「にしても、ほんとに大きくなったわね」
改めて。
エントランス内のテーブル席にアズキ、スタッグ、シャロンが座ると、四人分のお茶を配りながらラエドさんは言った。
メダロットは飲食できないのに、スタッグをまるで人間の客人みたいに扱ってくれるのは嬉しい。
「こっちにいた頃は誰にも心開かなくて幽霊みたいだったのに、今じゃ挨拶もできて頭も下げられる。すごい事よ」
「いや、えっと、その程度の事で」
「この程度じゃないわよ。あたしたちが日々の生活でこれだけ変われるって大変な事なんだから、偉い偉い」
本心から言ってるようだった。もしかしたら、彼女の実体験なのかもしれない。
ラエド・ビーラさんは元々この施設で暮らす孤児のひとりだった。
両親は日系の中東人で、彼女自身も外国で生まれ育っている。しかし紛争で父を失い、母とトルコに逃げるも、その母も失って親族を頼りに来日。
が、引き取り手が見つからずブローカーの手配で孤児院に辿り着いたと聞いている。
「それにしても、あのアズキちゃんがメダロットを連れてくるなんてね」
「うん、まあ色々あって」
アズキは返事。
孤児院にいた頃のアズキは、両親を失った原因であるメダロットを再び持つ気になれなかったのだ。
たぶん、スタッグと出会わなければ今も持ってなかっただろう。
シャロンが、
「それってあれ? メダロットに両親を奪われて、脳を破壊された挙句に禁断の恋まで抱いちゃったエピソード?」
「待って、その解釈はおかしい」
「え、私にはそうとしか聞こえなかったんだけど? 親を刺して血塗られた槍を持った自分のメダロットが綺麗だったとか、ショックで色々やられちゃってるよね」
「だからって」
いまの内容を悪びれもなく言うのは人の心を疑う。
まあ、彼女も彼女で外国生まれ日本育ち。両親は生死不明で、何かのショックで家族と別れる前後の記憶を喪失。
気づいたら孤児になってたというハードな経験持ちなのだけど。
「あの、孤児院にいた頃のアズキってどんな方だったのですか? 流れから今と全然違うように受け取れるのですけど」
スタッグが言うと、シャロンが頷いて、
「結構違ったよ。まずレズでもロリコンでもなかったし、ヘタレてもなかった」
「ダウト」
「やさぐれ、というより感情の損失に近かったよね。アズキちゃんって第一印象クールに見られやすい残念女子でしょ? でも昔はほんとにクール寄り」
と言われて、
「イメージできません」
「私も思い出せない」
スタッグとアズキはそれぞれ反応。ただ表情を自発的に出すのが下手だったりするのは、心が潰れてた当時の名残だという程度には自覚してる。
ラエドさんが横から、
「物心ついてから親を失ったんだもの心が荒れても仕方ないわ。それでも頼んだら何でもしてくれて、この場所をとても大事にしてくれる優しい子だったのよ」
「今みたいに他人に臆病になれるような心の余裕も無かった分、逆に前のほうが対人能力も高かったよね。人当たりとか玩具適正は今のほうが高いけど」
シャロン、さらっと玩具とか言わないで。
ラエドさんはシャロンの言葉から良い部分だけを受け止めてうんうんと頷き、
「そうそう。年下の相手もよくしてくれたわよね?」
「全員よく無事でしたね」
スタッグもそんな偏見で見ないで。
シャロンがいった。
「本当よね、特にユスグちゃんとか」
一瞬、シャロンを除いた周囲の空気が固まる。
アズキは踏み込んだ。
「ラエドさん、ユスグさんってどんな子だったのですか?」
「何言ってるのよ。あんなにアズキちゃんに懐いて、いつも一緒にいたじゃない」
きょとんとした顔でラエドさんはいう。
けど、その顔は次第に寂しげなものに変わっていき、
「もしかして覚えてないの?」
「ごめんなさい」
孤児院を、ここで暮らす人たちを大切に感じてたのは覚えてる。
でも、大切なのはあくまで全体であって、個人に特別な感情を抱いた記憶がないのだ。
引き取られた後も学校で付き合いあった影響で当時のシャロンに関してはしっかり覚えている。けど御萩ユスグに関しては視界に入った覚えさえなかった。
「実は今日、ほんとは遊びにきたわけじゃないんです」
アズキはいった。
「いま、学業と兼任である仕事をやってて。それで行方不明になった御萩ユスグに関しての捜査をしてて」
「もしかしてTMZエージェント?」
ラエドさんがいった。
アズキは驚いて、
「どうして、それを」
「だとしたら簡単に協力はできないわ」
いつの間にか、ラエドさんはとても険しい顔になっていた。まるでTMZこそ加害者と言うかのように。
「分かりました。ならもうひとつ」
