葛城家のリビング。そこからは二人の男女が息を切らす音と、何かを押し当てる乾いた音が聞こえていた。
「っ、もう一回!」
「アスカ、そろそろ休憩しない? 流石にこう何回もは......」
「いいからやるのよ! ほら早く付け直して!」
二人の男女。タローとアスカの声が響いたかと思うと、また吐息と乾いた音が聞こえる。
「......」
それをダイニングから引き戸越しに聞いていたのは二人の同級生でクラスメートのヒカリ、トウジ、ケンスケ。そしてエヴァパイロットのシンジ。
硬直する三人となぜ立ち止まったんだと首を傾げるシンジをよそに、冷蔵庫から彼女たちのために用意したジュースを、棚から使い捨てのプラコップを取り出したミサトがリビングへと続く引き戸に手をかけた。
「だ、ダメですよ葛城さん!」
「え? 何がぁ~?」
ミサトが引き戸に手をかけた時。ヒカリがそれを制する。
どうしてこの子はリビングに行くのを止めているんだろう。そうミサトが考えている間にも、引き戸の向こうでは声が響く。
「たーッ! まだまだよ、早く準備しなさいタロー!」
「ほんっと、体力化け物すぎでしょ......綾波、ちょっとそれ取ってくれる?」
「はい」
「ありがと。そうだ、綾波もやる?」
レイの声、何かを提案するタロー。ヒカリは目と口を大きく明けて仰天。
そしてレイの次の発言で、彼女は火山が噴火したかのように叫ぶ。
「いいえ。私はまだアスカのように白露くんと上手くする自信がないもの」
「はっ、破廉恥よー!!」
バァン!
大きな音を立てて開かれる引き戸。
その向こうでは、黒色のいわゆる芋ジャージ姿で額に汗を浮かべながらスポーツドリンク片手にワイヤレスヘッドホンをつけ直そうとしているタローと、その前に立つ学校の制服姿のレイ。
少し奥にはタローと同じような赤のジャージをまとったアスカと、彼女にタオルを手渡すネルフの制服を着たマヤの姿があった。
「あら、ヒカリじゃない。どうしたのよ破廉恥ーって」
「ぁ......ぁ......」
若干驚いたような顔で問いかけるアスカに、ヒカリは口をパクパクとさせる。
彼女は見慣れたクラスメート三人と見知らぬ大人の女性を一通り見たあと、視線を横にずらす。そこには二人でタイミングを合わせて発光する箇所を押すツイスターゲームにもにたリズムゲームがセットされていた。
「お疲れ様です葛城一尉」
「おつかれ~マヤちゃん。別にここはネルフ本部じゃないんだし、楽でいいわよ」
「あっ、そうでした。葛城さん」
その横を通り抜けたミサトがマヤに挨拶を交わすと、リビングに用意されているテーブルにプラコップを四つ置くと、冷蔵庫から取り出したオレンジジュースを注いだ。
「ほら、四人とも。座りなさいな」
ミサトの声に反応したのはシンジのみ。ありがとうございますと小さく礼を言うと、リビングの床に腰をおろしてオレンジジュースに口をつける。
ヒカリたちクラスメートはと言うと、見事なまでにマネキン状態。ミサトは一瞬考え込むと、そういうことかと手のひらに拳を置く。
「流石は中学生、想像力豊かね~」
「どういうことですか?」
「あぁ、いいのよシンジくん。気にしないで」
とは言うものの、ニヤニヤしたままのミサト。
彼女はヒカリたちの反応からして、てっきり引き戸の向こうでタローとアスカ、それにレイを加えた三つ巴で夜の大合戦昼の部が行われているとでも想像していたんだろうな、と鼻で笑っていた。
「か、葛城さん、鼻血がっ」
「気にしないでマヤちゃん。これは興奮を抑えるのに必要な流血よ」
「なんですかそれ。待っててください、今止血を......」
「いい後輩を持ったわね、リツコ」
血を流しすぎたのか、なんだか段々と白くなっていくミサト。
中学生たちの妄想に余裕ぶった反応をしてはいたが、仮にソレが現実で起きたとして一番興奮するのは誰か。妄想の中に登場し、当事者となるタロー、アスカ、レイではなく第三者のミサトであるのは間違いない。
