無事一限に間に合ったタローとアスカは、行間休みにアスカ目当てでお仕掛けてきた学校中の生徒達を上手くいなしつつ、なんとか昼休みまでこぎつける。
待ちに待った長い休憩、そしてお昼ごはん。それはアスカも例外ではなく、ポンポンとタローの右肩を叩く。
「お昼はどこで食べればいいのよ」
と言うアスカに、タローは思い出したように『あっ』と声を上げる。
「アスカ、お昼持ってきてる? もし無かったらオレの食べてよ、購買で済ませるから」
そう言ったタローが自身のお弁当袋を差し出そうとするのを手で制し、アスカは得意げな顔をして机の下からあるものをゆっくりと持ち上げた。
「じゃーん」
セルフ効果音と共に現れたそれは、赤色にオレンジのラインが入ったお弁当袋。それを机の上に置き、いつものように胸を張って言って見せる。
「自分で用意してきたわよ。カロリーと栄養の計算は当然じゃない」
「......アスカが家庭的になってる......」
まさかアスカが自分で用意してくるとは思ってもみなかったタローはそう呟く。アスカはそのリアクションに満足気に微笑んでいた。
そうしているうちに意識を戻したタローはお弁当箱を持って立ち上がり、前に座るレイの肩を優しく叩く。
「綾波、お昼行こっか」
「ええ」
いつも通りにレイを誘うタロー。レイもまたいつも通りに机にかけていたお弁当袋を手に取りゆっくりと立ち上がる。
このまま屋上まで向かい、二人きりだったり時々シンジ達を交えながらのランチタイムを過ごす。それが今までの日常。
しかし今日からはそれが変わる。
「ちょっと、何よそれ」
なんで二人きりじゃないのよ、と睨みつけながら抗議するアスカにタローは思わず冷や汗を流す。
睨まれた張本人ではないクラスに居る生徒たちも、その剣幕に動きを止めてしまう。
静かになった教室では『どういうつもりよ』と火がつきそうなアスカ。『早くお昼食べたい』とぽかんとしているレイ。他の生徒たちは『頼むからなんとか言ってくれ』と全員がタローに視線を向けている。
タローはアスカにそっと耳打ちした。
「ここじゃ話せないから、とりあえず屋上に行こう。シンジくんも一緒に」
「......そういうことなら早く言いなさいよ」
タローたち三人がエヴァンゲリオンのパイロットである、ということはトウジとケンスケ以外にこの学校で知る生徒はいない。
それどころか、これまでネルフ本部全体で情報統制等上手く処理してきたこともありこの第三新東京市が巨大な使徒という生命体によって数度襲撃を受けていた、ということも知られていない。
抜け出して直接使徒を見たトウジとケンスケ。そして逃げ遅れてしまったトウジの妹であるサクラとその同級生のミドリ以外の一般市民は、使徒襲来によって起きる避難をかつて旧東京に新型爆弾が投下されたことを忘れないようにするためのキャンペーン程度にしか捉えていない。
それが理由で疎開する生徒もいないため、第壱中学校の生徒数はまさに首都の中学校と言って良いほどの規模を保ったままである。最も、多くの家で大黒柱になっているネルフ職員は使徒迎撃が失敗したら結末は疎開してもどうせ同じだからと達観していることも理由の一つではあるが。
ただでさえ噂好きな中学生、しかも大勢の前で『ファーストチルドレンを紹介するからさー!』等と言おうものなら噂が噂を呼び何が起きるかわかったものではない。故にタローはアスカに耳打ちしたのだが、中学生は噂好きであり夢見がちなもの。その光景を見て一部女子からは息を呑む音が上がった。
「あんまり大きい声で言えないよ。せっかくミサトさんたちが頑張ってくれてるんだから」
「はぁ。今回は不問にしてあげるわよもう」
「さすがアスカちゃん。かしこかわいい」
「うっさい。はやくいけ」
ベシン、と背中を叩いて送り出すアスカ。彼女が片側の口角が上がりそうなのをこらえていることに気づく者はいなかった。
「シンジくん、ちょっと良い?」
「え、僕なんかした......?」
「なんでそうなる」
あまりも怯えた様子のシンジに思わずツッコミを入れるタロー。その後すぐにエヴァパイロット同士の顔合わせだからと言うものの、シンジは『う~ん』と渋い反応。
「僕は遠慮しとくよ、委員会があるし......まだ死にたくないし」
「ん?しに?」
小さな声に反応しきれなかったタローに対して、シンジは誤魔化す。
