「それではルールを説明しますね」
活き活きとした顔でクワトロさんが言った。
「見ての通り、今回のバーベキューは串スタイルになっております。ですので皆さまは一度手に取った串は誰ともシェアせず一本丸々食べていただきます」
と喋りながら、まだ焼く前の串を一本取って、
「ですけど、人数が増えて食べられる数が増えたとはいえ、串の数には限界があります。そこで」
「まさか」
「はい。串を一本食べきった方は水分補給として野菜汁を一杯飲んでください。無事完飲した方だけが次の串に手を伸ばせます」
と、クワトロさんは串を元の位置に戻した。
マイカゼさんは苦笑いして、
「まるで本当にミス研みたいなノリじゃないか」
「結構こういうのも楽しいぞ姉さん」
赤城くんが言うも、
「そういうフクもモッチーズのひとりだっけ?」
「まあな」
「悲しいよお姉ちゃんは。信じて送り出した大事な妹が神宮寺家のお嬢様の変態環境にドハマリして悪役顔を送ってくるなんて」
「オレはストッパー役だからマシなほうだ」
何気に赤城くん「神宮寺家のお嬢様の変態環境にドハマリした」には反論していない。
「皆様、お肉が焼けましたよ」
ボウショウさんが言った。同時に、みんなが一瞬にして絶望と警戒の顔に切り替わる。
「笑えますね。普通バーベキューといえば皆でわいわい楽しむ食事なのに、ワタシたちは野菜汁一本のせいで地獄の始まりですから」
と、ノリカが言うとキクナがにこりと笑って、
「随分と差がつきました。悔しいでしょうね」
「そういうアナタは随分と楽しそうですね」
「最近の賑やかな体験にお姉ちゃんを巻き込めたから、かもしれませんね」
なんて煽る。
ノリカは「この弟はっ」って目で見るも、ここでキクナのメダロッチから、
『まあまあ、運が良ければ一瞬で済むと思いますよ? ほらポックリと』
オフィニクスことユディトの声。キクナは串を一本手に取って。
「それはそれで嫌ですね。お姉ちゃんはどうか知らないですけど、僕たちは割り勘でお金を払ったのですから、せめて二、三本は食べて元を取っておかないと」
皆も言葉に頷き「生き残るぞ」なんて、まるで食事で言わない台詞を吐きながら各々が串を一本ずつ取っていく。
そんな中、アズキはふと気づいて、
「あれ? クワトロさんは串を取らないの?」
「はい。だって、食べてしまったらアレを飲まないといけませんから」
控えめな笑みを浮かべて、アレを作った張本人が言いやがる。
赤城くんが近づいて、
「駄目だぞクー、ルール違反は」
「串を取らないといけないというルールは設けておりませんから」
「そう言って全員くたばった後にひとりだけ串を独り占めする気だろ?」
クワトロさんは無言だった。正解らしい。
「そういえば、説明の時に串を一本取ってた気がするね」
マイカゼさんが言うと、便乗するように神宮寺さんが、
「そうね。だったら食べないといけないわよクーちゃん」
「いえ、あれは焼く前の串ですから」
「みんなー。クーちゃんがあの串を食べきった姿を確認した人は挙手して」
神宮寺さんが声をかけると、なんと全員が挙手した。
マイカゼさんも、食事には参加してないスタッグやシモフリまで。
「じゃあ、罰ゲーム決定ね」
満面の笑みで神宮寺さんは言うと、紙コップに野菜汁を注いでクワトロさんに手渡す。よく見ると野菜汁、何か気泡がいくつも出てるような。
「あ、あの」
逃げようとするクワトロさんに神宮寺さんは、
「私、嘘つく人は嫌い」
「これが若さです」
クワトロさんは野菜汁を一気に呷った。
直後、空になった紙コップが床に落ち、クワトロさんの体が一旦硬直。そのまま、体は正面を向いたまま足が一歩一歩と後ろに向かって歩き出す。
「あ、足が勝手に」
狼狽えるクワトロさんに、赤城くんが冷たい目で、
「野菜汁が秘孔を突いたんだろきっと。てめぇの足は意思と無関係に後ろに進む」
「この先は、バーベキュー場の外はたしか」
「雨の下まで自分の足で歩いて行け」
突然繰り広げられる北〇の拳アミバの最期のシーン。
そのままクワトロさんは外に出た矢先、段差で転んで背中から雨で泥混じりになった地面に倒れ、
