ミサトによるネルフ本部職員の反応をみる実験の翌日。
ネルフ本部は、ゲンドウと冬月不在のもと危機にひんしていた。
「三分前に、マウナケア観測所で補足。現在、軌道要素入力中!」
いつも以上に騒然とする発令所で、マコトがキーボードを叩きながら告げる。
ハワイはマウナケアにある観測所で補足されたものとは、第十使徒であるサハクィエル。その姿を、シゲルが発令所の大型スクリーンに映し出した。
「目標、第三監視衛星が光学で捉えました。最大望遠、出力します」
スクリーンに映し出された第十使徒サハクィエル。その姿を見て発令所内からは『おぉ......』というざわめきや息を飲む音があふれる。
これまでとは全くことなる、宇宙空間からの襲撃。目標は真っ黒な球体に複数の目のような模様が蠢いていた。周辺には彩雲のようなモヤまで。
「光を歪めるほどのATフィールドとは......恐れ入るわね」
その姿形を見て、ミサトは思わずそうこぼす。
何しろ、今までの使徒はハッキリとその姿を捉えることが出来た。しかし今回はそのATフィールドの強固さから周辺の光を歪ませているのだ。
どこにコアがあるかもわからなければ、これだけのATフィールドを常時展開しつつ地球に向かって進行、落下してきている。となると、第五使徒ラミエルのように遠距離からの狙撃はまず期待できない。
「常識はずれですね」
ミサトの言葉を代弁するように、マコトがスクリーンを睨みつけながら言った。
「落下予測地点は? まぁ、聞かなくても大体わかるけれど」
「MAGIによる再計算、ネルフ本部への命中確率は99.9999パーセント。シックス・ナインです!」
「ッチ、やはりね」
焦って複数形のズを付け忘れたマヤの言葉に、ミサトは舌打ち。マヤに対しては基本的に脳内ピンクのセクハラオヤジ気質なミサトだが、流石の彼女も『え? シックスナイン? ナインズじゃなくて?』などと下ネタに走る余裕もなく。腕を組んで苦虫を噛み潰したような表情しか出来なかった。
「衛星、目標と接触」
「サーチ、スタート」
「データ送信を開始します」
シゲルの主導で解析衛星がサハクィエルへと近づく。その全容を深く解析しようとデータ送信を試みたところ、衛星はATフィールドによって木っ端微塵に粉砕された。
「新しい使い方ね」
今までの使徒とは違うその行動に、マヤの後ろに立って彼女と共にMAGIによる様々な計算を食い入るように見ていたリツコが言った。
「......目標の到達まではまだ時間があるわね。国連軍にN2航空爆雷を要請。本腰を入れるわよ」
有用な情報があまり得られなかったことで、ミサトは踵を返し発令所を後に。
彼女と同じデッキに居たマヤ、マコト、シゲル。下段デッキに居た数名の職員たちはその後ろ姿に『はい!』と返事した。
「マヤ、後は頼んだわよ」
「はい、先輩」
リツコもまた、マヤに一言を残してその場を後に。一足先に作戦局第一課へと向かっていたミサトに追いついた。
「で、どうするつもり? 使徒の影響で大気上層の電波が不安定、南極に居る碇司令と冬月副司令とは連絡がつかないわよ」
「何も連絡が無いと思ったら、そういうこと。ここで独自に判断するしか無いってわけね」
カツカツと二人は足音を鳴らしながら歩く。やがて作戦局第一課に到着し、扉を開けて入る。
リツコはコーヒーを淹れて椅子に座り、ミサトは机に両手を着いて続報を待った。
第十使徒サハクィエルの確認から数時間後。ミサトとリツコだけだった作戦局第一課には徐々に人が集まり、それぞれこの時間で得た情報の共有を開始していた。
「N2航空爆雷も、まるで効果がありませんでした」
国連軍による宇宙空間でのN2航空爆雷投下。数多の数を目標に対して打ち込むも、全てATフィールドに弾かれ全く損傷を与えられなかった映像を共有しながら、マコトが言った。