シンジにとってみれば、アスカとレイが居る場所での昼食は地雷原のど真ん中でランチをするようなもの。何か喋ればどちらかの地雷を踏み抜きかねない危険地帯にわざわざ足を踏み入れるほどの好奇心は持ち合わせていなかった。
「それならまた今度誘うよ」
「うん......ああ、助かった」
後ろでシンジが安堵しているとは思わず、タローはアスカとレイのもとへ歩く。
二人に『シンジくん委員会だからNGです』と指でバツマークを作りながら告げると、自身のお弁当箱を手に取った。
「じゃあ行きますか」
歩き始めたタロー。アスカはその横に付き、レイは二人の一歩後ろを歩く。
朝の時間と同じルートを歩く三人。廊下はアスカを一目見ようと集まっていた生徒たちで埋め尽くされていたが、海を割るかの如く三人が通ると左右に分断されていく。
「まるでスターね。転入生ってそんなに珍しいものかしら」
「まさか。オレが入ってきたときはこんなじゃなかったよ。単純に、アスカが綺麗だからみんな集まってるんでしょ」
「にしたって大げさすぎよ」
自分のルックスの良さを自覚してるからこそ、アスカは謙遜することはない。
相変わらずの自信だなあと横目で彼女をチラ見しながら、タローは歩く。
レイはというと前を歩くアスカの左右に揺れる髪を猫じゃらしを見つめる猫のようにジッと見ている。
まるで大名行列のように左右に分かれる生徒達の間を通り、三人は屋上へ続く階段へ。扉を明けて屋上に出てみると、一瞬強い風が吹いた。
「っぶなぁ......なんで日本の風ってこうスケベでエッチなのかしら」
突風によりめくれそうになったスカートを押さえたアスカは空を睨みながら呟く。
幸いにも見た目より機能性を重視する彼女はスカートの丈を膝より少し上程度にしていたため事なきを得る。
その後ろにいたレイは二人の影にいたため前髪が揺れる程度だった。
「確かに今日は風つよいかもね」
そう言いながらポケットから取り出したシートをいつもの位置に敷いていくタロー。アスカは腕を組みながらその背中に向かって声を掛ける。
「屋上でランチだなんて平和ボケしたかと思ったけど。ここなら確かに最適ね」
「ちゃんと自覚はしてるよ。それに連携も取ってる」
「ふ~ん。あんた昔からそういう人達と仲良くなるの得意よね。保安諜報部なんて普通は保護対象に気づかれないように動くもんなのに」
「保護される側もする側も、ある程度は意思疎通出来てた方が楽だからさ。保護対象にバレた、って時点で向こうはもうコソコソする必要ないなって開き直ってたし」
「それは逆にプロ意識高いのかしら」
数少ないエヴァンゲリオン。一機あればそれだけでいささか不安定な世界情勢の中で大きな顔ができる代物を自由に扱うパイロットは、各国は喉から手が出るほど欲しい逸材。
しかもそれが多感な少年少女ともなれば、あの手この手で自らの手札に加えようと企む団体も多い。良くも悪くも扱いやすい年頃故に偏った思想を植え付けることで間接的に支配下に置こうとする国も多い。
特に幼少期をドイツで過ごして日本にやってきたタローに関しては、日本の歴史をよく知らない状態で隣国からの干渉を受けてしまうことを防ぐために、保安諜報部も躍起になっていた節がある。という話をアスカは加持から聞いていたが、思った以上に保安諜報部と仲良くやっているのを確認してホッと胸を撫で下ろしていた。
「さ、準備出来たよ~。二人ともどうぞ」
シートを敷いてその四隅には屋上に隠していた重しをセットしたタローは、お先にどうぞとアスカとレイへ声を掛ける。
チラリとアスカがレイに視線を向けると、彼女は小さく『ありがとう』と呟いて上履きを脱いでシートの上にぺたりと座る。
「そういう感じなのね......」
それを確認したアスカもボソリと呟きながら上履きを脱いでシートに上がる。
三人がそれぞれ手に持っていたお弁当袋をシートの上に置き、お弁当箱と箸を取り出す。パカッと音を立てて中身が露わになった時、アスカは気づいてしまった。
「な~んか似てるじゃない? 二人のお弁当?」
お弁当が開かれた刹那。アスカは瞬時にタローとレイのおかずを目視で確認し、タローにだけ入っている鶏肉以外のおかずが同じであることを確認して問いかける。
どこから説明しようか、とタローが一瞬口を閉じたタイミングでレイが答えた。
