「ミサトさぁん、本当にやるんですか......?」
ある日のネルフ本部。その一室で、タローは制服のズボンに上半身は裸のまま不安そうに言う。
問いかけた相手であるミサトは、タローの首筋にボディペイント用の筆を走らせながら答える。
「やるわよ。皆がどれだけあなたのことを大切に思っているか、一番わかりやすいもの」
「にしたって悪趣味過ぎませんか? オレがミサトさんに暴力をふるわれているように見せるって」
顔をしかめたタローは、やけに楽しそうなミサトを見てこの人の考えることはたまにわかんねえな、と息を吐く。
ハーモニクステストの後、葛城家でミサトから提案されたタローがネルフ本部でどれだけ愛されているかの確認実験。その内容は、タローの体に青痣やいわゆる根性焼きの痕などを特殊メイクで施し、それを職員の目に入れるというもの。
「でもねタロちゃん、緊急事態でこそその人の素が見えるというものよ」
「う~ん......」
悪趣味極まりない、そしてほぼ確実にミサトが怒られるであろう実験とは名ばかりの悪ふざけにも近いなにか。この実験をそう評価するタローだが、一度やると言ったら中々聞かないミサトに付き合う格好となっている。
普段から最低限の化粧自体はすれど、あまりバッチリと決めることはなくナチュラルに済ませることが多く、当直など人と接する機会が少ない時はすっぴんなこともあるミサト。だが、この日のためにわざわざ忙しい業務の合間を縫って道具を買い揃え、自分よりも化粧の心得があると思われるイェーナに教えを請うた。
そこまでされてはタローが『嫌です。やめましょう』と言えるはずもなく。一緒にその話を聞いていたアスカからは『程々にしなさいよ。あたしも共犯だと思われたら怒るから』と呆れられたが、本人からの許可は取ったぞと言わんばかりに今日のミサトは張り切っている。
最も、それとは別の要因もあるが。
「ちょっとくすぐったいですね」
「めんごめんご、中々難しいのよね。......ぐへへ、合法的に上裸を見放題なんて天才的だわ」
「ミサトさん?」
「ああいや、なんでもないわよ。しっかし根性焼きって言うんだっけ、再現しようとすると難しいったら。参考にネットで調べてちょっと後悔してるからもう見たくないワ」
ボディペイント用絵の具の赤や焦げ茶などの色を、筆を使って絶妙に重ね合わせタローの肌の色と自然になるようなじませていくミサト。
その集中力は声をかけるのもはばかれるほどだが、視線がちらちらと首より下に向くことが多いのにはタローは触れないようにしようとしていた。
青痣はミサトが思わぬ色彩感覚を発揮し、本物と見間違うほどのクオリティのものを既にいくつか描いている。この首にある根性焼きは最後の仕上げというわけだ。
ただ、上手く描こうとすればするほど筆が走る回数が増えて。タローはヒョロヒョロと自分の首を撫でる感覚に体を震わせた。
「ちょちょ、ちょっと休憩しません? 流石にくすぐった過ぎるんですけど」
「ダメよ! このまま続けるわ! ......あ、いっけね。鼻血出てきた」
「あんた、随分楽しそうじゃんか......」
もう特殊メイクとか建前だろ、とタローはミサトにジト目を向ける。しかしそれすらミサトにとってはある種の幸福なのかティッシュを丸めて鼻に詰め、中学生の上裸に興奮しすぎて鼻血を出した29歳とは思えないほど爽やかで美しい女性の笑顔のままサムズアップ。
これは救えない、とタローは引きつった笑みのまま視線をミサトから逸らし、首に感じる筆から意識を逸らす。
少しして、ミサトが納得するものに仕上がったのか『ヨシ完璧!』という声が。
「うわー、なんていうか......ミサトさんってもしかしてこっちの才能が?」
「ええ、私も驚いているわ。あまりの痛々しさに......もしこんなのをタロちゃんやアスカの体に見つけたら、発狂する自信しかない」
描かれた本人と描いた本人、両者ともに想像以上のリアルさ、生々しさに眉をひそめる。
いくらミサトがインターネットで特殊メイクについて勉強し、メイクそのもののことや色彩についてをイェーナから学んだとはいえ、たった数日でここまでのものに仕上がるとは予想もしていなかった。
まさに最初で最後の大傑作。これをネルフ本部でタローと仲の良い職員が見てしまったらどうなるか、ミサトはワクワクし、タローは早くも頭痛に悩まされた。
「さ、上を着てちょうだい。あ、肌着はこれね」
「わざわざ首元がいつもより緩んだやつをチョイスするとは、どんだけ用意周到なんですか」
「もう手で引っ張って引っ張って引っ張りまくったわよ! 終わったら別に私が部屋着で着ればいいだけだし。あ、あとこれもね」
ミサトが差し出したのは一本のボールペン。なんの変哲もないそれを受け取り、タローは眺める。
