ただひたすらアスカを愛してみた   作:たっちゃん☆

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34話 アスカの過去、癒えた傷

 ネルフドイツ支部からイェーナ・レーマン、及び数名の技術課職員たちがネルフ本部に異動してきて数日。

 本部をも上回る技術力と独創性を誇るドイツ支部の職員たちは、先にドイツ支部からやってきたミサトたちの協力もあり早くも本部に馴染んでいる。

 しかし、ドイツ支部の職員たちがやることはあくまでエヴァンゲリオン:プライマル 壱型に関連することのみ。当然イェーナは本部の業務の手助けをすることもあるが、本部にやってきたのはドイツ支部所属の壱型を管理するという名目であるため必要以上の干渉はしないように徹底している。

 

 葛城家の生活にも変化があった。朝、いつものように当番制で担当になったタローが朝食を作っていると。葛城家のチャイムが鳴らされる。

 

「はーい」

 

 以前より多めに作っている野菜炒め、IHの電源を落としてタローが玄関へと向かう。

 鍵を開けると、扉がスライドされる。その向こうには、長身の女性が。

 

「おはよう、タロー」

「おはようございます、イェーナさん!」

 

 パッと見の鋭い雰囲気とは正反対の優しい笑みを浮かべたイェーナだ。

 彼女はネルフ本部、日本に移住するに当たって葛城家の隣の部屋、コンフォート17マンションに入居した。

『エヴァンゲリオンを担当するなら、そのパイロットの様子も常にわかるようにしておくべき。ついでにミサトが暴走していないかの確認もできるから』という理由でお隣さんになったイェーナだが、アスカには『どうだか』と見破られていた。

 

 ネルフドイツ支部時代のように、またお隣さん同士になった四人。女性1人分くらい対して変わらないから、という理由でタローとアスカはイェーナの朝、昼、夜も三食作ることにした。

 とはいえイェーナもミサトと違ってプライドがある。二人に料理を教えた師範として、食事当番の名簿に自分も加えており、以前よりもタローとアスカの負担は減った。

 レイの昼食に関しても、イェーナ自身どちらかといえば肉より野菜を好むため、彼女の事情を理解し問題なく対処。お陰でたった数日のうちにレイからのイェーナに対する好感度はうなぎ登り。

 

「ミサト、今日は送っていくわよ。私の出勤時間が同じだし、昨日は夜が遅かったでしょう? 少しでも休んで体力を回復しておきなさい」

「エッ! いいんですかイェーナさん!? いや~助かります! テヘッ」

「イェーナも大概ミサトに甘いわよね。仕事だとがっつり絞られてるみたいだけど」

「まあ、ミサトさんって後輩力高いから。いやイェーナさんの先輩力が高いだけか?」

 

 ミサトが甘え上手すぎるのかイェーナの面倒見が良すぎるのかで頭の上にクエスチョンマークを浮かべるタロー。

 四人揃って食事をするのは実に四年ぶりのことだが。通話自体はそれなりの頻度でしていたこともあり、まるでずっと一緒に居たかのような雰囲気で食事が進む。

 

「ねえ、タロー」

 

 不意に、アスカがタローに耳打ちする。

 何も意識していない状況で、耳にアスカの吐息がかかったことでタローは小さく体を震わせた後。平生を装って顔を向ける。

 

「どうしたの?」

「今日、実験とか何も無いでしょ? 二人だけで話したいと思って」

 

 茶碗を片手に言いながら、米を口に運ぶアスカ。

 二人きりの時間ならわざわざ言わなくとも生まれるが、それでも彼女がそう言ったことに、タローは何かを感じて承諾した。

 

「わかった。ちゃんと開けておく」

「ん」

 

 朝のその会話以降、タローから見てアスカの様子は普段と変わりなかった。

 今日は出るのが早いミサトとイェーナを二人で見送り、レイの弁当を手にして出発。学校に着いてそれをレイ渡し、トウジといっしょに登校してきたシンジに挨拶し、学生生活を送る。

 そして放課後になれば、途中までをシンジとレイを含めた四人で帰り。『また明日』というシンジと別れ『今日も、用事があるから』と最近指先に絆創膏を巻いているレイと別れ、二人で葛城家に向かうタローとアスカ。

 

 朝の件に関しては互いに触れることも無く、タローがお風呂に入り、続いてアスカが入り。学校から渡された課題をこなして、ミサトとイェーナが帰ってくるのはまだ先で、夕食準備までのリラックスタイムに入る。

 半袖にジャージのズボンと、ラフな格好をしてリビングでニュースを見ていたタローの手を、アスカが取った。

 

「アスカ?」

「来て」

 

 髪は解き、タンクトップにホットパンツとずいぶん際どい姿のアスカ。

 