「う わ ら ば」
有名な断末魔の叫びをあげた。
さらに大の字になって、全身で雨を浴びながら、
「認めたくないものですね、自分自身の、若さ故の過ちというものを」
クワトロだけに、急に赤い彗星な台詞を呟いてから気絶した。
「うんうん。これで野菜汁を飲む必要はなくなったね」
マイカゼさんが嬉しそうに言う。しかし神宮寺さんは興奮しながら、
「何言ってるのですか。せっかくクーちゃんが自分の身を犠牲にして面白いイベントを出してくれたのよ? 続けるしかないじゃない」
「えぇっ?」
困惑するマイカゼさん。しかも本気でこれで危険を回避できると判断してたようで、他の人より早く串を食べ進めてしまってる。
このままだと次の犠牲者は彼女で間違いない。
「アズキさん。一本食べ終わったら、野菜汁の前に手伝ってほしい事があるのですけど」
キクナが言った。
「倒れたクワトロさんを屋内に運ぶのを手伝ってもらえますか? このまま雨に打たれたままだと風邪をひいてしまいますから」
見ると、キクナの串はマイカゼさん以上に残り少なかった。
もしかしたら、キクナもこれで野菜汁を回避できると思った側だったのかもしれない。
で、彼女を介抱する役をアズキと買って出た事で、合法的に罰ゲームを先延ばしにする魂胆、といったところだろうか。
「分かった」
性格的にも、自分も野菜汁を先延ばしにできるメリットとしても、断る理由はない。アズキは頷いた。
今すぐ運ばない理由はあえて無視。誰もクワトロさんを心配してない点から、確認するのは野暮というものだろう。きっと。
串は予想通り、最初にキクナが食べ終え、次にマイカゼさんが完食した。
「はい、マイカゼ先輩」
「女見せろよ、姉さん」
クワトロさんに代わって、神宮寺さんが紙コップを持ち、赤城くんが野菜汁を注ぐ形で罰ゲームがマイカゼさんの下に渡された。
「う、ぐっ。分かったよ、飲んであげようじゃないか」
マイカゼさんが野菜汁を口に入れた。
直後、まだ半分液体を残した紙コップが床に転がり、
「はぁはぁはぁ。なんだい、結構耐えられるじゃないか」
虚ろな瞳で、事切れそうな声でマイカゼさんは言った。
赤城くんはさすがに心配そうに、
「ね、姉さん?」
「なんて声出してるんだい。……フクゥ」
マイカゼさんは後ろを振り返り、雨の降る外に向かって歩き始めた。
「フク、やっと分かったんだ。私たちには辿り着く場所なんていらない。ただ進み続けるだけでいい。止まらないかぎり、道は続く」
なんか、頭の中でBGMが流れてきた。
「私は止まんないからね、君たちが止まらないかぎり、その先に私はいるよ!」
で、クワトロさんと全く同じ段差につまずき、雨の降る外に倒れていく。
幻覚で何を見たのか、マイカゼさんは遠くを指さしながら、
「だからね、止まるんじゃないよ」
気絶した。
神宮寺さんが錯乱する。
「ねえ、何これ! この野菜汁、飲んだらアニメキャラの死亡シーンをパロディしながら逝かないといけない変な薬物でも入ってるの?」
「いや、さすがにそんな薬物はこの世に存在しないはず」
多分だけど。
それでも神宮寺さんは収まらず、
「こんな場所で一緒に食事なんて出来ないわ! 私は先に車に戻る」
なんか言い出した。
いやそれは、とアズキが言おうとした直後、神宮寺さんは急にいつもの笑顔に戻って、串の底に刺さったピーマンを食べ終える。
「私、思ったの。野菜汁を飲んだら死亡シーンを再現しちゃうなら、先に死亡フラグを色々立てたら中和できるかもって」
言いながら神宮寺さんは赤城くんから野菜汁を受け取って、
「だからね私、このジュースを飲んだら先生に伝えたい事があるの」
まさに死亡フラグな事を言いながら野菜汁を飲み干した。
神宮寺さんは、急に踊り始める。
「体が軽い。こんな幸せな気持ちで戦うなんて初めて」
で、そのまま軽い足取りで、スキップを踏むように外に向かっていき、
「もう何も恐くない」
やはり同じ段差につまずいて転ぶ。
神宮寺さんは地面の泥に頭を食われた。
そういえば神宮寺邸のチームロボトルでマゼンタキャットが「体が軽い」と言ったけど、まさかその影響で?
