第9使徒の撃破から僅か数日。使徒が迫ってきていた、ということなど知らない第三新東京市は平常運転。
学生であるエヴァパイロットたちも同様に、中学校へと登校して授業を終え、放課後。理科教師に『済まないが、準備室から探してほしいものがあるんだ』と言われたタローが下駄箱で靴に履き替えていた。
「やばいやばい、遅れたらどやされる」
タローは急いで学校指定のローファーに足を入れ、トントンと踵をあわせ昇降口から外へ出る。
『あたしもやる!』と張り切っていたがリツコから『新しいテストがしたいから』と言われ渋々応じたアスカをはじめ、レイ、シンジの三人は先にネルフ本部へと向かっているため、久しぶりに一人での移動となる。
普段通りのルートで駅に向かい、モノレールに向かおうとするタロー。ふと自分の足元に謎の影があることに気がついた。
「んお?」
その影の正体は何か。それを確認するためにタローが顔を上げると、どこかの学校の制服のようなものを着た一人の人間がパラシュートで降ってきた。
咄嗟のことにタローが回避行動を取ろうとすると、空から降ってきた人物はその膝を彼の顔面に向けて速度を上げた。
「っぶねぇ!!」
「ひゅ~、ナイス回避」
タローはなんとか顔面に飛び膝蹴りを受けることは回避したものの、空から降ってきた人物は呑気な声を出しながら降下の勢いのままタローの両肩を掴み、路地裏に押し込む。
やたらと高い滑空技術で狭い路地裏に追いやられたタローは、抵抗しようにも立ち位置を入れ替えるだけのスペースがなく瞬く間にひと目のつかない場所へ。
反ネルフ勢力による敵襲か、と考えたタローが一連の流れの中でも目を見開いて状況を確認すると、空から降ってきた人物はその顔に手を伸ばしていた。
「ッ!」
タローが長い髪とパラシュートコードが入り乱れる視界の中で捉えたその手を、顔に触れられる前に掴む。
本能的な命の危機を察知したのか、たった数秒の出来事が彼にとっては引き伸ばされて長く感じていた。それも伸ばされた手を制圧したことで終わり、尻から背骨に走る衝撃で現実に戻された。
「あの体勢から返されるなんてねぇ。君、本っ当に面白いよ」
「......そりゃあどうも」
尻もちをついた姿勢のタロー。その右手は降下してきた人物、自身よりも大柄な女性の右手首をしっかりと掴み。彼が少しでもその気になれば関節を外すこともできる状況。
その状況下で、少女はズレた赤縁のメガネをそっと空いた左手で直す。
女性の瞳がメガネのレンズ越しにタローを捉えた。
「そんなに警戒しないでほしいにゃ。私は君と同じなんだから」
「オレは語尾に『にゃ♡』なんてつける痛い趣味はないんですけど」
「にゃっははははは! そんな甘い声じゃないってば」
余裕あり気に軽口を叩く女性に、タローは冷たく返す。それでも女性はその余裕を崩すことはなく、お腹を押さえて笑い始めた。
女性に主導権は自分にある、ということをわからせるためにタローが手首を握る手に力を入れると、ようやく笑うのをやめ『イタタタタッ!』と焦ったような声を出した。
「お、折れる! 折れちゃうって!」
「良かったじゃん、それが君が抜け出す唯一の手段だよ」
「良くない良くない! 折れたら良くない! 謝るからもっと優しく!」
「......チッ、注文の多い女」
タローが手に込めた力を緩めると、女性は助かったと言わんばかりに全身の力を抜いて肩を落とす。
その隙を待ってましたと言わんばかりに、タローは女性の肩を押さえながら反転。一気に地面へと押し付けるとその上にまたがり、マウントの体勢を取った。
「警戒心が強すぎる、ATフィールド全開って感じ?」
「ATフィールドをご存知とは、まさか今になってJAの件で復讐ですか?」
「ねえ、ちょっとは乗ってくれても良くない? 今の君って一応イギリスの血が入ってるんでしょ。ジョークは紳士の嗜みじゃないの?」
「うるせバーカ」
「直球の悪口出た!?」
再び女性が騒がしくなりそうになると、タローは再び彼女の手首を握る手にゆっくりと力を込めていく。
それに気付いた女性は『ごめんなさい! 静かにします!』空いている左手を顔の前に持ってきて謝罪した。
「......」
「......不思議な感じするでしょ? どうしてか、話していて嫌悪感がな」
「あります」
「Hey! 人の話は最後まで聞くものだよ」
今度は怒ったような表情になった女性。タローが『いちいち騒がしい奴』と心の中で呆れていると、彼女は左手を自身のネクタイが緩められたワイシャツの胸元へ差し込む。
拳銃か何かを出そうとしている、と考えたタローはその左手を自身も空いている左手で掴んだ。
「身分証明するだけだから!」
「なら、そのままでも」
