ただひたすらアスカを愛してみた   作:たっちゃん☆

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普通に忙しかったのと、下書きを間違えて全消しして時間がかかってしまいました。
しばらく忙しいので頻度は落ちるかもしれませんが、2週に1度くらいは更新したいです。


36話 綾波家の食事会

 ある日の正午。第三新東京市の古い市営住宅に、六人の男女の姿があった。

 

「......」

 

 一際背丈の高い男、碇 ゲンドウは無言のまま歩く。しかし、その後姿には僅かながら期待のようなものが見える。

 隣に居る彼の息子であるシンジは、初めて訪れる場所に少し緊張している様子。

 

「楽しみね~、レイのお手製ご飯」

「レーマン博士が来てからは、ますます腕を上げたわよ。ミサトのようにはなりたくなかったんでしょうね」

「なにを~!? こっからカレーラーメンの良さがわかる娘に育ててやるんだから!」

 

 碇親子の後ろでは、ミサトとリツコが並んで歩いている。ミサトの言う通り、現在彼女たちが向かっているのはレイの自宅。

 リツコは既にレイの料理の腕前をある程度知っている。というのも、彼女がレイに頼まれて料理を教えた人物であるからだ。

 イェーナがネルフ本部にやってきてからは二人体制で指導にあたっていたが、イェーナの存在は『私も教えるわよ!』と独創的な料理を教えようとするミサトを容赦なく蹴散らすことに一役かっていた。

 

「......なんか、ちょっと緊張してきたかも。オレが一番ドキドキしてる」

「ほんっとレイに対して過保護ね。それよりも、あの無機質な部屋が心配よ。流石に殺風景だからクッションとか揃えてあげたけど、隅に積まれてるかもしれないわ」

「それは流石に......ない、よね?」

「......どうかしら」

 

 更にミサトとリツコの後ろでは、タローとアスカが綾波宅について心配が止まらない。

 レイが葛城家へ来ることは頻繁にあるが、逆に綾波宅へタローとアスカが行くことは滅多にない。余計なものは置かない超ミニマリストなレイではあるが、アスカが『流石にこれは無いでしょ。同い年の部屋だと思えない』と生活を送るのに必要なものだけだった部屋を、豊かな生活を送れる部屋に塗り替えた。

 しかし、最後の訪問から時間が空いている今。綾波宅がどのようになっているのかは、二人にも想像がつかなかった。

 

「ここか」

 

 団地の中に入り、402号室。綾波の表札がある扉の前で止まるゲンドウ。後ろに続く五人も足を止める。

 ゲンドウはレイがどこに住んでいるかは知っていたものの。そこがどの様な場所なのかはよく知らずに居た。そのため護送車等で向かうことはせず、後ろの4人と同じようにモノレールから綾波宅まで歩いてやって来たのだ。

 

 人気のなく、冷たさが残る古い市営住宅。流石のゲンドウも転居を勧めようかと考えながらインターホンのボタンを押す。

 かつてタローが初めて訪れた時は砂埃にまみれたボタンのカシュ、という音だけが響いていたそれは、諜報部の粋なはからいで気づけば音を鳴らすようになり。ピンポーン、という軽快な音が響いた。

 それから少しして。玄関ドアの鍵が空く音に続き、キィ、と蝶番を鳴らしながらドアが開かれ、ガツンという音とともにドアガードがそれ以上開くのを止める。その隙間から、涼しげな赤い瞳がひょっこりと現れた。

 

「はい」

「来たぞ、レイ」

 

 鈴を鳴らしたような控えめな声でインターホンの呼びかけに応じたレイに、ゲンドウはシンジに対してと同じように優しげな雰囲気でもって到着を知らせる。

 レイは一旦ドアを閉めたあと、ドアガードによる固定を解除して再びドアを開ける。もともとは鍵すら掛けていなかったレイだが、タローに『鍵はちゃんと掛けておこうね』と言われ、アスカに『この家のインターホンって話せないの!? 信じらんない、無防備すぎ! 誰か来ても絶対にドアガードの隙間から確認して出なさいよ!』と言われ。一人暮らしの女性が持つべき警戒心と防犯力を得ていた。

