某日 夜 ネルフ本部 バー
「しかし、みんな葛城とリッちゃんに視線を向けてたなぁ」
「ハッ。今更なに言ってんだか」
この日、大学時代の友人の結婚式があったミサト、リツコ、加持の三人。
彼女たちは結婚式を終えた後。二次会の参加を見送って三人で久しぶりに一杯やろうとネルフ本部内にあるバーに腰掛けていた。
「みんな焦っているのよ。最後の一人にはなりたくない、ってね」
「にしたって、もう少し声のかけ方ってもんがあるでしょ。ぬわぁ~にが『見違えて綺麗になったな、葛城......』だよバカバカしい」
「はっはっは、そうカリカリするなって。シワが増えるぞ?」
加持の言葉に、ミサトは「うるさいわ!」と言ってからグラスを手に取る。
そこに注がれているのはカクテル......ではなく。まさかの水だった。
「次は同窓会で口説かれるかもしれないわよ、ミサト」
「リツコだって対して接点の無かった奴に声かけられてたじゃない。なんて言われてたのよ」
「ああ、私。なんだったかしら、確か『赤木、雰囲気変わったな。前よりもっと親しみやすくなったよ』だったかしら。私としては、親しくなる気なんてさらさら無いのだけれどね」
相手方に興味が無いあまり、なんと声をかけられたかも記憶に薄いリツコ。
彼女が手に持つグラスもまた、アルコールではなく水が注がれている。
二人の飲み物が水であることに、一人お酒をあおる加持は意味深な笑みを浮かべた。
「酒、全く飲まなくなったんだな。二人とも。俺はそんなに信用ならないか?」
頰杖をつき流し目を送る加持。それがこの二人に対してでなければ、少しは様になったのだろうが。
「ええ」
「そうね」
ミサトとリツコに即答され、思わず苦笑いしグラスに口をつける加持。
結婚式が終わった後、三人で一杯やろうと提案したのは他の誰でもない加持。二人も二つ返事で了承したためここに居るのだが、先程からアルコール類を飲むのは加持一人だけだった。
「俺の奢りだ、って言ったら、昔の葛城なら大喜びでグビグビ飲んでただろうに。それに、今日の結婚式だってずいぶんと立ち振舞がこなれてたじゃないか」
「どうしてか、は言わなくてもわかるでしょ。つーか加持、あんた式に遅れたと思ったらうちに寄ってたってどういうことよ」
「ちょっと、今日の服装が決まってるか。意見を貰いたくてね」
ニッ、と歯を見せながら緩めていた白いネクタイをキュッと結び直す加持。
誰に意見を貰いに行ったかは明白だ。
「通りで珍しくネクタイをキッチリ結んで現れたと思ったわ。彼にはなんて言われたの?」
「いつも通りさ。『加持さん、今日はご友人の結婚式なんでしたよね? もうネクタイくらいしっかりしないとダメですよクソ野郎、犬に噛まれて死ね!』って殺す勢いで締められたよ」
「相変わらずあんたには当たり強いわね、タロちゃん」
加持に対して強い言葉を浴びせるタローのことを、誇らしげに言うミサト。
普通ならばいい大人に対して中学生がボロクソ言う関係というのは家族でも無い限り滅多にありえないことなのだが。加持はタローから浴びせられる暴言を約得とすら思っているのか嬉しそうだった。
「アスカにも見せたんだ。けど『あーいいんじゃない。さよならーいってらー』って流されちまったよ。よっぽどタローくんと二人きりの休日が大切らしい」
「それはそうでしょうね。でも、レイもミサトの家にお邪魔になっているみたいだけれど」
「こっちにも昼過ぎにアスカから連絡来てたわ。うちに泊まらせるからヨロシク、って」
誰とどこで何をする、といった連絡をリツコにかかさず行うレイ。
以前はそんな連絡をすることもない。というより、休日であっても出かけることなく家で一日を過ごすことも多い彼女だったが、タローが来日し、次いでアスカも来日し。休日はほぼ毎回どこかしらに連れ出されている。
はじめのうちはただリツコが心配しないようにとタローが連絡をしていたものの。レイに『私が赤木博士に連絡をしてもいいですか?』と言われリツコは首の骨が折れるほどに激しく頷いた過去がある。
「三人で葛城の家に居るってことか?」
珍しく目を丸くして驚いた表情の加持が言う。
ミサトとリツコはあっけからんとした様子で頷いた。
「マジかよ......なぁ葛城、リッちゃん。聞きたいことがあるんだが」
「なによ」
「そんなに改まるほど重大なことなの?」
どうせたいしたことじゃないだろ、と顔に書いてあるリツコ。