直属では無いとはいえ、上司であるミサトがまさかそんな妄想で興奮し鼻血をだしているとは思ってもいないマヤは健気に止血をする。
潔癖症気質な彼女にとっては誰かの血を見ることも、ましてや触れることなどできるわけがなかった。
そんな彼女が一人のパイロットが着任したことで変わった。リツコに言わせれば、これもレイと同じように嬉しい誤算だ。
「葛城さん、そちらの三人は?」
処置を終えて手に着いた血を洗い、未だ硬直している三人の横を通り過ぎたマヤがミサトに問いかける。
ミサトは鼻つっぺをされているため鼻声で答えた。
「ああ、タロちゃんたちのクラスメートよ。男の子たちの方はマヤちゃんも見たことあると思うけど、脱走騒動の子たち。女の子の方にもどういうわけかエヴァのことが漏れてるし、今更気にしても仕方ないわよ」
「そうですか......。でもこれ以上の情報漏洩は流石にマズイですよね。タローくんたちの味方は多いに越したことは無いですが、ネルフ職員の家族といえど外部に漏れるのは好ましくありませんし」
「そうね。最近一人処分したばっかだし、そこら辺は諜報部も気をつけてると思うわ」
一瞬だけ般若のような顔をしたミサト。マヤも思い当たる節があり、苦笑。
職員はもちろん、その家族もエヴァパイロットに明確に拒絶されたら執拗な干渉をすべきでない。誰に手をだしても首が飛ぶ。
これは最近ある一件でネルフと第三新東京市を追放されることになった職員が言い残した言葉。当初は職員自体が問題を起こしたわけではなく、その息子が問題を起こしたにもかかわらず親子揃って都市追放に加え監視をつけられるという厳しい処分。
しかしその後の調査で未遂に終わったものの、その職員が来日したセカンド・チルドレンやファースト・チルドレンが使用する更衣室に隠しカメラを設置していたことが判明。追加の処分が課され今はどこにいるのかわからないという状況。
一つ確かなのは、父子共にもう二度と太陽の下を歩けないということだけ。
「委員長たち、どうしたのさ」
そこで硬直するヒカリたちにタローが声を掛ける。
ようやく現実に戻ったのか、三人は適当に誤魔化してから葛城家へとやってきた理由を述べる。
「わ、私たち、白露くんたちが珍しく何日もお休みだからどうしたのかって」
「そ、そや。風邪でも引いたんかってシンジに聞いたら、深い事情がある言うから」
「な、なにかあったのかと思って顔を見せに来たんだよ」
あはは、と三人揃って乾いた笑い声。
タローは様子がおかしい三人を前にどうしたんだと眉をしかめる。
そのやり取りを後ろから見ていたアスカはヒカリが入ってくるときにした破廉恥という言葉でだいたい察してしまい、小さく一言。
「気持ち悪......」
いくらなんでも妄想の種にされるのはかなわない、それが仲が良いわけでもない男子生徒はもちろん、そこそこ仲の良い女子生徒であっても。
実質相思相愛だからと、先程まで一緒にリズムを合わせていた少年のことはガンガン妄想の種にしているが、自分がされるのは嫌で目元をヒクつかせるアスカ。彼女は大きな声で叫ばずに自分だけが聞こえる小言に抑えた自分を心の中で褒めていた。
「何って、特訓してんだよ特訓。詳しくは言えないけどね」
マヤからのアイコンタクトで言っても良い範囲を察したタローが少しだけ濁しながら答える。
ワイヤレスヘッドホンを装着した彼は、すでに準備を終えたアスカの横に並ぶ。
「じゃあ、始めようか」
「ええ」
そしてスタート位置に手と足を置く二人。
これから何を始めるんだろう、というヒカリたちのためにミサトは補足する。
「今度の戦闘では二人の完璧な連携が求められるの。簡単に言うとユニゾン、それを成功させるための特訓よ」
分裂する使徒云々は抜きにして話すミサト。