「ボールペン、ですか?」
「ただのボールペンじゃないわよ、そこに小型のマイクが付いていてね。映像はこのパソコンで監視カメラを見れるけど、音声までは取れなかったから」
「そこらのバラエティ番組よりも凝ってる......ミサトさんにそんなに怒られたい趣味があるなんて知らなかった」
「失礼ねぇ、私が怒られて嬉しいのはタロちゃんとアスカだけよ。あ、でもアスカにタロちゃん関連で怒られるのは一途で健気すぎて心痛いからなんとも」
「なぁに言ってんだこの人」
いよいよ限界突破しそうだな、とミサトに渡された肌着を着て、その上からワイシャツを羽織ってボタンをとめシャツを入れるタロー。
ボールペン型マイクの位置は、ワイシャツの胸ポケットに。トントンと軽く胸を叩いたりシャツが擦れるような動きをして、片耳にイヤホンを付けたミサトと目を合わせる。音量バランスは良好、ミサトはサムズアップをした。
「じゃあ、改めて作戦を伝えるわよ」
「作戦て」
「そんなに難しいことじゃないわ。ここを出てすぐにある自販機前の休憩スペース、タロちゃんはそこで適当にくつろいでて頂戴。多分、時間的にちらほらと見知った顔が来ると思うから、それとなくその特殊メイクが見えてしまった感じで。首筋のが見えて、問い詰められて渋々青痣を見せる。とかだと最高ね!」
「あいにくオレはお芝居の経験は無いんですけど、やれるだけやってみますよ」
立ち上がり、軽く伸びたタローは出口へと向かう。ミサトに呼び止められて振り返ると、彼女は『頑張ってね』と一言。
作戦と同じくらい集中している全力のミサト。それに少しでも応えようと、タローは胸の中で名俳優スイッチをオンにした。
待つこと十数分。最初のカモが現れた。
「それでさー、ギターの弦が切れちまって」
「だから絆創膏をしてるのか」
待っている間何もしていないのは不審だろう、と自販機で水を買って休憩スペースの椅子に座りチビチビとそれを飲んでいたタロー。
彼の耳に届いたのは、発令所でよく聞く男性オペレーター二人の声。シゲルとマコトだった。
「お疲れ様です」
「おう、お疲れ!」
「お疲れ! タローくんも休憩か?」
「はい、運動が一段落したのでちょっと」
立ち上がって二人に挨拶するタロー。男しか居ないとなれば、シゲルとマコトはいつもとは異なりややガサツな挨拶を返す。
流れのまま二人はコーヒーメーカーでコーヒーを抽出し、椅子にはシゲル、マコト、タローの順で横に並んで座った。
「最近肥えてきた気がすんだよなぁ、僕もそろそろ運動しないとマズイな」
「何か俺たちにも出来るようなやつとかないか? タローくん」
「やっぱり一番続けやすいのは無難にウォーキングとかじゃないですか? 足の筋肉って大きい分代謝を上げるのに役立ちますし、普段エスカレーターなところを歩くとか」
首をかしげ考える素振りを見せながら言うタロー。普段ならなんてことない場面だが、タローの隣に座るマコトには見えていた。首元が緩めな肌着、そこに首をかしげるという動作が入ることでミサトが描いた根性焼きの痕が。
どちらかといえば口が軽い方であったり、ポロッと言葉を漏らすことの多いマコト。その痕はなんだ、と言いそうになったのを無理やり飲み込むと、隣のシゲルから不審がられた。
「どうした?」
「い、いや......。タローくん、ちょっといいか」
「え?」
マコトはタローの肩に手を置き、目を合わせる。
そこで入り直したタローの名俳優スイッチ。訳あり気な表情でさっと目を逸らし、中々見られない表情に防犯カメラの映像を見ていたミサトは大歓喜。
しかしそれを目の前にしたマコトはもしやと疑惑を深めるばかり。二人の様子からシゲルもただならぬものを感じた。
「なにか、言いにくいことなのか?」
「ああ......タローくん、正直に言ってくれ。その首の痕、葛城さんが?」
「......」
マコトの問いかけには答えず、俯くタロー。表情は見えなくとも悲しげな雰囲気が漂うその姿に、ミサトは将来の選択肢に俳優もアリなどと考える。
しばしの沈黙のあと、タローは頷く。それを見たミサトは今だと部屋を飛び出し、偶然を装って三人の元へ向かった。
「お疲れ様ー。休憩?」
「葛城さん......」
いつもと変わらないを演じるミサト。対してマコトとシゲルは視線からミサトへの敵意が隠れていなかった。
であれば、すこし攻めてみようと。ミサトはタローへと視線を送る。その視線の意図を察したタローはこうなったらとことん付き合おうと、ミサトの視線から体を背けてみせた。
映画監督もビックリな完璧なアドリブ。マコトとシゲルは立ち上がると、タローとミサトの間に割って入った。
「あら? なにかしら」
「葛城さん、俺の勘違いじゃなければですけど。タローくんに何かしましたか?」
