「スタッグ、私逃げたら駄目かな?」
『駄目です』
今日も
現在、アズキはTMZ社が管理する研究施設にいる。
この場所はエージェントにとってのアジトであり、今日アズキは教師として赴任してから最初の定期報告で訪れていた。
すでに受付で上司に取り次いで貰うよう伝えてあり、いまはロビーで待機中。
「気が重い」
アズキがいうと、
『威圧的な方じゃないのですから、そろそろ慣れてください』
「怖い人じゃないとは言わないのね」
『ああ見えて怖い、いえ恐ろしい方だとキクナさんから聞いてますので』
なんてスタッグと会話してると、
『紅下アズキさん。奥にお進みください』
アナウンスが鳴った。
上司と連絡が取れたらしい。
アズキは廊下を進み、部屋の前に立つ。
「紅下です」
『お入りください』
聞こえたのは舌足らずな、しかし優しい女性の声。
「失礼します」
アズキは扉を開けて部屋に入る。
中は空間すべてが機械装置と化した、いかにも未来的な研究室といった薄暗い外観。
しかし正面に設置されたテーブルには誰も座っておらず、かわりに奥の壁と一体化したモニター画面に幼い女性がひとり映し出されていた。
『こんにちはです、アズキさん』
彼女はブルー博士。もちろん組織内での通称であり本名は
アズキやキクナを含め近辺エリア内のTMZエージェントの指揮権を一任された研究員であり、同時にキクナの母親でもある方だ。
キクナを受け持ちの生徒よりさらに一回り幼くしたような見た目をしてるが、これでも年齢は三〇を超えた経産婦である。
ブルー博士はモニター越しに柔和な笑みをみせて、
『教師生活は順調ですか?』
「はい。思ったよりはですけど」
アズキはいってから、
(やっぱり、この作戦を決めたのはブルー博士なのかな?)
キクナの上司となると、彼女以外に考えられないのだ。
ここでスタッグが、
『あの博士? どうしてアズキを学校に送り込む事にしたのですか?』
まさにアズキが確認したかった内容をいってくれた。
博士は、
『アズキさんは子供が好きだそうですから、適任だと思ったのですけど』
「えっと、子供好きの意味が」
いや、やめておこう。アズキは挟みかけた口を閉じる。
ブルー博士は、もしかしたら本当に健全な意味で受けとってるのかもしれない。
だとしたら、子供好きの意味がロリコンと気づいた時点で担当を変える危険性がある。潜入当時ならともかく、今は任務を解かれるわけにはいかない。
FSL型イベントでの赤城くんを介してモッチーズは敵ではないと改めて確信できた。
だからこそ逆に、事件の真相を追ってる彼女たちを野放しにしたら、踏み込み過ぎて第二の被害者になる危険がある。それだけは回避しないと。
それに、アズキはモッチーズの口から受け持ったクラスの闇を聞いてしまった。
幸運にも教え子たちがアズキとスタッグを受け入れ始めてくれた手前、こんな形で退任して生徒たちの心に追い打ちをかけたら、間違いなく一生後悔する。
『いい顔をしてますね』
ブルー博士がいった。
『純真に生徒たちを愛し、真心から教え子を護ろうと決めた教育者の顔です』
「えっと、その」
まあ。
『大丈夫ですよ。エージェントとしても子供たちを護るのは大事な任務ですから』
博士はにこりと微笑んでから、
『それでは本題に入りますね。潜入開始してから、これまでの間に進展があれば報告をお願いします』
どうやら、それはそれという話らしい。
アズキはいった。
「生徒の中に、事件の真相を追ってる子がいました。巻き込むと危険だと判断し、子供たちの側について内側から事件を遠ざけようかなって」
『モッチーズですね』
知ってたらしい。キクナの報告だろうか。
『ですけど、同時にモッチーズは私たちの追ってるロボロボ団もしくは別の黒幕側にいる可能性もあると聞いてますけど』
「勝手な判断ですけど、疑うのはキクナに任せてます。私は、えっと、立場から、変に疑ったせいで何かあった時に信用されず手を伸ばせないほうが問題かなって」
『わかりました』
駄目とは言われなかった。アズキがほっとしてると、
『ところで明日ですけど、時間は空いてますか? 緊急で任務をひとつお願いしたいのですけど』
「え?」
といった経緯で、
「ねえスタッグ、帰りにスイマーメイツ買っていい?」
「駄目です」
現在、アズキは室内の市民プールにいる。