「う~わかったよ。手厳しいにゃ♡」
「オエッ!」
「もう失礼!」
甘えるような声で猫の真似をした女性に、タローはえづく。
それに頬を膨らませた女性が胸元から取り出してタローに見せたのは、ネルフのIDカードだった。
タローは訝しげにそのカードを見つめる。デザインは自分が持っているものと同じ、顔写真は目の前の女性そのもの。
名前は真希波・マリ・イラストリアス、それを確認したタローはなんとも言えない違和感に襲われた。
「どう? なにか感じる?」
「特に、何も、別に」
「無難な三択全部出してきたね。けど、こうすれば感じるはずだよ」
女性。マリは自身の額をタローの右手に押し付ける。
突然の行動に距離を取ろうとしたタローだったが、額が触れる右手から何かが流れてくるのを感じ動きを止める。
十数秒の沈黙のあと、タローはそっと手を離してマリの上からどいた。
「どや! これでわかったか」
「いや......なんとなく。ただ、そんなに警戒する必要もないなって」
「そうとも。あー痛かった、でもそんくらい出来るから姫を姫扱いできるのかな」
タローから解放されたマリは立ち上がり、お尻に付いた砂をパッパと払う。
彼女が広がったパラシュートをくるくるとまとめるその後ろ姿を見ながら、タローは右手を握ったり開いたりを繰り返す。
確かに感じた言いようのない安心感。不思議と問題はない、この人物が干渉することはできない。そんな不思議な感覚を思い出そうとしていると、マリが振り返って右手を差し出す。
「自己紹介させてよ。私は真希波・マリ・イラストリアス」
「......白露・タロー・ドレッドノート」
「ドレッドノート、ねえ。そういうことか」
マリは差し出した手を握ったタローのことを良く見て、彼の苗字を呟く。
ニヤリ、と笑ったマリは、タローの手を引いて自分の胸元に抱き寄せる。
足腰に力を込めて、タローはマリの胸に飛び込んでしまうのを回避。だがマリはそんなことお構い無しにタローの首筋に鼻を近づけた。
「すん......うん、やっぱりそうだ。とってもいい匂いがする」
「......」
「そんなに渋い顔しないで。本当にいい匂いがするんだよ、爽やかな......言うならば希望の匂いだ」
マリはタローを解放し、数歩歩いて彼の横を通り過ぎる。
ゆっくりとタローが振り返ると、マリは狭い路地裏で目一杯に両手を広げながら天を仰ぎ深呼吸をしていた。
「この世界も、希望の匂いがするんだ。この世界がこうだから君がそうなのか、君がそうだからこの世界がこうなのか。どっちなんだろうね」
「チョトナニイッテルカワカラナイデース」
「エセ外国人やんないの。
「まあ、それは」
突拍子もないマリからの質問。しかし、タローも本を読んでいればそれくらいは、と聞き覚えのある単語に頷いた。
「私はその並行世界での君なんだよ。物語を破壊し新たな結末を生み出すための、いわばイレギュラー。誰かが強く望んだことで生まれた世界の異端者」
「あー、この時間だと心療内科はちょっと遠いところの」
「っておーい、真面目な話してるんだけど! それに、君だって自覚あるんでしょ?」
振り返り、マリは右手の人差し指をタローの額に当てた。
タローは身長差のあるマリのことを見上げながら、頷いた。
「言っていいのかわからないですけど、オレはこの世界のことを半端に知ってますし」
「でしょ? あ、ここでの会話は完全オフレコだから大丈夫だよ。もし私たちが今いる世界を外から見ている人が居なければね」
「というと?」
「並行世界は無数に存在する。私たちが今いる世界を絵か文字か音か、どれかはわからないけど観察できる世界もあるからね。まあそれは置いといて」
置いといちゃ駄目だろ、と言いたげな顔をしているタローのことを見て満足したのか指を離すマリ。
彼女はメガネをクイッと上に上げると、レンズ越しではなく隙間からタローを見る。
「いやー、でも納得出来ないよねぇ。多分君もそう思ってるんじゃないかな、やけにこの世界は希望に満ち溢れてるって。私が投入された状況と全く違いすぎてちょっと嫉妬しちゃうよ」
「真希波さんが投入された状況、か」
「おっ、さん付けかぁ可愛いね。ま簡単に言うとさ、もう全員が全員納得する結末には出来なかったのかななんて思ってる。君はどんな結末を望んでる?」
マリの問に、タローは目線を一瞬地面に落として考える。
再び顔を上げ、タローは宣言した。
「全員が幸せになれる世界」
「そこに君は入ってる?」
間髪入れずマリに言われ、タローは心臓を掴まれたような感覚になり一瞬だけ冷や汗が出る。
全員が幸せになれる世界を目指すとて、そこに自分が入っているかどうか。全てを見抜かれている、と直感的に悟ったタローは表情を緩めて降参した。