 

「来てくれて、ありがとうございます。碇司令、それから......みんなも」

 

 ドアを開き切り、ニッコリと様になった笑顔を浮かべ全員の顔を一人ひとりしっかり見るレイ。

 シンジとミサトは彼女に微笑み返していたが、リツコはおよそ微笑みとは思えないほど気持ちのこもった笑みを、タローとアスカはまるで成長した愛娘でも見るかのように目に涙を浮かべていた。

 レイにとってはそれが彼らの平常運転であるため気にすることはないが、ゲンドウはその異様な雰囲気を背中にひしひしと受け思わず寒気を感じる。

 

「上がってください」

 

 そんなゲンドウにレイという名の天から救いの声がかかる。頷いたゲンドウは扉を抑えるレイの横を通り抜けて綾波宅に入り、続いてシンジ、リツコ、ミサト、タロー、アスカの順番でそれぞれ思い思いに「お邪魔します」という言葉と共に入る。

 ワンルームの廊下で七人となれば流石に窮屈になる。全員が入室したのを確認してから鍵とドアガードを閉めたレイは、家主よりも先に部屋へむかうのはいかがなものかと立ち止まるゲンドウたちの横を通り抜けて行き、部屋の中央に置かれた大きな長方形のローテーブルの周りに置かれた七つのクッションに順番に案内していく。

 

 最終的には、ゲンドウ、シンジ、タロー、の男性陣の列と、レイ、リツコ、ミサト、アスカの女性陣の列と4対3の形に座る。

 ローテーブルの上には、既に用意されていた野菜炒めや煮物といった惣菜たちが湯気を立てており。ミサトは今か今かと空腹にお腹を鳴らす。

 しかし、レイが座らないのを見て察したタローとアスカが立ち上がった。

 

「手伝うよ、オレは何を配膳する?」

「あたしも。どれ持っていけばいいわけ?」

「白露くん......アスカ......」

 

 招かれた立場とはいえ、当然のように手伝いを申し出る二人にレイは目を細めて僅かに口角を上げる。

 ゲンドウたち大人組やシンジも気付いていないわけではなく、手伝おうかと考えていたが。レイにとって誰よりも頼みやすいであろう二人が名乗り出たのなら必要はないだろうとゲストであることを貫いた。

 

「白露くんはご飯で、アスカは味噌汁をお願い」

「おっけえ」

「任せなさい」

 

 おぼんに白米を乗せたタロー、味噌汁を乗せたアスカは手際良くそれを配膳していく。どの器も同じ量になっている味噌汁はともかく、レイのさりげない気遣いで量を調節している白米を彼女の考え通り適した人の前に置いていくタローは、レイとのアイコンタクトに鼻を鳴らす。

 全員の前に白米と味噌汁、和食においてド定番の二つが揃ったところで、ようやくレイも席につく。ワンルームのキッチンで七人分もの食事を作り上げ。温かいものはどれも湯気がたっていることから時間を調整して料理に取組んだレイの苦労と思いやりは、料理をするパイロット仲間とリツコにひしひしと伝わっていた。

 

「......今日は、来てくれてありがとうございます」

 

 そのタイミングで、レイが口を開く。

 主催者の言葉に、ゲストたちは黙って彼女の顔を見ていた。

 

「普段、お世話になっているから。私の気持ちが伝わればと思って」

 

 食事会を開催した理由を初めて口に出すレイ。言葉よりも行動で示すことを選んだ彼女は、これ以上は必要ないと言わんばかりに手を合わせて呟いた。

 

「いただきます」

 

 直後、タローとミサトを筆頭に大きな声の「いただきます」が響く。

 まず先に食事に手を付けたのはミサト。お手並み拝見と味噌汁をゴクリと喉を鳴らしながら一口飲むと、目を見開きながら机の上に置いた。

 

「美味ッ!? レイにこんな才能があったなんて......!」

 