その映像を見て、ミサトは想定以上に厄介だなと顔をしかめる。
「軌道修正は不可、か」
「ATフィールドを一極集中させ押し出しています。これに、本体も落下エネルギーが加算されれば」
続いてマヤがMAGIに計算させた被害予想を共有。サハクィエルによって地表が大きくえぐられていく様が確認できた。
「第十使徒直撃時の爆砕推定規模、およそ直径42万。ジオイドマイナス1万5000レベルです」
「使徒自体が爆弾みたいなものね。第三芦ノ湖でも作るつもりかしら」
「芦ノ湖どころか、富士五湖とも繋がって太平洋の一部になるわよ。それも、マリアナ海溝を超えて世界最大級の深度を誇るクレーターを作り出してね」
「第三新東京市はまず間違いなく蒸発。ジオフロントどころか、セントラルドグマまで丸裸にされますね」
マヤの報告に軽い冗談のつもりで第三芦ノ湖、という言葉を出したミサト。しかし、リツコとマコトからのマジレスによって被害規模の大きさを改めて認識し、目と鼻が思わずピクピク動く。
さらに、使徒発見から現在まで何度もゲンドウたちと通信を試みるも失敗に終わったことをシゲルから告げられ、一瞬だけ悟りを開いた顔になった。
「屈辱だけど、皆が助かるために頭くらい何度でも下げてやるわよ......。マギの判断は?」
エヴァを動かすしかない。そして責任は全て自分が背負おう。ミサトは自分の覚悟を小さく口に出して硬め、マヤに問うた。
「全会一致で、撤退を推奨しています」
MAGIの出した被害を最小限に抑えるのに最も確実なのは、ネルフ本部の放棄という答え。ミサトはため息を一つ吐いた。
つまり、無駄な抵抗をするよりもサハクィエルの落下を甘んじて受け入れるほうが被害が少ないというのだ。しかし、あくまでそれは推奨。
すべき、で無いのなら。と、ミサトはずっと考えていた作戦を実行に移す決断を下した。
「日本国政府及び各省に通達を。ネルフ権限における特別宣言D-17発令、半径120km内の全市民は速やかに避難開始。念の為松代にMAGIのバックアップを頼んで」
「避難は問題ありません。既に政府関係者が我先にと避難を開始していますから」
「松代へのバックアップ連絡、既に完了済みです」
ミサトが出した指示のうち、ほとんどが既に解決済み。彼女は生き残るためなら国をも早期に放棄する政府関係者への恨みと、バックアップ連絡を済ませていたマヤへの感謝で複雑な表情になる。
同時に部内警報Cも発令。ネルフ職員における非戦闘員及びD級勤務者の退避も命令した。
「で、どうするつもり?」
D-17の発令で市民全員が避難を開始。と同時に、エヴァパイロットたちの迎えも出した。
あとはミサトがどんな作戦を出すのか待つだけ。それをリツコが聞いた。
「いくらエヴァといえど、空を飛ぶことは出来ませんよ」
「空間の歪みがひどく、あらゆるポイントからの狙撃も不可能です」
「こんなべらぼうな相手じゃあ手のうちようがありませんよ」
シゲルやマコトもミサトに答えを急かすように言う。
ミサトはただ腕を組み、全員が静かになるのを待つ。そして、その時が訪れる。
「受け止めるわ。エヴァ全機を用いて」
やはりか、とその場にいる全員が覚悟を決めた。
「手で受け止めるゥ!?」
エヴァ四機の揃った輸送レールの集合地点。ミサトと、D-17発令を受け輸送機ですっ飛んできて制服からプラグスーツに着替えたエヴァパイロットたち4人が揃うブリッジの上に、アスカの声が響いた。
「そうよ。飛来する使徒をエヴァのATフィールド最大で受け止める。目標は位置情報を撹乱しているため、補償観測による正確な弾道計算は期待できない。よって本作戦はエヴァ全機の同時展開とします」
「目標がコースを大きく外れた場合は」
頷いたミサトに、シンジが言った。
「ん~、アウト」
「機体が衝撃に耐えられなかったらどうすんのよ」
「あツーアウトぉ」
