ネルフ本部のある一室。
リツコが集中したい時に利用している、言ってしまえば彼女以外に知る人が居ない秘密基地的な部屋。
無機質でこじんまりとした部屋に、ノートパソコンが置かれたデスクとオフィスチェア、そして申し訳程度のソファのみというその小空間に、タローはリツコと二人きりでいた。
「んっ......そう、上手よ」
「加減はどうですか?」
トントンとリズムよく響く音。その音に合わせ、オフィスチェアに座ったリツコは目を細める。
一方のタローは、力加減を間違えないようにとやや緊張した顔。
「いい感じよ。けど、もう少し強くしてみて」
「わかりました」
「ぁあ、そう、そのくらいがちょうどいいわ。響いて気持ちいい」
少しペースを上げたタローに、リツコは吐息混じりの声を漏らしながら優しく声をかけた。
「ぅん、とてもいいわ。本当に、初めてなのかしら」
「はい。なので、痛かったら教えてください」
「全然、気遣ってくれているのが伝わってくるわ。ミサトにもしたことないの?」
「ミサトさんには、揉むくらいで」
「そっ、う。勿体ないわね、タローくんの、ん。こんなに気持ちいいのに」
「......」
普段よりも僅かに高い声で呟くリツコ。彼女の綺麗に金髪に染められた後頭部を見ながら、タローは唇を噛み締め出かかった言葉を押し込んだ。
(おい、なんだこのエッチな状況は。ただ肩叩きしてるだけなんですが)
トントントン、とタローが先ほどよりも少し力を込めた拳を白衣を脱いだリツコの肩に叩きつけると、彼女は時折身を捩り気持ちよさそうな声を上げる。
それが幾度か続き、リツコの金髪が揺れるたびに彼女が纏うタバコバニラの濃厚な香りがタローの鼻腔をくすぐる。
「ふぅ、とても良かったわ。またお願いね」
「......こんなことで良ければ、いつでも」
リツコは自らの肩を叩くタローの拳を、両手をそっと抑えて止めると、顔を後ろへ向けて微笑む。
彼女の泣きぼくろとハイネックのシャツから覗く、やや汗ばんだ白く長い首が生み出す色気に、タローは視線を逸らしながら答える。
その様子に、リツコは『ふふ』と赤い唇の端を持ち上げた。
「どうしたの?」
「ナンッデモアリマセン」
早口で答えるタロー。顔こそポーカーフェイスを保っているが、耳は赤く染まっていた。
精神年齢アラフォーのおっさんだと自称する彼であるが。幼少期にドイツ支部でしっかり子供扱いを受け子供として育ったことで、達観している部分はあれど精神はまだ若者の類。それも前世が男社会だったため色恋沙汰に関しては無縁も無縁。
故にかつての自分の年齢よりも上のリツコやイェーナは、どうしても大人のお姉さんと認識してしまう。加えて元々年上がタイプであった彼は、大人の色気というものにめっぽう弱い。普段から色々な面を見ているミサトでさえ、少しやる気を出せばタローを赤面させるには十分であるほど。
(やっぱり可愛いところがあるのね、この子。時々年齢不詳だけど、ミサトがかまいたくってしょうがないっていうのも頷けるわ)
アスカがやってくる前は、リツコはタローのことを『同い年のような話しやすさと年上のような頼もしさを兼ね備えた人物』と評価していた。
実際、彼女以外の職員もタローのことをそう評価することが多いが。アスカがやってきて以降の彼は、良い意味で肩の力が抜けて年相応なところを見せるようになったという意見が多い。
例に漏れずリツコもそう感じており、からかいたくなる気持ちを抑えて口を開く。
「それにしても、タローくんはもうちょっと女性に慣れたほうがいいわね」
「女性に、ですか?」
「ええ。ミサトを軽くあしらってマヤとあそこまで距離を縮めるような貴方が、まさかとてもウブだとは思わなかったもの」
「なんすか、その言い方......」
「ミサトは実際、男性からするとかなり魅力的でしょう? タローくんはあまり気にしていないみたいだけれど。それにマヤだって、男とは距離を取りがちなのにタローくんは別みたいだし」