恥ずかしながら水着姿だ。なお今回のスタッグは普通にセーラースタッグの姿で隣に立ってるため、
「お願い。きっと今日は帰った後、スタッグの水着姿も見たかったって思うはずだから」
「まだ起きてないのに言わないでください」
「だって」
アズキは意気消沈しながらいった。
「せっかくプールにきたのに、今日は仕事で遊べないという話だから」
ブルー博士がいうには、どうやら今日ロボロボ団がプールで騒ぎを起こす可能性があるという情報をセレクトから入手したらしい。
ただ今回は協力を要請されたけではなく自主的な捜査。セレクトと手柄を巡って敵対する可能性もあるので任意参加と言われたのだけど、
(断れるわけないじゃない)
アズキは当時を回想しただけで溜息が出そうになった。今回もキクナが一緒とはいえ。
施設内はかなり暑かった。
季節はまだ夏とはいえなかったが、天井からは太陽の強い陽ざしが再現され、空調によって室温は三〇度超え。
このプールでは、室内を活かして一年ずっと人工の夏を体験できるのだ。
だから、今日も辺りを見渡せば水着の女性がそれなりにいる。
「ねえスタッグ」
アズキはいった。
「辺りの水着が刺激的すぎて、仕事したくても前向けない」
「アズキの女性免疫の低さには、たまに性犯罪とは逆の意味で心配になります」
スタッグが呆れる。
「お待たせしました」
アズキは後ろから声をかけられた。
振り返ると、一際綺麗な水着美少女、と一瞬アズキも間違えそうになる姿でキクナが立っていた。
「うわ、やっぱり女物」
アズキがいうと、キクナはくすりと笑い、
「急な仕事で新しいのを買う余裕がなかったのですけど、なんとか去年のが着れて助かりましたですよ」
といって、
「似合ってますか?」
「聞かないで。普通に一回目を奪われたし、冷静になると今度は女として完全敗北ってなったから」
当然ながらキクナは正真正銘、男である。
しかし、可愛らしさと色気を両立したフレアビキニがパッドもなしに胸の膨らみを偽装し、上着を羽織ることで露出を減らしつつ体型を見事に隠している。
結果としてビキニ姿なのに清楚。さらに下も女性用を穿いてるのに違和感が全くなくて、もう色々よく分からない。
「アズキさんも似合ってますよ」
キクナは言ってくれたが、
「どう似合ってるのか言ってみてよ」
アズキは返す。
一応、スクール水着ではなくホルターネックのセパレートではあるけど布面積はキクナのビキニより広い。
恥ずかしくて過激なビキニを着れるわけもないけど、キクナみたいに露出の多い少ないを併せ持った反則技してくる子を前に自信が持てるはずもなかった。
だから、ついつい妬み込みで言ってしまったけど、相手もきっとリップサービス以上のことは言えな、
「うーん。ご希望でしたら色々伝えてもいいですけど」
「ごめん結構です」
完敗だった。
キクナのことだから本当にアズキを褒め殺す材料が揃ってる気がしたのだ。本心かどうかは別として。
「そうですか、残念ですよ」
完全に分かってましたって笑顔でキクナはいうのだった。
「では、早速ですけど二手に分かれて」
キクナが仕事に入ろうとしたとき、
「あれ?」
アズキは再び後ろから声をかけられた。
「先生ー。紅下先生、通杭先生」
「え?」
振り返った先には三人の小学生トリオ、モッチーズがいた。
メスガキと思ったら実は一番いい子疑惑があるリーダーの神宮寺シルコ、大人しそうで一番黒いのがほぼ確定したクワトロ・チーゼス、唯一男の赤城フクカゼ。
しかも神宮寺さんはアズキに小走りで近寄って、
「わーい」
って、そのまま抱き着いてきた。
「へぁ?」
アズキは顔を真っ赤にするも、神宮寺さんはそんなのお構いなしで、
「こんなところで先生に会えるなんて、えへへやったぁ」
なんて無邪気に喜ぶ。
「み、みんな。どうしてここに」
アズキがなんとか喋ると、
「その、ちょうど三人で遊びにきてまして」
クワトロさんがいった。
「そ、そうなんだ」
正直アズキは神宮寺さんの体温でそれどころじゃない。
ここで、神宮寺さんのメダロッチからマゼンタキャットが、
『ちょっと。早くマスターから離れなさいよヘンタイ教師』
「えっと、そう言われても」
抱き着いてるのは神宮寺さんなので、アズキは離れたくても離れられない。
マゼンタキャットは続けて、
