「スタッグ、捜査に出るよ」
『嫌です。え?』
今日も
プールに行った翌日である。
いつものノリでスタッグはつい言ってしまったみたいだけど、予想に反して真面目な内容だったので、
『あ、ごめんなさい』
スタッグは言ってから、
『えっと、捜査に出ると言いましたけど具体的には』
「孤児院に」
『やはり嫌です』
改めて、スタッグから拒絶の返事が鳴った。
「いや、真面目な用事なんだけど」
アズキはいうも、
『真面目に親のいない幼い女児を物色しに行くのですね、逮捕します』
「違う。そう思われてもしかたないけど、さっきも言ったけど捜査。昨日キクナが言ってた暴走メダロットの」
『それがどうして孤児院なのか教えていただけますか?』
完全に疑ってる声だった。
アズキは、今回は普通に真面目に、
「うん。私の過去に手がかりがある気がしてね。それを聞ける場所が孤児院だったってだけで」
『やっぱり分かりません』
スタッグはいった。アズキは「あれ?」となる。
「もしかしてスタッグ、私が過去に孤児院にいた事って」
『初耳です』
スタッグは即答し、
『どういう事ですか? アズキは今も親と暮らしてますよね?』
「生みの親が別にいたの。そもそも三人とも苗字が違うのスタッグも知ってるでしょ」
『あっ』
スタッグは気づいて、
『そういう事だったのですか』
まさか伝え忘れてるとは思わなかった。
アズキには義母がふたりいる。
歳はどちらも二七。幼馴染らしく、孤児院でアズキを見たとき血が繋がってないのに娘か妹のような親近感がわいて引き取ったと聞いている。
そのまま三人で同居する事になったが、片方がTMZエージェントで、それも世界で活動する特殊支部所属のため不在がほとんど。
なので実際は、もう片方の義母と二人暮らしの生活に近い。
この状況で、互いの名前がアズキにアズサとなれば、スタッグも実の母娘と間違えるのも仕方ないというもの。年齢の近さを考えるとおかしいのだけど。
「けど、思えば伝え忘れてたのも当然だったのかも」
アズキは思った。
いまの自分には、安心できる家があって、寝泊まりする自室も与えられ、義母から愛され、スタッグとの関係も良好。
ここまで普通の家庭と変わらない恵まれた日常を与えられてるのに、
「わざわざ、自分から過去を穿って不幸に浸りたくはない、という話よね?」
周りにも、いまも親のいない子たちにも失礼だと思うし。
以上をスタッグに伝えると、
『大丈夫なのですか? それだと尚更、孤児院に行けば過去を思い出して傷つく事になると思いますけど』
「うん。だから避けてた」
アズキは一度呼吸を整えてから、
「実はもうひとつ。
御萩ユスグ。
アズキが教師として小学校に潜入した最大の理由である、行方不明の女の子だ。
『それって、もしかして』
「うん。彼女、私が暮らしてた孤児院の子だった」
孤児院に行くには、まず電車で普段小学校に通勤するとき利用する駅まで向かう必要があり、
「まさか、休日なのに学校ルートを通る日がくるなんて」
『生徒と会わなかったのは幸いでしたね』
と、軽く雑談をしながら降りた駅でさらに待つこと数分。
アズキは到着したバスに乗る。
最初は席が半分ほど埋まっていたが、段々と窓の外がのどかな景色に変わるにつれて車内に人が減っていき、最後には運転手とアズキだけになった。
降りる駅は次の次。
「私の両親も暴走メダロットにやられてね」
『え?』
「だから、私の過去から研究施設で起きた事件の手がかりが見つかれば、キクナに報告できるかもって」
ここでアズキは、初めて自分の過去をスタッグに伝えた。
『暴走メダロットの詳細は』
「ごめん」
アズキは謝って、
「けど、メダロット三原則が機能しなくなってて、私も引っかかれ噛みつかれて」
『私、傷跡なんて見た事ないですけど』
「不思議な事に消えちゃった。夜中まですごく痛かったはずなのに」
原因は今でも不明である。
『もしかして、当時アズキが持っていたメダロットですか? その、暴走してアズキを傷つけたのは』
スタッグは言った。
まさか、自力でほぼ正解を推測してくるなんて。アズキは、これを伝えたらスタッグを傷つけると思ってヒントも何も出さなかったのに。
「正解。私に攻撃してきたのは別だけど」
アズキは今度こそ伝えた。
ある日ドンドラキュリオに襲われ、自分のメダロットを置いて逃げた事。
自分のメダロットが戻ってきて、両親を襲った事。暴走した姿で自分を見捨てた事への恨みを口にした事。そんな暴走メダロットの最期まで。
事の顛末まで、そのすべてを。
スタッグは言った。
『私、なにも知らなかったのですね。アズキのこと』
「やっぱり、聞いてて辛かった?」
『少し。いえ、すみません。相当きついです』
「だと思う。メダロットの暴走事例、それも最悪なパターンだろうし」
アズキは、必要だったとはいえ伝えてしまった事を後悔する。
が、
『いえ、そこもショックではありますけど』
スタッグはぼそぼそと言った。
『アズキと昔のパートナーメダロットとのなりそめが、妙にもやっとして』
まさか、スタッグのほうから元カノ今カノみたいなノリを持ち込んでくるなんて。
スタッグは慌てて弁解するように、
『ごめんなさい。たぶん、あまりにショッキングな内容すぎて、現実感がなくて私もすぐに受け止めきれないのだと思います。だからあんな頓珍漢な反応を』
「ううん、私こそごめん」