「......青葉くんには関係ないわ、日向くんにも。行くわよタロちゃん」
「ちょっと待ってください!」
マコトとシゲル、二人の間を割って入ってタローの腕を掴もうとしたミサト。
その手がタローに届く前に、マコトが掴んで止めた。
「貴女はそんな人だったんですか! 作戦課長の葛城ミサトは、そんな人だったんですかッ!?」
「何を言いたいかわからないわ。彼は私の監視下にあるの。文句を言う筋合いは無いわよ」
「......このことは上に報告させていただきます、タローくんのことは私たちで預かりますので」
「行こうか、タローくん」
その隙に、シゲルがタローの手を取り立ち上がらせる。何も言わず立ち上がったタローは、シゲルとマコトに背を向けた。
「......は?」
「え?」
その背中を見てシゲルとマコトの両者は固まる。なぜなら、タローのワイシャツに『ドッキリ大成功!』と書かれた紙が貼ってあったから。
二人は急いでミサトへ目を向けると、彼女は、口元とお腹を抑えながら笑うのを精一杯堪えていた。
「い、いや。傑作だったわよ二人とも......いい反応だったわ、タロちゃんを大切に思ってくれてありがとう......ぷぷ」
「ドッキリ、って。本当なのか!? タローくん!」
「そ、そうだぞ! 思わず上司に向かって怒鳴ってしまったじゃないか!」
「いやー......あはは。すみません」
申し訳なさそうに笑うタローに、シゲルとマコトはうなだれる。
その後、ミサトから今回の実験について説明が入った。
「というわけなの。トップバッターとしていいリアクションを見せてくれたわね、感謝するわ」
「なるほど......それにしたって、度が過ぎてませんか? 葛城さんとタローくんの演技だってリアルすぎるし、今はむしろそっちに感心してますよ」
「それは私も同感よ。あ、二人ともこのことは他言無用で。まだまだターゲットがいるのよ」
またしても思わぬ才能を見せたミサトとタローに、シゲルはなんとも言えない表情。
一通りタローが謝罪し、二人が休憩を終えて。自販機前ではミサトとタローだけになった。
「一応聞きますけど......続けます?」
「もちのろんよ、本命がまだ来てないもの。でもタロちゃんのネタバラシに救われたわね、あれがなかったら多分空気が地獄になってたわ」
「その自覚あったんですか。オレもミサトさんの普段とのギャップでちょっとビビッちゃいましたけど」
「ふふふ、大丈夫よ。あんなことをするつもりはないし、そんな人も近づけさせないから」
演技とはいえ、ミサトもタローに冷たい態度で接することでくるものがあったのか。許してほしいというかのように彼のことを抱き寄せる。
気丈に振る舞っていても、ミサトもまた一人の人間。ドッキリ的なこの実験が理由で一切自分に落ち度はないといっても、普段仲の良い人から強い言葉を貰うのなら精神的に来るものもあるだろう。それが少しでも抑えられるなら、とタローはミサトの抱擁を甘んじて受け入れる。
「ぁあ~効ック~......すまんのうアスカ」
なんて気遣われているが、バレないようにタローを吸うミサト本人は久しぶりのアスカの居ないこの状況を完全に楽しんでいるだけ。
ドイツ支部で鍛えられた彼女は、悪いことは何もしていないから今何言われても気にならない、というメンタルの持ち主に変貌していた。
「よおしチャージ完了。それじゃ、私はまた部屋に戻って監視してるから。この調子でタロちゃんがどれだけみんなに愛されているかを検証していくわヨ!」
「と同時に悲しまれてミサトさんが怒られて、オレの心が削れていくんですが」
「そこは私が癒やしてタロちゃんが癒やすのよ。まさに永久機関、私にとってのS2機関とは白露x惣流機関の略称!!」
「アスカ、もうこの人手に負えないよ......助けて......」
葛城家にレイを連れ込んで遊んでいるアスカのことを想像しながら、ミサトは自分一人では暴走を止められないと涙するタロー。その声がアスカにしっかり届いているとも知らず、今日は長い一日になりそうだと悟りを開いて次のターゲットを待つ。
私事ですが、俗に言うゲーミングデバイスのブランドであるRazerがエヴァ2号機とコラボしたのを出すとかで予約したんですよ。マウスとキーボードで約7万円、高すぎて笑っちゃいました。ゲーム下手なのにデバイスだけ一丁前です。
あくまでエヴァ2号機、新劇の機体とのコラボなのでアスカ要素はありませんが、元々赤色好きなので向こう十年くらい使うと考えれば良いかなと。
私の使っている茶軸キーボードは最近ペコペコと変な音を立てるようになりましたし。
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