ネルフの実験室では、いつものように四人のパイロットたちのテストが行われていた。
日々のコンディション管理、成長度合いを確かめるためにうってつけなハーモニクスのテスト。エヴァンゲリオンとパイロットとの調和度合い、相互理解度が図れるとも言えるこのテストだが、パイロットたちを見守るミサトとリツコ、マヤの表情は少し渋いものだった。
「......やっぱり、伸び悩んでいる。んでしょうか」
「そうね......こればかりは、私たちにもどうしようもない問題よ」
技術者であるマヤとリツコは、パイロットたちのハーモニクスやらシンクロ率やら、グラフを見て呟く。
中でも彼女たちが注目しているのは、SUBJECT P1:PRIME.Cのグラフ。タローのものだった。
「0番、汚染区域限界です」
「1番と2番、そしてP1番は余裕があるわ。プラグ深度、さらに0.2下げて」
リツコの指示でマヤがキーボードを操作する。
モニターに映っている目を閉じたシンジ、アスカ、タローのインテリアが下方向へと少し移動すると、シンジとアスカはエヴァからの精神汚染に耐えるために少し険しい顔へ。
一方のタローは変わらず平然とした様子だった。しかし、それでもリツコとマヤの表情は変わらず。
「アスカは相変わらずぶっちぎりの数値、それも更に伸びている。シンジくんも、この短期間に精神汚染ギリギリの範囲でこの数値とは大したものね」
「はい、二人ともテストのたびに新記録を樹立しています。ただ」
「タロちゃんはずっと変わらず、かしら?」
ここでようやく口を開いたミサト。
腕を組んだまま防護ガラス越しに4つ並んだテスト用プラグを見つめる彼女に、マヤは小さく『はい』と呟いた。
「汚染区域までプラグ深度はまだまだ余裕がありますし、その点に関しては三人の追随を許さない数値です。ですが、やはりシンクロ率が」
「具体的に数値はどうなの?」
「ずっと変わらずよ、70パーセント前半代で推移。それが全てでは無いけれど、レイが50前半、シンジくんが60前後で安定を見せていて、さらにアスカがいよいよ80の大台が見え始めていると考えれば。二人に追いつかれるのも時間の問題かもしれないわね」
「......」
リツコの出した具体的な数値、それを聞いてミサトは顎に手を当て視線を鋭くする。
シンクロ率70というのは、実際のところ高い数値である。それも初起動時からとなればなおさら。
タローが日本に到着する前。レイが初回の実験では零号機を起動できず、このところネルフ本部内で『エヴァに乗るために生まれた』とまで言われているシンジも約41パーセントであったことを考えればさらにその数値の高さが際立つ。
しかしその数値が初回起動時から1年以上経過しても変わっていない、ということで『もしや早熟タイプだったのでは?』 という話もちょくちょく出ている。
これまでの実績からエースパイロットである、ということは変わりないにしろ。いずれは既にシンクロ率でタロー以上の数値を叩き出しているアスカや、彼の背中を射程範囲に捉えてきたシンジにその座を譲るだろうとも。
加えてエヴァ壱型の保有権自体はバチカン条約回避のためドイツ支部にあることから、テストパイロットとして彼がドイツに戻ってしまうのではないかと心配する声も多い。
数値は平均的だが、安定して出せるレイ。自信や気分次第だがハマれば圧倒的な爆発力のあるアスカ。その気になればひょっとすると、と思わせるシンジ。
ここ最近のネルフ本部の職員たちの間では、運用が安定し次第使徒との戦闘はこの三人に任せ。タローは後進育成やイェーナ製の装備運用試験のため戦線を離脱する、なんて予想も立てられるようになってしまった。
もちろんいつ使徒が来るかわからない以上、そんな手札を減らすことはあり得ないとミサトやリツコ、更には冬月までもがハッキリと明言したこともあるが。その噂だけが本人の耳に届いていれば、とリツコは懸念する。
「彼、ドイツ支部に戻されるなんて噂を信じているわけじゃないわよね?」
「もちろんよ。私もちゃんと『そんな話は一切出ていないし、私たちにはあなたの力が必要』って伝えたわ。イェーナさんからも『来るならウェルカムだけど、そんなことは日本に雪が降るくらいあり得ないわ』とかって言ってもらったし」
「数値は安定していますし、見ていても集中力は流石としか言いようがありません。やはり、壱型が最初期に建造された機体であることが起因しているのでしょうか......」
エヴァとの調和、シンクロには精神状態が重要である。とは、既に周知の事実。
だからこそ感情の起伏が人より控えめなレイは安定性があるし、逆に差の激しめなアスカは海上でのユニゾン攻撃などでは驚異的な数値を出していた。