急に説教っぽい雰囲気になったな、とタローが思った時。リツコは『でも』と言いながら椅子をくるりと回転させ、後ろに立っていたタローと向き合う。
「一番ひどいのはアスカ関連ね。見ているこっちがドギマギしちゃいそうになるわよ」
「す、すみません?」
「......まぁ、私としてはそこまで心配していないけれどね。ただ、多感な年齢の少年を手中に収めるために、ハニートラップを仕掛けようとする組織もあるって言いたかっただけよ。そこのところ、タローくんは誰よりも理解しているでしょうけれど」
「......ですね。諜報部の人たちやリツコさんたちが守ってくれているお陰で、まだそういった類に遭遇してはいませんけど。つか、オレはそんな移り気じゃないです!!」
「ふふふ、そうね。むしろ逆に、タローくんがハニートラップを仕掛ける側だったとしたら私たちは全員ネルフ職員失格よ」
階級、職種関係無しに。ネルフ本部に務める全職員たちはタローに心を許しすぎている、とリツコは苦笑。
例外はあったものの、内々に処分したため今となっては全職員がタローには簡単に口を滑らせる、と言える状況。リツコの表情を見て、タローは彼女が自分を呼び出した理由をなんとなく察し少し顔を険しくさせた。
「オレは断じてハニートラップなんか出来るクチじゃないですし、女性に慣れてないのは事実ですがアスカやリツコさんたちだから情けないところを見せてるだけですよ」
「......貴方それは、考えて発言しているの? もし無自覚だとしたらだいぶ悪質よ。女の敵ね」
「女の敵て、そんな酷い!? 大体、リツコさんだってオレをからかってばかりで。こっちから言わせたら小悪魔ですよ!」
「残念だけれど、私はちゃんと人を選んでいるの。それに、小悪魔だなんて言われるほど場数を踏んでいないわよ」
「......えっ? リツコさんって、案外乙女デッ!?」
スパァン! と鋭い音が響く。
何が起きた!? とタローが目を白黒させ衝撃の走った頭をさすると、リツコの手にあるどこからか取り出したスケッチボードが煙を上げていた。
「イイ? タローくん。デリカシーがないのは駄目よ」
「は、はい。すみません......」
「わかったならいいわ。今後は気をつけること」
白衣を纏い、オフィスチェアに座り直したリツコ。
タローは彼女に、ドイツ支部で紳士になりたいから心得を叩き込んでくれと教えを請うたイェーナの姿を重ね『頭の良い女性からは学ぶことが多いな』と先程の自身の発言を恥じた。
リツコはリツコで、図星を突かれたことで衝動的に動いてしまい恥ずかしさから顔を隠すように背を向けていたが。タローはそのことに気づかず、イェーナからの教育が『私の理想の男に仕上げれば彼の今後に不自由ないわね』という思惑のもと行われたとも知らない。
「それで、リツコさん。あんな話をしたってことは、ただ肩叩きするだけじゃなくてもしかしてそういう?」
僅かな沈黙の後、タローが紳士としての心得を改めて胸に刻んでから問いかける。
リツコも気を持ち直し、オフィスチェアといっしょに少し横にズレ、自分の隣に来てノートパソコンを見るよう促した。
「ハニートラップ、では無いけれどね。これを見て頂戴」
「......見ても、オレの頭では理解できないんですけど。このプログラムがどうかしたんですか?」
「外部からの、ネルフ本部の電気系統への攻撃よ」
「電気系統」
キッ、とタローは目を鋭くさせる。
やや緊張した面持ちで側に近づいてきたかと思えば、急に雰囲気の変わったタローにリツコは頷く。
「そう。それが何を意味するか、目的は何か。タローくんに聞いてみたかったのよ。おそらく、最も有益な情報を得られると思って」
「すんごいハードル上げてくるじゃないですか。でも、そうですね。電気系統への攻撃、となれば。科学の結晶みたいなこの場所は生命線を絶たれたも同然。やりたい放題になりますね」