「もう何言っても無駄ですね」
「潔いね、だけど残念。この世界で作り出したい結末が全員が幸せになれる世界ならば、そこに君は存在してなきゃ。君は、ドレッドノートはキャリアーじゃなくてバトルシップなんだから。戦わないと」
「わかってますよ。自称並行世界のオレに言われなくても」
「ひどいにゃあ。でも私と君は全くの別物、ただ立場が同じだけだから気にしないでね」
タローの頭に手を乗せるマリ。ミサトたちとは違う安心感に、彼は身を任せていた。
「こうやって素直になった時を見ると、こっちの姫がゾッコンなのもわかるなぁ。私たちイレギュラーの居ない姫は自分の世界で幸せになりたいって頑張ってるけど。やっぱ分岐された世界はシキナミタイプじゃないとワンコくんに好意を抱かないのかな? クローンの女の子だって運命を仕組まれてるはずなのに」
「人の頭撫でながら考え事すんのやめてもらっていいですか。頭から火が出そうなんですけど」
口が回れば手が動くタイプなのか、マリのタローを撫でる手が徐々にスピードアップしていく。
これ以上は頭皮に危険が及ぶと判断したタローはそれとなく伝えた。
「あっ、ごめんごめん。ん~でもやっぱ納得行かない! なんか気持ち悪い! 絶対何か理由があるはずなんだけどなぁ。ねえ白露くん、君もまた別の世界線を知ってるんだよね。何か感じない? 違和感とかさ」
「違和感っつったって、ありすぎて。大体、エヴァンゲリオン:プライマルってなんぞやってのは思いましたけど」
「そうそれ! エヴァンゲリオン:プライマル! 私の8号機とは違う立場だし謎すぎるよぉ~......ん? ちょと待てよ」
マリは加速していたタローの頭を撫でる手をとめ、代わりに自身の顎に当てて考え込む。
タローがそろそろネルフ本部に行かないとな、と考え始めた時。マリは『まさか』と呟いて大きく深呼吸。そしてまたタローの匂いを嗅いだ。
「違う......よく感じたら、似てるけど別物だ。希望の匂いなのは確かだけど、違う」
「真希波さん?」
「白露くん、大事なことだよ。ちゃんと考えて答えて。君は......白露? それともドレッドノート? どっち?」
真剣な眼差しのマリ。ちゃんと考えて答えて、という言葉通りにタローは彼女の質問の意図を深く考える。
白露か、ドレッドノートか、どっちか。それだけ聞くと理解不能だ質問の答えをタローは考えれば考えるほど口に出すのが困難になる。
ただ、漠然とした答えが彼の中には。白露 太郎の中にはあった。
「オレは、白露です」
「......なるほどぉ、それでか。ようやく納得できた。ゲンドウくんが私の知ってるまま成長しておもしろコミュ障おじさんになってる理由も、第二が第三に一目惚れしない理由も、第一が二人目じゃない理由も、イェーナ・レーマンだなんていうバケモノが存在してる理由も。そういうことだったのか」
「どういうことだってばよ」
「それは私の口からは言えないにゃ。でも安心して、悪いことじゃない、むしろとってもいいことだよ! 強く望んだのはドレッドノートで、それが白露を。常夏のこの世界に秋を生んだんだ。こっちの世界で私の立場にあった人は、よほどの恐れ知らずで勇敢らしい」
マリは一人で納得し始め、つかえが取れたような晴れやかな顔になる。
一方でひとり取り残されたタローはポカンと口を半開きにして考える。それでも、彼女がどんな答えにたどり着いたのか、今の自分が見える景色ではわからないということしかわからなかった。
「白露くんにもそのうちわかるよ。だって君は姫にとっての王子様、それも敷かれたレールを走るのではなくレールを敷いて走って成り上がった。躓いて、傷ついて、泣き叫んでも。誰よりも君に期待をかける人の期待に答えてるんだから」
「誰よりも、オレに期待をかける人」
「そう。その人は君よりも強い気持ちを持ってて、だからこの世界でだけは幸せにしようとしたんだ。コレはまさに愛そのもの。けど白露くんはそれだけで満足するかな?」
試すような顔で問いかけるマリ。
(全員が全員、惣流姫のように自分の力で幸せな未来を掴む心意気があるわけじゃあないからねぇ)
と考えながら、それらを受け入れられるのかと聞いている。
タローは黙って下を向いた後、顔を上げて自らに言い聞かせるように言った。
「......助けを必要としている人がいるのなら、オレは伸ばせるだけ手を伸ばします。掴めるだけ掴んで、できるだけ幸せに」
「それが聞けて良かった! 私も安心して帰れるよ。もし新しく作り直すのなら、私もそこに居てみたいな。絶対面白いもん」
マリはネクタイを外し、それをタローに差し出す。
やけに強く吹く風に終わりの時間を感じたタローは、先程までなら投げ捨てたであろうそれを素直に受け取った。