しかし加持は、やけに神妙な顔で頷く。
予想外の反応に、ミサトとリツコは僅かに姿勢を正して息を飲んだ。
「タローくんのことなんだ」
「タロちゃんですって?」
加持が名前を出すと、光の速さでミサトが食いつく。
思わずのけぞるリツコだが、加持はその勢いを正面から受け止めて言った。
「ああ。タローくんって......」
ゴクリ、とミサトとリツコの喉が鳴る。
加持に対しては当たりの強いタロー。だからこそ、彼だけはミサトでさえ、リツコでさえ知らないことを知っているのではないか。
ひょっとして、彼は自分たちには言えない。同性の加持にしか言えない何かを抱えているのではないか。
ツー、っとミサトの額に冷や汗が流れた頃。加持が口を開いた。
「タローくんって......性欲あるのか?」
バゴォン! とバーから発生するとは思えない爆発音が。
音の発生源が自分の頭がバーカウンターに叩きつけられているからだ、と加持が理解したのは、鬼のような形相のミサトと、ゴミを見るような目で見下すリツコの顔が横向きになっていたからだった。
「殺すわよ......?」
いつもの活気あるハツラツとした声ではなく、ガサついた声のミサト。
今まで様々な環境に身を投じて来た加持だが、ここにきて本気で命の危機を感じ慌てて弁解する。
「ま、待て葛城! 違うんだ! 俺はただ、イタッ」
頭を上げる加持。その後頭部に、どこからか飛んできた氷がぶつかる。
加持はそれを拾い周囲を見渡すが、そもそも人が自分たち以外誰も居ない状況。口元をピクピクと動かした。
(おいおい、タローくん専属の諜報部か......? 葛城にまでついてるのかよ。気配も痕跡もない、わざわざ氷を投げつけてくるなんてよほど保護対象者に入れ込んでるらしい)
同じ家に住むミサトに対してもしっかりと護衛をつけ、徹底的に監視の目を張り巡らせる存在に参ったと心のなかで両手を上げ降参する加持。
そんな彼の前では手をポキポキと鳴らす般若の姿が。
「遺言はそれだけ? ちょうどジオフロントに永久浴するのに良い湖があるわよ」
「安心して、形だけは残るようにしておいてあげる」
「落ち着けって葛城、リッちゃん! 俺は真面目に言ってるんだ!」
「真面目にそんなことを言うヤツがあるか!」
握りこぶしを作り、振りかぶるミサト。
当たったら骨の一本や二本は持っていかれそうな勢いのそれを間一髪のところで避けた加持は、体勢を立て直してから続ける。
「よく考えてもみろ! タローくんの周りにはたくさんの女性が居るじゃないか、ネルフでも学校でも家でもどこでも。おまけにアスカは四六時中側から離れないと来た。そんな状況で手を出さない中学生男子が居るのか!?」
「現に居るでしょうが! 大体、うちのタロちゃんとアスカでそんなコト考えないでくれる!? 穢らわしい!」
「お、おい待て! 危ないから暴れるなって! リッちゃん!」
「残念ながらミサトに同意見よ。加持くん、貴方一度ミサトにも殴られときなさい」
「勘弁してくれよ!」
ブン、ブン、とミサトの拳が数回空を切る。
いくらお酒を飲んでいるとはいえ、加持もただのネルフ職員ではない。ミサトの拳を避けることくらいは容易いが、バーサーカー状態となり体力の有り余った彼女と対峙して無傷でいられる保証はない。
なるべく早く説得しようと加持も必死になっていく。
「俺はただ、同じ男としてタローくんのことを想ってるだけなんだ! もし彼が女性に興味が無いなんてなってたら、アスカやレイちゃんが報われないだろ!? 二十歳を超えてもあのままならそういう店に連れていくことも辞さない覚悟だ!」
「死ね。死ね! 死んで詫びろ、このケダモノ!」
突然、加持の足元に椅子がスッと差し出される。
後ろ歩きでミサトの攻撃を避けるのに必死な彼は、その椅子の存在に気が付かず。盛大に尻もちを着いて倒れた。
そこに、ミサトから容赦ない右ストレートが。
「待て、ボグッ!?」
しっかりと加持の顔面を捉えたミサトの拳は、彼の顔を凹ませながら振り抜かれた。
およそ女性に殴られたとは思えないほどの勢いで吹っ飛んでいった加持は、鼻を真っ赤にしていた。
「下衆め。二度とその汚い面見せんじゃないわよ!」
「......フッ、惨めね」
一発本気で殴ったことでスッキリしたミサトは、カツカツとヒールを鳴らしがに股で歩き、再びリツコの横に座って水を飲む。
