「先生、なんでここに」
赤城くんはテーブル席に座ったまま、嫌そうにいった。
眼鏡姿なのは普段通りだけど、今日の彼はハーフパンツに半袖のポロシャツ一枚と普段より軽装に映った。
けどよく見ると服はブランド物のロゴ付きで素材も普段よりいい物を使ってるのが分かる。
「えっと、色々あってクワトロさんに頼まれ、て?」
アズキがいうと、
「なんで先生が生徒のお使いしてるんだよ」
ってもっともらしい返事。
アズキは本来のコミュ力の問題上、
「よね」
としか言えない。なのでかわりにスタッグが、
「色々あって彼女からファンシーエール一式を借りたままで。返却が遅れてしまった手前断れなかったものでして」
「ってお前スタッグ?」
指さして驚く赤城くん。
「はい」
ファンシーエールの姿でスタッグがうなずく。
いまの姿を再認識して恥ずかしくなったようで、箒を両手で握り、もじもじと委縮する様子はアズキの目に反則的に可愛らしく映る。あ、駄目。理性飛びそう。
「なんと。先日ぶりです師匠!」
ブルーティスがいった。
アズキとスタッグが揃って、
「し、師匠?」
って聞き返すとブルーティスは、
「はい。師匠!」
と、懐いた忠犬の眼差しをアズキ一切無視してスタッグに向ける。
この衝撃に、アズキも一度は飛びかけた理性が完全に正常化。
赤城くんはいった。
「あー悪い。この前の昇○拳や回転斬りでオレ以上に興奮してたみたいで」
「ブルーティスもそういうの好きなんだ」
アズキはつぶやく。
ブルーティスはスタッグに食いついて、
「あの時のステルスも見事でした。まさにゲ○マン忍術」
ゲ○マン忍術とは、魔女っ子武闘伝Gファンシーというアニメに登場する架空の忍術である。
これもFSL型が関係するアニメなので今回のイベントでも何かしらブース展開があるかもしれない。
ただ、彼の言い方から考えて、
「赤城くん、もしかしてこの子忍術はすべてゲ○マンって思ってない?」
「まさか。いや、まさかな」
アズキの言葉に、赤城くんは一度笑って否定してから一拍置いて自分のメダロットに疑いの目を向けて言い直す。
赤城くんは続けて、
「今度ブルーティスにNINJA戦士飛影みせねーと」
「ほんと好きなのね、そういうアニメ」
「ああ。邪王滅殺黒龍覇を見れば一発で分かってくれるはず」
「飛影ってそっち?」
スレイヤーな忍者じゃないだけマシだけど。あのブルーティスに見せたらなんか影響されて忍殺語使いそうだもの。
「それにしてもおどろきました」
スタッグがふふっと慎ましやかに微笑み、
「てっきり赤城さんは格闘ゲームや熱血アニメは好きでも魔女っ子は専門外だと思ってましたから」
「は? 何いってるんだよ」
赤城くんはいった。
「魔女っ子アニメって、めっちゃくちゃハードで熱いじゃないかよ!」
と、なんかガッツポーズまでみせて、
「少年漫画顔負けのガチバトルに、遠慮のない悲劇や人間模様。乗り越える主人公とそれに応えるマスコット。友情、努力、勝利」
なんて力説しだす。
「は、はあ」
アズキは相槌打つしかできない。
そこまで詳しいわけではないので、FSL型に限らず魔女っ子関連は大半が小さな女の子向けという印象だったのだ。
「たしかに。最近の魔女っ子は小さい子が見たら泣きだしそうですね」
「だろ、だろ」
でもって、どうしてかマスターのアズキよりずっと詳しそうなスタッグは頑張れば赤城くんの会話についていける様子。
「そういえばブルーティスで入場してるという事は」
「ああ。ふたりでGファンシーの名シーンをキメてやったよ」
赤城くんはいって、
「挑戦者が全然いなかったらしくってな。スタッフや他の来場者から拍手もらっちゃったよ。こんな感じで」
それが嬉しくていまも調子に乗ってたのだろう。
赤城くんはブルーティスと一度席を立つと、互いに向かい合って、
「流派東○不敗は!」
「王者の風よ!」
いきなり勝手にやりだした。
ふたりは激しく殴り合うポーズをとって、
「全新!!」
「系裂!!」
「いえもう結構です。お店に迷惑ですから」
スタッグが間に入って強引に止めた。
しかし室内の評判は意外とよく、奇異の目で赤城くんを眺めてた一部の女性客は拍手を始める。
ただスタッグが止めたこと自体は正解だったみたいで、
「お待たせしました。モーニングセットになります」
この落ち着いたタイミングを見計らって、ウェイトレスがテーブルに食事を並べる。
たまごサンド、サラダ、ヨーグルト、コーヒーのセットだった。
アズキもだけど、ここでスタッグは席に座らず話し込んでたことに気づいて、
「あ、ごめんなさい」
ウェイトレスと赤城くんにそれぞれぺこり。
スタッグは続けて、
「せっかくですのでご相席してもよろしいでしょうか?」
「オレは別にいいけど」
赤城くんはアズキに視線を向けるけど、さらにスタッグが、
「人混みで心細いみたいですので。なので可能であればこの後も一緒に行動して頂けたら嬉しいのですけど。名目上はアズキが保護者役、実際は逆で」
まって、赤城くんが保護者という話なの?