「間違いなく君は君自身の物語を歩んでいる。下手したら全てが無に帰す可能性もあったけど、その択を全て正解してる。自信持ちなよ! これは先輩からのアドバーイス、じゃあね!」
突風がタローの視界と聴力を奪う。次にタローが目を開くと、そこにマリの姿は無く。
上を見上げると、太陽の位置は変わっておらず。残ったのは彼の手にある緑色のネクタイだけだった。
「......変なヤツ」
踵を返して通りに戻るタローの後ろ姿を、確かに彼女は微笑んで見ていた。
「どう? マヤ」
「はい。やはり、先の作戦で行われた目標のATフィールド消失は、エヴァンゲリオン:プライマル。壱型が起こしたもので間違いないかと」
「タロちゃんが」
ネルフ本部では、遅れるタローを残しアスカ、レイ、シンジの三人で実験が行われていた。
ATフィールドの中和テスト。そう題された実験を見守るリツコ、マヤ、そしてミサトはATフィールドのグラフを見ながらそんな会話をする。
弐号機、零号機、初号機、三機とも仮想のATフィールドに対し、自身のATフィールドを展開、混ざり合い中和していくのがグラフを見ても明らかだった。
しかし、第9使徒との戦闘において。データを解析したところ目標のATフィールドがある一点を過ぎた直後消失したことが認められた。この実験は、誰がそれを起こしたのかという犯人探しのようなものであった。
「中和、なんて生易しいものではない。ATフィールドを有無を言わさず貫通し無効化する能力」
「それって、悪いことなの? 私はそのへんよくわかってないけど、直に殴れるってことでしょ?」
「目標に対して適切に使えば、その通りです。問題は、もし仮にその能力が暴走した場合で」
「最悪の場合、自身のATフィールドも無効化してしまい行き場を失い残されたエネルギーが爆発。どうなるかは火を見るよりも明らかよ」
リツコの言葉に、過去の災厄を身を以て体験しているミサトは苦い顔。
その表情を見て、リツコはまた別のデータを表示させた。
「ただ、そこまで不安になる必要はなさそうよ。見なさい」
「見なさいったって、どこをよ」
「ここよ。目標のATフィールドを消失させる前、中和をしていた零号機、初号機、弐号機と違い壱型は目標のATフィールドを侵食。受け入れるというアプローチを取っていたの」
「反転させた、ってわけね」
「ええ。おそらくこのATフィールド消失は、目標のATフィールドを用いて行われている。つまり、無差別に起きるものではなく対象を絞って意図的に起こせるものという可能性が高いわ。ただ、タローくんはそんな報告をしていないし、無意識か偶然のどちらかになるでしょうけど」
「加えて、作戦後の実験でも壱型とタローくんは明確に中和というアプローチを取っています」
マヤの補足まで聞き、ミサトは腕を組み安堵する。少なくとも、最愛の存在の一人が力を暴走させる可能性は限りなく低い、ということに。
しかし、逆に言えばATフィールドを貫通させる能力を意図して使うことができれば大きな戦力にもなる。ヤシマ作戦のように、大規模な火力が必要となる作戦のハードルを下げる事ができる。
「......この件は、他言しないように。もちろん本人にも」
「ええ。過度な期待をかけるのは良くないわ」
「力がある、とわかれば、きっとタローくんはどんな代償を払ってもそれを使おうとすると思います。私はそんな姿、見たくありません」
「私もよ、マヤちゃん。というわけだから、心の奥底にしまっておきましょう。いざという時に不安にさせない、ならないためにね」
使徒を倒す。それに囚われ他を見失ってしまうほどミサトは愚かではない。
ミサトの思いやりと覚悟のこもった言葉に、リツコとマヤは表情を柔らかくしながら頷いた。
これはパラレルワールドのお話なので、新世紀エヴァンゲリオンとは違うんです。
30周年記念映像が公式Youtubeで公開されてますが、新世紀エヴァンゲリオンの惣流・アスカ・ラングレーは超たくましいのでぜひ見てください。
物語の密度と1話ごとの文字数について
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サクサク進む(3000~4000字程度)
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少し書き込む(5000~6000字)
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ガッツリ書き込む(7000字以上)
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サクサク書き込め