「間違いないわね。タラップ等が備えられているとはいえ、施設内の移動は困難を極める。その隙に誰かに侵入なんてされたら......あら、そういうこと」
ニッと悪い笑みを浮かべたリツコに、タローは同じような笑顔で頷く。
「はい。もしオレだったら、停電に乗じてネルフ本部やジオフロントの構造を把握してやろうと考えますね」
「確かに、電源の復旧ルートを辿ればより深い情報も手に入れられるでしょうね。停電の隙に乗り込もうとしない理由は?」
「ネルフ本部を制圧しようにも、設備が止まっていたら第三新東京市の地上からここにたどり着くのが難しいかなと。それこそ、N2兵器で地表に穴を開けるとかの力技をしない限り。でもその動きはおそらく読めると思いますし、そうなったらネルフ本部はどうしますか?」
「もちろん、エヴァを出撃させるでしょうね。通常兵器相手ならATフィールドだけで事足りるもの」
「そうなったらオレたちの独壇場ですからね。一番有効なのは平時を装っての奇襲、不意打ち。停電はあくまでそのための下準備程度にしかならないかなと」
タローの出した答えに、リツコは顎に手を当てながら考える。
停電した状態でネルフ本部を制圧できるだけの勢力をジオフロントに送り混むのは困難を極める。パイロットさえいれば全勢力がジオフロントに集結するよりも前に、手動でエヴァを出撃させられる。それぞれの活動時間は僅かでも、4機も揃っているならある程度の継戦能力はある。
であれば、この電気系統への攻撃はネルフ本部のセキュリティを試しつつ、停電した場合の反応を確認するためのものか、とリツコは一つの可能性として完結させた。
「ありがとう、助かったわ」
「力になれたのなら良かったです。ところで、停電したとかは聞いてないんですけど、攻撃はどうなったんですか?」
「ああ、それならMAGIのセキュリティで未然に防げたわ。備えあれば憂いなし、あらゆる事態を想定してプログラムを追加しておいて正解だった。にしても、敵は使徒だけではないなんてイヤになりそうね」
「そうですね。使徒との戦いが終わっても、人間との戦いになるかもしれないのか......」
「大丈夫よ、先のことは心配しなくても。そのための私たち科学者だもの」
「いえ、むしろ得意分野だなって。エヴァ同士の戦いにも負けません!」
拳を握りしめて笑顔を見せるタローに、リツコはなんでワクワクしてんのこの子はと若干引いてしまい『あ、そう』となんとも言えない表情で答える。
「でもこんな大胆なことをしてくるだなんて。やりそうなのは......オオバカジヤロウとかくらいですかね」
「誰よそれ、ああ。加持くんね。おそらく不可能よ、だって彼また謹慎処分食らって懲罰房にいるもの。常時監視付きでね」
「エェ......全ッ然会うことないなと思ってたら、何したんですかそれ」
「前回の使徒捕獲作戦で、許可なく現場付近に立ち入ったとして冬月副司令が」
「アホやん。ほんまもんのアホやん」
どうりでネルフ本部で姿見たこと無いわけだ、とタローは納得する。明らかに怪しさ満点の行動であるが、ドイツ支部でも本部と同じように何度も謹慎処分を受けていたなと思い出し呆れる。
それでもまだ、独房という言葉がしっくりくるドイツ支部の懲罰房よりは本部のほうが快適ではあるが。前回はタローとアスカを応援しようと出撃待ちのエヴァのケージに立ち入って謹慎処分を受け、今回はならば直接現場で、と試みて懲罰房送りになった加持が一人涙を流しているとは思わず。
「とにかく、こういう攻撃もあったから貴方たちにも気をつけて欲しいのよ。ただそれだけ」
「はい! ご心配ありがとうございます。ところで、リツコさん」
「何かしら?」
ノートパソコンを閉じ、タローを見るリツコ。タローの視線は、デスクに置かれた陶器製の猫の置物に向かっていた。
