「スタッグ、今日だけど」
『分かりました』
今日も
「えっ?」
拒絶の返事がない。
平日の昼休みである。
職員室で、アズキが午後の授業に使う資料を纏めながら放課後の予定を話した時、事件は起こった。
最近は話しかけた瞬間、酷いと何も言ってないのに即「嫌です」されるというのに。
「明日、絶対に嵐になる」
『今日と同じく降水確率ゼロだそうです』
スタッグが言った。アズキは一応窓から空を眺めたけど、雲ひとつ無い晴天だ。
しかも、
「えっとスタッグ? 私さっき何言おうとしたか分かってるの?」
『メダロット博物館ですよね?』
「え、あ、うん」
アズキはうなずいた。
現在、博物館ではKWG型の展覧会が行われてるそうで、昨日調べた結果、いまなら一部のKWG型メダロットが割引価格で手に入ると分かったのだ。
で、アズキの目的はというと、
『おそらくカメオスタッグ辺りを入手しに行くものと思ったのですけど』
大正解。
まさにアズキは、売店コーナーのカメオスタッグ狙いで行くつもりだったのだ。もちろん今晩はお楽しみの撮影会である。
しかし、ここまで分かっていてスタッグが素直に従うというのが正直不自然に思える。というか、
「どうしたのスタッグ? らしくない反応すぎて怖いという話なのだけど」
アズキが言うと、
『別に』
スタッグはちょっと間を置いて、
『ただ、考えてみてやっぱりセーラースタッグ以外のボディは確保したほうがいいと思いまして』
アズキは「ああ」となった。
この前の、孤児院で知った内容、やはりスタッグは気にしていたらしい。
『いまは何も知らないふりで通じるかもしれませんけど、あのボディを使い続けるのが危険なのは間違いないので』
「それは」
『何より、あの機体を使ってるとメダルまでユスグさんベースだって思われそうで、何だか癪です』
「いや、誰も思わないから」
アズキの想像以上に、いや想像以上すぎるほどにスタッグはあの子に対抗心を抱いてる様子だった。
嬉しい反面、アズキの中ではスタッグをユスグさん越しではなく、逆にユスグさんをスタッグ越しにしか見れてない状況なので、複雑である。
『その点、カメオスタッグなら同じKWG型で馴染みやすそうですし、着せ替えもまだ我慢できる範疇だと思いますから』
ところで、スタッグはカメオスタッグばかりに言及して、その後継機であるオメガスタッグには一言も触れない。
あちらは高くてアズキが早々に確保を諦めたのを知ってるかのようだ。
ここに、
「どうしましたか?」
と、キクナが話の輪に加わろうとしてきた。今日はブラウスの上にVネックのカーディガンを着ている。
アズキはふと思い、
「そういえばキクナって、職員室で他に話す相手いなかったりするの?」
頻繁にこちらの会話に混ざってくるけど。
アズキ自身、生徒からはモッチーズのおかげで受け入れてもらってるが、職員同士はコミュ障が響いて未だ人間関係を築けていないのだ。
だから心配になったのだけど、当のキクナはにこりと笑って、
「いえ、アズキさんと違って職員同士の付き合いは良好ですよ」
「ですから未だ駄目駄目なアズキに気を遣ってくれてるんじゃないですか」
スタッグからも追撃。
ぼっちが、ぼっちの心配をしたら手酷い反撃を受けてしまった。
「ただ今日のアズキさんは、いつもに増して百面相でしたから気になって」
キクナの言葉に、
「私って、そんなによく顔に出るほうだっけ?」
内心首をかしげたくなるアズキ。自分の意思では顔の表情をうまく動かせないのに。
キクナは言った。
「初対面には仏頂面ですけど、慣れてくると小動物に見えますね」
「しょ、小動物?」
「それで今度は何があったのですか? 紅下先生は愉快な生き物ですって他の教師陣に伝えたいので、面白いエピソードだったらいいのですけど」
人間扱いして欲しい。