ようやくことの全貌が掴めてきたヒカリたちは落ち着きを取り戻し、ミサトを中心に右隣にはヒカリ、レイ、マヤ。左隣にはシンジ、ケンスケ、トウジの順でテーブルを囲って座る。
タローとアスカの様子を見に来た、とは言うが特訓をしている二人に目を向けているのは、作戦指揮者のミサトとバックアッパーであるシンジとレイ、そして記録係のマヤだけ。
ヒカリ、トウジ、ケンスケの三人はすっかり談笑に夢中になっていた。
「ッチ、シャイセ!」
ドン! と地面を叩く音とアスカのドイツ語に、ヒカリたちは体をピクリと跳ねさせ、マヤとレイ、そしてシンジは難しい顔。ドイツ語がわかるタローとミサトはアスカが叫んだ単語に口が悪いなと苦笑。
見てみれば、アスカの背後にあるタイミングのズレなどを表示するモニターがMissの文字を出していた。
「悪い、ちょっと早まったかな」
「今のはあたしよ。次の一手がもたついたわ」
二つの敷かれたシートの中間で文字通り膝と膝を突き合わせて反省会をするタローとアスカ。
この特訓が始まった当初は先ほどまでの冷静さを欠いたアスカのように、時間と体力が許す限りひたすら続けていた。しかし今では小休憩と頭のリセットも兼ねてミスが起きるたびに分析。
それが始まるとレイとマヤはすぐさま立ち上がり、レイは二人にスポーツドリンクを、マヤは記録帳で一緒に分析しながら二人の汗をタオルで拭う。
まるでエリートスポーツ選手のように扱われ振る舞うタローとアスカに、ヒカリたちは目をパチクリとさせていた。
「二人共、いつもと雰囲気が違う......」
「せやな。ティーチャーと惣流のあんな真剣な顔はじめて見たわ」
「これがエヴァパイロットの特訓かぁ」
思い思いに呟く三人。
シンジはミサトに問いかける。
「どうですか、進捗は」
「ん~ぼちぼちってとこかしらね。タロちゃんがアスカに合わせることはできても、アスカがタロちゃんに合わせきれないってのは変わんないかも」
「そう、ですよね。やっぱりタローくん基準だといくら惣流でも......だからといって、タローくんが合わせるわけにもいきませんし」
「そうなのよねぇ。使徒も単細胞じゃないってわかった以上、次の攻撃は前回以上でなければ撃破が難しい。二人共この特訓で何か掴めそうではあるんだけれど」
頬杖をつき、クイッと隠れて持ち出したビールに口をつけるミサト。
ゲームを利用してのユニゾン練習。これはマヤが考案したことであり、常に互いの動きや呼吸に意識を向けることでより調和性を高めるというもの。
その提案に対して妙に乗り気だったのはしれっとドイツ支部から本部所属になった加持。
先の戦闘を作戦室で振り返っているときに無断で侵入し、冬月から叱られて早速の謹慎処分となっている彼だが、最後の手段としてミサトに手紙を渡していた。
内容は至って単純。タローとアスカを最低二十四時間同じ空間、つまり葛城家に閉じ込めておけというのだ。
ミサトは悩んだ。二人の保護者という立場上、若い男女を二人きりにして良いものかと。
信頼していないわけではないし、何ならむしろ私が責任持って支えるから間違いを起こして幸せになれ。そうも思ったが最後の最後で理性を保ち保留としている。
とはいえ時間は有限。イスラフェル活動再開までに自信を持って送り出せる程度に仕上げてもらわなければという思いもあり、ミサトは決意した。
「二十四時間じゃ足りない、せめて二日......となると明日からか。念の為に盗さ......んん、監視用カメラもつけておきましょう。二人の愛の力が試されるわね」
ボソボソと呟くミサト。彼女の視線の先には、反省会を終えて再びユニゾンの特訓に励むタローとアスカの姿があった。
物語の密度と1話ごとの文字数について
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