「それで、調子はどうなのかしら?」
夜のネルフ本部。その一室でコーヒーを片手に白衣姿のリツコがモニターを食い入るように見つめる作戦課課長ことミサトに声を掛ける。
ギギギ、という錆びついた音がしそうな程にカクついた動きで首を回したミサトは、充血した眼でリツコを捉えながら答えた。
「いー感じよ、二人の連携は。ただ......」
「ただ?」
鼻息荒く血走った目をしているミサトの豹変ぶりは、ネルフでの彼女を知る者が見れば誰しもが驚くほどだろう。しかし、もはやこの程度の状態ではなんとも思わなくなったリツコは冷静に聞き返す。
「なんで健全な生活してんのよこの二人はァ! おっかしいでしょ~~!?」
「......はぁ......」
年頃の好き同士な男女が人目の無い部屋に二人きりならハッスルするのが普通でしょ、など聞くに耐えない言葉を叫んでいるミサトをよそに、リツコは諦めたように首を左右に振ってからコーヒーを一口すする。
ブラックコーヒーの苦みが若干の眠気を覚まし、一歩踏み出したリツコはミサトの見ていたモニターに目を向ける。そこに映し出されて居たのは葛城家の一室、タローとアスカの寝室だった。
「あら、見事な連携ね」
寝る前のベッドメイキングをするタローとアスカを見て、リツコは眉を上げながら呟きコーヒーをもう一口。
シーツやまくらの配置を整えるタロー、アロマスプレーなどで寝付きと睡眠の質を上げようとするアスカ。一見すると別々のことをしているように見えても、手を動かすタイミング等はピッタリと揃っており、手際よく準備を進めている。
「最初はちょっと危うい感じになりかけてたけど、今となっちゃ箱詰め作戦は成功だって言えるわ」
自分の世界から復帰してきたミサトは、言いながら別のモニターに過去の映像を映し出す。
葛城家の洗面所兼脱衣所。仲良く顔を洗って歯を磨き、向き合ってお互いの身だしなみを整え合う二人。ダイニングで食事をする際、あえてオードブル形式で用意し相手の食べたいものを取ってあげたり。
とにかく一緒に居る時間を増やし、なおかつ互いに意識し合うような動きをしているタローとアスカ。やがてアイコンタクトすら不必要になったのか、読書をしているタローが手を伸ばせばタイミングよくアスカが水の入ったコップを手渡したり、ゲームをしているアスカがすこしゲーム機を傾けたタイミングでタローが充電器を差し込んだり。
テレパシーでも使えるようになってしまったか、とリツコは開いた口が塞がらなかった。
「こんな熟年夫婦でもびっくりのやり取りしてるくせに、なんでスケベイベントが無いのよ! あれなの、もう一緒に居すぎてそういう気持ちすら沸かなくなったってわけ!? タロちゃんそれでも男ですか、この堅物!」
「落ち着きなさいミサト。それに考えてもみなさい、二人のことを。遊びではなく人類の命運がかかった貴重な時間、そんな状況下で己の欲に負けるような子たちではないし、それをよしとするような子たちでもないでしょう」
「ぐっ、しかし命の危機に瀕したときこそ子孫を残そうとするのが生物的な本能で......」
「まるでエヴァパイロットが使徒との戦闘中に発情しているかのような言い方はやめなさい」
ため息をつくリツコと期待していた状況が来ずにうなだれるミサト。
二人がそんなやり取りをしているとは知らないモニターの中のタローとアスカは、就寝準備を終え電気を消してベッドに入る。
先にベッドに入ったアスカは、タローが電気を消すと掛け布団をそっと持ち上げた。
「......」
絶句するリツコ。中学生の子どもだと思っていたアスカの見たことがない表情と行動、そして色気になんとも言えないむず痒さを感じてしまい目をそらす。
その先に居たタローは、照れくさそうに頬をかいてから『ありがとう』とつぶやき、ゆっくりとベッドの中に入っていった。
「あんっま、何このコーヒー」
普段なら絶対に言わないようなことを言いながら苦いブラックコーヒーをドバドバと胃に流し込むリツコ。ミサトはというと、その後ろでニヤニヤしながらモニターを見つめていた。
「あ、先輩。葛城一尉。お疲れ様です」
そこへ入室してきたのはマヤ。トレーに紙コップを三つ並べた彼女は、そのうちブラックコーヒーが入っている二つをミサトとリツコに渡した。
「あんがとマヤちゃん」
「ありがとう、ちょうど切らしていたから助かるわ......おかしいわね、やっぱり甘いわ」
「えっ、先輩のブラックコーヒーですよ? 寝付けなくなるといけないので少し薄めですが」
ニヤニヤが止まらないミサト、味覚が破壊されたリツコ、戸惑うマヤ。いよいよ部屋がカオスになってきたところで、モニターに映る二人がポツポツと会話をし始める。
