パン屋さんから十数分、ミサトさんの運転する車に揺られる。朝から降り続けていた雪も、今は止んでいる。
整備された道路から獣道に入り、あたりはすっかり人の気配がない山道に。
このまま山に捨てられるんじゃないかレベルだが、徐々に開けた場所に来る。
ズザザッと豪快にブレーキ音を鳴らして車は止まる。一体ここはどこだ、という視線をパン屋さんからの紙袋と、助手席に置いてあったバスケットを持つミサトさんに向ける。それに気付いた彼女はニッと笑ってみせる。
「ついたわよ、二人共。降りたら目を瞑ってね」
その言葉にアスカと顔を合わせる。言葉をかわさずにまあ良いか、と通じ合い、オレが降りた後にアスカの手を取って車から降ろす。こういう行動が今後のポイントに影響してきますよ、紳士の皆様。
「ありがと」
ほら見たかこのアスカのはにかみ! これだけでご飯三杯行けるぞおりゃあ!
「うん、どういたしまして」
紳士たるもの、常に冷静沈着。淑女からのお礼は素直に受け入れるべきです。そして時には、見ないようにする優しさも必要です。例えば今まさに視界の隅でニマニマしながらカメラを回しているミサトさんとかね。
「さあタロちゃん、アスカ。私の手を握って目を閉じて」
ミサトさんに言われるがまま、二人で目を閉じてミサトさんの手を握る。おい、良い大人の女性が手を握られた時にウホッとか言うな。
どうするんだろうかと待っていると、ミサトさんのちょっち歩くわよという言葉と手を引かれる感覚に見を任せ、雪で滑らないようにすり足で歩く。
「すとーっぷ!」
少し歩いたあと、ミサトさんがオレ達二人の足を止めさせる。
「じゃあ、せーので目を開いて。せー、のっ!」
「......うわー......」
「綺麗......」
声に合わせて目を開くと、そこには雪化粧をした町並みが。
まるで中世にタイムスリップしたかのような鮮やかなオレンジ色の屋根が、真っ白な雪から覗き、おそらく城壁があったと思わせる丸い範囲の中に綺麗に収まっていた。
オレはもちろん日本人だから、古い情緒を残す日本の景色には安心感を感じる。ただ、ヨーロッパの場合はこう、未知の景色ということもあってワクワクしてくる。
年甲斐も無くうわーとか言っちゃったけど、今は八歳だからセーフ。
「綺麗でしょ、ここ。穴場なのよね」
後ろを振り返ると、ミサトさんもこの景色に見とれつつ誇らしげな顔をしていた。たしかに開けた丘の上にあるこの場所は、この景色を独り占めするには最適な場所だろう。
「さっ、遅めの朝ごはんにしましょうか。食べ終わったらあの街に行くのよ」
ミサトさんがそう言いながらブルーシートを広げる。これからあの街に行くのか。
せっかくドイツに居るのに、学校以外で敷地外に出ることは無いから楽しみだ。
ゲーム買ったりするのはネットでできちゃうし、学校に行くのもバス停まで歩くことはあるけど、どちらにせよバスだから行きも帰りも寄り道する暇ないしね。
「じゃじゃ~ん、私のおすすめ。レバーケーゼサンドイッチよ!」
ミサトさんが敷いてくれたブルーシートに靴を脱いで三人で上がると、彼女が紙袋の中からまたもや紙に包まれたサンドイッチを二つ手にしていたので、それをアスカと一緒に受け取る。
「ありがとうございます」
「ありがと」
「飲み物もあるのよ。イェーナさんが用意してくれたやつだから、間違いないわ」
バスケットの中から、ミサトさんは保温ボトルと三つのカップを取り出し、中身をカップ注いだ。その途端に、あたりに柑橘系の爽やかな香りが広がる。ふむふむ、これはベルガモットの香り、つまりアールグレイか。
そんなことを考えながら、ミサトさんからカップを受け取る。覗き見ると、アスカの髪色と同じような、鮮やかなオレンジとも明るい茶色とも言える色合い。
飲んでいないからわからないけど、多分ダージリンベースのアールグレイだろう。それなら癖が少ないから紅茶をあまり飲まないアスカも大丈夫だし。
やっぱゲヒルンドイツ支部の皆はあったけえよ。イェーナさんは顔立ちもシャープで目も切れ長、できる女感満載でもし世界Aで出会ってたら即求婚するくらいタイプだから、そんな女性に紅茶を入れてもらえてる今が最高すぎる。
「さて、それじゃあ食べましょうか」
ミサトさんの一声で、オレ達三人は手を合わせる。日本人だから、食事の前にやることは一つ。
「「いただきます」」
「いっただっきま~す!」
同じタイミングだが、ミサトさんは相変わらず元気だった。さて、そろそろ本格的にお腹が空いてきたし早速頂こう。
ミサトさんから受け取ったサンドイッチの包みを開いてみる。レバーケーゼってなんだろうと思ったが、厚切りハムみたいな感じだな。サンドイッチといえばの玉ねぎ、トマト、レタス、チーズも挟んである。これ絶対美味しいやつじゃん。
「んっ、美味しい!」
よほどお腹が空いてたのか、隣ではアスカが小さな口を広げて頬張っていた。目をキラキラさせて両手で握るサンドイッチを食べるその姿は、まさしく天使。例えるなら楽園エデンに咲いた一輪の花とでも言おうか。
......やべえ自分の世界にトリップしてた。ミサトさんはどうかな?