アズキはもう片方の目的を切り出す。
「私の、両親を襲ったメダロットの暴走について教えてください。さすがに警察やセレクトが捜査して、私の保護先だった孤児院には報告が届いてますよね?」
「それもTMZとして?」
「関わってはいます」
「だったら、こっちは余計に教えられないわ」
ラエドさんは断言。
アズキは委縮しながら、
「でも、こちらは友達のためというのが大きくて」
「それでも駄目よ」
といった会話を前に、シャロンが呆れと心配の混ざった顔で、
「ほんと交渉が弱いよね。正直に言わず騙しちゃえばいいのに。ユスグちゃん覚えてなかった事も」
「だって、隠し通せる気がしないし、親代わりだった人に嘘つくって後味が」
「なら私からちょっとだけ情報」
シャロンはいった。
「この孤児院、運営は田村崎グループよ」
「え?」
「つまりユスグちゃんの情報は当然TMZも持ってるはず。なのに、その一員のアズキちゃんが何も知らないで今ごろ事情聴取なんて違和感と警戒を覚えるよ?」
全くその通りだ。
元関係者だったのに、何も知らなかったアズキもアズキだけど。
「ああもう、そこ教えちゃったら逆に危険じゃない」
困った様子のラエドさん。
逆に危険とは。
「アズキちゃん、あなたに正式ロボトルを申し込んでいいかしら」
突然、ラエドさんはいった。
「アズキちゃんが勝ったら、もう少し情報を教えてあげる。でもあたしが勝ったらこの問題から一切手を引いて?」
直後、
「アッサラーム・アライクム。いまロボトルと言ったかい?」
床の板が開いて、下からツンドルが顔を出した。
まだ合意前なのにMs.ウォッカの登場である。
しかも、
「やあ、ラエド。元気かい?」
「あらヴェ、じゃなかったウォッカじゃない」
親し気に会話するふたり。もしかして知り合い?
「あたしは元気よ。この前ロイナに会ったけど彼女も元気にしてたわ」
「うらー、私はこの前トウコのロボトルに立ち会ったよ。さて」
ウォッカはアズキに向かって、
「悪いね。今回のロボトルは強制で合意扱いにさせてもらうよ」
「え?」
「私も孤児院出身なんだ。彼女がここで勝てないようなら舞台から降りろと試練を出したなら、私も酒の肴に君の逃げ道を塞ごうと思ってね」
どういう理屈?
「アズキ、やりましょう」
スタッグが言った。
「どちらにしても、ここでロボトルを拒否したらアズキもこれから孤児院に顔を出しづらくなると思います」
「それは、うん」
「何よりやらせてください。アズキの力になりたいです」
今日のスタッグは気合の入り方が違う気がした。
「うん」
アズキはうなずいた。
「ありがとう。アズキちゃん、スタッグちゃん、それにウォッカ」
ラエドさんは言って、
「出番よバサルト」
転送され、現れたのはツンドルと同じく四聖獣のひとつ、玄武型メダロットだった。
全身に亀の甲羅をモチーフにした黒い装甲を持ち、二脚ながら強力な防御性能を持ってると一目で分かる。
バサルトは言った。
「久しぶりだな、アズキ」
「う、うん」
こちらは朧気にしか覚えてないけど。
「正直、あのような過去を持つお前がメダロットを所有する日が来るとは思ってなかった。ロボトルを交わすなど夢のまた夢」
嬉しく思ってくれたのだろうか。
が、直後。
「故にこそ、あえて言わせて貰う!」
バサルトは真っすぐアズキを見て、こちらを指さして言うのだった。
「アズキ。お前に今度こそパートナーを大事にしたい気持ちがあるから、ここはロボトルに負け、今スタッグが使うパーツを棄て、全ての問題から手を引け!」
「えっ?」
驚き、呟いたのはアズキとスタッグの両方。
問題から手を引くだけじゃなくて、セーラースタッグのパーツを棄てろって。
「バサルト。やっぱりあのメダロットって」
ラエドさんも意味深な呟きをしていた。
「いきます」
ロボトルが始まった。
スタッグの初手はチャージ行動。脚部からフォースを放出し、残像を出せる状態にする。
「バサルト、素殴り!」
「うおおっ!」
ラエドさんの指示を受け、バサルトが正面から殴りかかってきた。
相手の両腕は攻撃パーツではないので、本当にただの格闘戦を仕掛けてくる気らしい。
スタッグは横に跳んだ。
その際、立っていた位置に棒立ちしたデコイの残像が残り、バサルトの拳に貫かれながら消滅。
「ぬっ」
「バサルト、右!」
相手が振り向いた瞬間をスタッグが攻撃、する姿だけを新たな残像に残してフェイントとし、反対側に回り込んで改めてソードで斬りつける。
「ぐっ」
防御もできず、肩で受けるバサルト。
