジとシンジは目を点にするも、アスカの奥に見えるタローの小さな笑顔からにじみ出る罪悪感と見えない滝のような涙を感知したシンジがフォローをかける。
「と、トウジも悪いよ! せっかく惣流さんに帽子拾ってもらったのに、そんな言い方はないんじゃないかなぁ!?」
「帽子?」
シンジの発言にタローは食いつく。チラリと彼がシンジを見ると、シンジはとてつもない速さで小刻みに頷き『この空気をどうにかしてくれ!』とばかりに視線を送り始める。
そこでタローは思い出す。トウジの帽子が風に吹かれて、アスカの足元に転がった後の出来事を。
「......え、なに。トウジお前、アスカに帽子拾ってもらったの? アスカに?」
鬼。ちょんまげ頭という滑稽な状態にもかかわらず、タローの顔を見たシンジ達三人は思わずそんな感想を抱く。
突然怒り始めたタローに選択肢を間違えたか、と焦ったシンジは急いで状況を説明する。
「か、風に飛ばされた帽子が惣流さんの足元に落ちたんだよ! その後はミサトさんにずっとホールドされてて、トウジってばちゃんとお礼も言ってないからさ!」
「ミサトさんに?」
シンジの言葉に一考するタロー。あのミサトがその場にいて、アスカのスカートが風で浮き上がるのを見過ごすだろうか、と。
「いや、自分の見られるよりも嫌がりそうだもんなあの人......」
ポツリとつぶやいたタローは、自分の目の前で申し訳無さそうな顔をしているアスカの顔を見る。そして再会した時から今までの彼女の様子を思い出し、どこにも違和感を感じなかったことでパンチライベントは起きなかった。もしくはミサトが食い止めたという結論を出した。
となれば、シンジ達に対して怒る理由もない。なによりもまずは目の前で落ち込んでいるアスカを慰めねば、とタローは彼女の頭に手を伸ばした。
「ありがとね、アスカ」
「......別に感謝されることでもないでしょ。これくらい」
満更でもなさそうな顔のアスカを今すぐにでも愛でまくりたい衝動に駆られるタローだったが、それをぐっとこらえて軽く冗談を飛ばす。
「にしても、ガン無視したり踏みつけたりしなくて良かったよ」
「誰のかもわからないのにそれはバカでしょ。流石にタローが居るってわかってるならしないわよ」
後半を上手く聞き取れなかったタローが聞き直そうとしたところ、アスカがごまかすようにタローの髪の毛からインターフェイスヘッドセットの片割れを取り外す。二つ揃ったそれでいつもの髪型にするため、ポニーテールを解く直前にアスカは振り向き、シンジ達にガンを飛ばす。
「で、いつまでいんのよ。そろそろ邪魔」
ド直球な言葉をかけるアスカ。その後ろでタローが両手を合わせているのが見えた三人は『苦労してんなぁ』と頷き、その場は何も言わずに踵を返して離れる。
三人が甲板の上から居なくなったことを確認したアスカはくるりと振り向く。タローがなびいた髪の毛が顔に触れて大喜びしているとは知らずに、アスカはポーニーテールを解き、おもむろにプラグスーツの首元へ手を突っ込んでまさぐり始めた。
「あったあった」
アスカが取り出したのは、二つの赤に黒い差し色が入ったリボン。それを見たタローは言うまでもなくぱっと顔を明るくした。
「それって......!」
「そ、あんたからもらった大切なプレゼントよ。あたし決めてたのよね、日本に着いたらまずタローにこれで髪を結ってもらうって」
『だから』と続けたアスカは、リボンをタローに手渡し頭をスッと差し出す。
「ちゃんと綺麗に頼むわよ。慣れてたらそれはそれでムカつくけど」
「まさか。一年ぶりだからとか関係なしに、未だにアスカの髪を結ぶときは緊張してるよ。何やったらこんなにサラサラのツヤツヤになるのさ」
「愛の力ってヤツじゃない?」
「それならオレの髪の毛は世界一ツヤツヤになるはずなんだけど」
「そのうちなるわよ」
二人の世界に入り会話を重ねながら髪を結ばれるアスカと結ぶタロー。だが今回は傍観者が一人居た。
「ぁ~声が聞こえないのが残念だけど......尊い!」
「ったく、急げというから何かと思えば」
鼻息を荒くし双眼鏡で二人を遠くから見るミサト。その横では肩にカバンをかけたリツコが弐号機のレポートを読みながらため息をつく。が、直後に目を見開きレポートを持つ手に力を込めた。
「これは貴重だわ......ミサト。この事例、今すぐに再現可能か検証する価値がある」
「けんしょお? あ~あれね。二人の負担にならないのなら良いけれど、頭数が減るんじゃ良いとは言えないんじゃない?」
「科学はいつだって無駄だと思われる所から発展してきたのよ。一人あたりの負担は半分、出力は倍となれば悪い話じゃないわ。あの条約のこともあるし」