(アスカさん脚長すぎてちょっとお尻の始まりというかなんか見えてないですか? やべ、鼻血が)

 

 そんな姿の彼女に手を引かれ、タローはアスカの後ろ姿を見て思わず唇を閉じるのに力が入る。

 それがアスカの狙い通りであるとは知らない彼は、二人の寝室に連れ込まれた。

 

「座って待ってなさい」

 

 手を解放されたタローは、大人しくベッドに腰を下ろす。

 アスカはというと、寝室のふすまにいつの間にか取り付けた鍵を掛け、タローに背を向けたまま大きく息を吸ってから吐く。

 振り返ったアスカの顔には、覚悟が見えた。

 

「隣、おいで」

「......はっ。ほんと変わんないわね」

 

 ポンポンと左隣を叩くタローを見てアスカは憑き物が落ちたように、瞳がいつもの垂れ目に変わる。

 ゆっくり歩いてタローの横に腰を下ろしたアスカは、体ごと彼の方へ向けて目を合わせる。

 

「今まで、ちゃんと話してなかったことを話しておこうと思ったのよ」

 

 準備は良いか、と言うように切り出すアスカ。タローが黙って頷くと、彼女もまた頷いて続けた。

 

「あたしの家族のことと、タローと出会う前のこと」

「アスカの家族」

「そ。前までは、ずっと。思い出したくなかったんだけど」

「......無理に話さなくても」

 

 僅かに言葉を詰まらせたアスカにタローが言うと、彼女はタローの唇にそっと人差し指を当てた。

 

「ダメよ、それじゃ。あんたの全部が欲しいのに、あたしのこと何も言わないのはフェアじゃない。あたしが知ってもらいたいだけだから」

「そういうことなら聞かせてほしい。オレの知らないアスカのことを」

「もちろんよ。同情とかは要らないから」

 

 そうは言ったものの、やはり緊張があるのか。人差し指をタローの唇から離したアスカは、ベッドに座り直すと部屋においてある小さな冷蔵庫から水を一本取り出し、一口飲む。

「ん?」と口に水を含んだままそのペットボトルをタローに差し出すと、彼も喉の渇きを潤し、ペットボトルはキャップを閉められ再びアスカの手に。

 

「って言っても、もう人生の3分の2くらいはタローと一緒に居るわけだし。驚くようなことは出てこないかもしれないわね」

「それでも、アスカのことをもっと知られるだけで充分だし」

「よく言うわよほんと。じゃあ初めに、あたしの両親のことね。タローは、あたしがクォーターっていうのは知ってるでしょ?」

「ドイツ、とのだよね?」

 

 手調べに出された質問にタローは答える。

 アスカがドイツとのクォーター、というのは以前に彼女自身も言っていたことだからだ。それをタローが忘れることはなく即答。しかし、次の質問には少し答えるのに時間がかかった。

 

「ドイツとどこのだと思う?」

「え? それは......日本、と。あれ、でも4分の1がドイツなのか日本なのか、良く考えたら全然知らないかも......」

 

 色々と考えて軽く混乱してくるタロー。目をグルグルと回すが、それだけアスカのことに真剣なのだ。

 アスカもタローが自分のことを真剣に考えてくれている、というのが伝わり「あれ? あれ?」と言いながら考え込むタローの左手に右手を重ねた。

 

「考えすぎ、別に間違えたって怒らないっての。正解はどっちもよ、ドイツも日本も4分の1」

「でもそれじゃあ、残りの4分の2。2分の1は?」

「そこを含めて、話してなかったなって思ったわけ。半分はアメリカよ」

「アメリカ!? そうだったんだ......」

 

 アスカはドイツとのクォーター、というイメージが強すぎたタローは、構成で言えばドイツよりもアメリカが優勢であることに驚き目を丸くする。

 そのリアクションに満足しながらアスカは続ける。

 

「ママがドイツと日本のハーフで、お父さんが......よく、わからないんだけど。アメリカ人」

「よくわからないって、どうしてまた」

「会ったことないのよ、全く。でも、当然あたしもママも人間なわけでしょ? その、男女間でそういうことがないと、子供は生まれないわけで」

 

 言わなくてもいいことを言ってしまった、と顔を赤くするアスカ。しかし、真剣な表情で次の言葉を待つタローの顔を見て、軽く咳払いして続ける。

 

「んん。それで、ママとの記憶を思い出してもやっぱり話に出てきたこともないし、あたしなりに色々調べてみたのよ。そしたらどうも、あたしのママってばかなり奇天烈というか、飛んでるというか」

「というと?」

「人工授精、って聞いたことあるでしょ? 特にアメリカではそれが進んでるみたいで、どっかの優秀な学者のとママのとをかけ合わせて生まれたのがあたしだった」

 

