「必ず、助け出して見せるから......」
夕焼けの空に浮かぶ白黒の複雑な模様を持った球体と、その下に広がる一切の光を返さない黒く大きな影。突如として現れた第12使徒 レリエルを見ながらミサトが呟く。
黒い影に飲み込まれ、ディラックの海へと送り込まれた最愛の少年。彼の無事を祈るミサトに声をかけられる者は誰一人として居なかった。
遡ること数時間前。再びゲンドウ不在の第三新東京市に現れたこの第12使徒 レリエルに対して、データが少ない状況。
ミサトはエヴァ全機を同時出撃させ、探りを入れようと試みていた。
何しろ第10使徒サハクィエルの時とは違い、目標は宇宙から降ってくる訳ではなく第三新東京市に居る。つまり、ネルフとエヴァにとってのホームグラウンドに出現したわけだ。
しかしそれは、逆にネルフ本部への危機も意味する。となれば出し惜しみは無し、というのがミサトの考えるところであった。
「慎重に接近して反応を伺い、可能であれば市街地上空外への誘導も行う。先行する一機を他の三機が援護して」
ミサトが四人のパイロットに指示を下す。
誰一人としてその指示に異論は無かった。なにせ情報が限られている。目標の動き、能力、全てが不明の中で立ち向かうのは無謀以外のなにものでもない。
問題は誰が先行するのか。定石通りにいけばアスカか、タローか。ただ、意外にもここでシンジが名乗り出た。
「僕が先行します」
「シンジくん?」
やけに自信がある様子のシンジ。まさか彼が名乗り出るとは思わなかったミサトはその名前を呼ぶと、彼はスクリーン越しにミサトの目を見て頷く。
この様子なら問題は無いだろう、と判断したミサトはシンジの意志を尊重した。
「ではシンジくんが先行、他三名はそのバックアップを」
「はい」
「オーケー」
「了解」
その判断にはタロー、アスカ、レイの三名も異論は無く指示に従う。
発令所内でも、シンジがテストを行うたびに自己ベストを更新していることは知られている。故に、誰一人としてその判断に異議を唱えず。
おそらくここにゲンドウがいれば結果は変わっていたのかもしれない。誰一人として、まさかシンジが浮かれているとは思っていなかったのだから。
「みんな、配置はどう?」
「まだ少し時間がかかる。あれの視界を避けようとするとどうしても」
「こっちもよ。目標が初期配置地点から遠ざかって行ってるせいでね」
「私もまだ」
ちょうど出撃地点とレリエルの移動ルートが噛み合ったシンジは、早くもレリエルの側に。
一方でタローたちはルート選びに中々手間取っており、シンジと合流するのには少し時間を要する状態。既に三名とも、アンビリカルケーブルの範囲外に出て接続し直す、という行動を数回行っている。
それだけ慎重に作戦を進めようとしているのだ。ホームグラウンドとはいったものの、市街地への被害を考えると能力がわからないうちは手の出し用が無い。
(あれってどうやって倒すのが正規なんだろ......)
多少はレリエルについて覚えていたタローが考える。どのようにして倒すのが正解なのか、と。
だからこそ彼は見落としていた。シンジがこの作戦でどういった行動に出るのかを。
彼が思い出した時にはもう遅かった。
「こっちで足止めだけでもしておく......!」
ボソリ、と呟いたシンジ。
その声を聞いたタローは制するが、もう後の祭り。
「ッ、待て!!」
タローの声とほぼ同タイミングで、シンジが初号機の手に持つピストルの引き金を引く。
ダン、ダン、ダン、と三発の弾丸が放たれると、それはレリエルの白黒の球体部へと向かっていき。着弾する直前に球体は姿を消した。
「消えた!?」
発令所でエヴァからの映像を見ていたリツコが驚く。直後、けたたましいアラームが鳴り響く。
先ほどまでの不気味なほどの静寂さから、突然空気が一変。発令所が焦りに包まれた。
「何!?」
「パターン青、使徒発見! 初号機の直下です!!」
欲しい情報だけを得るために、手短に聞いたミサト。それにマコトが答えると同時に、初号機の足元に影が広がった。
「かっ、影が!? 何だよこれ、おかしいよ!!」
まるで底なし沼にハマったかのように、ゆっくり沈みゆく初号機。その中でパニックになったシンジは拳銃を足元の影に向かって乱発。
しかし弾丸は、まるで小石を湖に落としたときのように跡形もなく飲み込まれる。何かに気づいたシンジが視線を上げると、先程の白黒の球体が。
「な......」
消えたと思われた球体が目の前に現れる。意味のわからない見た目、理解の出来ない状況、想定以上の大きさによる恐怖。
全てがシンジの脳をパンクさせ、唖然と口を開けて立ち止まってしまった。