「まあ、今日仕事の帰りにメダロット博物館に行こうと思って」
どうしてか、キクナから表情がわずかに消えた気がした。
「それで今回は珍しくスタッグが文句言わずに許可を出したから驚いただけで。カメオスタッグを買うかもしれないのに。それでキクナも一緒に来る?」
「メダロット博物館は、県内にある近場のですよね?」
「うん」
アズキが頷くと、
「ごめんなさい。あの博物館だけは売上に貢献したくなくて」
ってキクナは断った。理由が不思議な気がするけど。
「仕事や任務なら渋々向かいますけど、今回はプライベートですよね?」
「うん」
「でしたら、土産話だけ期待してます」
ここでキクナは他の教師に呼ばれ、向かっていった。
アズキと違って、本当に職場の人間関係に順応しているらしい。
「まあ、とりあえず」
釈然としない気分のまま、アズキは言った。
「今日の放課後、急な予定が入らない限り博物館に向かうのに不満はないという話でいいの?」
『不満はありますけど、異存はありません』
スタッグは言った。
幸い、この日は緊急の用事もなく、通常の勤務時間内に仕事を終える事ができた。
その博物館は、自然公園を思わせる敷地に建てられており、外観はまさしく森の洋館であった。
玄関の扉は開いており、広々としたエントランスホールが来場者を出迎える。吹き抜けの天井からはシャンデリアが吊るされ、正面には三階まで続く大階段。
奥にはステンドグラスで描かれた初代館長の絵が飾られ、この圧巻の光景には息をのむしかない。
「えっと、高校生一枚。それとメダロット」
チケットカウンターの前で、メダロッチから教師ではなく本来自分が在籍している高校の学生証データを提示。
受付の女性は言った。
「メダロットは無料となっております」
「あ、えっと、そ、そうでした」
アズキが顔を真っ赤にすると、受付はくすりと微笑む。
しかも後ろの料金表を見ると、高校生以上は大人料金となっていた。ただ現在はKWG型イベントとは別に学割期間中らしく、
(危ない危ない)
もし学割が無ければ、さらに赤っ恥を重ねるところだった。
アズキは大人料金の半額を払い、メダロッチにチケットデータを入れる。
改めてアズキは周囲を確認。
まず、ホール正面の階段にはゲートが設置され、メダロッチからチケットを提示する事で通れる仕組みになっている。
左側はチケットカウンターで、奥に道が見えるが当然関係者以外立ち入り禁止。
逆に右側の廊下はチケットなしで進むことができ、主に土産コーナー、化粧室、外部がレンタルできるイベントホールがある。
「じゃあ、行こう?」
アズキが階段のゲートに足を進めようとすると、
「あれ? 意外ですね、真っ先に土産コーナーに向かうものと」
スタッグが言った。
「うん、まあ、その」
アズキはしどろもどろに、
「ち、チケットも買っちゃったし、せっ、せっかくだし、だから、えっと。す、スタッグとデートもいいかなって」
言ってから、自分で自分の発言に耐え切れず顔をそらす。
一方のスタッグも、
「えっ」
って紅潮する。なまじメダロットのせいで、頬の辺りが赤く光って人間のそれよりも分かりやすい。
「あら〜」
チケットカウンターの受付が何か祝福する顔でこちらを見ている。
アズキは慌てて、
「す、スタッグ行こう」
「まっ、待ってください。いま手を繋いだら」
と反応するスタッグの言葉を理解しないまま、手を引いて大階段の前に立ち、メダロッチからチケットのデータを提示してゲートを解放。
この場から逃げるように階段を駆け上がった。
どうしてか、館内で走った事実を誰も咎めようとはしなかった。
「わあっ」
展覧会のフロアの到着した。
スタッグは室内に並ぶ大勢のKWG型メダロットを前にして、
「これ、全部私と同じクワガタタイプなのですか?」
小さく驚く。興奮も少し入ってるようだ。