 長ネギとワカメが浮かぶ味噌汁に反射したミサトの顔は、眉がおでこから飛び出そうなほどに上がり目はお椀のようにまん丸。

 毎日タローとアスカの味噌汁を飲んでいるミサトがこんな反応になるとは、とリツコたちも続いて味噌汁に口をつける。

 

「あら美味しい。とても優しい味がするわ」

「中々やるわね......けど、あたしたちのとはちょっと違う感じ?」

「出汁が違うね、あっさりしてて凄い美味しいよ綾波! オレは長ネギ好きだからいくらでも飲める」

「......そう。良かった」

 

 タローの『いくらでも飲める』発言に、レイはやったぞと机の下で小さく握りこぶしを作る。

 レイの味噌汁は総じて好評。その中でも、碇親子はその味に漠然とした懐かしさを感じていた。

 

「美味しい。なんていうか、懐かしい味がする」

「......ああ」

 

 シンジの意見に同意するゲンドウ。綾波 レイの肉体が誰をもとに作られているか、ということを考えればそうなるのも納得できる。

 魂こそ違えど、体に刻まれた食の好みからか。ゲンドウはレイの作る味噌汁に妻であるユイの面影をみた。

 

「碇司令。いかがですか」

 

 ちょうど向かいの位置に座るレイが、ゲンドウに問いかける。

 一見すると無気力で無表情な顔。しかし、彼女自身も味噌汁の出来に自信があるのか『さあ美味いと言ってみろ』と言うかのような表情。

 それにまたユイを感じたゲンドウだが、レイのことはユイのクローンではなく、一人の人間として見ているゲンドウは、幼い頃から知る彼女の成長を素直に喜んだ。

 

「レイ、良くやったな。美味しいぞ」

「......よかったです」

 

 小さく口元を緩ませたレイに、今度はタロー、アスカ、ミサト、リツコが机の下でガッツポーズ。

 この場でゲンドウがいつものように回りくどい言い回しをしていたら、おそらく彼らにシバかれていたであろう。しかし、息子と同じ不器用さはあれど、空気を読むことは出来るのが幸いした。

 

 お世話になっている人に恩返しをしたい、というレイの願いはひとまず全員が味噌汁を好評したことで叶えられた。そうなれば、先程から空腹に腹がなるのを我慢していた作戦課長は我慢することをやめ。誰よりも取り分けようの箸に手を伸ばし野菜炒めに手を付けた。

 

「さあ食べるわよ! 野菜炒めにぃ、肉じゃがに~」

 

 ひょいひょいと自分の分を取っていくミサト。もしこの場にタローが居なければ、ミサトも例に習って上司に当たるネルフ本部総司令のゲンドウの動きを待っていただろう。

 しかし、タローが居るのなら問題ないと、ミサトは自分の本能に従って食べ進める。『よくわからんが、碇司令はタローくんに頭が上がらないらしい』とはネルフ本部の職員全員が共通の認識。

 基本冬月以外と話すことのない数年前ならまだしも、タローが来日して以降職員とのコミュニケーションもそれなりに取るゲンドウは、意外とノリが良いとも認識されている。だからこそ今日は無礼講であるのだ、と率先してミサトが示してみせた。それにはゲンドウも助かっていたりする。

 

「アスカ、それ取ってくれる?」

「んー? はい」

「どうよシンジくん、うちの綾波の肉じゃがは」

「なんでタローくんが得意げに......いや、でも確かに美味しいよ。タローくんをリスペクトしてる感じだね」

「碇司令、箸が進んでませんね! おら食いさない!!」

「......誰だね、葛城くんの飲酒を許可したのは」

「持ち物チェックをしておくべきでした。葛城三佐の」

 

 まさかのミサトがビールを持ち込んでいたことで、食事会の雰囲気は一気に騒がしくなる。

 ダル絡みされるゲンドウは思わずうろたえてしまい、翌日のミサトのメンタルケアをタローに押し付ける気満々。しかしミサトは酔っ払って寝る寸前に意図的に記憶を飛ばせる能力を持っているため、タローはゲンドウを見てニヤニヤするばかり。

 

