アスカの転入により騒がしい一日を終えた第三新東京市立第壱中学校。
その昇降口では、タイミング悪く教師から頼み事をされてしまったタローはいつもよりも日が落ちた空に顔をしかめて靴を履き替えていた。
「ネルフでの実験がない時に限ってこういう......」
ボヤきながら昇降口を出ても、校門に居る教師にはにこやかに挨拶をするタロー。
彼とて面倒や嫌だなと思うことはあるが、それを表に出しても良いことは何一つないと普通の中学生以上の、というより教師以上の人生経験からそれを抑え込む。
いつも通りの道を歩くタローは当たりを見回す。普段なら自身と同じ制服を来ている生徒たちが多く見受けられる歩道橋も、今はポツポツとサラリーマン風の大人たちが居るだけ。
太陽の沈み具合と周囲の変化に、すっかり日が暮れてしまったことを改めて認識したタローは小走りで家へと向かう。
ここ最近は定時上がりのミサトが帰宅する前に食事の準備を済ませ、彼女を労うことが日課になっているからだ。
軽い足取りで走り続け、すこし息が上がってきた頃にマンションへとたどり着く。ここでポストを確認することもタローの日課の一つ。
何も入っていないことを確認し、エレベーターに乗って玄関前へ。
「ただいま~」
ミサトは居ないがペンペンが居る。そう思い自動ドアが開くのと同時に声を掛けながら入室するタロー。
一歩足を踏み入れたところで、ミサトが仕事の時に履いている靴と第壱中学校指定のローファーに気づき二歩目を止める。
ミサトさんがこの時間に帰宅していることは滅多にないし、学校指定のローファーなんて履いてる人はオレの知り合いに居ないよな。
普段はありえないミサトの帰宅と、見たことのない靴。タローがもしかして部屋でも間違えたのかという思考に至った時、部屋の奥からタンタンタンと軽やかに弾むような足音が聞こえてくる。
「遅い!」
「え? うぼぁッ!?」
突如現れた長髪を揺らす少女。飛び込んでくる見知った顔の彼女に思わず反応が遅れたタローは、受け止めきれずにバランスを崩し......そうになるのを踏ん張り、半回転して受け流した。
「ビビッた......何してるのアスカ?」
タローは受け止めた少女。アスカに驚きを隠さず問いかける。
そのリアクションに満足したのか、アスカはふふんと鼻を鳴らして答える。
「何って、同居者を出迎えようと思っただけよ」
「同居者?」
「そっ! 今日から私たちと一緒にここで暮らすのよ」
タローの疑問に答えたのは別の女性。奥からゆっくりと歩いてきた見慣れたダル着姿の彼女は
「ミサトさん! 今日は帰りが早いんですね」
「ええ。おかえりなさい」
毎度のごとく服装も髪型もすっかりオフなミサトは二人に近づくと、目一杯腕を広げて抱擁し始めた。
「っかぁ~! もうコレは合法合成麻薬ね......」
「......さっきから散々これだったけど、あんたよくミサトと二人暮らしで平気だったわね?」
「うん。だからとっととご飯食べさせてお風呂入らせて寝かせようとしてるんだよね」
『うわぁ......大変ね』とミサト越しにタローへ向かって苦い顔をするアスカ。
もはや抱きつかれることが普段通りになったのか諦めたのか、二人はミサトが満足するまでジッと待つ。
やがて開放されると、タローはアスカとミサトに手を引かれ葛城家へ上がる。途中、騒ぎを聞きつけ渋い表情で敬礼をするペンペンに癒やされながら。
荷物を一旦整理しに部屋へ戻ろうとしたタローだが、二人によって止められダイニングに着席。当然のようにアスカの横を陣取る位置へ椅子を引いたタローが視線を移すと、テーブルを挟んで向かい側に座ったミサトがあるポーズを披露していた。
「見て見て、碇司令のマネ」
「ブッ!? ちょっとミサトさん......っ」
どこからか取り出した自前のスポーティなサングラスを掛け、机に両肘を立てて口元で手を組んだミサト。
不意打ちにタローが吹き出すと、ミサトは精一杯の低い声で続ける。
「何をしている。早く座りたまえ」
「っく、それは駄目ですって、っふ......」
「......な~にやってんだか」