これには、
「マジかよ紅下先生」
赤城くんもドン引きの眼差し。
アズキがおろおろしてると、
「とりあえず、相席でいいから座ってくれよ」
と赤城くん。
スタッグが赤城くんの隣に座ったので、アズキがブルーティスの隣に座ると、
「今日、オレがここに来たのは誰にも内緒な。その条件でいいなら先生と一緒に動いてもいい」
「そのくらいなら」
元々秘密にしておくつもりだったし。
「なら乗った」
赤城くんはテーブルに膝をついて前かがみになる。
(あれ?)
ここでアズキは違和感を覚えた。
赤城くんの衣服越しの胸部がわずかに膨らんで映ったのだ。
気のせいだろうか。
生徒名簿でも彼は間違いなく男子なはずなのに。しかし一度疑問を抱えてしまうと彼の顔や体格まで女性的に思えてしまう。
「ん、どうしたんだよ先生」
しまった。つい眺めすぎてたかもしれない。性的な視線は向けてないとは思うけど、
「う、ううん。なんでもない」
アズキは必死に慌ててしまったので、スタッグが汚物を見る目を向けてくれた。
まあ、
「あ、そうだ先生。ここのお茶代奢ってくれよ、保護者役なんだからいいだろ?」
幸いにも赤城くんは深く気にしてないようだったけど。
カフェで休憩を終え、改めてアズキたちはメイン会場であるドーム内アリーナに向かうことになった。
「うっ、やっぱり人多い」
赤城くんを先頭に、アズキはまだ少し人混みの熱気に怯えながらスタンドを下りる。
普段は野球とかの試合で観戦客が座る席。
しかし今日はイベントのせいか全席立ち入り禁止となっており、内部廊下とアリーナを繋ぐ長い階段として使われていた。
思えば休憩ルームは、スタンド席が使えないので臨時で用意した場所だったのだろう。
同時に、この場所からはアリーナを上から一望できた。
メイン会場なだけあって、広いスペースを埋め尽くすように様々なFSL型関連のブースが展開され、逃げたくなる程の熱気が伝わってくる。
また巨大なモニターからは髪を紫にした少女と同じく紫色にカラーリングされたファンシーエールが映し出され、
『みんなぁ、こんメダ~! 初見さんははじメダぁ~! ロボトル大好きみんなのアイドル! まじかる☆ジャノメだよ~!』
って、大画面から来場者みんなに笑顔を振りまいていた。
たしか彼女はメダライブ所属のM-Tuberという動画配信者だったはず。FSL型との関連からイベントのゲストで呼ばれてたらしい。
『みんな、イベントに来てくれてありがと~! 今日は、まじかる☆ジャノメが来場者のみんなにイチオシブースをとくべつに教えちゃいます』
ただ、今回はLIVE映像ではなく編集されたものを繰り返し放送してる様子。
「そういえば赤城くんって気になる女子とかいないの?」
緊張を誤魔化すのも兼ねて、アズキはいった。
「は? なんだよ突然に」
「えっとほら、赤城くんっていつも神宮寺さんやクワトロさんと一緒じゃない。異性として気にならないのかなって」
「異性? あ? あー」
なんか変な反応。
「友達としか見たことないな」
「けど、ふたりともすごく可愛いじゃない」
「それは認める。けど中身を知れば知るほどあいつらを意識するなんて無理だろ」
「うーん」
アズキとしてはそうは思わない。
神宮寺さんは顔もスタイルもよくて、性格も明るく人懐っこい。クワトロさんは腹の底が読めない子だけどおつぱいだけで十二分に御釣りがくる。
この辺の女性の魅力は男子小学生にはまだ分からないのだろうか。
でも、
「というか、意識してたらあの時オレも少しは慌ててるって。ほら、えっと、あのとき。神宮寺のやつが先生に下着見せだしたあれ」
そのセクハラみたいなエピソードを男子である赤城くんが言ってしまうのにアズキは少々違和感を覚える。
「それに、あいつかなりまた板だし」
