「さぁ~て、まずは腹ごしらえからよね! 二人共、何か食べたいものある? 私のおすすめでも良いかしら?」
左ハンドルの運転席に座るミサトさんが、後部座席に座るオレとアスカに楽しそうに声をかけてくる。ちなみに乗っている車はベンツのボックスカー。多分ゲヒルンの社用車だろう。
車に疎いだけでなく前世で免許を持っていないオレに言わせてみれば、黒くて四角い車としか言えない。ただミサトさんといえば青色のルノー? のイメージだが、あれは数年後に買うんだろうな。まだ入社初年度だしローン審査の問題もあるだろうから。
「あたしはなんでも良いわよもう」
「あら冷た~い。タロちゃんは何かリクエストある?」
出発する前にミサトさんに暴露されたのをまだ引きずっているのか、運転席の後ろ。左隣に座るアスカは可愛く唇を尖らせ不貞腐れた返事。ミサトさんはそれも楽しそうに流し、こちらに話を振ってくる。
とはいえ特に食べたいものは無いから、ミサトさんに合わせようか。
「ミサトさんのおすすめが気になるので、それでお願いします」
「おっ、良い返事ね~。お姉さんに任せなさい!」
ふと視線を感じて左に顔を向けると、アスカが何か言いたそうにしている。そっと耳を彼女に近づけると、早口のドイツ語で囁いてくる。
「ミサトの扱い、ほんと上手いわね」
「まあほら、ミサトさんよくも悪くも一直線だし」
「確かに、でもそこが良いところよね」
二人でくすくすと、ミサトさんにバレないように小さく笑う。
原作でアスカがミサトさんに抱いていた感情はどういうものなのか分からないが、この世界では尊敬と友達感覚が2:8くらいの割合な気がする。かくいうオレも、親戚の仕事はできる愉快なお姉さん、っていう感覚を持ってしまっているのだが。
「ちょっとぉ~、二人でコソコソ話ぃ? はぁ~全く、これだから最近の若い子は~」
「ミサトも十分若いじゃない」
具体的な仕事内容はわからないが、専門的な用語が飛び交うゲヒルンドイツ支部に勤め始めてからもう半年以上経過しているし、それ以前に大学生の時にドイツ留学をしていたらしいミサトさんのドイツ語力はかなり高い。
しかしドイツ出身でネイティブレベルのアスカと、同じくネイティブレベルといえるであろうオレの早口かつ低い声量のドイツ語は流石に聞き取れないらしい。
ちなみにオレの脳内にはアスカと出会う前にイギリスに居た記憶があるので、英語も普通に喋れたりする。ドイツ語は練習したけど、ほぼ苦労せずトライリンガルなんて前世のオレが聞いたら泣くぞオレ。
「よし、ぱぱっと買ってくるからちょっち待っててね」
目的地についたのか、ミサトさんは車を止めて足早に飛び出る。まだゲヒルンドイツ支部からそれほど離れていない場所にある、小さなパン屋さん。昔話に出てきそうな情緒あふれる建物はいつ見ても良いな。ドイツはこういう昔ながらの雰囲気を残す場所が沢山あって好きだ。
以前それを伝えたゲヒルンの従業員に「日本にはもっと歴史が長い建物があるだろ? 」と言われたが、「観光地以外には無いですよ。近代化大好き国家に焼かれたので」と答えて顔を引き攣らさせたことがある。今思えば確かに小学生の発言じゃねえな。
「タロー、財布は持ってきた?」
「うん、もちろん」
ダウンジャケットのポケットから財布を取り出しながら聞いてくるアスカ。同じように財布を取り出しながら答える。
生々しい話だが正直に言おう、1ユーロを100円換算しても、オレとアスカは普通の会社員より、少なくとも前世のオレより多いお金をもらっている。それに加えて食事と住居にかかるお金はゼロ、衣類もやたら同じアパートに住む人達が買い与えてくれるので、手元に残った自由に使えるお金で考えればもっと差が出るだろう。
なのでミサトさんに奢られるつもりは全くない。誕生日のアスカもそれは当然といった様子で、いつでもお金を渡せるように準備して外を眺めていた。
「おっまたせ~」
数分後に、ミサトさんは紙袋を抱えて戻ってきた。よいしょよいしょと口にしながらせわしなく運転の準備をする彼女に、アスカが声をかける。
「幾らだった? あたし達、自分の分は自分で払うわよ」
アスカの言葉を聞いたミサトさんは一瞬動きを止め、後ろを振り返る。目をパチクリとさせてアスカを見た後、こちらを見てきたのでうんうんと頷く。
「......ふっ、二人共そんなの気にしないで良いのよ? 小学生なんだから、大人に甘えなさい」
「でもあたし達それなりに貰ってるわよ?」
大人の笑みを見せたミサトさんだが、アスカの追撃に目を丸くし、「マジ?」と言いたげな顔になる。それを見たアスカがオレに耳打ちしてくる。
「タローって、月に貰ってるのどれくらい?」
「大体2500ユーロ」
「同じね」
オレがゲヒルンから支給されてる金額が自分と同じだと確認したアスカは、大きな声で話す内容では無いと思ったのかミサトさんにその額を耳打ちしている。
最初は勉強してるだけだったからお小遣い程度だったけど、六歳になってシンクロテストやらなんやらをやり初めてから一気に増えた。
税金もちゃんと払ってますよ。議員じゃあるまいし。
小耳に挟んだ程度だが、ドイツ支部長に大量の抗議文が届いたことが処遇改善のきっかけになったとか。大人と仲良くしておくのはやっぱり得策。服代返したいのに受け取ってくれないから、使うのはゲームとアスカへのプレゼントくらいだけど。
「に、2500ユーロぉ!?」
そんなことを考えていると、ミサトさんが大きな声を出す。そりゃおったまげるよな、小学二年生。八歳の子供が2500ユーロだなんて大金を手にしているんだから。
ミサトさんは最初こそ驚いた様子だったが、「まあそりゃそっか」と納得し始めた。
「アスカとタロちゃんは人類の希望なんだから、2500ユーロなんて額じゃ足りないくらいよ。ううん、幾ら積んでも足りないくらい。ってことで、ここは大人の私に甘えなさい!」
胸を張って笑顔で言うミサトさん。アスカもこのポーズする時あるけど、ミサトさんがやるとそれはそれは素晴らしい景色になるな。アスカもそのうちこうなるのかと考えるとワクワクが止まらねえぞぉ!