 淡々と話すアスカ。タローは相槌をうちながら話を聞くも、違和感が拭えなかった。

 

(アスカのお父さんって、お母さんが亡くなった後に不倫関係にあった女医と云々みたいな話じゃなかったっけ)

 

 僅かな記憶を頼りに、自分の知っているアスカの父親を呼び起こす。

 彼の知る限りではそうだったが、どうやらここでは全く別のようだ。

 

「国籍がドイツ、日本、アメリカの三つもあるからおかしいと思ってたのよ。代理出産で血の繋がりの無い女性から生まれることもあるらしいけど、ママは自分であたしを身ごもって、自分であたしを産んだの」

「今のところ、奇天烈要素は感じられないけど......」

「これだけ聞くとね。でも、ママが死んじゃってからずっと触れずにいた遺品を、ある時勇気を出して触ってみたの。そしたら日記に『今日、私は聖母マリアになります』って書いてあったのよ」

「聖母マリアになるって......ヘ!?」

 

 ずいぶん面白い言い方をするものだ、と少し笑ってしまったタローだが。聖母マリアになります、という言葉に隠された意味を考えると、今度は驚きのあまり目を大きく見開く。

 アスカも当時は同じ反応をしたようで、思い出しながら苦笑した。

 

「そういう反応になるわよね。あたしもまさかと思ってその先の日記も読んだけれど、今度は直接的な表現がされてて思わず頭を抱えたわ」

「あの有名な、あれってこと。だよね?」

 

 聖母マリアといえば。翻訳の仕方によるものだ、等色々な説があるが、一般的に広く知られる彼女がイエスを身ごもったときの状況とアスカの母親が同じ状況であると。そしてそれを直接日記に書いていた、ということに、タローは驚くばかり。

 アスカの言う奇天烈とは、この行動力のことである。とすぐ理解した。

 

「綺麗で優しくて、自慢のママだった。ママのことが大好きだった......でも、子どもだったあたしは、自分を置いて行ったママのことを、少し恨んでもいたと思う」

「......」

「だから、自分の中でようやく気持ちの整理が着いた頃に日記を見て。そんなことが書いてあったもんだから、正直最初は引いたけど。茶目っ気があるというか、そういう思わず笑っちゃうようなとこが、記憶の中のママそのもので嬉しかった」

 

 思い出しながら語るアスカ。タローの左手に重なる彼女の右手に徐々に力が入ると、タローは何も言わずに手のひらを返して手を繋いだ。

 

「ママはあたしのことなんて、ほんとはどうでも良かったんだ。そう勝手に思い込んで、楽しい思い出にも蓋をしてた。誰にも見てもらえない、だから誰かに見てもらおう認めてもらおう、そんな幼稚な考えをしてた時にあたしはタローと出会った」

「アスカ......」

「あんたと出会って、子供だったあたしの欲しかった全部が手に入った。満たされた。あたしを見てくれる、あたしを必要としてくれる......最近じゃ、視線があっちこっち忙しいみたいだけど?」

「ご、ごめん」

 

 急に飛んできた言葉の矢に、タローは力なく謝ることしか出来なかった。

 

「そんなタローのおかげで、閉じ込めてたママとの思い出を解放できたから。ママはずっとあたしのことを見てくれてて、今も多分、見てくれてる。いくら調べても詳細は出てこないけど、科学者だったママは実験中の事故でもうこの世には居ない。それでも、心は繋がってる気がするの」

 

 自分の母親がどうなったかを語るアスカ。その言葉に、タローはまたしても記憶違いがあることに気づいた。

 

(精神だけ取り込まれて、人形をアスカだと思って、っていうのじゃないのか。それとも、オレが知ってるつもりの知識が全部間違ってるのか。真希波さんが意味深なことを言ってたけど......)

 

 どうにも細かいところで。自分が知らないところで食い違いがあることにタローは疑問を持ちつつも、考えることは後回しで目の前のことに。アスカとの会話に集中する。

 

「......きっと、そうだよ。アスカのお母さんは、ずっとアスカを見てくれてる」

「ええ、きっとそうよね。まっ、あの日記を見て改めてママを身近に感じられたのは、同じくらい飛んでる人が保護者やってくれてるからってのもあるだろうし。それにも感謝しなきゃね」

「あっははは......確かにそうかも。オレも、なんだかんだ感謝しなきゃいけないことが多いよ」

 

 絶賛隣人に絞られているもう一人の同居人を想像しながら、タローは言った。

 アスカは手を繋いだまま、彼にもたれかかる。

 