 肉が嫌いなレイの主催する食事会となれば当然ベジタブルなものになるが。よくこれだけの量を仕込んだと料理経験者たちが驚くほどの量を準備していたことと、その全てが無心でかき込めるほど美味しいものであったことで全員が満腹になるのに時間はかからなかった。

 全ての皿が空に、味噌汁も米も主にタローとミサトのおかわり祭りですっからかんに。そろそろお開きという空気感の中で、泥酔し部屋の隅で土下寝しているミサト以外は各々がすべきことをしていた。

 

「レイ、洗い物あたしも手伝うわよ」

「オレもオレも」

「僕は食器とかまとめて移動しておくよ。机は閉じちゃっていい?」

 

 パイロットたちは食事会の締め作業を。

 

「ほらミサト、水よ。貴女いったいどこにこんな量のビールを隠してたの、昼下がりからこの有様なんて」

「ゔッ......気持ち悪い......」

「あれだけ食べて、制限されて前より飲む量減ったのに調子に乗ってガバガバ飲むからよ」

 

 リツコは今にも決壊しそうな葛城ダムの面倒を見て、ミサトは吐くまいと水を飲んでから一番楽だという土下寝の姿勢に戻る。

 

「白露、すこしいいか」

「はい?」

 

 ゲンドウが台所に立とうとしていたタローに声をかける。

 二人にパイロットたちからの視線が集まるなか、ゲンドウは一度レイの方を見た。

 

「レイ、すまない。重要な会議が控えているのでここで席を外す。それから、少し白露と話すことがある。借りるぞ」

「はい。今日は、ありがとうございました」

 

 にこりと口角を上げたレイに、ゲンドウは頷いて踵を返す。彼のことはまだ信頼に足りないのか、心配そうな顔をするアスカにタローは「すぐ戻るから」と言って後をついていく。

 先に靴を履いて外に出たゲンドウを追うように、タローも靴を履いて玄関ドアを開ける。キョロキョロと左右を見ると、ゲンドウはドアから少し離れた場所で砂っぽい風を浴びていた。

 

「話とは、一体なんですか?」

 

 隣に立ったタローが言うと、ゲンドウはゆっくりと体を向けた。

 

「この先は他言無用だ......近々、米国からエヴァ3号機がやってくる。お前には3号機のテストパイロットを任せたい」

「3号機のテストパイロット......」

 

 目線を落とすタロー。3号機のたどる末路を知っているとなれば、当然その要求を断る......訳が無く。少し考えた後に大きく頷いた。

 

「わかりました。やります」

「そうか。テストパイロットと言えど、所詮は起動実験のみだ。レーマン博士によるエヴァンゲリオン:プライマルの改修期間に使徒が来れば実戦投入もあるだろうが、よほどのことが無い限り他のパイロットたちでカバーする」

「起動実験だけですか。それが終わったら3号機はどうなるんですか」

「一旦はネルフ本部預かりになるが、エヴァンゲリオン:プライマルの改修が終われば米国支部に返却する」

 

 起動実験が無事に終われば、3号機は再び米国へと戻る。

 稼働するかわからないものを押し付け、それが稼働すると分かれば再び手元に。タローはリツコがやけにアメリカを嫌う理由が何となく理解できた。

 

 使徒云々を抜きにしても、まだ起動実験をしていないエヴァ3号機に乗るのはそれなりの危険が伴うことは確かだ。それでも、タローには自分がやらねばという強い意志があった。

 

(米国支部に返却するってことは、アメリカは3号機の本命パイロットは自分たちで用意するつもりなんだろう。ここでオレが断れば、米国支部はアメリカ国籍を持ってて成績も良いアスカにターゲットを向けること間違いなし。それは絶対に駄目だ)

 

 確実にそうだ、とは言えなくとも。これまでがタローの持つ知識通りに進んでいることから、使徒の侵食を受けている確率が高いエヴァ3号機。それにアスカを乗せるくらいならば、とタローにとっては3号機テストパイロットのオファーは渡りに船だった。

 計画通り、とやや悪い顔になるタロー。ゲンドウはその表情を緊張と受け取ったのか彼に背を向けて言った。

 