故にタローが自身の去就について僅かながらの不安があり、それが原因で数値が伸びないのだと言われれば納得できそうなものでもあるが。そもそもシンクロ率が伸びないのは1年以上前からであるし、ハーモニクスの値だけは伸びていることから無関係であると反論ができる。
であれば、シンクロ率が伸びない原因は機体側。エヴァンゲリオン:プライマルの方にあるのではないか、というマヤの言葉は最もである。
元々は対使徒を想定されたものではなく、零号機と同じ実験機。それも建造時期は零号機よりも先、文字通り最初のエヴァンゲリオンであることを考慮すれば壱型の性能不足は十分考えられる。
だがその仮設に対しては、リツコが首を横に振った。
「いくら最初期のエヴァとはいえ、レーマン博士の指示に基づいて改修しカタログ上では弐号機までとは言わずとも、初号機には近いスペックよ。私も壱型がタローくんに追いついていないのでは、と考えたこともあるけど、ミサトから話を聞く限りレーマン博士が彼関連で手を抜くとは思えない」
「そうよ。私の朝はイェーナさんにタロちゃんとアスカについての報告から始まってるんだから」
お陰でタロちゃんが日本に来てから早起きがずっと続いてるわ、と語るミサト。
時差的にドイツは寝る時間であるから、早く起きて報告しろと急かされているのがマヤには想像できた。
「やはりそうですよね。となると、原因はわからずじまいですか......」
「一応、零号機の改修は壱型を参考にしているから。レイの数値がこの先伸びていってタローくんと同じように70前後で伸び悩めば、一度レーマン博士と意見交換をしたほうが良さそうね」
「もしそうなったら私が繋ぐわよ。イェーナさんもリツコに会いたがってたし」
あのレーマン博士が私に、とリツコは一瞬緩みそうになった表情を正す。
おそらく自分が一生追いつけないであろう領域にいる真の天才、とイェーナのことを評価し、そんな人物が自分に会いたがっていると聞いて喜びを出しそうになったリツコだが。直後に彼女がタローとアスカを溺愛していることを思い出し震える。
ひょっとすると『うちの子たちを預けているのにこんな杜撰な整備で良いと思っているのかしら』とでも詰められるのではないか、と考えたからである。
『怒ったレーマン博士はおそらく私のことを木っ端微塵にするだろう』と今度は顔を青くしたリツコは、自らの基準でイェーナを納得させられるかはわからないがこれからも持てる全てをパイロットたちに注ぎ込もうと心に誓っていた。
「原因はどうにしろ、少なくとも異動とかそういう噂が本人の耳にも入っちゃったのは良くないわよねぇ~......アスカにもブチギレられたし」
リツコが呼吸を整えている横で、ミサトは『なんだかなぁ』と頭をかく。
普段からアスカたち同じパイロットを見守るような立場にあるタローが、やがて自分が追い抜かれた時にどうなってしまうのか、という一抹の不安が彼女にはあった。
もとよりタローはただの才能など価値がないとまで言い切ってしまうほどの努力の人。それを誰よりも知っているミサトは、彼は立場が逆転しても変わらず努力をするだろうと思いつつも。優位性を失った人間に対して他者が手のひらを返されることで落ちていく姿を見たことが無いわけではなかった。
肩書に固執する性格では無かったとしても、周囲からの目が変わることへの恐怖はあるかもしれない。あなたの周りには、そんな人は少しも居ないんだと伝えるにはどうしたらいいのか。
ミサトは悩みに悩んだ。彼女はタローへの愛を言葉で行動で示していて、それをわかってもらえているという気持ちがあった。同じようにアスカもそうだろうと。
だが、全ての不安要素を取り除くにはネルフ本部全体が彼の味方であり、彼を愛しているとわかってもらわねければならない。成績が抜かれたら用無しだと切り捨てるような人は居ないのだから、慌てることはなにもないと伝えたい。そんなやや極端な思考が彼女にあるアイデアをもたらした。
「......これ、いいわね」
ニヤッ、とリツコたちから顔を背けて笑うミサト。
いつもは愛を与える側にある彼に、たまには与えられる側になってもらおうと作戦課長は自分史上最高のクオリティだと思いついたアイデアを自画自賛する。
大人はアスカのようにタローへの感情をむき出しにすることは少ない。と、タローのドイツ支部異動の噂を聞きつけ『あたしにはタローが居ないと駄目なの! あいつさえ居れば他は何も必要ない、居てくれるなら使徒でもなんでも倒すから!』と涙ながらに自分へ直談判にしに来たアスカを思い出したミサトの顔は、とても人に見せられるものではなかった。
「1番、汚染区域ギリギリです。2番とP1番はまだ余裕がありますが、どうしますか?」