素面であれだ、もし彼女が酔っていたら加持の命は無かったものとみて良いだろう。
しかし加持 リョウジ、懲りない男。立ち上がり、元いた椅子に座るとぐびっとグラスに残っていたお酒を飲んで顔の痛みを紛らわす。
「俺は本気で心配してるんだ、二人とも。彼らだって中学生、いつどこで間違いが起きてもおかしくないんだ。もう少しプライバシーを尊重してやるべきだ」
「プライバシーですって? 私が二十四時間あの二人を監視してるとでも言いたいわけ?」
「ああそうだ。葛城もリッちゃんも、せめてタローくんが一人で落ち着ける場所くらい作ってやってくれ。そうでもしないと成長盛りの子供にストレスだぞ」
「あのねぇ、私だって考えてないワケじゃないのよ」
グラスを叩きつけるミサト。先程は頭を叩きつけられた加持は、その音に思わずビクリと肩を揺らした。
「タロちゃんにもアスカにも、完全にプライバシーな時間はある。というか我が家がそうよ、監視の目は一切無いと誓って言えるわ」
「レイもそうよ。彼女の居住空間には一切の干渉を許していない、一人でいられる場所」
「......じゃあなんだ。その状況で、タローくんがアスカやレイちゃんに手を出していないだけだって言うのか? それじゃあ本当に人間の三大欲求が欠けてるじゃないか」
カチン、とミサトの頭が鳴る。
ハァ、とリツコの大きなため息が。
わかってないな、とでも言いたげな様子の二人に、加持は思わず気圧された。
「あまりパイロットの生体情報を言いふらすのもどうかと思うけれど。彼にも三台欲求が備わっている、というのは身体検査の一環で、そういうことをしない限り検出されないものが検出されたことがあるから証明済みよ。ただ、健気にもそれを見せないようにしているだけで」
真顔で言うリツコ。加持はその言葉の意味を考えた後に「あぁ......」と男であるからこそ理解が出来た。
そしてミサトはなぜだか急に鼻息を荒くし始めたかと思えば、自分のスマートフォンを取り出す。
「そうよ、タロちゃんだって男の子だもの。ただ自分が責任を取れるようになるまで我慢してるだけ......加持。いいもの見せてあげるわよ」
「いいもの、ってなんだ?」
「今の我が家の様子。タロちゃんとアスカにレイ、男一人と女二人で何が行われているのか。気になるでしょ?」
余裕有りげに言うミサト。もしかしたら加持の言う間違いが今この瞬間に起こっているかもしれない、なんてことを考えても居ない表情をしてる。
加持もドイツ支部で共に過ごした経験があるとはいえ、イェーナによって居住施設への立ち入りを禁止されていたため、普段のタローたちの様子はあまりよく知らない。
それを今ここで知ることが出来るのなら、と頷いた。
「ああ。頼む」
「仕方ないわね、特別よ。どれだけあの子たちが硬派なのか思い知りなさい」
あるアプリを起動するミサト。出掛けに彼女がこっそり仕掛けたカメラの映像を確認できるそのアプリは少しの間読み込みが入り、終わるとリビング全体を映し出す。
設置場所はテレビの下。タローとアスカとレイの三人は、テレビの前に居た。
問題はその体勢。テレビ前に設置されたソファに腰掛けるタローの左右を、アスカとレイが陣取り。なにやらカメラに背を向け、タローにより掛かるようにして首元に顔を埋めていた。
「おい......これは、マズイんじゃないのか?」
「ところがどっこい」
まさか本当に間違いが、と少し焦る加持。
ただミサトは、自身を持っていた。間違いなど起きているわけがないと。両脇に美少女を侍らせ、普通の男なら理性などとうになくなっているであろう場面。
それでもこの男は、鋼の精神で紳士であり続けると。
『んーやっぱよく嗅いだら違うわね。壱型とタローの匂い』
『いい匂い。これが白露くんの』
『ちょっとくすぐったいんだけど?』
カチ、とミサトがマナーモードを解除してカメラのマイクが拾った音声を流す。
アスカは機体相互互換試験で壱型に乗り込んだ時、エントリープラグの中で感じた匂いとタローの匂いとが僅かに異なると訴える。
一方のレイはどこかぼーっとした様子。タローは首に二人の髪の毛が触れるくすぐったさを堪らえようと、しかめっ面にも似た表情になっていた。
「......三人は、何をやっているんだ?」
事情を知らない加持が問いかける。その疑問にはリツコが答えた。