「起動するかは関係ない。とにかく、テストを確実に行った実績だけが残れば良い」

「へ?」

「お前はプライム・チルドレン、エヴァンゲリオン:プライマルのパイロットだ。3号機パイロットではないからな。......時間だ、レイによろしく頼む」

 

 不器用さ全開の心遣い。階段を降りていくゲンドウを見ながら、タローは笑いを堪えるのに必死で鼻の下を伸ばす。

 3号機が起動しなくとも、壱型が動かせるのだから問題ない。ゲンドウの言葉をそう解釈したタローは、空へと視線を移す。

 

「起動しなくたって、何があったっていいさ。アスカが無事ならそれでいい。悲しませるようなことはさせないって決めたんだ」

 

 先に何が起こるかわからないのなら気にしたって仕方がない、使徒と相乗りになるならば使徒を殴って追い出せばいい。

 タローの考えは至って単純。アスカが居るだけで強くなれる、と本気で信じる男は綾波宅へと戻る。すぐに、そのアスカが駆け寄ってきた。

 

「ちょっと」

「大丈夫大丈夫、ただの世間話だよ」

「ほんとかしら。未だにあれが何考えてんのかわかんないのよね、加持さんより危険よ」

「いや加持さんのほうが危険でしょ。あれ有害だもん」

 

 ゲンドウと加持に対して辛辣なアスカとタロー。

 アスカはじっとタローの目を見る。数秒間目を合わせれば、本当に何も無かった、というのがわかるのか。困り眉で小さく笑った。

 

「ま、なんにもないならそれが一番よ。ほら、洗い物しましょ」

「うん」

 

 アスカに言われ台所に立つタロー。ちょうどレイがスポンジを手にして洗い物を始めようとしていたところ、彼女の手からスポンジをひったくった。

 

「なに?」

 

 突然のことで驚いたのか僅かに手を跳ねさせるレイは、その恥ずかしさを隠すように急になんだ、と抗議の目を向ける。

 タローはそんなレイに向かって心のなかで『カワイイ!』とインターネットのおもちゃにされる伝説のスーパーヤサイ人の真似をした。

 

「絆創膏、まだ外れないでしょ? 綾波が痛い思いするのは嫌だから洗い物は任せて」

「......でも、白露くんたちはお客様だから」

「客には客の振る舞い方ってものがあるんだ。だから、また今度何か作ってくれる?」

 

 レイは少し考える。確かに、練習過程で包丁で切ったり軽い火傷をした指はまだ痛む。それでも、洗い物を始めてしまえば気にならないレベルだが。

 それでも、レイにはタローの気遣いがどうしても嬉しかった。綾波が痛い思いをするのは嫌だ、という言葉が何度も彼女の頭で反響する。それくらい、彼にとって自分が大切な存在なのだと実感させるように。

 

 白く細長い指に複数の絆創膏が巻かれているレイの手。改めて自分の手を見た彼女は、絆創膏で指が動きにくいくらいにしか思っていなかったのが、傷が勲章のように思えた。

 その手でレイはタローの左手を包み込む。ひんやりとした感触を左手に受けたタローが『どうしたの』と言う代わりに眉を上げると、レイは今日何度目かわからない笑顔を見せた。

 

「じゃあ、よろしく。白露くんやアスカが作ってくれたら、今度は私が洗うから」

「その時はお願いするよ。じゃ、オレこっちやるからアスカはそっちよろしく!」

「まだ大丈夫まだ大丈夫まだ大丈夫まだ大丈夫......え? わ、わかってるわよ! 任せなさいって!」

 

 一日に見せた笑顔の最高記録を更新したレイと、彼女がタローといい感じの雰囲気になっていたことで自分を落ち着かせるのに必死で話を聞きそびれたアスカ、鼻歌混じりに洗い物を始めるタロー。

 テーブルを片付け、その様子を遠目に見ながらシンジがボソリとつぶやく。

 

「もうここまでいったならドロドロの展開は見たくないなぁ」

 

 そのつぶやきにリツコは首がもげるほど頷いた。

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