「今まで触れないようにしてたとけど、お察しのいいあんたのことだから? 色々と気付いてたかもね。それでもちゃんと、あたしの醜いところも知ってもらいたかったから。あたしのトラウマを、あたしの弱さを自覚させて、それを塗り替えるくらい満たしてくれたタローには」

「ありがとうアスカ、話してくれて。オレが居ることで少しでもアスカの救いになっていたなら、それだけで嬉しいよ」

「救われてばっかりだから、いつかはあたしも、何かしらであんたのことを救いたい。変な話だけど、タローが使徒に取り込まれた時。自信があった」

「自信って、どういう?」

「タローを絶対に助け出せる、っていう自信。もうあたしは昔みたいに、一人で無理することも、無力なままでもない。弐号機って相棒が居て、他の人を信じる勇気をあんたが教えてくれたから」

 

 スッ、とアスカの顔がタローの首元に埋まる。

 人間不意打ちでも何度もされれば慣れるもので、タローが黙って空いている右手をアスカの背中に回して抱きしめると、首筋に冷たい空気と暖かい空気が交互に伝わる。

 深く息を吸って吐いてを繰り返したアスカは、やや紅潮して桃のようになった頬を見られないようにと、タローの肩に顎を置いた。

 

「ずっと忘れてたんだけど、前の実験で壱型に乗って、ママの遺品を改めて見返して思い出した人が居るの」

「壱型に乗って思い出すって、なにかきっかけが?」

「匂いよ。タローと似てるけどちょっと違う、でも落ち着くいい匂い。名前まではどうしても思い出せないんだけど、ママと仲が良かった綺麗な女の人で、長い茶髪の優しい人。あたしのことをママと一緒でアスカちゃんって呼んでくれてたんだけど......やっぱり、どことなくタローに似てるのよね」

「オレに似てる? 茶髪じゃないし、そもそも男だけど......」

「今みたいに抱きしめてくれるところとか、上手く言えないけどすごく似てる感じがするのよ。確かあたしと同い年の子供が居るって言ってたし。もしかしてそれがタローだったりしない?」

 

 実は知り合う前から接点があったのでは、と期待を隠さないアスカ。

 しかしタローは、残念ながらこの世界での親が誰でどんな人物なのかを知らない。

 期待を裏切ることになるが、それでも壊すことはしないようにと静かに答えた。

 

「どうだろう。正直、オレは親に関しての記憶が全くないから。でもアスカがそう感じるってことは、もしかしたりするのかも」

「もしかしてたら嬉しい?」

「そりゃあもちろん。だって、そうなったら互いのお母さんは喜んでくれそうじゃない?」

「......フフ、確かにそうね! タローはイギリス4分の1の日本が4分の3でしょ? あたしたちに子供が出来たら、完全に日本人寄りになったり白人よりになったりするのかしら」

「そ、それはどうだろ......すぐわかることじゃないし......」

 

 アスカの発言に色々と妄想が膨らんでしまい、思わず顔を背けてごまかすタロー。

 彼の肩に顎を置いていたアスカは、ニヤリといやらしい笑みを浮かべ、肩から顎を離し、タローの両膝にまたがると両手で頬を掴んで鼻と鼻をあわせた。

 

「じゃあ、確かめてみる? あたしは今でも全然構わないわよ、いずれはそのつもりなんだし」

「な、にゃにいって......」

「責任感の強いタローは、目移りもできなくなるだろうし」

「や、それは、ダメだってアスカ! そんな衝動的にならなくても、オレはアスカだけを」

「衝動的じゃないわよ、しっかり考えた上で言ってるの。今になって初めて言葉にするけど、あたしタローのことが」

 

 ウイイン、と玄関の扉が開く音がする。

 焦りと遅れてやってきた恥ずかしさで一気に顔を赤くしたアスカが急いで続きの言葉を紡ごうとするも、隣人を連れて帰ってきた同居人の声が先に響いた。

 

「たっだいまぁーっ! あれー? タロちゃん~アスカぁ~? どこォオーーーーッ!?」

「落ち着きなさいよ。勉強してたら邪魔になるでしょう」

「無理ですゥイェーナさん! 無理なのでスゥッ!! 早く成分補充しないとダメなんです! 早く出てきなさい二人とも! おかえりのハグをするわよッ!!」

 

 ミサトの叫び声に、ムードを完全に壊されたとアスカは震えて弐号機よりも顔を赤くする。

 まるでやかんでお湯を沸かしたときの様な音が聞こえてきそうなほど怒り心頭のアスカは、タローの上から下りてふすまの鍵を開け放つと、大きく口を開いた。

 

「こんのバカミサトォッ!!」

 

 怒れる乙女の叫びは、第三新東京市の夕暮れ空に消えていった。

物語の密度と1話ごとの文字数について

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