「ああ、バカチン......じゃなくてバチカン条約のことね」
バチカン条約。簡単に言えばエヴァ及び関連技術の軍事転用禁止と、各国の保有数を三台までに制限するというもの。弐号機がネルフ本部に到着したことで、日本にあるエヴァは壱型、零号機、初号機、弐号機の合計四機。
本来ならば条約違反となるのだが、弐号機到着と同時にタローの搭乗する壱型の保有権をドイツ支部。つまりドイツの保有としつつ全ての権限を日本に委ね『日本で四機稼働させますけど内一機はドイツ保有なので問題ないっすよね?』という理論でやり通すつもりなのだ。
しかしドイツ保有となれば壱型が損傷した際の修復費やメンテンス費等はドイツ支部の負担となる。この無理やり理論を計画したゲンドウはここをどう言いくるめるか、と考えてはいたものの、結局は彼がこの話を持ち出すまでもなくドイツ支部側から提案されてあっさり成立してしまった。
イェーナを筆頭にこれ以上のエヴァンゲリオン建造に反対しているドイツ支部からすれば、壱型の保有権だけを譲り受ければ既に一機のエヴァを保有しているという理由で建造を拒否する口実になる。両者共にウィン・ウィンであり、なおかつ壱型の調節という名目で来日できるようになったイェーナは大勝利といったところか。
「いつどの国がイチャモンつけてくるかわからないわよ。特にまだ世界の覇権を握ってると勘違いしてる米国は要注意ね。セカンド・チルドレンが米国籍も保有してるから、って理由で横取りを画策していたようだし」
「リツコ、前から薄々思ってたけどあんたアメリカ嫌いよね。なんで?」
「人を豊かにするためにあるべき科学を、一つの民族を根絶やしにするためだけに追求する国のどこを好きになる人がいるのかしら。私の中に日本人としての血が流れている以上、受け入れ難いわ」
「......まあ、愛国心があるのは良いことよ。一応翼は両方持っていないと飛べないとだけ言っておくわ」
予想以上に右側へと傾いていたリツコに、ミサトは眉をピクつかせる。そうこうしている間にも、甲板の上ではタローがアスカの髪の毛を結び終えていた。
「はい、出来たよ」
「まあまあね、ありがと」
きっちりと短くまとまるタイプのリボン。アスカはタローに見せつけるように髪を揺らした後、その上からインターフェイスヘッドセットを固定してリボンを見えなくする。
それを見ていたタローが少しだけ悲しげな笑みを浮かべたのを見て、アスカはタローとの距離を詰める。
「一応言っとくけど、あたし大切なものには何重にも鍵をかけて保管したいし、見て欲しい人以外には見せたくないのよね」
「へ?」
「それだけ。ほら、そろそろあたし達も降りるわよ。船酔いしたっていうなら肩を貸してあげないこともないけど」
「はは、うん。大丈夫。そうだね、オレも大切なものはちゃんと保管したいし、できればずっとそばに置いときたいかも」
「......そ」
甲板の上を歩き、港に降りるために設置されたエスカレーターへと向かう二人。先頭のアスカは耳を真っ赤にしながら妄想にふけっていた。
(大切なものはずっとそばに置いときたいって、それもうプロポーズでしょ!? 人のこと言えないけど、こいつ結構独占欲強めなのね......やっぱあたしの好みにタローがドハマリしてるんじゃなくて、タローという存在自体があたしの好みねこれ)
ますますエスカレートする妄想に思わず鼻歌まで歌うアスカ。まさか自分が妄想に使われている等と思っても居ないタローはその後姿を見て思う。
(アスカ楽しそうだなあ。それにリボンをここまで大切にしてくれてるとは思わなかったし感激で涙が溢れそうだ)
確かにアスカがタローにとって大切であることは間違いないのだが、先程の会話では完全にモノの話をしていた彼は呑気に笑う。アスカからもらった誕生日プレゼントのメッセージカードをバインダーに保管していたり、生徒手帳に挟んでいるツーショット写真を思い浮かべての発言だが、アスカはそれを知る由もなかった。
「あ、ミサトさん達だ」
エスカレーターの終わりに近づいたところで、タローはカメラを向けてくるミサトと小さく笑いながら手を振るリツコ。そしてその後ろで待ちわびたとでも言いたげな表情のシンジにトウジ、ケンスケの存在に気づく。
自分の世界に入っていたアスカも顔がはっきりと見られる距離になるころには現実世界に帰還しており、リツコのことを訝しげに見ていた。
「タローくん、お疲れ様。セカンド・チルドレンの貴女も」
エスカレーターから降りた二人に先に声をかけたのはリツコ。非番のところミサトからあるものを頼まれて急いで来た彼女は、いつもより薄化粧。タローはそれに触れずには居られなかった。
「お疲れ様です。リツコさん、今日はリップ塗ってないんですね。非常にお綺麗でございます!」