ミサトの精神攻撃に苦しみながらもなんとか席に座るタロー。
彼に続くようにペタペタと歩いてきたペンペンを抱き上げ膝の上に乗せたのを確認し、ミサトは本題に入る。
「まず最初になんだけど」
「その前にそのサングラス取ってくれませんか? あまりにも集中出来ないんですが」
「あ、めんごめんご~」
ようやくサングラスを外したミサトは、咳払いをしてから話し始める。
「タロちゃんには言ってなかったんだけど、今日からアスカもここで暮らすことになったの。問題ないわよね?」
「もちろんです。でも、どうして教えてくれなかったんですか? 学校に転入することだって、今日知ったばかりですし」
「あたしが口止めしといたのよ。お陰で今日は二度も珍しい顔が見れて満足したわ」
「......アスカ、何も言わずに帰っちゃうから何かと思ったよ」
「わ、悪かったわよ」
少し仕返しをしてやろうと、若干膨れるタロー。
見たことのない表情をする彼にアスカは母性にも似た感情を覚え、ミサトは目をカッと見開き硬直。
中身はこの場で最年長ではあるが、見た目はまだ多少の幼さが残る中学生男子。普段は凛々しい印象のタローが子どものように頬をふくらませる表情に少女と女性はイケナイ気持ちに。
肝心の膨れた張本人は中身の年齢が年齢なため、自分のキツさに精神にダメージを受けていた。
「よし。とりあえず正式にタロちゃんからの許可も降りたことだし、あとは二人で色々相談してちょうだい。基本的には何しても良いけど、ナニはまだ駄目よ」
「ほんとイイトコで残念ねあんた」
アスカに低評価をつけられるも、ミサト自身は決まったと思っているのか満足気にリビングへ向かい、座椅子でくつろぎつつテレビを見る。
それでもしっかり聴覚はダイニングへと集中していることに、アスカはもちろんタローも気づいていないのだが。
「じゃあ、まずは部屋からね」
バン、と机の上に葛城家の間取図を広げるアスカ。
ダイニングとリビングを除き、一つの和室と二つの洋室があるファミリー向けなこの自宅において、和室はミサトの部屋、大きい方の洋室にはタローの部屋と書かれていた。
「部屋は今オレが使ってるところをアスカが使いなよ。オレはこっちに移るから」
それを見たタローは現在の自室の向かいにある小さい洋室を指さしながら言う。
エアコンはあるが窓はない。物置想定の部屋なのだが、アスカはそこに移ることを許さなかった。
「バカ。わざわざ部屋を分ける必要ないじゃない」
「え?」
「だいたい窓のない部屋で寝て朝スッキリ起きられるわけないでしょ。日焼けと紫外線はお肌の天敵だけど、生物は日光浴びて活動始めんのがイチバンなのよ!」
だから、と続けるアスカ。
「タローが今使ってる部屋はベッドルームにするのよ。もちろん二段ベッドは却下ね、シングル二つ置くかキングサイズかだけど......間の段差が気になるからキングよ。もう注文しちゃったし」
「ちょちょちょ、え?」
「心配しなくても、マットレスもちゃんと注文してるわ。別に枕以外は気にならないでしょ?」
「あ、うん。お気遣いありがとう」
さも当然のように話しを進めるアスカに流されてしまいそうになるタローだが、せめてものケジメとして反論を試みる。
「寝室が同じなのはまあ今までもそうだったから良いとしても、同じベッドは流石にマズイんじゃないかな?」
「は? なによマズイって。じゃあシングルサイズを二つ離す? そうするとベッドが邪魔でここの収納が使いにくくなってあたしが困るんだけど」
「......いや、キングでお願いします」
その様子を聞き耳を立てていたミサトはまるで新婚夫婦のようだと生暖かい目で見つめる。
いち保護者として同じベッドで眠ることは無問題。という彼女の考えは二人の人となりを評価し信頼しているからこその判断。
上司、それも人類の命運を握る組織のとしてはキッチリ部屋を分けてメリハリをつけさせるのが一番だと頭でわかっていても、むしろ逆にパフォーマンスを下げるからという理由で同衾を容認。
ミサトは誰に言うわけでもない理由を頭の中で考えながら、妄想によって頭に上ってきた血が鼻から垂れないようにティッシュを詰めた。