「シンジくん! 急いで離脱を!」
ミサトが大声で呼びかけるも、シンジが現実に戻るまで数秒のタイムラグが。
気づいた頃には、初号機は腰付近まで影に飲み込まれていた。
「ああ!? ミサトさん! これどうなってるんですか!? みんな! 援護は!?」
「プラグ射出信号送って!」
発狂するシンジに、ミサトはパイロットだけでもとマヤに指示を飛ばす。
ただ、それが出来るならマヤもとっくにそうしていた。
「ダメです、反応ありません!」
その間にも初号機は徐々に飲み込まれていく。胸付近まで影に呑まれたところでもがくように両手を伸ばしていた。
「誰か! 誰かァ!!」
「ッチ、こんちきしょー!」
このままシンジと初号機が飲み込まれるかと思われた時。最短ルートを駆け抜けてきたタローと壱型が現れる。
初号機といっしょに飲み込まれていく兵装ビルにプログナイフを突き立て、足を食い込ませた壱型が、その腕を掴んでみせた。
「はぁあああああッ!」
気合の雄叫びと共に、ATフィールドを中和しながら初号機を掴む手に目一杯力を込めるタロー。
ズズズ、とゆっくり。しかし確実に初号機が持ち上がっていくのに対して。壱型が掴まっている兵装ビルが飲み込まれていく。
木登りの要領で兵装ビルをよじ登り、同時に初号機を引っ張り上げるタローだが。初号機が腰まで持ち上がったところで、時間がないことを悟った。
「悪いシンジくん、初号機! すぅ、ヤアッ!」
「うっ!」
影に足をつける壱型。その足が沈み込む前に、踏ん張りが効くうちに初号機の腕と腹を抱えて引きずり上げ、その勢いのままに影の範囲外まで投げ飛ばす。
ギリギリ影の範囲外へと免れた初号機は背中から落下し、シンジは衝撃で息を漏らす。彼が自らをすくい上げた壱型を見ると、既に膝まで影にのまれていた。
「タローくん!」
「アスカ、レイ! 壱型の救出急いで!」
まだ間に合うと、ミサトが少し離れた位置に居るアスカとレイを救出に向かわせる。
既に二人ともエヴァを走らせ、タローの位置へと向かっていたのだが。
「ダメだ! 離脱してッ!」
「はぁ!?」
「っ」
タローがアスカとレイによる救助を拒む。
距離が離れているため未だ自分の目で状況を確認できていないアスカはやや怒るように言うが、壱型の周囲を目視したレイはなぜかを瞬時に理解した。
初号機を引っ張り上げた時とは異なり、足場になりそうな兵装ビルが既に全て飲み込まれていたのだ。広大な黒い影の中央にただ一人、ポツンと壱型が沈んでいくだけ。
遅れてやってきたアスカもその光景を目撃し、言葉を詰まらせた。
「なら!」
アスカが機転を利かせ、壱型につながるアンビリカルケーブルのもとへ弐号機を走らせる。
彼女が何をしようとしているのかを感じ取ったレイも、同じように零号機をアンビリカルケーブルの場所へ。
弐号機と零号機、ニ機のエヴァが壱型につながるアンビリカルケーブルを綱引きのように引っ張った。
「せー、のっ!」
アスカの掛け声と共に、アンビリカルケーブルを引っ張る。
しかし、長く垂れ下がったアンビリカルケーブルは一部が影へと飲み込まれており。引っ張ると同時にそこだけが切断されてしまった。
「壱型、内部電源に切り替わりました!」
「そんな!」
それまでは繋がっていたアンビリカルケーブルが切断されたことに、アスカが吐息混じりの声を出す。
タローはというと、影の中央で直立不動。下手に動いて電力を消費するよりも、このまま飲み込まれたほうが吉と判断していた。
その考えをミサトにも伝える。
「ミサトさん、二人を後退させてください」
「......」
どうなるかもわからない状況下。にも関わらず、普段通りに冷静さを保って言うタロー。
ミサトは拳を真っ白になるほど強く握りしめ、奥歯を鳴らしてタローの顔を目に焼き付ける。
「ミサトさん!」
壱型が胸まで飲み込まれ、タローが指示を急かす。
ミサトは腹を括り、溢れ出す気持ちを振り切ってアスカとレイに告げた。
「アスカ、レイ。後退よ」
「ちょっと待ってよ! まだ方法が」
反対しようとしたアスカは、スクリーンに映るミサトの顔を見てその勢いを落とす。
目元に深くシワを作り、必死に耐えるミサト。何よりも自分が無力であることを恨む彼女に、アスカもレイも何も言うことが出来なかった。
「......後退します」
弐号機の腕を掴み、レイがミサトの命令に従おうとする。
踵を返す前、レイはしっかりとタローの顔と沈んでいく壱型の姿を目に捉えた。
「必ず助ける。だから待ってて、白露くん」
「......うん。頼んだよ、綾波。アスカも」
レイは頷き、零号機を走らせる。