「白露くんが作ってくれているのだから、同じよ」
「......ハァ?」
レイの一言で、アスカの片眉が釣り上がる。
完全に怒り心頭といった様子のアスカに、レイは追い打ちをかけた。
「今日は写真、取らないの?」
「ちょっとどういうことか説明してもらおうかしら」
完全な修羅場。しかし何もやましいことなどないと、タローの心は至って冷静だった。
『まずは爆発しそうなアスカに待ったをかけよう』と、今にも掴みかかってきそうな勢いのアスカの肩に手をおいてなだめる。
「ちゃんと説明するから、ちょっと待ってね」
「......早くしなさいよ」
膝立ちを戻して座るアスカ。
修羅場を遠目から見ていた屋上に居る他の生徒たちは、メラメラと逆立つアスカの髪がもとに戻る錯覚に目をこすった。
タローはアスカの肩から手を離し、次にレイの方へと視線を向ける。
「
「ええ」
強調して言った後、スマホを取り出して写真を撮るタロー。それをしっかりとリツコに送信するところまでアスカに見えるようにしてから、まずはと手を合わせる。
「食べながら話すから、いただきますだね」
「......」
「わかったわよ」
無言で手を合わせるレイ。アスカもそれを見てから手を合わせる。
三人はタイミングをあわせて『いただきます』と言い、それぞれ箸を手にとって食べ始める。
「実は......」
そう前置きしたタローは、自身がレイにお弁当を作っている理由を話し始める。周りには聞かれないように、レイの生活環境等も含めて。
話し終わるのは、お弁当が残り少なくなってきた頃。そしてその頃にはアスカは、先ほどよりもレイに近づいて座り直していた。
「ファースト、大変だったわねあんたも。ほら、ヴルストあげるわよ」
「肉、嫌いなの。人の話はちゃんと聞くものよ」
「聞いてたわよ。あたしあんたに絶対に肉を食べさせてみせるわ」
肉嫌い、薬やサプリメント等の接種でこれまでの栄養を賄ってきた。
タローの世話焼きがうつったアスカは、その背景を知ってレイへの敵対心や懐疑の目はなくなる。
エヴァパイロットとして厳しいながらも温かな環境で育ってきたという自覚があるアスカにとって、レイのこれまでの生活は信じられないものだったのだ。
「そういうわけだから、アスカも綾波と仲良くしてあげてほしいなと」
「ったりまえじゃないの。ファースト。いや、レイ? あたしのことはアスカって呼びなさいよ」
「命令ならそうするわ。あなたのほうが功績は上だから」
と言いながらお米を口に放り込むレイに、アスカは詰め寄った。
「功績云々は関係ないわよ! それにこれは命令でもないわ。レイの呼びたいようにすればいい、ただ名前で呼んで欲しいと思ったからお願いしただけよ」
「......そう」
『なんか懐かしいなこれ』と思いながら二人の会話を見ているタローに、レイは目線を向ける。それに気づいたタローは優しく微笑んでうなづいた。
「......わかったわ。アスカ」
「いいじゃない、素直で。あんたもっと柔らかい表情しなさいよもったいない」
「アスカは得意だよね」
「は!? どういうことよそれ! ってゆーか、バカタローあんたにだけは言われたくないわよ!」
「白露くんは馬鹿ではないわ」
「学力の話じゃない!」
お昼の第三新東京市に響くアスカの声。あまりにも和やかな雰囲気に、学校近くのビルから屋上を監視する諜報部のメンバーは口元を緩ませ、地下深くネルフ本部に居るミサトは『いまアスカの声が聞こえたわ!?』と人間離れした聴覚を発揮するのだった。
学校での描写は後々出します。本編進行はまだ少し時間がかかりますが、ちまちま書いていきます。
物語の密度と1話ごとの文字数について
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サクサク進む(3000~4000字程度)
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少し書き込む(5000~6000字)
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ガッツリ書き込む(7000字以上)
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サクサク書き込め