「いえ、今日はこれでおしまいにしましょう。攻める実験ではないもの。四人とも、テストは終了よ。お疲れ様」
そこでハーモニクステストが終了し、テスト用プラグのハッチが開く。
タローとアスカ、まだまだ慣らしのレイは余裕があるため平然とした顔で。シンジは限界ギリギリの値であったため息を吐いてから立ち上がり、職員の回したボートに乗ってリツコたちの元へ向かう。
「ねえ、今日の晩御飯なにー?」
「あ、決めてなかった。アジフライとかでもいい?」
「揚げ物かぁ。明日はちょっとカロリー控えめね」
ボートに乗るやいなや、早速タローの横を陣取ったアスカが腕を組みながらそんな会話をする。
レイやシンジ、職員たちにとってはもう見慣れた光景だが、タローは思う。ここ最近のアスカはいつも以上にスキンシップが激しいな、と。
やはりどこからか出てきたドイツ支部異動というデマが原因だろうか、と彼は考える。恥ずかしいやら理性が崩れそうやらで大変だが、不安な気持ちにさせてしまった以上やめろとは言えないと心を無にして堪える。
タローの予想は当たっており、アスカは二度とドイツ支部に異動させるなどとふざけた噂が出てこないようにと、プライム・チルドレンとセカンド・チルドレンは一心同体なのだと見せつけているつもり。
レイはなんとなくそれに気付いており、シンジは『トウジの妹さんへのライバル意識かなぁ』とそれを生暖かい目で見ていた。
「シンジくん、よくやったわね。ハーモニクスが前回より8も伸びているわ」
そのままミサトたちの元へ向かう四人。リツコは彼らを迎え入れると、シンジへとねぎらいの言葉をかけた。
「8......」
「大した数字よ。十日で8だもの」
「あ、ありがとうございます」
言われたはいいものの、8という数字がどれほどかよくわからなかったシンジ。リツコは微笑みながら改めて称賛すると、シンジは照れくさそうに笑った。
「流石シンジくん、頑張ってるもんね」
「た、タローくんまでそんな......でも、ありがとう」
「なんもなんも、シンジくんの頑張りの結果だから」
そこにアスカから解放されたタローが肩を叩き声をかける。どことなくリツコに言われたとき以上に嬉しそうなシンジに、アスカは後ろから見ていて良からぬ気配を感じ『やっぱり行かせなきゃよかった......!』と拳を握って震えていた。
「レイも数値が徐々に安定してきたわね。アスカも相変わらずの好成績、見事だわ」
「はい」
「ふん、当然よ。ねぇ?」
そんなアスカに苦笑しながら、リツコは彼女とレイにも声をかける。
レイは彼女自身も近頃は手応えがあるのかしっかり頷き、アスカはこのくらい当然だと鼻を鳴らす。そして片眉をあげわざとらしくタローに視線を送り、あたしたちには無いのかと目で訴えかけた。
「あはは......綾波も前回の作戦では助けられちゃったし、アスカも流石としか言えないな。そのうち置いてかれるかも」
「そんなことはないわ」
「そうよ。あたしが置いてくわけないでしょ」
「......あ、うん。ありがとう」
リツコと同じように、苦笑しながらアスカたちに声をかけるタロー。
冗談交じりに言った言葉への返しが彼には切れ味抜群で、思わず目を逸らす。
自然体で時折歯の浮くような言葉を発する彼だが、そのわりにはド直球の愛情表現に弱い。それはあくまで女性関連の話題が以前の世界からずっと無かっただけであるが、リツコとマヤにはやはり年相応の少年と写り目を見合わせて笑っていた。
となればミサトはおそらく鼻血でも流しているのでは、と二人は視線をミサトに向けると。彼女は自身のアイデアを自画自賛しているところにパイロットたちのやり取りを見て、腕を組んだまま綺麗に硬直していた。
「い、生きてますかね? 先輩」
「私たちにはもう救えないわよ。そろそろ慣れなさい」
そう言われてはマヤは頷くことしか出来ず、相変わらずなミサトのことは見捨ててパイロットたちのテスト後に行う検査の準備を。
リツコはミサトであれなら彼女が自分以上にクソデカ感情を持っていると言うレーマン博士はどうなのか、と出会う前から緊張が止まらないのであった。
30周年イベントのタイミングで復活させましたが、ぶっちゃけ私は30周年イベントのアスカを見てこの二次創作もう続ける必要ねえよなぁ、公式が一番だし。とか思ってすぐ御蔵入りさせようかなとか思っていました。
でもこれはあの惣流・アスカ・ラングレーの居る世界とは違うので、じゃんじゃんキャラ崩壊させて続けていくつもりです。半分くらいはいってるわけですし。
物語の密度と1話ごとの文字数について
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