ミサトが無駄に高性能なマイクを搭載している監視カメラのボリュームを上げると、その会話が鮮明になった。
「いよいよ明日ね」
いつもよりも低いトーンで話すアスカに、タローは軽く笑って返す。
「どうしたのアスカ、自信ない?」
「まさか。あたしとあんたで勝てない敵なんて居るわけないじゃない」
「そりゃそうだ。オレとアスカと、ネルフの皆なら大丈夫さ」
そこまで言ったところで、仰向けになっていたタローは体を右に向けてアスカを見る。それに答えるように、アスカも体を左にして向き合う形になった。
「しっかしミサトも無茶言うわよねぇ。二人の完璧な調和で生み出すユニゾン攻撃、だなんて」
名前を出されたミサトの方へリツコとマヤが顔を向けると、ミサトは『ンッ』と気まずさに喉を鳴らした。
「まあまあ、準備期間がもらえてるだけありがたいよ。一発勝負なのは皆一緒だし」
「あんたにそう言われたら納得するしかないわね......それに、何も悪いことばっかじゃないし」
バサッ、と突然布団を持ち上げたアスカは自身とタローを布団で覆い隠す。
その瞬間に、ミサトは拳をダンッと机に打ち付けて立ち上がった。
「にゃろー! やりやがった!!」
「ミサト?」
「ふ、ふふ......さすがアスカ、初めから気づいていたというの? それともどこかのタイミングで......まさかこの私を出し抜くだなんて!」
「先輩、葛城一尉は一体......」
「気にしては駄目よマヤ、彼女はもう」
まるで騙された悪役のように顔に手を当て悔しそうな笑みを浮かべるミサト。それを見たマヤはどうしたんだろうかと先輩に問うが、肝心の先輩は長年の付き合いからもう駄目だと諦めていた。
その状況がしばらく続いたあと、布団をかぶっていた二人が出てくる。アスカはニッコニコ笑顔、タローは眉をハの字にして恥ずかしげな表情。
それを見たリツコはやはりブラックコーヒーが激甘に感じ、マヤは真っ赤に染まった顔を両手で隠し。ミサトはじっと二人の様子を観察したあと、ため息を一つ。
「ほんとにお堅いわねぇ、二人とも」
「何がよ」
「心配いらないわよリツコ、マヤちゃん。あれ普通に話してただけよ」
期待して損した、と続けるミサトに何故わかるんだと目で訴えかける二人。その視線に気づいたミサトは見事なドヤ顔で解説を始める。
「あれでも割とピュアなとこあるのよ二人は。アスカなんてチューしたあとは意識しちゃうのか唇を定期的に舐めるし、タロちゃんはぽーっとした顔でアスカのこと見つめてるのよ。バレてないつもりだろうけどバレてるっちゅーの。チューだけに、なんちって」
自分一人で盛り上がり、ツボに入ったのか涙目になりながらお腹を抑えてうずくまるミサト。
リツコはそんなミサトにドン引きし、マヤは中学生のリアルな恋愛事情を聞いて赤くなった顔を更に赤くし湯気が立ちそうなほどになった。
「そういえばこの箱詰め作戦は加持くんの案だったわね。うまくいったら食事でもしてあげたら?」
「うわーめんどくせー......だいたい今どこいんのよ。本部所属になったっていうのは聞いたけど、全然姿見ないわよ?」
「ああ、確か権限のない場所に立ち入ろうとして副司令直々に謹慎処分を言い渡されていましたよ。詳しくは私もわかりませんが」
「なにしてんだ......」
呆れてしまうミサトに、苦笑するマヤ。リツコはようやくブラックコーヒーの苦みを感じられるようになったことでほっと胸を撫で下ろす。
三人がモニターに目を向ければ、すでにタローとアスカは夢の中。年相応の寝顔が二つ並ぶ姿に、マヤは小さく息を吐いた。
「私、明日も頑張ります。オペレーターとして最大限の仕事ができるように」
「二人に触発されたの? マヤ」
「先輩。いえ、その......いや、そうかもしれませんね。私もまだまだだなって」
笑いながら言うマヤの肩に手を置き、リツコは頷く。
「頑張ろうと思うのはいいことよ。理由はともかく、ミサトですら頑張ってはいるもの」
「ちょっとー、なによそれ。タロちゃんとアスカに褒めてもらえるように頑張ることの何が悪いのよ!」
「見ててしんどいからせめて家でやって頂戴」
「あはは......」
直属ではなくとも上司が中学生相手にデレデレしているのを見る、というのはマヤも多少しんどさがあるのか苦笑しか出ず。リツコとマヤとの反応が納得いかないミサトの力説は深夜まで続き、宿直のミサトと一緒に三人仲良く大事な作戦前日をネルフ本部に泊まりで過ごす羽目になってしまうのだった。
物語の密度と1話ごとの文字数について
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