改めてアズキは謝り、後はひたすら無言が続いた。
程なくして、目的の停留所に到着した。
バスを降りると、懐かしい光景がアズキの視界に映される。
辺り一画だけを少し昔にタイムスリップさせたような郊外で、生い茂る緑に古民家、新しい家、アパートが入り混じり、それでいてエリアを一歩出れば車道。
遠くに意識を向ければ、何となく何台もの車が通る音が聞こえる気がした。
アズキは、この光景を見せてあげたくなりスタッグを転送。
目の前に広がる景色にスタッグが驚き、
「すごい場所ですね」
「これでも、ほんとの田舎と比べたらずっと都会だよ」
アズキは歩き始める。
途中、どこかで犬が吠え、呼応したように小鳥が鳴く。のどかさに心が動いた矢先、昔は田んぼだった場所に新居が建ってるのを見つけて少し傷心。
「アズキ、こんな場所に喫茶店が」
スタッグが指をさして言った。
「うん。昔、孤児院出身の人が開いた店らしくて、店主は代替わりしたけど今も孤児院の子たちでやってるはず」
ここまできたら後すぐである。
喫茶の裏にある坂道を上った先に孤児院はあった。かつて旅館だった建物を利用してるらしく、純和風で中々に大きい。
インターホンは無いので、扉を開けてアズキは直接エントランスに入る。
不用心に見えるが、ここはメダロットの発達した現代。
「こんにちは」
アズキが呼びかけると、すぐにハムスター型ジャンガリアンがやってきて、
「こんにちは。ご用件は何ですか?」
「あ、えっと、ここの職員に会いたいんですけど、いま応対できる人は」
「分かりました。すぐにお呼びします」
受付用とはいえ、事務的な対応だった事にアズキは少しだけ寂しさを覚えた。
暮らしてた頃は口を交わした仲だったのだけど、思い出より自我の薄いメダロットだったのか、もう何年も会ってなくて忘れられてしまったのか。
なんて思ってたら、
「はい、はい。アズキちゃんが遊びにきてくださいました」
今時懐かしい固定電話機で会話するジャンガリアンが、アズキの名を口にしたのだ。
スタッグがやさしく、
「よかったですね」
「え、顔に出てた?」
「顔といいますか、全身といいますか」
アズキは少し恥ずかしくなった。
「あれー?」
ここで、アズキは横から声をかけられた。
「偶然。こんなところで不登校者を発見」
知ってる声。それでいて苦手な相手の声だったので、アズキはつい、
「げっ」
って反応しながら顔を向ける。
立っていたのは、アズキの同級生でもあるロングヘアの西洋人女性だった。
スタイルが良くて容姿端麗。髪色は天然の金で、一部を編み込んでカチューシャのように巻いており、ガワだけはお嬢様然とした抜群の美人に映る。
スタッグが驚いて、
「お久しぶりです。って、あれ? どうしてシャロンさんがこちらに?」
「どうしてって、ここ私の家だけど?」
まさか教えてなかったの、って視線がアズキに向けられる。
「うん。すっかり記憶から飛んでたけど、シャロンもここに住む孤児のひとり」
アズキはいった。
彼女はシャロン・シュローダーといって、アズキとは同時期に孤児院にやってきて、一時は同じ屋根の下で暮らした仲である。
また同じ高校の同級生でもあり、スタッグはこちらの縁で彼女と顔見知りであった。
「で、アズキちゃん」
シャロンはじとっとした目で笑みを向け、
「久しぶりに会ったのに、げって反応は何かな?」
「えっと、その」
「まるで孤児院の頃に前日他の娘が穿いたパンティを洗濯前に回収してクンカクンカスーハースーハーしたのスタッグちゃんにバレちゃうって顔してたけど」
「そういう話するからゲッて反応になるの。それに、そんな犯罪やってないから」
スタッグがすごい目で見てるけど、本当にやってないという話だから。
「ユスグちゃんのパンティで変態仮面するアズキちゃん。黄色いシミを舐めながら、『駄目、駄目なのに、親しい妹分のお×っこの味、びくびく』」
で、シャロンはひとり酷い妄想にトリップし、勝手に人の台詞を捏造までして内容を吐露しながら、
「他の子に見つかり白い目で見られる瞬間を想像しては股間に手が伸び、次第に息が荒くなって、はぁはぁ、はぁはぁって」
シャロンはどんどん妄想をエスカレートさせていき、
「ぶはっ」
最後、盛大に鼻血を出した。
このように、彼女が美人なのは見た目だけ。中身は御覧の通りである。
(しかも、さりげなくユスグさんの名を出してきた)
おかげで彼女の調査がやり辛くなってしまったじゃないか。
間もなくして、
「あらアズキちゃん、久しぶりじゃない」
奥からエプロン姿の若い女性職員がやってきた。
髪は栗色のボブヘアで、歳は二十代前半。
アズキは、そこの鼻血は無視して、
「久しぶりです。ラエドさん」
頭を下げた。
ラエドさんは嬉しそうに、
「あらあら、大きくなったと思ったら態度まで落ち着いちゃって、もう」
「まあ、私もシャロンと同じでもう高校生ではあるから」
「何言ってるのよ。そのシャロンなんてまだあんなのよ?」
そう言ってラエドさんはポケットからティッシュを出すと、やさしく彼女の鼻血を処理する。
「立ち話もあれだから、まず休憩フロアに行きましょ」
ラエドさんはにぱっと笑った。
サブタイトルは仮面ライダー剣 前期op「Round ZERO~BLADE BRAVE」内のフレーズより。
「DARK NIGHT」はまた別の機会で使用する予定です。