「あらどうも。ただ、そういうのは私よりマヤに言った方が喜ぶわよ?」
「あはは、いやでも本心ですよ」
「......マヤぁ......?」
二人の会話を見ていたアスカは、ただでさえ『さっきプロポーズまがいのセリフを言っておきながら、何他の女を口説いてんのよ!』とご立腹。その上出てきた新たな女の名前に、片眉を上げて頬をヒクつかせていた。
『確かにこれはミサトの言う通りね』と、その表情を見たリツコはアスカに近づいて耳打ちする。
「アスカ、で良いわよね。一応言っておくけれど、私は自分の半分も生きていない子は範囲外よ」
「......わかってんじゃない、あんた」
何故かやけに自分に懐いているタローはともかく、この少女は一筋縄ではいかない。そう考えたリツコは両手を上げるかのようにアスカに対して『私は敵ではない』ということを示す発言をする。
それを受け取ったアスカも『察しが良くて助かる』とばかりに目を細める。
「さて。この後アスカはネルフ本部で私と検査に諸手続きをする予定だけれど......疲れたなら後日でも良いわよ?」
せっかくの再会なのだから今日は一緒に居れば良い、と提案するリツコ。乗るかと思われたアスカはそれを断った。
「結構よ、あたし面倒なことは先に終わらせたいタイプなの。それにサプライズは一度だけなんて決まりはないもの」
「ふふ、そういうこと。それなら彼とはここで一旦お別れね」
「一旦だけれどね」
強調して繰り返したアスカ。猛獣のような視線をタローに送る彼女を見て、リツコは『罪な男ね』とレイの顔を思い浮かべながら苦笑。それと同時にアスカとの最初のコンタクトを失敗せずに済んだ自分を褒めつつ、やはりドイツからの評判どおり目に見えてる超特大の地雷を避ければ普通の女の子と安堵する。
アスカもアスカでリツコに対してはドイツのイェーナと近しいものを感じたことと、悔しいながらもタローが気を許しているということから既に警戒心を解いている。
しかしイコールで信用するとはならないようでタローとリツコの間を遮るように位置を変え、それに気づいたリツコからの高評価を知らず知らずに獲得していた。
「そうだリツコ、あんた早くあれ出しなさいよ」
「あら、すっかり忘れていたわ。ごめんなさいね」
ミサトに言われたことでリツコは肩にかけていたカバンをおろし、中からネルフの制服を男女それぞれ一組ずつ取り出し、タローとアスカに渡す。
「タローくんの服は船といっしょに海底に沈んだから、着替えがないでしょう? そのままの格好でも良いなら別だけれど」
「......あ......」
アスカとの再会、それなりに気合を入れた服が輸送船もろとも沈んだことを思い出したタローは絶望する。それでもアスカのプラグスーツのままは恥ずかしいのか、心此処に在らずという状態でも両手を出してネルフの制服を受け取る。
「あなたの分もあるわよ、アスカ」
「あたしはもうこのままで良いわよ。空母にはまだ服あるし、どうせ検査はプラグスーツでしょ? でもこの制服は貰っておくわ」
「構わないわ。ただ外での着用は控えて頂戴、あなたならその理由は言わずともわかるでしょうけど」
「子供が着ていたら怪しさ全開、ってことでしょ? 心配しなくても、着るとしたら家よ」
「......ああ、そういう」
それを着て一体何をする気だ、と問いただそうとしたリツコだったが、それをしたが最後セカンド・チルドレンを普通の少女として見れなくなると思いとどまる。
「じゃ、そういうことだから。早く行きましょリツコ!」
港までリツコが運転してきたオープンタイプの軍用ジムニー、その助手席にダイナミックエントリーしたアスカは、しっかりとシートベルトをしてからそう叫ぶ。
それを見たリツコはため息混じりに『誰に似たのかしら』と年頃の少女らしく座っているアスカを舐め回すように見つめるミサトに視線を送った後、未だ服が水底に沈んだことにショックを受けているタローに一声かけてから車へ向かう。
「じゃあタローくん、私達はここでお暇させてもらうわ。搭乗してないシンジくんもだけど、この件に関してはレポートの提出よろしくね」
「はい、わかりました」
「......はい......」
魂の抜けたタローに苦笑しながらも、アスカを待たせてはならないとリツコは踵を返し車に乗り込む。二人が去った後の港では、服の他にもポケットに入れていたスマホや財布。ネルフのIDカード等が沈んだことで再発行に悩む一人のエヴァパイロットが青い海を前に悟りを開いた表情をしていたそうな。
物語の密度と1話ごとの文字数について
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