「仮に、以前のように目標が空中で分裂した場合は」
「はいスリーアウトバッターチェンジ! 来世に期待ネッ!」
「てやんでぇ! 不謹慎なことをば!」
シンジ、アスカ、レイの質問に一つ、また一つと指を立てて答えるミサト。
最後にはバットを振りかぶる仕草を見せ笑顔で言った彼女に、タローは威勢よく突っ込んだ。
「ちなみに、MAGIの計算によるとしくじる確率は98パーセント強よ」
エヴァの整備で少し遅れてきたリツコが、ブリッジ中央の四人に向かって歩きながら言う。
あのMAGIが98パーセント以上の確率でしくじると計算した。という言葉だけでもタロー以外の三人が苦い顔をするのに十分だったが、さらにミサトがノートパソコンの画面を見せながら追い打ちをかける。
「各機の配置はここ。広大な落下予測範囲をカバーするの」
「その配置の根拠は」
「ふふ、レイ。いい質問ね......女の勘よ」
ドテッ! とタロー、アスカ、シンジがずっこけリツコは額に手をやる。
聞いたレイは相変わらずの無表情だが、明らかに『何を言っているんだ』という雰囲気が漂っていた。
「何たるアバウト、これで上手くいったらまさに奇跡ね」
「アスカ、奇跡は起こすものよ。でも、本作戦の危険度は今まで以上、作戦と言えるかもわからない。だから、辞退できるわ」
ミサトがパイロットたち全員を見渡す。誰一人、力強い瞳をミサトから逸らすことはなかった。
「......助かるわ。終わったら、皆にご飯奢るから! なんでも好きなものを言いなさい!」
毎度毎度タローが遺書を書いているのを知っているミサトは、他のパイロットたちに遺書云々の話はあえてせず。とりあえずモチベーションを上げるために飯で釣ろうと考える。
とはいえ、パイロットたちも十四才の少年少女。ご飯を奢る、と言われても、それで食費が浮くから嬉しいなんて考えは出なかった。
ただ一人、タローを除いた。
「ぃヤター! 奢りだ奢り! 綾波がどんな料理を食べれるか最高級品でじゃんじゃんためそー!」
「チョットォ!? せめてファミレスとか常識的な額の食材にして頂戴!?」
「ミサトの懐の深さが試されるわね」
無邪気に両手を上げて喜ぶタローに、ミサトは膝をついて懇願する。
レイのため、と言われれば無理とは言えないのがわかっているからこその提案かと、リツコは大げさに喜ぶタローを見る。
普段の食費は自分たちも食べるからとタローとアスカと三人で折半、高く付くアルコール類の購入頻度も減り、タバコ等は既に辞めているミサト。
出費が二人が来る前よりだいぶん減ったためしっかり貯金は出来ているが。大人の意地として家賃や光熱費は変わらず全額出しており、更に車のローンもあるため最高級品を大量に注文されては首が回らなくなるのが目に見えていた。
「と、とにかく! 皆の協力に感謝するわ。勝率は神のみぞ知る、といったところだけれど」
「なら結末がどうなるか聞くのは難しいわね、タロー」
「何を言うんだアスカ。今君と話しているじゃないか」
バシン! と大きな音が響いた。
タローは煙の上がる尻を抑えて地面に突っ伏しており、アスカは綺麗に右足を振り抜いた後の体勢。
言うまでもなく、アスカのタイキックがタローの尻に炸裂していた。
「変なこと言ってんじゃないわよバカタロー! もっとマシな発破のかけかたはないわけ?」
「ウゥ......イテェ......久しぶりにアスカに蹴り飛ばされた......」
強烈な一撃に、見ていたシンジと自分も蹴られたことのあるミサトは思わず顔をしかめる。
レイはアスカと同じでタローの雑な発破に思うところがあったのか、彼の側にしゃがみ込んでツンツンと指でつついて生存確認を。リツコが鼻で笑ったところ、復活したミサトがパイロットたちに悟られないよう胸の小型カメラを向けた。
「よし。作戦はじきに始めるわ。勝率はたったの1パーセント。でも、奇跡は待つものではない。起こすものよ」