『早く離れなさいよヘンタイロリコンポンコツレズ教師』
ひどい。
横からスタッグが、
「ごめんなさい。変態もロリコンもポンコツもレズもヘタレも何一つ間違ってませんけど、抱き着いてるのは神宮寺さんからですので、アズキからは難しいです」
こっちもひどい。
しかもヘタレが追加されてる。
「リーダー、先生が困ってるから離れてあげろよ」
赤城くんがいうと、やっと神宮寺さんは、
「あ、ごめんなさい」
って離れてくれた。
アズキは一度ほっとするも、
「でもびっくり。先生もプールに遊びにきてたなんて」
なんて嬉しそうに言う神宮寺さん、の水着姿をみて改めてアズキは「ぎょっ」となった。
フリルの入った三角ビキニだったからだ。今この場にいる五人の中で布面積が圧倒的に少ない。
「そうですね」
ふふっと微笑むクワトロさん。こちらは逆に子供向けデザインのワンピースタイプ。
正直、逆にしないといけない気がした。
神宮寺さんは、普段まな板扱いされてるのは知ってたけど、いざ水着姿を見ると想像以上に胸の凹凸が無さ過ぎてビキニではすぐ水に浮いたりずれてしまいそう。
逆にクワトロさんは、胸だけがアンバランスに大きすぎて水着の布を押し上げ、はみ出ないか心配な形になっているのだ。
「アズキ、ガン見は危ないですよ」
スタッグがいった。
ただ、今回ばかりは真面目に不安と心配の眼差しだったのに気づいてたようで、口調にゴミと罵るような厳しさは感じられない。
「とはいっても、これは保護者としての発言が許されるならふたりとも今すぐ替えなさいって言わないと駄目な気がする」
アズキがいうと、赤城くんが食いついて、
「やっぱりそう思うか? オレも忠告したんだけどリーダーはいつもの胸弄りと思って聞いてくれないし、クーのやつは同じようなものしか持ってないらしくて」
そんな赤城くんは長袖とハーフパンツのジェンダーレス水着だった。
体のラインも出にくいデザインのせいで、これでは真の性別が分からない。
「だってえ」
神宮寺さんが頬を膨らませる。
キクナは彼女の頭を撫でて、
「まあ、落ち着いてくださいですよ」
と宥めに入ると、クワトロさんが横から、
「えっと、通杭先生ってほんとに男性なのですか?」
「そうですけど」
「驚きです。神宮寺さんよりずっと大人の女性で、綺麗で美人なのに」
「うわーん」
神宮寺さんが悲鳴をあげた。うわ、この子キクナを褒めるという体で神宮寺さんを弄ってきた。
「大丈夫ですよ。神宮寺さんは大人です、すごく大人です、ビキニの似合うスタイル抜群の美人で大人ですよ」
しかもキクナまで流れに乗って生徒を弄りはじめた。
そうだった。キクナは本来こういう、いい性格の持ち主なのだった。
「さ、最悪だ」
赤城くんがげんなりしている。
アズキは一緒に疲れた顔をしながら、
「なんていうのか、モッチーズの常識とツッコミと苦労と貧乏くじは赤城くんひとりが全部担ってるよね」
そんな彼も熱くなると変な方向に進む子ではあるけど。
赤城くんが呟いた。
「リーダーはまだいいんだ。常識無いだけだし。問題はクー。あいつ素振りだけオロオロしながらアクセルしか踏まないからな」
アズキが、さすがのジト目でクワトロさんを見ると、
「あ、あの。その、えっと」
クワトロさんはオロオロしながら、
「そっ、そんなに褒められても困ります!」
「誰も褒めてない!」
赤城くん、アズキ、スタッグ、神宮寺さん、マゼンタキャット。各自がそれぞれの口調で同時に突っ込んだ。
スタッグがいった。
「全員、一旦深呼吸しませんか? このままだと日が暮れるまでエンドレスにコントが続きそうですから」
「うん。その、はい、みんな深呼吸」
アズキは言い、まず自分から先導する形で深呼吸を行う。内心、自分がこのポジションに立つって相当な状況だと思いながら。
不意に横をツンドルが通り、
『
そのままプールに飛び込んで泳ぎ去っていく。
アズキは気にしない事にした。
『ハラショー、合意とみてよろしいかい? ではこれより鬼殺トウコ対タコスのロボトルを開始するよ』
どうやら、プール内でロボトルが開始されたらしい。
見ると青龍型ロンガンとタコ型カネハチまーく3が戦ってる様子がみえた。
サブタイトルはT.M.Revolutionの楽曲「HOT LIMIT」内の歌詞「生足魅惑のマーメイド」より。