さらにスタッグの左手の甲が有線で射出。ヨーヨーとして投げつけるも、
「バサルト、アッパーで弾いて」
「はっ!」
ラエドさんの指示通り、この攻撃は相手の拳によって弾かれる。
それでもとスタッグは右のソードで追い打ちをかけるが、バサルトは腕につけた甲羅で防御し、攻撃したスタッグが逆に痺れだす。
「スタッグ?」
「か、硬い」
単純に硬いものを殴った反動によるものだったらしい。アズキもメダロッチで確認したが、システム的な症状は見られなかった。
けど、ここでバサルトのパンチがさく裂。
痺れのせいで避けきれず、スタッグの右腕にダメージが入ってしまった。
「せいッ!」
バサルトがファイティングポーズをとり、両の拳を交互に突き出す。
スタッグは残像も利用して全て回避するも、
「マスター。あの残像は何か分かったか?」
「攻略法はまだだけど、きっとコンシールの応用ね。バサルトは?」
「多分だがメダロットの視界からは人間のものより残像と本物の区別がつきにくい。しかもセンサー機能を使えば誤って残像をロックしてしまう。厄介だ」
ラエドさんとバサルトは、戦いながらメダロッターとメダロットの連携を活かしてスタッグの残像を攻略しようとしていた。
「スタッグ?」
「平気です。この程度なら想定済みです」
が、相手はスタッグの癖やパターンをつかみ始めたのか、次第にバサルトのパンチがかすり始め、
「ふうっ」
バサルトが息継ぎ。冷却のため一旦攻撃が終わった時点で、スタッグは頭部以外の各所にダメージを負ってしまった。
特に右腕は機能停止しかけている。
「スタッグ、大丈夫?」
「問題ありません!」
言いながらスタッグはヨーヨーを振り回す。
その度に相手の拳に弾かれ、一度回収してはまた投げるを繰り返し、
「ねえ、なんでひとりで戦ってるの?」
ラエドさんが言った。
「ロボトルはメダロッターとメダロットの連携が大事なのよ? スタッグちゃんだけに全部させてアズキちゃんは見守るだけ、それでいいの?」
「それは」
アズキは言い返せない。
「パートナーを自由にさせないと前のメダロットみたいに暴走しそうで怖い? おずおずと提案してたら間に合わないから?」
「あっ」
アズキより先に反応したのはスタッグだった。
「そういう事だったのですか、アズキ」
戦いの最中、こちらに顔を向けようとしてスタッグに大きな隙が生まれる。
これを見たバサルトが情けかフェアじゃないと判断したか一度攻撃の手を止めるも、
「攻撃続行」
ラエドさんの指示を受けて、改めて拳をふるう。
けど、相手の攻撃が一度止まったおかげで、スタッグもステルスの起動が間に合った。
自身を全員の視界から消して回避すると、逆に背後からバサルトの腰に左の甲を回転させての抉り込むようなパンチを打ち、脚部を一気に破壊してしまう。
攻撃直後の隙が丸出しの、がむしゃらな一発だった。
「えっ?」
一度も攻撃を受けてなかったはずの脚部がやられたせいか、茫然とするラエドさん。
けど、すぐ「まさか」とメダロッチから何かを確認して、
「バサルト気を付けて。今までのヨーヨー攻撃、弾いたつもりでも衝撃がダメージになってパーツ全体に蓄積してる」
「なっ」
言われてバサルトが動揺。今度は相手側に隙が生まれたらしく、先に次の攻撃態勢に入れたスタッグは相手の片腕にしがみつく。
「マスター、勝負あった」
次の流れを察し、バサルトは言った。
スタッグはバサルトの重装甲ボディをまさかの背負い投げ。しかも相手は脚部を破壊され姿勢のバランスを崩してるせいか、見事に決まってしまう。
倒れたバサルトは、
「お前もお前だ。独りで全部突っ走るのではなく、行動が遅れてもいいからマスターに指示を求めてもいいだろう」
とまで言ってからフフッと笑い、
「なんて、先輩メダロットとして一言伝えたかったが、負けてしまったら戯言にしかならんな」
「そんな事は」
スタッグはとどめに使おうとしたソードを腕に出したまま、アズキに視線を向ける。
アズキは何も言えなかった。
「勝負あり。残念だけど、このロボトルはスタッグの勝利とするよ」
ウォッカが言った事でバサルトの頭部が破壊されないまま、ロボトルは終了。
「って、これで終わり?」
試合を観戦してたシャロンが、
「流れ的に、普通このロボトルってもっとスタッグちゃんが苦戦するやつよね? どうしてこんなあっさり勝利しちゃってるの?」
と言われても。
「バサルトに締め上げられ悶えるスタッグちゃんは? ロボ娘の欠損と悲鳴は? メアリー・スーや俺TUEEEじゃないんだからもっと追い詰められてよ」
シャロンが勝手なこと言って嘆いた。