「科学者としてはとても容認できる作戦では無いけれど。今の私たちにはその奇跡が必要。信じるわ」
最後に、とミサトとリツコが気を張って言う。
ようやく、この男のエンジンがかかってきた。
「ミサトさん、リツコさん。今回の作戦に必要なのは奇跡ではありません」
尻を抑えながら、タローが立ち上がる。
「オレたち人類が生まれる確率は約70兆分の一だって言います。今オレたちは、その上に積み重なったまさに奇跡の中の奇跡を生きている。それに比べれば1パーセントなんて当然の結果です。だから」
右拳を突き出し、垂れ気味の目の上にある眉を吊り上げた。
「オレたちは当然の結果を掴みに行く。奇跡は常に起きているんだから、今まで通りオレたちと自分たちとを信じてください。そうすれば、起きるべくして起きた奇跡が明日という当然の結果をもたらしてくれます!!」
ニィッ、と歯を見せるタロー。
力強く言い切った言葉に、ミサトとリツコはハッと目を開いたあと。順番に差し出された拳に自分の拳をぶつけて頷いてみせた。
「そうそう、そーいうの待ってたのよ! まっ、そのダッサい格好だけはナンセンスだけど!」
笑顔のアスカが後ろから、いまだ左手でお尻を抑えるタローの背中に飛びつく。おんぶされるような形になると、やるじゃんと頭を撫でた。
嬉しい気持ちは合ったが、タローはムッとした表情になった。
「いやアスカのせいだろォ!? ダッサイって小さいツまでいれて。まだジンジンするんだけど!」
「そう。赤木博士に見てもらったら」
「なんでここでお尻丸出ししなきゃならないんだよ。綾波、なんか最近オレに当たり強くない?」
「そんなことないわ」
「あるよ......」
およよ、とわざとらしく泣き始めるタロー。もちろんウソ泣きだしタロー自身レイとのコミュニケーションを楽しんでいる。彼とこんなコミュニケーションが出来るのはレイくらいだ。
その事実がレイにとってもとても大切な事実らしく。胸の当たりに握りこぶしを置いて小さく微笑んでいるのを、長年彼女を見守っていたリツコは見逃さなかった。
「タローくん、頑張ろう。僕たちで当然の結果を掴むために」
シンジはあえて何も言わず。そっとタローに向かって右手の拳を差し出した。
「シンジくん......君だけだよ、ありがとう」
まるで砂漠の中に水たまりを見つけたような表情になったタローは、シンジの拳に自分の拳をぶつける。
最終的に一言で皆をまとめられる、とタローを尊敬している彼。だからこそアスカとレイによっていじられるタローが不憫に思えたが、同時に見ていて面白いからいいや、と放置を決め込む。
意外にノリがいい、というのはシンジのような人間のことを言うのだろう。
「では、四人は各自エヴァに乗って。そのままこのレールで配置位置まで輸送するわ。当然の結果、掴みに行くわよ!」
『はい!!」
拳を掲げるミサト。わちゃわちゃした格好のままで、パイロット四人は大きく返事をした。
今更ですが改めて、基本的にストーリーはTV版準拠です。ですが、新劇に出てくる使徒はその仕様なので、難易度高めの世界でもあります。
物語の密度と1話ごとの文字数について
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サクサク進む(3000~4000字程度)
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少し書き込む(5000~6000字)
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ガッツリ書き込む(7000字以上)
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サクサク書き込め