「もう、ゴールしていいよね」
『駄目です』
今日も
四月初旬。
新年度。
現在アズキは職員室にいる。
ただし普段通ってる高校ではなく小学校。TMZ社のエージェントであるアズキは今回、教師として潜入する任務を与えられたからだった。
「だっ」
アズキは言い訳を伝えようとするも、
『だってもなにもありません』
スタッグが何も言わせず完封。
『今回ばかりは私のサポートも限界がありますので、諦めて腹をくくってください』
というのも、アズキはコミュ障でレズでロリコンでもある。
つまり現地の女子小学生をいけない目で見てしまう上、子供特有の言動に耐性がない。アズキには色んな意味で相性最悪なのだ。
生徒の応対は上手くできないし、ただ女子を見ただけで通報されないか気が気でならない。しかも「でもある」なので若い女教師だって普通に目に毒である。
すでにアズキは性欲より先にストレスや緊張で精神が限界、つまりゴール寸前だった。
なお、いまアズキと一緒にいるのはスタッグの他にもうひとり。
「残念ですけど、任務の取り消しは受け付けないそうですよ」
同じTMZエージェントである
年齢はアズキよりひとつ下で今年一六歳。
背は一五〇センチを少し過ぎた程度で、見た目は完全に小中学生辺りの女の子。
小柄で華奢な体躯をしており、長いストレートヘアもあって微笑むと清涼感がある。今日のスーツ姿も大人の魅力とは違うがとても似合っていた。
今日は始業式。
教師のほぼ全員が体育館に移動しており、いま職員室にいるのはふたりだけ。
なので、アズキたちはいま奥の応接間で任務の最終調整を行っていた。
「でも正直、今回の任務はやっぱり無理があると思うのよ」
アズキはソファに並べた書類を再確認しながら愚痴ると、
『それには私も同意します』
スタッグがいった。
『アズキの適正も問題ですけど、まず現役の学生にさせる任務ではないと思いますよ』
世にも珍しいスタッグの援護。というのも彼女だって今回の任務はマスターが大惨事を起こさないか不安でならないのだ。
「うーん。といっても、すでに職員室まで入っていまさら言うことでは」
キクナはいうが、アズキは何とか押し通そうと、
「実際に潜入したからこそ、私たちが教師というのは設定として無茶と感じたの」
そもそも今回の任務。
経緯を考えると学生が教師になる必要性は間違いなく無いのだ。
先月、アズキは別の任務でセレクトと協力の下、この小学校に潜入していたロボロボ団を逮捕。
その後セレクトによる取り調べの結果すでにロボロボ団が学校の関係者として紛れ込んでる事が分かった。
さらに調べを進めると、去年ここで女子生徒が行方不明になってると判明。
名前は
セレクトとTMZは事件にロボロボ団が絡んでると仮定した。
今回の任務は、校内に潜むロボロボ団の特定と事件の調査。また第二の被害者を出さないため学校の内部にも生徒を保護する人員を送り込むのが目的である。
「そういえば先日の筆記試験、アズキさんは覚えてますか?」
キクナから突然の質問。
「まあ」
アズキはうなずくと、
「実はあれ、偽装免許を作成する人員を選別するためのふるい落としだったのですけど、突破できたのが僕たちだけだったそうです」
なんてキクナはにっこり笑顔で、
「お互い、学生の身で成績は優秀だったのを恨むしかないですね」
「そういうこと」
アズキは項垂れた。
思えばキクナだって高校入学のタイミングでこんな仕事に巻き込まれたのだ。理不尽さはアズキの比ではない。
単位などは上がなんとかしてくれるので留年の心配がないのは幸いだけど。
「では任務の再確認に入りますですね」
キクナはいった。
「今回、僕は六年生の学年主任に入りますので、アズキさんは同じ六年生の『問題の』クラスに担任として所属していただきます」
アズキは自分が担当する生徒名簿を手にとって、
「行方不明者のクラスだっけ」
情報によると御萩ユスグは当時五年生で、この学校では六年生に進級する際にクラス替えは行われない。
つまり彼女のクラスメイトたちは全員今年も同じクラスのままなのだ。
「はい」
キクナはうなずく。