「以前、エヴァの相互互換試験を行ったの。そこで壱型に乗ったアスカはタローくんの匂いがすると、弐号機に乗ったタローくんはやけにいい匂いがすると。おそらく、その匂いがパイロットのものかを確かめているのよ」
「嘘だろ、距離感どうなってるんだよ」
「ちなみにアスカは下心丸出し、心の中では今頃狂喜乱舞してるわよ。見なさいこのニヤけ顔」
「レイが女の顔に......いや、私は何を言っているのかしら。余計なことを考えてはダメよ赤木リツコ、冷静に......」
加持は健全であれどその距離感が普通の仲ではないだろとツッコミ、ミサトは口の端からよだれを垂らし、リツコは余計な考えを振り払おうと頭を振る。
ミサトのスマートフォンの中では、立ち位置が入れ替わっていた。
『どう? あたしの匂いと弐号機の匂いは違う?』
『うん。やっぱり違う。弐号機はもっとこう、お花の濃い香りだったんだ。でもアスカは爽やかなフルーツっぽい』
『いい匂い。私はこの匂い、好きよ」
『ふふん、どーも』
今度はアスカが匂いを嗅がれる番。タローの顔が近くにあり、レイに好きな匂いと言われご満悦のアスカ。
ちゃっかりとタローの腰に手を回しているのを、ミサトは見逃しはしなかった。
「行きなさいアスカ! そのまま押し倒すのよ!」
「それは駄目なんじゃないか?」
一周回って冷静になった加持と興奮が止まらないミサト。
タロー、アスカと来れば次はレイだった。
『なにか、感じる?』
『なに、この落ち着く匂い。レイにしかない匂いがする......いい匂いなのに、例えようがないのがもどかしいわね』
『わかる。でもやっぱり、エヴァとパイロットとは匂いが違うのかな。零号機はもっと無機質な感じだったけど、綾波はいい匂いがする』
『......そう。ふ、不快じゃないのなら......よかったわ』
よほどレイは個性的な香りがするのか、香水の調香師のように真剣な眼差しのタローとアスカ。
レイも自分の匂い面と向かって嗅がれることはなかったため緊張した様子だったが、いい匂いと言われたことに羞恥心からか頬を僅かに赤く染めた。
「ミサト、あのお酒。まだあったかしら? 貴女の家にいいツマミがあるわ」
「行くっきゃないわね、これは」
どこからか取り出したメガネをかけて光を反射させたリツコが言う。
それにミサトが同意すると、加持は思っていたことが言葉になって漏れた。
「しかし思っていた以上の堅物だな、タローくん」
「でも独占欲はあるわよ。アスカ、今日友達の友達にデートに誘われてたらしいけど。その話を聞いた時に目が据わってたし。もちろん断った、って言った後の笑顔は眩しかったわ」
「......まあ、そうだろうな。あれだけ尽くしてくれる人を差し置いて他の男とデートに行く、なんて言ってたら俺はアスカに説教するさ」
ドイツ支部時代、タローに水泳を教えた過去のある加持は言う。
彼が金づちを克服するに当たって、海でチャラチャラ遊んでそうだからという理由で師として抜擢された加持は、タローが泳ぎを学びたい理由を最初からわかっていた。
一人の女性のためにそこまでする男を見たことがない加持は、一人の人間として、男としてタローのことを尊敬していたりする。故に良かれと思ってタローに言ったことやしようとしたことが、ミサトやアスカの逆鱗に触れることも多々あるのだが。
「おっと、すまない。俺はこの辺でお暇させてもらうよ」
突然、加持のスマートフォンのアラームが鳴る。
こんな半端な時間に設定しているとは何事だ、というミサトとリツコからの視線に、加持はそれはそれは爽やかな笑顔で答えた。
「実はまだ謹慎処分終わってないんだ。早く戻らないと副司令に怒られちまうからな。じゃあな、葛城、リッちゃん! 今日は楽しかったぜ」
手でチョップするように軽く挨拶すると、よほど冬月に怒られるのが怖いのか返事も聞かずトコトコ歩いていく加持。またしてもその後頭部にどこかからか氷が飛んできていた。
「......あいつ本当のバカね。よしリツコ、呑み行くわよ」
「ええ。今日は私も泊まらせてもらうわ」
少し遅れて立ち上がるミサトとリツコ。
致死量のイチャつきを摂取してしまった彼女たちは、なんともいえないもどかしい距離感にある少年少女たちを酒の肴にしようと急いでバーを飛び出すのだった。
物語の密度と1話ごとの文字数について
-
サクサク進む(3000~4000字程度)
-
少し書き込む(5000~6000字)
-
ガッツリ書き込む(7000字以上)
-
サクサク書き込め