うん。たしかにその魅力は男子小学生にはまだ早いかもしれない。というかこの年齢で「胸無い女の子が好きだ」とのたまう男子がいたら正直怖い。
駄弁ってたおかげだろう。
アリーナに下りたときには、もうアズキから緊張はほとんど消えていた。
「すごい。どこを見ても無警戒の女の子だらけ」
「最初からそうでしたけどね」
スタッグが呆れる中、アズキは今ごろ熱気に酔いながら周囲を眺める。
さすが女の子向けイベントだ。みんな可愛い格好をしている。
その一方で会場が熱いのを予想して、休憩ルームにいた子たちのように薄着や露出高めの服を着ている人も多く、疲れた脳を目で休ませてくれた。
ここで、
「マスター、Gファンシーのブースがありましたよ」
展示ブースのひとつを指さし、ブルーティスがいう。
赤城くんは目を輝かせ、
「うおっ、マジかやった!」
って飛びついて行った。
(男の子だなぁ)
なんてアズキが思ってると、スタッグがアズキの手を引いて、
「アズキ、魔女っ子戦士ファンシードのブースがありましたよ」
「って、こっちも!?」
アズキは驚く。
しかもメダロットの全長は大体一メートル程。早く早くと急かすスタッグの姿は、まるで幼い子供みたいに映る。
幸運にも互いのブースは隣同士なので、アズキはスタッグについて行くことにした。
ブース内ではアズキの知らないFSL型メダロットがいくつも並んでいた。おそらくアニメに登場した架空のメダロットを再現した模型だろう。
スタッグがいった。
「私はシソ派です。アズキは誰ですか?」
「へ?」
し、シソ?
「ファンシードの主要人物ですよ。キラ・トマト、ナスラン・ザラメ、シソ・アスカだとは誰が一番好きですか?」
「ごめん分からない」
というか、逆にどうしてスタッグはそこまで魔女っ子アニメに詳しいの?
アズキが困惑してると、いつの間にか合流してきた赤城くんが、
「なんだよ先生ノリ悪いな」
といって後ろから肩を抱いてきた。
(あれ?)
アズキは思った。
背中になにか柔らかいものが当たったような。おかげでせっかく頭から消えていた疑惑がアズキの中で再浮上する。
「あれ、先生?」
何も反応しないアズキにきょとんとする赤城くん。
「え? あ、ごめん何でもない」
少し遅れてから、慌ててアズキは返事。
「えっと、赤城くん楽しそうだね」
ロボトルの時もヨーヨーに反応してたけど、それ以上に今日の赤城くんは普段の印象とは全然違う。
いつもの彼は、モッチーズの中でも冷静な常識人ポジションというイメージだ。
けど、今日の彼ははしゃいでいる。
すごく、はしゃいでいる。
「当たり前だろ。ずっと前から予定立てて楽しみにしてたイベントだし」
直後だった。
突如として会場内から爆発が起こり、一瞬にして辺りが悲鳴の混じった騒然に包まれる。
(え、なに?)
アズキが驚くと同時に、
「ブルーティスさん、マスターたちをお願いします」
スタッグはすぐ頭部パーツのステルスを起動、
「あれ?」
しようとした結果、頭のプロペラが回転し、ハートマークの形にナノマシンを集めた粒子が放出される。
そういえば今のスタッグはファンシーエール。姿を隠す機能を一切持ってないのだ。
「い、行ってきます」
恥ずかしそうに言い直してから、仕方なくスタッグはそのままブースを飛び出して辺りを確認。
アズキはメダロッチのモニター機能を使い、赤城くんやブルーティスと一緒にスタッグの視界と共有した映像を覗き込む。
会場からは、奥に設置されたステージの他、スタンド席の四方から煙が上がり、次第に中から人型の黒い影が姿を現す。
黒い影はいった。
「ロボロボ。ここで来場の皆様に報告ロボ。たった今よりこのイベント会場は我々ロボロボ団が支配したロボー!」
直後、悲鳴混じりの騒然は一気に落ち着いた。
「なんだロボロボ団か」
って。
まじかる☆ジャノメは正気山脈先生著「メダロットSAGA」のキャラクターです