「リツコさんって、猫さんが好きなんですよね? ドイツに居た時、猫グッズのたくさんあるお店があったなって最近思い出して」
「ちょっと詳しく聞かせてくれるかしら」
ズズッと距離を詰めるリツコ。仕事の時並に本気なその目にタローは臆することなく、むしろ『リツコさんだって可愛いところあるじゃないですか』と言ってから答える。
「ドイツって実は猫人気が高い国で、ドイツ支部からすぐの街にあるんですよ。オレもドイツに居た時にいくつか買ったのを持ってて、これとか」
そう言いながらタローは一つの猫グッズをポケットから取り出す。
手作りの陶器製、芝の上で優しげな顔をする猫が尻尾を巻いているデザイン。台座でもある芝の下部にはMade in Deutschlandの刻印。GermanyではなくDeutschlandと書かれている当たり、ローカルなお店ではないかとリツコは考察した。
「これは......ペンスタンドかしら」
「はい。ここの穴にペンを入れると、猫の尻尾が支えになるんです。甘えてる時みたいですっごく可愛いから買ってたんですけど、使い所がなくて。ついこの前に部屋を掃除してたら見つけて、捨てるのも勿体ないですし貰っていただけ」
「いいの?」
「もちろんです!」
やや食い気味で言ったリツコ。本当に猫が好きなんだな、とタローは微笑みながらそれを手渡しした。
受け取ったリツコは『早速試させて貰うわね』と机の上に置き、白衣の胸ポケットから取り出したボールペンを立てる。ボールペンに尻尾を絡め、見上げるような表情の猫にリツコは思わず顔がほころぶが、咳払いをして冷静を装った。
「ありがとう。大切に使わせて貰うわ」
「気に入っていただけたなら良かったです。他にも何個かありますし、家に帰ったら写真送るので欲しいのあったら教えてください!」
「そんな、貰ってばかりじゃ悪いわよ」
「日頃の感謝の気持ちですから。そうだ、ドイツ支部の人たちにお願いしてそのお店の商品をいくつか送ってもらいましょうか? イェーナさんとかセンスあるので、おまかせでも良い物を選んでくれますよ!」
「レーマン博士をそんな風に使えるのは貴方とアスカくらいね......」
ドイツ最高の頭脳を猫のグッズ選びに使わせるなんて恐れ多い、とリツコ。
その表情から、もしかしてリツコさんは自分の目でグッズを選びたいのでは? と考えたタローは続けて提案する。
「あれだったら、いつか一緒にドイツに行きましょうよ。オレ、お店まで案内しますから」
「いや、本当そういうところなのよタローくん。貴方やっぱり悪質よ、加持くんみたいな気取り屋と違って純粋な気持ちだけなのがなおさら悪質よ。女の敵よ」
「ヒドイ!? そんなに嫌ですか!?」
「嫌なわけないわよ。でもね、そういうところが」
と、リツコが続けようとした時。ネルフ本部に警報が鳴り響いた。
リツコは口を閉じ、代わりに目でタローに合図をして机の上のノートパソコンと猫のペン立てを手にして立ち上がる。タローもその後に続き、秘密の部屋を飛び出した。
「......綾波の時にも邪魔されたっけ。許さんぞ使徒め!!」
一人情熱を燃やしながら、タローは新たな猫グッズを胸ポケットに入れ嬉しそうなリツコの後ろを追っていった。
覚醒リッちゃんが居るネルフ本部とか停電するワケなくねと、ただ30と14がイチャつくだけになってしまいました。
個人的にリツコは癖の詰め込まれたキャラクターだと思っているのですが、劇場版で短髪になっているのを見た時はおったまげました。漫画版では学生時代のリツコが出てきますが超美人です。
ここではリツコがミサトとはまた違って意味で残念な大人になってしまいがちですが、過去ゲンドウくんはユイ一筋で赤木親子は研究一筋だったことになってるので申し訳ないですがこのスタンスです。
物語の密度と1話ごとの文字数について
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