アズキは心がほっこり温かくなるのを感じながら、
「その辺りはスタッグのほうが詳しいでしょ」
「情報で知るのと実際に見るのは別です。それにヘッドシザースだけでも、私が持ってる情報よりずっと多く展示されてますし」
たしかに。
各機体の前にはネームプレートが置かれてるのだけど、まず現行版のKWG-01ロクショウ。初代モデルのKWG-00。
アニメモデルのロクショウAに、贈答品で一般流通していないPロクショウまで展示されていた。
さらに初期ロット版から、年代毎に正式名称のヘッドシザースだったり愛称のロクショウや平仮名になってたり、その時々で記載が違う同型機の数々ときて、
「ぶふっ」
順番に眺めた結果、アズキは思わず吹き出し笑ってしまった。
ロクショウたちに交じって頭部がメガファントになったパーフェクトロクショウが混じっていたのだ。
ご丁寧にプレートの横には逸話を纏めた解説文。
そのうえ両腕がロクショウだったり、キン・タローだったり、脚部がメガファントやナイトアーマーだったりバリエーション豊富な写真まで付いている。
スタッグが言った。
「力の入れ具合がすごいですね」
「頭が痛くなりそうなほどね」
「明日学校で葛切さんに伝えたほうがいいでしょうか? パーフェクトロクショウを使われてますので」
「うん、機会があったらお願い。あの子スタッグに懐いてるし」
アズキはうなずく。
もちろん展示されてるのはロクショウだけではない。ティレルビートルやらドークスやら多種多様のKWG型が展示されており、
「アズキ、カメオスタッグがありましたよ」
とスタッグが指さしたように、今日この後買う予定のメダロットも展示されていた。
メスのクワガタがモチーフなだけあって他より角が小さく、紫の肌に水色の外骨格を持ったデザインになっている。
「写真だと小柄というイメージでしたけど、並ばせてみると他の機体と全長はさほど変わらないですね」
スタッグが感想を言う。アズキもそこには同意して頷きつつも、
「うん。でも、小型ではなくても小柄なのに間違いはなさそう」
紫部分の肢体がとても細いのだ。
おかげで水色の外骨格ボディが重装甲ではないのに大きく映り、可愛らしい顔立ちもあって、小柄な印象をより引き立てる。
女性的な丸みもあり、庇護欲をそそる幼い少女のようなデザインだった。
「この機体が、もしかしたら今後私のメインボディになるかもしれないんですよね?」
「え、いや。そのつもりはないけど」
アズキは否定し、
「やっぱり、私にとってもスタッグはセーラースタッグを着てるほうが似合うと思うし、私もお気に入りだからあまり替えたくない」
「アズキ、でも」
「うん。わかってる」
そうもいかない。こう言いたそうなスタッグにアズキは頷き、
「本当にメインボディを替える気だったら、せっかく後継機があるのだからオメガスタッグを頑張って買うつもり」
「足りるのですか? お金は」
「無理すれば届くと思う」
「同じ無理をするならファンシーエールがいいです」
スタッグは言った。
「あっ」
不意にスタッグの足が止まる。
どうしたの、って言うまでもなく彼女の見つめる先を見てアズキは納得した。
「これが、実物のソニックスタッグ」
「このメダロットを女体化した機体なんだっけ、スタッグって」
「そうですね。いえ、そう私も聞かされてました」
スタッグは返事。
実際は御萩ユスグという実在の少女がベース、いやダブルモチーフだったのだけど。
改めてアズキは、スタッグとソニックスタッグを見比べてみて、
「ソニックスタッグのデザインはたしかにカッコいいけど。私はやっぱり、セーラースタッグのほうがずっと好き、という話よね」
「ありがとう、ございます」
スタッグが照れて顔をそらした。
サブタイトルはキャッツ♥アイOP曲「CAT'S EYE」内の歌詞「見つめる Cat's Eye」より