手を引かれる弐号機は逆らうこともなく、ただ流されるままに足を動かしている。そのエントリープラグの中で、アスカは瞳に涙を浮かべてタローに手を伸ばす。
「諦めるんじゃないわよ。絶対に」
すがるようにアスカが言った。
「ああ、当たり前だよアスカ。......生命維持モードに切り替え。12時間後に全てを賭けます! 後は任せました、ミサトさん! みんな! 待ってるからな! シンジく------」
生命維持モードへ移行したことで瞳の輝きが消えた壱型が、ついに全身を飲み込まれる。
通信は途絶え、発令所からは一切の干渉が不可能に。壱型とタローがどこにいるのか、どうなっているのかもわからなくなる。
唯一残されたのは、生命維持モードで少なくとも16時間は最低限パイロットの命が保証されるという事実と、12時間後にタローが行動を起こすつもりだと言うこと。
ファーストコンタクトは完全な敗北。遠ざかる黒い影を背に、アスカとレイはただ走ることだけに集中。
「......僕の、せいだ......」
投げ飛ばされた初号機の中で、シンジがぽっかりと穴が空いたようになった影に吐き捨てる。
(僕が先行しなければ。僕が早まって攻撃をしなければ。僕が......)
行動を振り返れば振り返るほどに自分を呪うシンジ。自らのせいで親友が使徒に取り込まれた、という事実。
だがその事実から逃げたり、心が折れたるするほど、シンジは弱くは無かった。
「絶対、助けてみせるから......!」
ゆっくりと初号機を起き上がらせ離脱するシンジ。
ヤシマ作戦前、弱音を吐いてタローにガチギレされた過去が効いていた。大人たちとは違って、自分には戦う力が、エヴァがあるのだと知っている。
確かにもとを辿れば、彼が自らの力を過信したことが今回の結果をもたらしたかもしれない。しかし、何事も失敗しなければ学びには繋がらない。
そんなタローの理論にすっかり洗脳されているアスカとレイは、クヨクヨしていないなら何も言うまいと無言のまま。
発令所ではミサト主導に、タロー救出作戦に向けて早くも切り替えていた。
「ヘリを要請して。周囲の状況をこの目で詳しく見てくる」
「私も行きます。近づけば壱型の信号を受信できるかもしれませんから」
動きを見せなくなったレリエルに、直接その姿を拝んでやろうというミサト。
居ても立っても居られないマヤは、彼女についていくことに。
「急ぎ、レーザーの要請を。球体と影の分析は私がやるわ」
リツコはまず使徒の構造を把握しようと、ありとあらゆる機材を要請する。
データが無いなら引きずり出してやろうと、MAGIとの共同作業に着手した。
「国連軍に通達、周囲の包囲を」
「市民の避難範囲拡大、収容ブロックはCブロックへ」
マコトとシゲルはやる気に満ち溢れる女性陣のサポートに徹しようと、周囲への被害を最小限に抑えるための工夫を凝らす。
その他の職員も、自らの頭で考えうる最善かつ権限の範囲内で出来ることをしようと忙しく動き出す。
そんな中でミサトは、胸ポケットからスマートフォンを取り出し電話アプリを開いた。
「......いや、最後の手段ね」
「どうしました? 葛城三佐」
何かを踏みとどまったミサトにマヤが声をかける。
ミサトは笑顔を作って「なんでもないわ」と言った。
「行きましょうマヤちゃん、安全は保証されていないけれど」
「構いません。それでも、私に出来ることがあるのなら」
脅しにも屈さず、ノートパソコンを抱えて真剣な目をするマヤ。
彼女の肩を叩き、背中で着いてこいと語るミサト。
そのスマートフォンには、ドイツ史上最高の天才。泣く子も黙る女傑の連絡先が表示されていた。
ドイツのやべー女「む? うちの子が危ない気がするわ」Bダッシュ
シンジくんも中学生なので親父と仲良くできてて実験の成果を褒められたら空回りくらいします。
でも受け入れ具合と懐の深さがレリエルくんより広くて深いタローくんのお陰でメンタル激強なので、立ち直りは速いです。なんなら回り回ってレリエルぶっ殺! になってます。
物語の密度と1話ごとの文字数について
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サクサク進む(3000~4000字程度)
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少し書き込む(5000~6000字)
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ガッツリ書き込む(7000字以上)
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サクサク書き込め