「こ、この声は。アマミ、アマミーッ!」
しかも、今回はボウショウさんにとってトラウマを刺激する死亡シーンだったらしい。
ボウショウさんが悲鳴をあげる中、ノリカが言った。
「死亡シーンに干渉はできたみたいですねぇ。フラグを言うタイプの死亡シーンに変わっただけですけど」
そんな彼女も、すでに串の三分の二以上は食べ進めている。罰ゲームの時は近い。
アズキは言った。
「キクナ、そろそろ犠牲者を運ばない?」
クワトロさんだけならまだしも、田村崎のお嬢様と神宮寺さんまで雨の下にずっとはまずい。
すでに串を食べ終えているキクナは立ち上がって、
「そうですね」
アズキと一緒に三人を中に運んで、泥を拭き取ってから火の近いテーブル席に三人を寝かせる。
ただしこれで、先に皆を運ぶから罰ゲームは後にという特例処置は終了した。
キクナはうきうき顔で、
「では、次はアズキさんですね」
「え? まだ私は食べ終えてないけど」
アズキの串には、まだ最後のピーマンが残ったまま。ルールには「ここで食べるのを中断」なんて無かったので、わざとである。
もちろん、仕事してる間にノリカが串を完食してくれる可能性も込みで。
「おや? もしかしてアズキさんのギャグシーンを拝もうとでも算段を立ててましたか? 駄目ですよ。そもそも先に食べ終えたのはキクナなのですから」
と、ノリカが微笑んで煽る中、赤城くんによって野菜汁が手渡された。
キクナは一度野菜汁に鼻を近づけ「うっ」と嫌そうに一度顔を離してから、
「うっ、うーん。本当にこれを飲まなくてはいけないのですか?」
「ええ」
ノリカがにっこにこの笑顔でいう。
ついでに中身がマゼンタキャットであるシモフリまで、
「生徒が体を張ってる中、偽物であっても教師を名乗ってる人が逃げる気?」
とか言って追い詰める。
「これはもう、どうしようもないですね。分かりました、わかりましたですよ」
口先では虚勢を張ってるが、普段のキクナからは想像できない程に往生際悪く、それでいて心が折れたように諦めの態度を見せた。
それだけ、野菜汁を飲むのが嫌なのだろう。
「アズキさん、お姉ちゃん。骨は拾ってください」
キクナはそう言ってから改めて顔を近づけて、コップの中身を一気に胃へと流し込む。
直後起きたのは、硬直。
ただひたすらの、硬直。
次第にアズキたちはキクナがすでに気絶してる事に気づいて、
「立ったまま尚、君臨するの? キクナ」
思わず呟いてからアズキは「あれ?」と思った。
(この展開、元ネタになったテニヌ漫画にもあったような)
で、そのネタ通りだとしたらキクナはきっと。
「くわぁ!!」
らしくない声こそあげたものの、キクナは見事意識を取り戻して生還を果たす。
ただ、原作と違うのは。
「チッ、生き残ったのかよ」
「これは残念です」
とつぶやく赤城くんとノリカ。
キクナがもち直した事を誰も喜んでない事だった。