「ふふふ......可愛いわねアスカちゃん......美味しいでしょう......」
あ駄目だコイツもニチャってるわ。ていうか今日バレてないつもりなのかずっとカメラ回してるんじゃん。胸ポケットのボールペン型カメラとかもバレてんぞ。
でもまあミサトさんが居なければ今日、こうやって景色を見ながらのんびりと朝食を食べることも出来なかったわけだし、オレの代わりに大天使アスカエル様の日々のお姿を写真に収めてくれているという実績に免じて対価としてオレの写真と映像も好きなだけ撮らせてあげよう。
そう心に決め、美味しそうに食べるアスカとニヤけているミサトさんを見ながらサンドイッチにかぶりつく。
トマトに加え、ライ麦で作られるドイツの伝統的なパン。ベルリーナラントブロートのしっかりとした食感に程よいしっとり感、そして僅かな酸味がレバーケーゼとチーズのこってり感を抑えつつ引き立て、レタスのシャキシャキとした食感が口を動かす。そして咀嚼する度にすっと鼻から抜けていく優しいマスタード。
これを、イェーナさんが淹れてくれた爽やかな香りのアールグレイで流し込めば......
「美味い!」
大勝利確定だ。
「どう? タロちゃんも気に入ってくれた?」
「はい、もちろんです! 朝は米派でしたけど、サンドイッチも良いものですね」
「そうでしょ? それにコレは腹持ちも良いのよ......ん~、やっぱり美味しい!」
確かに表面が少し固めな分噛む回数が増えるので、必然的に満足感も多くなりそうだ。
「サンドイッチも美味しいけど、紅茶がすっと流し込めて美味しいじゃない。けど、いつもタローが淹れてくれるやつと見た目も匂いが違うわね」
「茶葉が違うんだよ。まあ元になる葉っぱは同じだけど、育つ場所とか発酵度合いで味と香りが変わるんだ。それにオレのはいつもミルクティーだからね」
イェーナさんはキャンディスという砂糖を入れた甘いブラックティーが好みだが、オレの場合は砂糖なしで牛乳を少しだけ入れたミルクティーが好みだ。前世の実家で飲んでいた緑茶と紅茶に加え、日本の水。この三つが好きな飲物スリートップ。
そう言えばイェーナさんと初めて会った時、めちゃめちゃお茶の会話をしたな。紅茶の国イギリスに憧れがあるらしく、それがきっかけで仲良くなったと言っても過言ではない。
「へ~詳しいのねタロちゃん。さすがイギリスのクォーターってとこかしら」
「そうでも無いですよ。ミサトさんはコーヒー派でしたっけ」
「うん、そうよ。イェーナさんが淹れてくれるコーヒーはコクがあって美味しいの」
「あたしはどっちかというと紅茶ね。イェーナのも好きだけど、タローのが一番よ」
そう言ってくれるアスカの頭を撫でながら礼を言うと、彼女はニコりと笑う。
何気に初知りだが、イェーナさん紅茶だけじゃなくてコーヒーも淹れるのが上手なのか。それで仕事もできるとかスペック高すぎだろ。秘書にしたい。
そんな風に他愛のない話をしながら、活気づいていく街を眺めてサンドイッチを食べる。カップに入った紅茶がすっかりぬるくなった頃、オレ達は朝食を終える。
「「「ふう」」」
三人でそれぞれのカップに残った紅茶を飲み干し、一息つく。白い息が大気中に溶け込み、オレ達は一斉に笑う。
「自然の中で食べるご飯、やっぱ良いわよね」
「そうですね。景色が景色ですから、タイムスリップした感じですよ」
「雪も止んでるし、もうちょっとゆっくりしてくわよ」
腕を後ろについて足を伸ばすオレに、アスカが寄ってくる。ミサトさんも写真を取ったのかカメラを一瞬こちらに向けたあと、同じように側にやってくる。両手に花だな、こりゃ。
「偶にはこうするのも悪くないわね。こんな風にのんびりするために、明日から頑張れそうよ」
「それは良かったわ。でも二人はまだ八歳なんだし、先のことは大人に任せて今を楽しめば良いのよ」
「ふっ、たしかにね」
頼もしい大人だな、ミサトさん。二人の会話を聞きながら、そんなことを思う。
六年後の未来はある程度知っている。オレというイレギュラーの影響がどこまであるのかは分からないが、アスカのために本気で生きてるんだし、負けるつもりはない。
アスカの横顔とこの景色を目に焼き付けていると、あることに気付き、思わず彼女に声を掛けてしまう。
「アスカ」
「ん? なに?」
......言おうと思ったけど、ちょうど良いからやめよう。適当にごまかすか。
「可愛いね」
「は、はぁ!? いきなりどうしたの!?」
訳が分からなかったのか、テンパるアスカを横目に笑う。左腕をさわさわしてくるミサトさんは一旦居ないものとして扱っておくのが紳士というものだ。
サンドイッチの食レポは遠い記憶を引っ張りだしたものなので伝わりにくいかも知れませんが、美味しいのでぜひどっかで食べてみてください。
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