「ありがとうございます。ありがとうございます!」
「うん、ありがと」
「どういたしまして~。っていうかタロちゃん、ありがとうは一回で良いのヨ」
笑顔で感謝し、笑顔で受け取ってもらえるのはやっぱり気持ちが良い。それとミサトさん、オレの場合はああ言ってくれたことへの感謝と良いものを見せてもらったことへの感謝ですよ。まあこんなこと口が裂けても言えませんけどね、ガハハ。
「二人は、すぐ食べたい?余裕あるなら良い場所があるから、ちょ~っち我慢してほしいんだけど」
「オレは全然大丈夫ですよ」
「あたしも」
「う~しわかった、じゃあ飛ばすわよ!」
ミサトさんは歯を見せながら笑った後、勢いよくシートベルトを引っ張って装着し、車を発進させる。オートマじゃなくてマニュアルを手際よく操作する姿に、少し見とれてしまったのは内緒だ。
「......」
「アスカ?」
突然アスカがオレにもたれかかってきた。車酔いをしてしまったのかと心配で彼女の顔を覗き見ると、にこやかに微笑んでいた。
「楽しいわね、こういうの。三人で」
「......うん、そうだね。楽しい。まるで家族みたいだ」
言った後に、アスカとミサトさんの過去を考えれば、言わなければ良かったかもしれないと後悔した。だがアスカとミサトさんは、優しく笑ってくれた。
......そういやこの世界だと、詳しく知らないけどオレも悲しい過去があることになってんだった。
「家族みたい、じゃないのよタロちゃん。私達はもう家族なの」
......本当ミサトさん、こういうところだよな。人たらしにも程があるよ。
きっとこれが本当の葛城 ミサトという女性なんだと思う。彼女がやってきてからまだたったの八ヶ月だが、ゲヒルンドイツ支部内での人気も高く、人を惹きつける何かを持っている。
アスカが素直に奢られるし、オレもミサトさんの顔を見ないと一日が始まった気がしないくらいには日常の一部になっている。
でも、あの世界で画面越しに見ていたのも間違いなく葛城 ミサトだろう。
けどオレにとっては、今目の前で優しい笑みを浮かべながらハンドルを握る女性こそ葛城 ミサトだ。
アスカだけが救われれば良い、アスカだけを幸せにできれば満足。初めはそう考えていたけど、この三年間で幸せになって欲しい人が増えすぎた。
「一緒に笑って、一緒に泣いて。楽しいことも悲しいことも、私達三人で全部分かち合うの。ねっ、アスカ?」
「そうよ。ま、ミサトはよくて親戚だけどね」
「よくてって何よよくてって~。どう考えても弟と妹から尊敬されるお姉ちゃんでしょう?」
「ミサトがあたしの姉だったら、多分タローと一緒に家出してるわよ」
「はは、確かに。それに好きだけど尊敬は無いかも」
「ぬわぁ~におぉ~!? 家出したら居なくなった時間の倍! ハグしちゃうわよお!?」
ミサトさんのツッコミに、三人で笑う。あそこで自分を親としなかったミサトさんの気遣いには、おそらくアスカも気づいているだろう。
でも今は、そんなことは考えなくて良い。ただこの瞬間を楽しめば良い。アスカのトラウマが完全に癒えるには三年じゃ足りないかも知れない。でも、いつかは過去にも誇りを持って前へ進むことができると信じてる。だから今は、ひたすら笑おう。
湿っぽかったかもです。アスカの8歳誕生日編はもう少し続きます
物語の密度と1話ごとの文字数について
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