「それと教員バッジに電子身分証です。メダロッチに教員としての僕の連絡先も登録してもらえますか?」
「わかった」
アズキはキクナの身分証をメダロッチからデータを読み取り、連絡先に追加。
出てきたプロフィールには「性別:男」と記載されていた。
だからアズキは、それなりに問題なくキクナと会話ができるのだ。
「もう、ゴールしていいよね」
『まだ言いますか』
廊下を歩き、教室に向かう最中。
アズキはもう一度話を投げかけるも、やはり『メダロッチ』からは拒絶の返事が鳴る。
「うん」
だって、もうメンタルが危険領域なのだ。
さっきはキクナしかいない職員室だったのでまだ良かったけど、現在は廊下を歩いて教室に向かう最中。
始業式が終わり、生徒たちは教室に戻って担任を待っている。
いま歩いてるフロアはほぼ最上級生の教室が並んでるせいか、廊下では部屋を飛び出した生徒はほとんどいない。
いたとしても男子ばかりだ。
それでも、まだ本来高校生であるアズキが平日の廊下を歩いて不審ではないか、通報されないか、逆に興味で接触されるのではと怖いわけで、
「もう一度だけ、頑張ろうって決めたあの校門前。ユ〇トさんと出会ったあの日から始まった任務」
『ユ〇トさんとは誰ですか?』
知らない。
「色んなことがあったけど、辛かったり、苦しかったりしたけど、私、頑張って良かった」
具体的には普段なら遠くで眺めるしか許されなかった女子小学生を至近距離で視れた。
しかも挨拶してくれた。
内心テンパりながら、何とかおはようを返した。緊張したけど幸せだった。
「わたしのゴールは幸せといっしょだったから」
『もうやめてください。古いネタですしシーンの細部を再現しても通じませんよ』
「私は長女だから我慢できたけど次女だったら我慢できなかった」
『ネタを変えろとも言ってません』
なんて駄弁ってる間に教室の前までたどり着いた。
ここでアズキは思う。
スタッグが頑張って終始ツッコミに回ってくれたおかげで道中はギリギリ耐えられたけど、たぶん扉を開けたら最後、今度こそ私は耐えられないだろうって。
二桁に達する子供たちの前でパニックを起こし、つい女子をガン見して人生終了するのだきっと。
だから、
「だからね、もうゴールするね」
『ネタを戻せとも』
「ゴール」
アズキは扉を開けた。
直後、頭上から襲い掛かる黒板消し。
「ひあっ」
頭部で受けたと同時に舞うチョークの粉。
アズキがびっくりし声をあげると、
「ブフッ」
「あっははは」
教室中を笑いが支配した。
『こ、これはまた。……っ、っ、古典的ですね』
しかもスタッグにまで笑われる始末。
(これは間違いなくゴール。という話ね)
想定とは別の意味で。
足元を見ると赤外線センサーが見つかった。
どうやら黒板消しをドアに挟むだけでは開け終わる最中に落下して相手に当たらないと想定し、室内に踏み込んで初めて落ちるよう調整されてるらしい。
今時の小学生は黒板消し落としもハイテクである。
「え、あっ、えっと」
どうしよう。想定とは別の意味で頭が真っ白になってどう言動すればいいか分からない。
(助けてスタッグ)
アズキは心の中で嘆く。とはいえ声に出してない以上は伝わらず、
『っ、っ、それに引っかかるのは駄目です』
そもそも笑いのツボにはまったスタッグは完全にアズキのサポートを忘れている。
どうしよう。
ほんと、どうしようという話なのだけど。
(そ、そうだまずは挨拶)
アズキはやっと判断力が少し機能し、
「そのえっと、初めましちぇ」
噛んだ。
しかも足元のロープという二重の罠に引っかかり、
「へぶっ」
アズキは盛大に転ぶ。
「ぶわっはははは!!」
教室は笑いの大合唱に包まれた。
ああもう、恥ずかしくて溶けて消えたい。
アズキは床に倒れたまま、
「ねえスタッグ」
『っ、ふふっ、なっ、なんでしょう』
「もう、ゴールしていいよね」
『ゴールテープはもう切りましたよ。いえ、ふふっ、踏みましたよ』
「すたっぐぅぅぅっ!!」
生徒たちが三度目の爆笑をはじめた。
サブタイトルは某アニメOP曲でもある「アイドル」の歌詞「君は完璧で究極のアイドル」より。