「決まりね。ベッドは明日届くわよ」
「早くない?」
「前から特注してたもの。今使ってるベッドの引き取りに、搬入と組み立ては諜報部がやってくれるって言ってたわ」
「なんか、便利屋さんみたいになってるね......」
自身を見守る諜報部のメンツを思い浮かべながら『お疲れ様です』と念じるタロー。
尤も、ベッド搬入及び組み立ては諜報部側からの挙手であり、やらされているのではなくやる気満々。なおかつ自分たちの手で作り上げたベッドで二人が眠る、ということにある種の快感を覚える者も居るためご褒美とさえ言える。
それに加え、ここ葛城家は世界でも数少ないエヴァパイロット二人とその上司が住む家。
人間の価値を金で表すことは出来ないが、少なくとも世界中の国家から見てここはとてつもない価値を持つ。
故に諜報部としては定期的にこの部屋で盗聴や盗撮、スパイによる動きがないかを監視することが任務の一つでもある。いくらアスカからネルフへ、ネルフから信頼する筋への注文で作られたものとはいえ、ベッド一つとってもそのまま搬入するわけにはいかないのだ。
「ここはベッドルーム確定ね。で、この小さい部屋に勉強机を置くの。タローが使ってるやつを移して、あたしのはベッドと同じで明日来るわ」
「あー、確かに寝るのと勉強するのは分けた方が良さそうだね」
「でしょ。机と椅子だけだからタローのトレーニング器材おいても全然余裕だし。ベッドルームは完全にくつろぐものとして使うの」
「アスカすごいね。部屋のこと、こんなに早く考えつくなんて」
「結構考えたのよ」
結構考えた、というのは日本に来ることが決まった段階でミサトに部屋の寸法を要求していたからとは知らず、謙虚だなあとアスカに尊敬の眼差しを向けるタロー。
部屋が決まったあと、アスカとタローは普段の生活についてを話し合う。
「タローが帰ってくる前にミサトから聞いたけど、あんた家事は全部一人でやってるらしいじゃない。今日からは私と交代制ね」
「交代制」
「む、なによその目。あたしだって料理とか洗濯とか掃除とか一通りできるわよ。イェーナ仕込みなんだから」
「それはもう認めざるを得ないじゃん」
あの完璧超人の名前を出されては、ネルフドイツ支部出身者なら納得してしまう。
家事分担も順調に決まり、そこに混ざれない大人が涙を流しながら一人寂しくちびちびと本数制限されているビールを味わい終えた頃。
「あとは細かいとこだけど、シャンプーとボディソープはあたしと同じヤツ使いなさいよ。洗顔は個人差あるし好きなやつで良いけど」
「シャンプー? なんで?」
「虫よけよ。ミサトは自分で買いなさい」
「ヒドイ!? まだ私なにも言ってないわよアスカ!」
バタバタと見たことのない高速四足歩行でアスカにすがりつくミサト。
それを引き剥がそうとするアスカに、しれっと彼女の生足を堪能するミサト。相変わらず賑やかな光景にタローは笑みがこぼれるが、同時に腹の虫が鳴る。
「お腹すいちゃった。ご飯にしよっか、二人共。ペンペン食器出し手伝って~」
「クェ!」
すっと立ち上がり、エプロンを取ってきて台所に立つタロー。彼お手製のエプロンを身に着け三角巾を頭に巻いたお手伝いモードのペンペンも。
後ろからその様子を眺めていたミサトとアスカは競り合う手を止め、目をパチクリとさせてからお互いの目を見合う。
最初に口を開いたのはミサトだった。
「......いい? アスカ。人生の先輩として言わせてもらうけれど、あんな上玉一生をかけても巡り会えるかどうかよ。競争相手は多いけど、後悔だけはないようにネ」
「わーってるわよ。つかなにあれ、あたしの事前シミュレーションを更に上回ってるんだけど。それに反比例してミサトは下回ってるんだけど」
「ぐ、しかしあのタロちゃんは私が育てたと思えばそれもまた一興よ......!」
そう答えたミサトにアスカは一言。『ダメだこりゃ』とだけ呟くのだった。
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